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Princess of ...

作者: tetori

 夏だ! 海だ! ビーチだぁぁぁ!

 ……そんなビーチに、俺は一人でいるわけなんだけど。

 じりじりと照りつける日差し、それを反射し輝く波、そして見渡す限りの青い海と空。こんな景色を一緒に見る人がいない俺は、自分でも寂しいヤツだと思ってる。

 周りはカップルだらけじゃないか。ええいイチャイチャしくさってからに。鬱陶しい、散れ、散れ!

 ……そんなことばっかり考えているからか、余計に虚しくなってきた。

 齢十七にもなって彼女がいた試しがない俺は、自分でもこんなところに来たのが不思議でならない。

 都会の汚い空気に慣れてしまったから、田舎に来れば少しは自分も綺麗になるんじゃないかとか思ったからなんだけど、ぜんぜんそんなことはなかった。むしろ周りのカップルを僻んでばっかりで、余計に汚くなってきている気がする。

 せっかく夏の課外授業が終わったから、ぱーっとやりたくて来たってのに。ダメじゃん、こんなんじゃ。もう八月も半ばだぜ? ひと夏の思い出くらい作りたいよ俺だって!

 ……とりあえず泳ごうかな、とか思った時、一人の少女が目に映った。浅いところで一人しゃがんで、なにかをいじっているように見える。見た感じ十五歳くらいだろうか。塗れてなくてさらさらしてそうな髪は、黒の中に蒼が混ざっているような色をしていた。

 その少女が、急に振り向いた。俺はあわてて視線を逸らす。一瞬だけちらりと見えた少女の顔が、すごく綺麗だったように思えた。

 ……うん、これじゃ変質者だ。とりあえず泳ごう。別にナンパしに来たわけじゃないんだ。したところで相手にされないのは目に見えてるからやらないってのもあるんだけど。



 急に、悲鳴が聞こえた。

 何かと思ってそっちを向くと、女性が慌てた様子で泳いでいる。サメでも出たのか、と思ってゴーグルをつけてもぐってみる。うっすら見えたそれは、大きなクラゲだった。

『みなさーん、岸に上がってくださーい! アカクラゲがいます! 注意して岸に上がってくださーい!』

 ライフセーバーの男性が拡声器で叫ぶ。あー、アカクラゲか。有毒だもんね、危ないもんね。侵入防止のためにネットでも海の中に張ってあるはずなんだけど、隙間から入ってきちゃったんだろう。

 とりあえず俺も岸に上がろう。周りはどんどん上がっていってるし。

 俺が岸に向けて泳ごうとしたときだった。

 ぱしゃんという音が、なんでだろう、やけにはっきり聞こえた。

 横をすっと誰かが通っていくのが見えた。

 黒い髪の、女の子。

「……なっ」

 あの子だ、と思った。さっきしゃがんでた子。

 とっさに少女を止めようと手を伸ばす。けれど泳ぐのが異常なくらい早くって、俺の手は海水しかつかめなかった。

 あがれってライフセーバーの人も言ってるのに、なんでわざわざ近づくんだよ!

 岸に連れ戻そうと思って、もぐって少女の姿を探す。けれど俺は、変な光景を見た。


 少女が、アカクラゲのカサを撫でていた。


 アカクラゲは少女を襲う様子もない。その長い触手は少女のいない方向に伸びている。水の流れは、少女の方へ向っているというのに。クラゲが意図して少女を刺さないようにしているようにしか見えなかった。

 少女は海中で、優しい笑みを浮かべて撫で続ける。

 ……なんだこの光景。俺は夢でも見てるのか。

 数秒後には、アカクラゲが沖の方へ向ってふよん、ふよんと泳いでいき、少女が広げた網の隙間から素直に出て行った。

 ……なんだ、この光景は。



 さっきの少女の姿を探す。アカクラゲが遠くへ行ったことが確認され、さっきまでと同じようにまた人々が海に入って思い思いの遊び方をしている。

 さっきの少女が、もしクラゲを説得したのなら。そんなファンタジーみたいなことが本当にあるなら。

 すごい面白そうじゃないか。

 ワクワクしながら、俺は少女を探して歩いた。

「……あっ」

 見つけた。さっきと同じように、浅いところでしゃがんでいる。当然髪は濡れていて、さっきと雰囲気が少し違うように思えた。

「…………」

 近くまで来て、どう声をかけようか迷った。ぜんぜん考えてなかったなぁ。……まぁ、自然に声かければいいか。

「……ねぇ、キミ、ちょっといい?」

 自然に出た言葉がそれか、と自分でも思った。まるでナンパじゃないか。

 少女は振り向いて俺を見る。やっぱり綺麗な顔してるなぁ。

「……私?」

 少女は自分を指差して確認する。そう、キミ。

「……なに?」

「さっき、アカクラゲに近づいて行ったよね。あのとき、もしかしてあのクラゲとお話してた?」

 言って、もし違ったら頭がおかしい人みたいに思われるなぁ、と後悔した。

 杞憂だったけど。

「うん」

 躊躇することなく、少女は答えた。ほー、やっぱりお話してましたかー……。

「……クラゲと会話できるの?」

「うん」

 少女は表情一つ変えずに答える。

 ……あながち、電波っ子ってわけでもないんだろうなぁ。半信半疑だけど、さっきの光景は現実なわけだし。

「……あなたも?」

 え、俺? 俺はできないけど……。

「……そう」

 少し残念そうな表情になってしまった。

 会話が途切れる。この子は俺に話しかけるメリットないんだから、俺が話し繋げなきゃダメだ。

「……あのさ」

 ふと、時計が目に入った。もうじき十二時になろうとしている。

「お腹空いてない? おごるよ」

 まるっきりナンパだなぁ、と自分で思うような誘いに。

「……うん」

 少女は素直にうなずいた。



 初対面で、まだ名前も知らないような女の子を誘って食事をするのなんて生まれてはじめてだなぁ。そんなことを思う俺は、海の家にいた。

 別に緊張してるわけじゃないけど、この子かなり無口だから、会話がよく途切れる。俺も喋るのは得意じゃないんだ、そりゃぁ場の空気が良くなるわけないよね。

 出された焼きそばを、少女は無表情で口に運ぶ。

 整った顔立ちでも、表情がないと結構冷たそうに見えるんだなぁ。知らなかった。

「……食べないの?」

 少女が俺の前に出された焼きそばを見て言った。

「あ、あぁ、食べるよ」

 顔を見て綺麗だなぁと思ってたなんて言えるか。俺は照れ隠しに焼きそばを一口食べた。どこにでもあるような、ありふれた味だったけど。

「おいしいね」

 少女が俺にそう言ったから、不思議と美味しく思えてきた。

 ほんと、不思議な子。

「ごちそうさまでした」

 食べ終わって、少女が両手を合わせてそう言った。いい子だなぁ。

 俺も食べ終わっているので、皿を返しに行こうとする。

「待って。口、ソースついてる」

 少女がお手拭きで俺の口元を拭いてくれた。俺は思わず赤くなって、小さくありがとうを言ってから皿を返しに行った。

 なんで俺、こんな赤くなってるのかなぁ。女の子への耐性がなさすぎるんだろうか。



「時間、ある?」

 食事を済ませて外に出ると、少女が俺に問いかけた。

「あるけど……」

「……ついてきて」

 え、ちょっと、どこ行くのさ。

 すたすたと歩いていく少女の後を追って歩く。

 人のいない方向へ歩いていく少女は、振り返ろうともしないでただ歩いていく。

「どこ行くのー?」

 呼びかけても、返事をしてくれない。

 数分歩いたところで、少女が立ち止まった。周りは岩が多くなってきていて、俺達以外に人はいない。

「着いた」

「着いたって……ここ?」

「うん、あそこ」

 少女が指差した方を見る。切り立った崖がある。その下に、空間があった。

「洞窟……?」

「うん。行こ」

 え、行くってあの洞窟の中に?

「ほら、早く」

 少女が俺の手を掴んで歩き出す。マジであの中行くのか。っていうか普通そんなことしたら危ないぞ、いろんな意味で。

 洞窟の中は涼しく、当然ながら暗かった。足場は少し滑って危ない。海水が膝の下くらいまであるから、余計に滑り易そうだ。

「どこまで行くのー?」

 正直、女の子が男連れ込んでこんなとこ来ちゃダメだと思うんだけど。

「もう少し」

 少女はそれだけ言って、俺の手を掴んだまま奥へと歩いていこうとする。ついていくしかないか……。

 少し歩いたところで、少し明るくなってきた。

「うわ……」

 最奥の、少し広くなった、ホールのような空間で俺が目にした光景は。

「すごい、でしょ?」

 こんな田舎にひっそりと存在するのが意外なくらいの、絶景だった。

 天井の小さな穴から差し込む僅かな光を、ホールの中心に溜まった水が優しく反射し、周りの艶やかな丸みを帯びた岩を、仄かに光らせる。優しい輝きの岩が、俺達を出迎えてくれる。俺の稚拙な語彙能力では言い表せないくらい美しい、生まれて初めて見る美しい光景があった。

「……すごい。綺麗だとしか言えないくらい、すごい」

「喜んでもらえて、よかった。……私しか、ううん、私とあなたしか知らない、秘密の場所」

 その光景を見つめたまま、少女は呟くように言った。その横顔が、どこか儚いように思えて。

「……ありがとう」

 ぎゅっと、彼女の手を握った。彼女の存在を、確かめるように。

「……うん」

 彼女は、はじめて俺に向って微笑んだ。

 優しくて、儚げで、暖かな笑顔が。

 俺の身体を、熱くした。



 しばらく二人でその光景を眺めていた。ほんの一時間くらいだったと思ってたのに、外に出て時計を確認したら二時間経っていた。楽しい時間っていうのはこうも早く過ぎて行ってしまうんだなぁ。

「……今日、いつまで居られる?」

 歩いてビーチに戻る途中、まだ手を繋いだままで少女が聞いた。

「いつまででも大丈夫。キミが帰るまで……一緒にいていい?」

 いつのまにか、そう思うようになっていた。面白そうだから近づいてみた少女だったけど、きっと俺はもうこの子のことを心から好きになってしまったんだろう。美しい光景と、優しくて暖かな少女の笑顔。きっと今この子と別れても、それを忘れることはできないだろう。

「……嬉しい」

 少しだけ頬を赤らめ、少女が嬉しそうに笑った。つられて、俺も微笑んでしまう。



 もう、夕方になってしまった。

 人は減り、もうビーチに残っているのは俺と少女くらいだ。それでも俺達は、まだ砂浜に座っていた。

 二人の間に会話はない。けれど、なぜか楽しい時間だった。

 すっと少女が立ち上がる。

「……もう一つ、見せたいものがある」

 俺も立ち上がって、少女の手を取る。

「つれてってくれるかな」

「……うん」

 俺も少女も、頬を夕日のせいだけではない紅色で染めていた。今はただ、彼女と一緒に居たかった。

 さっきの洞窟と同じほうへ歩いていく。けれど途中で坂を上って、さっきの崖の上へと来た。

「ここ?」

「うん、ここから見る夕日」

 少女が綺麗だという夕日を眺めてみる。……さっきと対して違いがない光景。これを、見せたかったんだろうか。

「……あなたと二人きりで、ここから夕日を眺めたかった」

 照れた笑みで、少女が言った。

「…………」

 俺は、なんて言ったらいいのかわからなかった。今日出会ったばっかりの少女に、好きになってしまった少女に、そんなことを言われたら。

「……いや、だった?」

「まさか。……嬉しいよ、そう思ってくれて」

 俺の答えに、少女は安心したように笑った。



 すっかり暗くなってしまった。ほんとうに、楽しい時間というのは早く感じてしまうものだ。

 俺達は、またビーチに戻ってきていた。もう本当に、ここに居るのは俺達だけ。

 夜の海の水はすっかり冷たくなっていて、けれどそれが心地よくて、俺達は足だけ水に浸けていた。

「冷たいねー」

「…………」

 少女は、なぜか暗い顔をしている。

 たまに出ている月を見つめては、悲しそうな表情になる。

「……いつまでも、こうしていたいな」

 少女は独り、呟くように言った。俺もそう思う、心から。明日なんて来なくていいと、今がずっと続けばいいと、そう思う。

「……あ、花火」

 遠くで小さく花火が見える。あっちは川があったなぁ。あっちには、たくさんの人がいるんだろうな。

「……こっち」

「…ん?」

 少女が手招きしてる。近くへ行くと、両手を握られた。

「どうしたの?」

「…………」

 問いかけても、少女は答えない。

「……目、瞑ってくれるかな」

 俺は少女に、そうお願いをした。

 少女はゆっくり目を閉じる。俺はゆっくり、少女の顔に自分の顔を近づけて。

 たっぷり数秒、キスをした。

「……ファーストキスは、塩の味……か」

 呆気に取られた表情になっている少女に、冗談めいた口調で言うと、少女は可笑しそうに笑ってくれた。

 しばらく、両手を握り合ったまま、二人で笑っていた。幸せで、楽しい時間。

 最後の最後の、楽しい時間だった。

「……帰らなきゃ」

 少女が呟いた。

「……また、会えるかな」

 俺が尋ねる。けれど少女は、首を横に振った。

「……もう、会えない」

 それが、俺にはショックだった。

「どうして」

「帰らなきゃいけないから」

 俺の問いに、少女はまっすぐ俺を見て答える。

 少女の瞳には悲しみと、嬉しさの色が混ざって見えた。

「……帰るって、どこに」

 少女は答えず、俺の手を優しく離す。

 そしてそのまま、沖へ歩き出した。

「……海へ、帰るの」

 水面が少女の胸くらいまでの深さまで歩いていったところで、少女は振り返って答えた。

 海へ帰るって、それはどういう――


「あなたと出会えて、楽しかった。嬉しかった。幸せだった。……ありがとう、大好きな人」


 言って、止めるまもなく少女は潜った。慌てて海に飛び込んで、少女の姿を探したけれど、少女の姿はどこにもなかった。



 それが、俺のひと夏の思い出。

 意地悪な神様は、幸せな思い出だけを与えてはくれなかった。



 久しぶりに、ここに来た。少女と見た、思い出の洞窟。

 もう会えないと言われた。けれど、俺はあの子を忘れられない。たまにここに来ては、彼女のことを思い出す。

 ――彼女は、海のお姫様だったんじゃないだろうか。なんとなくだけど、そう思うんだ。

 アカクラゲと会話して、それを別の場所へ移動させることができたた理由。海に消えた理由。海に帰ると言った理由。

 もし彼女が海のお姫様なら、説明できるから。

 俺は、そんあお姫様を忘れられないから、こうやってここにまた来てしまう。

 身分の差は埋まらない。俺はただの人間で、彼女が海のお姫様だ。けれど、俺は彼女を愛したし、彼女も俺を「大好きな人」と言ってくれた。

 できるなら、また会いたい。叶わないとわかっていても、会いたいという気持ちは抑えられない。

 だから、僅かな希望を抱いて、この場所に来てしまう。女々しくても、俺は彼女を忘れるなんて絶対にできない。


 この海のどこかに居るお姫様。私はあなたを待ち続けます。

 いつまでも、いつまでも。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめましてスクロールって言います 感じたことだけ書きます なんだか詩のような、とても静かで、けど、どこかやわらかくて優しいお話でした これからも頑張ってください
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