講堂にて
人間と同じ骨格でありながら翅を持つ矛盾。――発掘されたエルフの骨が語る、美しい神話の崩壊。
さて、君たちは脊椎動物が多様に見えて、実は似たような骨格を持っていることを知っているね。頭骨、助骨、背骨、肩甲骨。腰帯(哺乳類は骨盤という)、手足の骨など。ハチドリの大きさからクジラまで。恐竜やシーラカンスも。現在の脊椎動物の骨格は、五億年前のカンブリア紀から、徐々に獲得してきたものだ。哺乳類であれば、キリンもコウモリも背骨の数は七つと変わらない。
では、今までの文献で見てきたエルフはどうだろう。彼ら、彼女らもまた七つだ。二足歩行を行い、手足で道具を使うという人類の特徴を持っていた。そして昆虫のような翼も持っている。これは大変おかしなことだ。この世にペガサスが存在しないように、もし翼を持つのなら、腕がない、ハーピーのような形となるはずだ。巨大な胸の筋肉が必要で、華奢な姿と程遠いものだ。それに翼は羽毛ではなく、トンボのような原始的な昆虫の形であることがまた不思議だ。想像上の合成獣、伝説の生き物の一つと考えた方が辻褄が合う。
今までの文献は、幻想だったのか……? 文字しか残されていない出来事たち。
エルフは新発見の霊長類だと、研究論文で頻繁に書かれている。私もそう思う。ゲノムが何よりの証拠だ。しかし知人は、人間に擬態する術を持った、脳の発達した昆虫だと考えている。飛躍しすぎと思うかもしれないが、一度考えてみてほしい。翼のことは翅と呼んでみよう。
今、骨格標本をスライドに映している。これは、アララト山付近の川上で発掘された、エルフの幼体のものだ。学会ではホモサピエンスに近いという意見が大多数だ。謎の多いシベリアのデニソワ人のような。サピエンスの近縁種というのは、遺伝子が強力な根拠となっている。交雑できない別種の親戚。翅脈に見えるものは体毛であり、翅はどこにも残されていない。翼についての言及は、全て美しさの比喩でしかないというのが通説だ。
しかし骨格は、二足歩行をすればみんな似てくるものだと知人は主張する。翅の進化過程は不明な点が多く、突如として現れた。爬虫類は二本の足で立ち上がった。節足動物は巧みに古代から生き残り、多様性と数の上では哺乳類より圧倒的だ。そして脳が発達しなかったと、擬似的にも二足歩行を獲得した種がいなかったと、はっきり語れるものだろうか。
ではゲノムについてはどう説明すればよいだろう。人間の直立二足歩行は、設計ミスという説もある。エラーが起きて、偶然よく似た遺伝子となった昆虫がいるとしたら。いや、学問として真剣に取り組んでいる人がいることを知っておいて欲しい。
もしエルフが節足動物であれば、四枚の翅とさらに四本の脚を持つことはおかしくない。翅は手足の運動を邪魔しないからだ。人間と形が似ているものだけ、環境に適応して生き残ったとしよう。エルフの生まれ方は未知だが、世界には卵生だけでなく胎生昆虫もいる。目は複眼だったのかもしれない。蛍は発光器を使い光を灯す。光の魔法は、同じような仕組みだったのかもしれない。
もしや、人間の姿に見えるのは我々人間の側だけで、本来は違う姿をしているのかもしれない。コウモリや蛇が感知するエルフは、もしかすると人間の姿ではなく、巨大なハチの姿をしているのかもしれないんだ。
全てまだ、推測に過ぎない。DNAが疑いようのない限り、知人の説は天動説を支持するようなものだ。近年になって、羽毛恐竜が主流となり、尾を地につけたティラノザウルスは時代遅れとされているように、年々何かが発見され、変化してゆく。数億年後の生物は、ゾウの骨とDNAだけを見て我々のよく知る形にはっきりと復元できるだろうか……。
エルフは地球上の生き物ではない、と考える者もいる。そうすると、なぜ人間に近い形態なのかが気にかかる。どこか別の星から、隕石に付着した生物の擬態なのだろうか? ホモサピエンスとよく似たDNAは、神の見えざる手が、偶然宇宙の塵から作ったのか? RNAではなく? 生物は条件さえ揃えば、みんな同じような形態となるのだろうか。なぜ、ただの塩基の配列が「生物」になるのだろう。シナプスの明滅に過ぎないものを、生命と尊ぶことこそ人間の脳のおごりなのだろうか。
私たちがこれまで見てきた、命についての記録。それは、文字情報でしかない。君たちは、ただの記号から空想した。本当に存在したのか分からないものを。別の個体である君は、脳の共感能力によって想像した。エルフは、もし遺伝子が似ているとしても我々と全く同じ感情や、五感を持っていたのか誰にも分からないのに。
君と私が、同じ感情を持っているのかは実は分からない。私はもしかすると、コンピュータのはじき出した幻影かもしれない。人間に擬態した異星人かもしれない。同じ人間でさえそうなのに……。アリや、ダンゴムシに痛覚は存在するのか。エルフは私たちが勝手に美しい、理想的な妖精だと思っているだけで、そうした文献だけ残されたのかも。
もしかすると……蝶を集める人と怖がる人がいるように、ミルグラムが実験したように、知覚の少しの違いで、育ちの違いで、あらゆる感覚は個々人により違うのかもしれない。エルフを虐待し、殺戮したという人間にはゴキブリの群れに見えていたのかもしれない。ここから先は、その話を紹介しよう。
次回は双子の妖精の物語です。
どうぞお楽しみに!




