ささげもの
なぜエルフは滅びたのか? 現代の考古学と古代の記録が紐解く、人間と妖精の知られざる歴史ファンタジー。
初めまして(または、こんにちは)。
本作は、全11話で完結する歴史ファンタジー短編集です。
もしもエルフが神話の存在ではなく、人類の一種として実在し、歴史の裏側で人間と関わっていたなら……?
本作では、寿命も価値観も違う人間とエルフたちの交流と、その裏にある悲劇を描いていきます。
第1話は、彼らの存在が証明された現代の大学講義から始まり、古代の記録へと遡っていきます。
少し不思議で重厚な歴史の旅を、どうぞお楽しみください。
ロシア連邦、クラスノダール地方。ある大学図書館において。
教職員ゲンナジー・スヴャトスラーヴォヴィチは、古い書物の匂いを思い切り吸い込んだ。彼はこのかび臭さが好きだった。今は講義のための文献を、引き出している最中だった。窓のない地下書庫、整理されているとは言い難い本の山……。しかし彼は、迷わずに目当ての本を取り出すことができた。
さあ、よりすぐりの古典が揃ったぞ。夏休みが終わって、新しい授業が始まる。既に予定の人数は席一杯だ。
彼の研究が人気なのは、ロシアでは比較的新しいことと、近頃ファンタジー映画が大ヒットしたためだ。だから、うら若い学生たちは、その古代世界に魅せられて、講義へ休むことなく訪れてくれる。とはいえ、彼の研究は現実の話だ。さながらシュリーマンのような発掘調査が、第二次世界大戦の頃より西側諸国では行われ、それなりに成果をあげていた。ファンタジー作品はそれらを先んじて吸収したというのが、研究者の見解だった。
さて、教室は立ち見の学生までいた。みんな、念頭には様々なファンタジー作品を思い描いているだろう。ゲンナジーの研究は、ずばりエルフについてだった。
「初めてそのような研究が大真面目に行われていることを知った諸君は、現実と空想の境を見失ったオカルトだと思うだろう。あるいは、ゲルマン民族の神話学の間違いではないかと。
しかし発掘調査の結果、遺物の数々から、エルフは実在した異種族であることが分かってきたんだ。遺伝的にはホモサピエンスと考えられる。
そして石器時代以前の更新世に、我々と分かれたことも判明した。七万五千年前、ジャワにあるトバ火山が破滅的な噴火をおこし、人類を千から一万世帯まで減らした直前のことだ。つまり、大噴火を生き残ったホモ属の一種が、こんにち新たに発見されたんだ。
君たちは『指輪物語』や、北ゲルマンの神話を一度は聞いたことがあるね。この教室へ来たのだから。実際のエルフたちは……自称はまた異なるのだが……君たちの抱くイメージと大きく変わらない。我々と同じ大きさで、驚くほど長命で、アニミズムを信仰し、自然とともに暮らしていた。神聖さそのものを体現したようなエルフたちは、現在は残念ながらもういない。
さて、ここにいくつかの本を用意した。記録された年代の古い順からかいつまんで話そうと思う。しかし、できれば図書館で借りて、じっくり読んでみて欲しい。まずは導入に創世神話と、可愛い物語を紹介しよう」
滅びの道を辿った悲劇の異種族について、学生たちは目を輝かせていた。
なぜもういないのか、いつまでいたのか?
人間との関わりはどのようなものだったのか?
伝説から考古学へ、歴史への好奇心に満ちた視線。この強い欲求が、美しい者たちを滅ぼした原因だと知らずに。
紀元前七世紀、現在のイラク、シリア、エジプトに至るまで、アッシリアという強国が広がっていた。最盛期の王アッシュールバニパルは図書館を築いた。そこには、遠方の民間伝承を集めた粘土板が大量に収められていた。近年、奇妙な文書が掘り出された。内容は、エルフと思われる小規模な集団のことが触れられていた。
アッシリアでは元来その者たちが暮らす土地を、ナンナキ(月の神の地)と呼んでいた。アラザフ(チグリス)とプランティ(ユーフラテス)の偉大なる川が湧き出る場所。はるか北方の険しい山岳と湖にナンナキは暮らす、という伝説が、そう、シュメール以前からあった。だが、姿を見たものは呪いにより帰り道を見失うと言われていた。そのため、肥沃な三日月地帯の北側、オリエントのすぐ側だというのに、民話や神話でしかないと思われていた。
新たに発見された文章の画期的な点は、民話らしからぬところだった。そのナンナキの者たちと交流したという、ただ一人の人間の記録が残されていたのだ。それはつまり、エルフたちをつぶさに描いた人間側の初めての記録だ。
ある役人が道に迷い、見知らぬ森へ入ってしまった。何日間、彷徨っただろうか。
漆黒の夜だった。仄かな怪しい光を見つけた。近づくと、白い肌と金の髪、白い服を着た明らかな異種族が踊っていた。古い伝承の通りであることから、ナンナキに違いないと、その役人は思った。
踊っているのは子供であろうか。宙返りをしたり、まじないの光を空へ舞わせたりしていた。驚くべきことに、子供たちは空を飛んでいた。光は何かの図形を模していて、指先から現れては、地に落ちて消える。目を奪われる光景だった。そのかたわらでは、さらに輝く金銀の一団が倒木に腰掛けていた。落ち着いた響きの音楽、静謐な流れ。旋律にしか思えないそれは、よく聴けば歌であった。
あまりに美しいので見つめていると、子供の一人がこちらに気付いた。音楽がやみ、異邦人へ感覚を鋭くするのが伝わった。ナンナキの者は囁くような言葉を話す、というのは本当だった。
やがて、長身の巫女らしき者が歩み出た。服装は麻をドーリア人のようにまとい、髪は細かに編み込まれていた。巫女はアニスとフェンネルを役人へかざし、数回水滴を振りかけた。そして歌うように、アッシリアの言葉で挨拶をした。
「遠方よりようこそ、大切な稀びとよ。あなたはエリュシオンの秘技を見てしまった。だから、あなたも参加しなければならない。さあ共に秘技を行いましょう」
宿もない山奥だったので、役人は従った。折よく粘土板が荷にあった。このことを記録せねばと、葦の茎を持った。
巫女はリナーリと名乗った。名前を教えることは、彼を仲間として受け入れることだという。そして、役人へナンナキの言葉での名前を与えた。聞き取ることはかなわなかったが、それはヘキニと聞こえた。ただ巫女一人だけ、アッシリアの言葉を解するようだった。
リナーリは、まじないの儀式のために葉を焚き、香りをその身に写した。タイム、ローズマリー、麦を煎じた薬湯を、集った者たちに配る。子供は与えられず、ただ自由に遊び踊る。男か、女かひと目で判別がつかないのがナンナキの者たちであった。華奢な手足の若者が、食事を運んだ。赤い見たことのない果実たち。干しぶどう、何らかの果実の飲み物。
リナーリは宴会をとり仕切っていた。客人が来たことへ祝福と、神への加護を話したようであった。そして互いに食事を回し、分け合い、盃を交わした。
やがてリナーリが夢うつつの表情で旋律を奏でた。プサルテリオンというハープの原型にあたる楽器だ。それは弓とよく似た形をしており、美しい水のしたたるような音を発した。他の者たちはそのフレーズのあいまに、決まった合いの手をうつ。エリュシオンの宴では、創世のいわれが語られるのだという。
はじめに、無があった。どこまでも虚しく続く永遠の無。
それについて語るべきことは何もない。
ある時竜巻が起こった。風が土を運び、大地を作った。
次に水の竜巻が起こった。土を覆い、海となった。
さらに火の竜巻が起こり、太陽と月と星ができた。
だからあらゆる万物は、ぐるぐると今も余韻で廻っている。
いずれ止まる回転を我々は見ている。
生き物のみなもとは、いつ生まれたのだろうか。
神々が発見した時は、形を持たず、みなドロドロの状態だった。
海をたゆたい、あらゆる苦痛も悩みも、幸福もなかった。
それを憐れんだ神が、いくつかの形に分けることにした。
まず地上へ泥をまき、麦の穂を生やした。
そこから地を這う動物たちが生まれた。獅子や蛇や昆虫である。
海では藻を生やした。そこから大いなる水の生き物たちが生まれた。
まるで樹から花が咲くように、さらにもっと色んな種類が生まれた。
神々は考えた。この中に我々を崇めるものはいないのかと。
それでは作ろうとエウレシウスという神が提案した。
まずは泥を捏ねて作ってみた。
しかしそれは、動きはしたが洪水で溶けてしまった。失敗だった。
泥の人形は沢山作られていて、広大な範囲へ溶けたので、今に至る実りの媒体となった。
次に木を削って作ってみた。だが、今度は動くことができなかった。また失敗だった。
最後に、麦の穂を編んで作ってみた。それは口をきき、動くことができた。成功だった。麦は我々の祖先となった。だから、我々は自分たちのことを麦という意味の「クラ」と呼ぶ。
神々は麦の人形たちへ言った。
「我々を崇めよ、讃えよ!」
しかし麦の人形たちは、何をどうすればいいのか分からなかった。
そこで、神々は知恵を授けることにした。水にウイキョウを浸し、目へかけてやった。すると、麦の人形たちは、みるみるうちに目が冴えて、この世のあらゆるものが理解できるようになった。
「本当にありがとうございます」
しかし神々は、やりすぎたと思った。自分たちと同じようになってはならないと危険を感じて、砂埃を吹きかけて目を眩ませてしまった。その埃を受けたものがニンゲンで、風向きによって埃から免れたものが狭義のクラである。
神々は、永遠の命の果実までとられてはならないと、ニンゲンと我々を豊穣の地から東へ追放した。言葉をばらばらにして、お互いに理解できないようにした。
やがて我々は海の側でニンゲンと別れ、山脈で暮らした。
ニンゲンはさらに東方と西方、北方へ向かった。これが、世界の始まりと種族の起源である。
役人は目を覚ますと、我が家にいた。外は太陽が昇り始めていた。しかし、帰ってきたという記憶が判然としない。しばらく寝台の上で、うつろに天井を見上げていた。やがて起きて、昨夜の体験を記したはずの粘土板を探した。見つけた。まっさらだった。はて、ナンナキの魔術だろうか。
そこで、うっすらとした記憶を書き残してみることにした。ところが時間が経つにつれて、あれは夢ではなかったかと思えてきた。ふと、昨夜はこの家で粗末な夕食をすませて、床についたのではないかと思え始めたからだ。甘いあの森の感触は、ただの霧となって消えてしまうのか。現実と夢を選ぶなら、どちらが良いだろう。くさくさとした生活を離れて、不思議な心地の良い世界へ戻ることができたなら。なぜ、戻ってきてしまったのだろうか。答えを出せず、葦の茎を粘土板へ走らせることが不可能になった。
記録はここで終わっている。役人は確かに元の都へ帰ったのだろう。なぜか、文章は説得力を失い、最後には夢であったと結論づけた。秘技を全て語ることはままならなかった。
ここで興味深いことは、エリュシオンという今も聞く言葉が、チグリス・ユーフラテス川の源流の土地で使われていたことだ。クラと自称する者たちは、卵が先か鶏が先か、ギリシアとも交流があったらしい。エウレシウスは、アテネ近くの町エレウシスと対応する。クラは少なくとも、広い範囲を移動していたことがこの言葉で分かる。たった一人のアッシリア人が、役人とはいえ、遥かギリシアの地名と儀式内容まで言い当てるイマジネーションを持てただろうか……。
ところで、エルフを証明するものは粘土板だけではない。骨や遺物もそうだが、何よりもエルフ……クラにも記録を残す方法があったらしい。神話や民話ではなく。見聞きしたこと、体験したことをありありと。
今から配るレジュメは全て、論文や考古学の粋まではいかない。"クラの記録"を見た、私の父が残した文書だ。父は2001年、一万年生きたクラと出会った。嘘か本当かは別に、考える一例になると良い。その人物から、父は"クラの記録"を教わった。なぜなのかは分からない。父はもう故人となってしまったので、もはや証拠は、譲ってもらった手書きのノート類しかない。滅亡した異種族、自らの記録。今後、私の講義が何かの役に立つだろうか。
クラの子供の物語
僕はハモミリ。姉さんは祭りの祭祀長。大人たちが大事なエリュシオンの儀式をしている間、僕ら子供は遊んでいて良いのだと言われている。仲間たちと笑い合い、ふざけ合う。時々聞こえてくる歌が綺麗なので、みんな気になって耳を澄ますことはある。だけど、姉さんは魔法で霧の簾をかけているので、どんなことをしているのかはっきりと分からない……。
その年も、エウレシウスの星が東の空へ昇ったので、儀式が執り行われることになった。聖なる牛の肩に乗る、美しい神。海の竜を従え、黄金の羊をその腕に抱く。
僕らは供物を探しに森の奥へかけて行った。じゃれ合いながら、魔法でふざけ合いながら。ヴァシュリ、クルヅェニ、ジョロ、ムスハリ、クリアヴィ、ヌシ、ポルトへウリ、それから薬草の数々。どれも美味しくて大好き。つまみ食いしたけど、足りなくなることはない。ここは豊かな実りの地、アルフヘイム。人間は牛や羊を沢山育てて、食べるって本当かな? せっかく育てたのを食べてしまうなんて、残酷だなぁ。
おっと太陽が西の山へ隠れてしまう。その前に戻らないと。神様は結局、捧げたって食べないんだよね。みんな姉さんへの贈り物ってことさ。
夜になって、満月が昇った。エウレシウスの星が輝きを増して、いよいよ儀式が始まる。そんな時、初めて感じる不思議な気配がした。ポルトへウリの木の向こうに、黒い頭の浅黒い肌をしたクラがいた。らんらんとした目で、こっちをずっと見ている。どこのクラだろう? 僕らの村の他に、暮らしているクラがいたんだ。
仲間の一人が、あれは大人たちの物語に出てくるニンゲンじゃないかと言った。火の魔法と製鉄の方法を、僕らの祖先が教えたために、お互いを殺し合っている憐れな異種族。大人たちへ知らせに行くべきかと話し合った。いつの間にか霧が解かれて、姉さんが竪琴を手に近づいてきた。異変を察知したのだろう。
「ねえ、変なのがいるよ」
「あなたは離れていなさい、ヌシの木のところまで」
妙な生き物は、姉さんにハヌフと名前を与えられた。僕らの村の仲間になったということだ。僕らはハヌフの言葉が分かるようになったし、ハヌフもまた僕らの言葉が分かるようになったようだった。こうしてニンゲンを迎えることは、大昔からあったらしい。だけど、長生きをしないので、みんな積極的にそれをしない。葬儀の仕方を、五十年生きた僕も知らない。
それにしても、こんな不思議な生き物は初めてだ。背格好は似ているのに、手足はトロールのようにゴツゴツしている。動物たちの方がよっぽど綺麗だ。羽根も生えていないし、空も飛べない。何と言っても一所懸命、葦の茎で板に線を引いている。魔法なのかな?
だから、僕らもハヌフへ似たような魔法を見せてあげることにした。ハヌフの反応ったら面白くて、新鮮だった。子供が最初に覚える「星巡りの歌」。当たり前のそれをビックリして、魔法の光を掴んで取ろうとした。手にできないと分かったのか、すると、葦で何かまた線を引っ張り始めた。僕らも真似をする。地面に引っ張ってみたけど、楽しさが分からないので、光を灯してみた。ハヌフはそれをうっとり見ていた。これは何かの記号だったらしい。星座のような。
ハヌフはいっこいっこ、教えてくれた。アッシュルバニアプリいう人の話。他の子は飽きて遊びに離れて行ったけど、僕はちょっとだけ興味があった。文字っていうそれは、ハヌフのもともとの言葉を表してるんだって。僕らの神話も残せないかな? そしたら、覚えるより確かだし、儀式で頼まなくても楽しめるんだ。きっと面白いよ!
姉さんが、険しい表情で近づいてきた。どうしてだろう? 今度は水に浸したデンドロリーヴァノを、ハヌフと僕へ振りかけた。僕はこの夜に教わった、文字というものを忘れてしまった。ハヌフは魔法で眠らされた。森の外へ連れ出すように、姉さんは精霊へ頼んだ。せっかく友達になれたのに。トロールじゃないのに、何がいけなかったの? 姉さんは、この夜のことをみんなで忘れるために、エリュシオンの宴をもう一度初めから行った……。
このアルフヘイムの外に、動物たちの他の生き物が存在する。魔法は使えないけど、僕らにはない力を持ってる。今まで森から出ることを考えたこともなかった。だけど、もし本当にニンゲンの暮らしが外にあるのなら、ちょっとだけ覗きに行ってみたいな……。
姉さんは、僕が呪われてしまったと言った。自分が軽率に異邦人を迎えたせいでと。だから、僕に今度、儀式が行われることになった。みんな悲痛な面持ちで、何がどうなるのかさっぱり分からないのだけど、さよならを言った。どうして?
友達も、訳が分からないまま悲しんでくれた。丘の上で姉さんが待っている。そこへ、僕は誰も触れることができないほど離れて歩き、登った。丘の上の祭壇で、これから首を切るのだと言われた。痛むが、僅かな間だと。姉さんがデンドロリーヴァノの薬湯を飲み、歌を歌った。今までに聞いたことのない悲しい歌だった。
神々よ、星の子が地に堕ちることへ、幸を与え給え。
我らは遠くであなたを見守ろう。
死すべきものに変わるあなたを、自然の摂理に過ぎないと。
悲しむまい、塵は塵に、死は無に。魔力は星の元に。
祝福された我らから、火を知り堕ちるもの。
さようなら。さようなら。
ある祭祀長の物語
私はリナーリ。魔法の力を、他の者たちより豊富に持って生まれた。我々クラは木々や湖、太陽、月の力を受けて、それを光に変えることができる。光を用いて水を霧に変えることもできる。植物を自在に育てることもできる。炎を作ることは禁じられていて、子供の頃に火傷を受けて教え込まされる。闇こそ我らの存在する意義、神聖な時。子供は光で遊び、大人は光で神々への儀式を行う。自然に宿る力が、我々クラには不可欠だ。それが枯れてしまわないように、クラは土地を点々とする。
そんな生活を何千年も、何万年も送ってきたと先代の祭祀長が言った。私は生まれた日を知らないし、弟が生まれた理由も知らない。ただ流れ星の多い夜、光が地上へ集まり、木のうろや、水辺に命が宿るという。我々は妖精に導かれて、クラの赤子を拾うのだ。
ただ、なぜ光が元であるのか分からない。エウレシウスの物語にあるように、神々が麦の穂を編んで作るのではなかったのか。物語は嘘であったのか、私の中には、弟が生まれた時からこの疑問が澱のように積もり続けている。もしや、この創世神話はニンゲンから輸入されたものではないのか? 我々とよく似た……むしろ我々の方が寄せ集めであるかのような、原型と歴史をニンゲンから感じずにいられない。もっと根本的な何かを祖先は隠している。
私は五百年生きてきた。クラにとって、時間はとても緩やかなものだ。年月を数えることは、本来習慣になかった。それが必要ないほど、ゆったりと暮らしてきた。しかし、ニンゲンの文明が魔法の力をたたえる土地を減少させるうちに、私の代から考えなければならなくなった。次の冬至、次の祭りまでの準備期間、生まれてから今までの時間。死んだ者が、もし生きていればという時間。
クラの寿命はそれぞれで、光が身体から失われた時だという。魔法が使えなくなることが兆候だ。死は突然訪れる。血肉は塵となり、魂は流星となって消える。その後は生まれ変わるというのが、我々の死生観だ。生まれ変わるなどと言っても、生前の記憶を失うのなら、もはや別の生き物ではないか。生きている間が全て。今この時が貴重。信仰の違いは、ニンゲンと我々で寿命が違うためかもしれない。短命であるから、死後の楽園を想像するのだろう。生きている者が安心するために、魂の平穏を想像するのだろう。ニンゲンは疑問を持つことさえしない。
なぜそこまで、私が知っているのかというと、ニンゲンを村へ数回迎えたことがあった。しかし誰もが、クラの生活に馴染むことができず、いつの間にか、病にかかり死んでしまった。みんな、おのれの元の信仰通りにして欲しいと頼み異教の神へ祈りを捧げた。
我々には病というものがない。死に瀕した時の悲しみを、共感できるクラは少ない。弱ってゆく生命に対して手の施しようがない。魔法はとても無力だ。星のような光に過ぎない。動物はさらに短い。だから、我々はせめて肉を食べない。
葬儀の仕方もまた、命みじかき者たちと我々では異なる。なぜなら、かれらは流星とならないからだ。地中深くに埋葬してやらなければならない。その役目も私であった。地の上で腐食すると、魔法の源を汚染する。我々は長命でいながら、精神がとても虚弱だ。生命を貴しとしながら、死体の掃除をする虫やハゲワシを、ことさらに避ける慣習がある。クラの死体は、もとの生まれた場所へ置かれた後、誰も見に行こうとしない。星の元へ還れと歌うだけ。本当に流星になるのか、実は誰にも分からない。産まれる瞬間すら、誰も見たことがないというのになぜ信じられるだろうか。弟が産まれた時も、私は知らないうちに赤子が足元にいたのを拾い、姉となった。流れ星など見なかった……。
慣例は完全に美しいことを求め、完全に無垢であることを求める。しかし、大地へまなざしを向けてみれば、蟻は懸命におのれの秩序を持って働き、羽虫も光にまどい苦痛を感じる。不完全こそありのままの自然な姿ではないのか。豊かな森を作る腐葉土の、枯れ葉の裏にいる虫を汚いと目を背けるあり方こそ、不自然ではないのか?
そんな風に種族への疑問を抱く私は、皮肉なことに巫女となった。先代の葬儀のあと、種族をたばねる役目を継いだ。まさか生きている間に二度も、クラの葬儀を行うことになるとは。あのニンゲンを受け入れた私の招いたことだ。
いびつな神々よ、歪んだ慣習よ。それらはただ、光の魔法が存在することによって正当化される。なんと残酷なのだろう。ニンゲンの文明へ関心を抱いたクラは、穢れてしまったのだと。生きていてはならないなんて。望み通りニンゲンへ変えるために、首を落として魂を星へ還さねばならないと。何がそれを決めたのか。神託よ。本当にいるのなら、答えてくれ、エウレシウスよ。なぜたった一人の弟を殺めるお前を、崇めなければならないのか。
私は一晩かけて嘆き、のろいを言った。朝日がさしたころには、涙は枯れていた。美しいアルフヘイム。そして不思議と私の心はエリュシオンの儀式のように陶酔へと変わった。掟を守り、従来通り村を変えず、穏便にことを済ませることにした。
そして私はもう一つ決断した。おのれの目で、死んだクラはどうなるのか見定めてやるのだ。腐食してゆく様を見ることは、穢れることを意味する。ニンゲンの世界へ堕ちるという弟を探すことは難しいだろう。そして近いうちに、私もまた首を切られるだろう。
抵抗となるだろうか。私の意思が、私の命が、決めたことをまっとうすることで、神々への反駁となりえるだろうか。
次回は吟遊詩人と妖精の恋の話です。
引き続きよろしくお願い致します。




