3.エイナ・トワードと至高の時間
強者が絶対のザナ帝国。血気盛んな帝都から離れた辺境には、なんでも屋を営む2人の男女がいた。
ひとりは店主のエイナ・トワード。そしてもうひとりは彼女の助手であるヴィル・アリナだ。ふたりは今日も届いた依頼を遂行するため、掘っ立て小屋を拠点に励んでいた。
「てなわけで、こちら依頼主のバードンさんよ。」
「うむ。バードンだ。よろしく頼む。」
『エイナ・トワードのなんでも屋』店内では、スクエアのテーブルを囲む人影あった。そのうちのひとつ、エイナは隣にいる依頼主バードンをヴィルへ紹介する。紹介を受けたヴィルは小さくお辞儀をし、話を進めることにした。
「どうも。で、依頼ってのは?」
「うむ。ずばり、貴方がたに私を踏んでほしいのである。」
「……………は?」
「む…?聞こえなかったか。ずばり、貴方がたに私を踏んでほしいのである。」
「いやいや!聞こえてたぜ!でも意味がわかんなかったんだ!まずは順を追って話してくれ!なんだって、踏んでほしいんだ!?」
「うむ。これは失礼した。当方、生まれて30余年。ふとした時に、気付いたのである。他者から虐げられるのがたまらなく快感だと。その為、こうして依頼を出した次第である。」
「わ、わかんねぇ。オマエの人生で一体何があったんだよ…!?ふとした時って、どんな時だよ!?」
「ふとした時はふとした時である。きっとヴィル殿にも分かるときが来るはずである。」
「来てたまるか!!」
くってかかるヴィルとは対照的に、エイナは冷静に、かつヤケに乗り気であった。
「まぁまぁ。依頼は依頼よ。てわけで、早速2人でバードンさんを踏み倒すわよ!」
「なんでオマエはそんなに乗り気なんだよ…。」
「だってほら。人様を踏みつけるなんて経験、そうそうないじゃない?」
「そりゃそうだけどよ…。」
そうこう話している間にも、バードンは用意をしていた。といっても、床に横たわるだけだが。
彼は床の木の匂いを鼻腔に染み込ませつつ、仰向けになる。天井を仰ぎ、今から訪れる至高の時間を待っていた。
「さぁ!さぁ!お二方!どうぞ!私の腹に足を!!」
「ふふっ。任せなさい!いくわよ!ふんっ!」
エイナが勢いよくバードンの腹へ足を乗せる。すると、バードンが口から小さく息を漏らす。その様子にヴィルは心配になり、顔をのぞき込むが当の本人は頬を綻ばせ満足気だった。
「うむ!これこそ!私が求めていたもの!もっと!もっとである!」
「任せなさい!…………案外楽しいわね!これ!」
「うむ!うむうむ!」
「……………な、なんの特殊プレイだよ……。」
はたから見ればどうしょうもなく恐ろしい光景だが、本人達は満足そうだったのでヴィルは止めることなくただただ眺めるだけだった。
しばらくその珍妙な行為は続き、そろそろ頃合いかと思ったのかエイナは足をどかす。
「ふぅ。これはそろそろ良いかしら。」
「うむ。さて…次は…。」
「まだあんのかよ…。」
げんなりしつつも、ヴィルは次なる要求を待つ。
「そうだな…。次は灼熱サウナへと赴こうと思う!あの滾る暑さ。あれこそ、私の求める被虐性抜群の施設である!」
「サウナ…なら、私は中まではついていけないわね。助手1号。サウナの中までは貴方に任せるわ!」
「ま、任されたくねぇけど承知したぜ…。」
次なる舞台はサウナ。と言っても周囲にそのような施設はない。店が建っているのは街外れだからだ。サウナを目指すのならば、街まで赴く必要がある。
3人は早速、サウナ求めて街へと行く。サウナが設置してある温泉はそれほど混雑しておらず、スムーズに入ることが出来た。
「それじゃあ、バードンさんは任せたわよ!」
「お、おう。…………正直自信はねぇけど…。」
「うむ!さぁ!いざいかん!至高のサウナへ!さぁ!ヴィル殿!さぁ!」
「分かった!分かったから!ちっと待て!」
はやる気持ちを抑えられないバードンは、我先にとサウナに向かう。あれは野放しにしてはいけないと、ヴィルも駆け出す。
充満な木の香りが漂うサウナはヴィルとバードンの貸切であった。入った途端に熱気が頬を撫で、熱が可視化されたような錯覚に襲われた。
「あ、あちぃ…。」
「だが、これこそ至高!うむ!うむうむ!」
「わ、分かったからうむうむ言うのやめろ…。」
「うむ!」
「オレの話聞いてたか!?」
ヴィルはバードンの隣に腰掛ける。
「うむ。至高の時間だ…。」
「すげぇ暑いけどな…。」
「それこそサウナである!うむ!…………うむ。ヴィル殿。思えば私達はふたりきりであるな…。」
「こ、怖ぇこと言うな!言っとくけど、オレにそーいう趣味はねぇからな!?」
「分からないのである。もしかすると…そっちの嗜好に目覚めるかもしれないのである…。」
「目覚めてたまるか!!いいか!オレに近付くなよ!!絶対だ!!」
「うむ。その態度もまた至高である。」
「無敵かオマエは!?」
何を言っても至高と返されるヴィルにはもはや打つ手はなかった。彼が今出来ることと言えば、己が貞操を守ること。それだけであった。
流石のバードンも永遠にサウナへいられるはずもなく。倒れてしまう前にサウナから出ることになった。
着替えを終えて出るとエイナが先に立っていた。髪も濡れておらず、サウナや温泉に入った痕跡もない。
「あれ?オマエ入んなかったのか?」
「えぇ。…………こういうの、少し苦手なのよね。」
「へー。オマエにも苦手とかあんだなぁ。」
「えぇ。だってほら。貴方みたいにいやらしい目で見られたら嫌だもの。」
「見てねぇよ!?つぅか、今日は見られた側だからな!?」
「あら。そうなの。………バードンさんとお幸せにね。しっかり添い遂げるのよ?」
「添い遂げねぇよ!!拒否したに決まってんだろ!?」
ふたりが言い合う間。バードンはというと売店でコーヒー牛乳を買い、胃袋へ流し込んでいた。
「うむ!サウナあがりのコーヒー牛乳もまた至高である!うむ!」
僅かに滴る水滴を拭きながら、バードンはコーヒー牛乳を飲み終え満足気に背伸びをするのだった。
***
「今日は至高の時間を過ごせた!貴方がたには感謝である!」
サウナを出ると外はすっかり暗くなっていた。夜風がほんのり冷たい。
「こちらこそ依頼を出してくれて感謝するわ。あっ!私、少し用事があるから行ってくるわね!」
エイナはそう言い、2人から離れていった。
「うむ。……ふたりきりであるな。ヴィル殿…。」
「だからオレにはそっちの趣味はねぇって!くそっ!オレを置いてかないでくれ!エイナ!!」
「まぁまぁ。そう言わずに…。」
「わーっ!?離れろ!近付くな!」
粘っこい視線を感じたヴィルは咄嗟に距離を取る。するとバードンは突然姿勢を正して、微笑む。
「ヴィル殿。貴方はどうしてエイナ殿を手伝っているのである?」
「あ?きゅ、急だな…。……………別に。あいつの作る人形が気に入ったからだ。あっ!人形をやらしい目で見てるとかじゃねぇからな!?」
「うむ。そうであるか。…………本当にそれだけであるか?」
「……………………。」
バードンは伸ばしたちょび髭を触る。動作は目に追えるものの、彼の子細な表情までは読み取れなかった。
「ヴィル殿。いや。ヴィル・アリナ殿。貴方は兄君に似ておる。故に、私は心配なのであるよ。」
「兄さんに…?オマエ、なんで兄さんのこと…。」
「……………私はバードン・トルスィ。元帝国騎士団第1部隊の隊長である。」
「第1部隊って、じゃあ、兄さんの上官だったのか!?」
「うむ。」
バードンはヴィルから顔を背け、星空を見上げる。くたびれた瞼から覗く瞳は、弱く輝く星を逃さんとしていた。
「貴方の兄君は勇敢で善良な若者であった。」
「…………でも、死んだ。いや、だから死んじまった。」
「うむ。………だからこそ、ヴィル殿。私は貴方に幸せに生きてほしいのである。貴方はまだ、死を迎えるために生きるには若すぎるのである。」
「………別に死ぬつもりはねぇよ。」
「そうであるか。………なら、良かったである。うむ。」
街の喧騒が2人を包む。思いを馳せるのは目前の今でなく、遠い過去。死した人間が残した残穢を汲み取るように、2人はただ黙って暗闇に身を委ねるのだった。




