2.エイナ・トワードは別れさせ屋
ザナ帝国の辺境。辺鄙な場所に住むエイナ・トワードは今日もまたなんでも屋として仕事を受けていた。
「助手1号!早速依頼よ!」
弟子1号と称し、呼び寄せたのは同居人兼仕事仲間のヴィル・アリナ。彼は欠伸と伸びをしながら彼女の対面へと腰掛ける。
テーブル越しに目を合わせ、エイナはひとつの紙を広げる。
「依頼ってのは…これか?」
「えぇ!お手紙を貰ったのよ!読み上げるわね!」
『こんにちは。エイナ・トワードさん。お手紙で失礼します。今回は依頼について、筆を執らせて頂きました。依頼というのは、私達を円満に別れさせて欲しいのです。私には付き合っている殿方がいるのですが、どうやら彼には想い人がいるようなのです。ですが、優しい彼は私を振ることもできず、想い人と付き合えない様子。私は、早く彼を解放してあげたいのです。そこでエイナさんに上手く私達を別れさせて頂きたいです。どうか、よろしくお願いします。』
手紙を読み終えたエイナはふぅと息を吐く。対するヴィルは眉をひそめてテーブルに肘をついた。
「………なぁんか、変な依頼だな。」
「あら。そうかしら。」
「あぁ。別れてぇなら、自分で言い出せば良いじゃねぇか。」
「うーん。言い出しても、優しいパートナーに断られるんじゃないかしら。依頼主もそう思って手紙を書いたのよ。きっと。」
「ふぅん。そうかぁ…?」
「きっとそうよ!助手1号は女心が分からないのねぇ。そんなんだから人形にいかがわしい気持ちを抱くのよ。」
「抱いてねぇって!!つぅか、そーいうオマエは恋愛経験あんのかよ!?」
「あるわよ。なんなら、毎日顔を合わせてるわ。」
「なっ!?」
突然のカミングアウトにヴィルは椅子からひっくり返りそうになる。決して嫉妬心などではなく、単純に先を行かれた、そんな心持ちからだ。
「い、いったいどんな奴なんだよ…。」
「どんなって、こんなよ。」
エイナは自身の顔を指さす。
「あ?オマエにそっくりな奴なのか?」
「そっくりというか、私自身というか。………毎朝鏡を見て言うのよ。今日も美しいわね。明日はもっと綺麗になるわって。」
「じ、自分を口説いてんのかよ…。」
「まぁ、そうなるわね。」
「驚いて損したぜ…。」
椅子に座り直したヴィルは再び顎に指を這わせる。
「で、依頼内容に戻るぞ。………別れさせるってもどーする?」
「そうねぇ。やっぱりまずは視察よね。早速、依頼主の恋人を観察しに行きましょう!」
「おう。りょーかい。」
2人は手短に用意を済ませ、街へと繰り出す。依頼主とその恋人は付近の街に住んでいるらしく、歩いて数十分ほどで目的地へと辿り着いた。
依頼主らは学園に通っている生徒であり、自ずと行動範囲も限られている。学校が終わる時間帯、エイナらは制服を着た生徒達を見分けながら街をぶらつく。
「ん?あれじゃねぇか?特徴とおんなじだ。」
ヴィルはそう言って写真と件の人物を見比べる。手紙に同封していた写真には依頼主とその恋人が写っていた。発見した人物は幸運にも依頼主と恋人2人である。恐らくデート中なのだろう。
エイナは頷き、地面に体を預ける。
「よし。それじゃあ2人をつけるわよ…!」
「匍匐前進でか!?逆に目立つだろ!?」
「でもバレないようにするには最善じゃない…?あ、それとも屋根に張り付いて行きましょうか?」
「行かねぇよ!普通に!普通に追いかけるぞ!」
おかしな行動を取らないよう、エイナを抑えつけてヴィルは依頼主達を追いかける。なるべく二人の会話が聞こえる距離にまで。
「この間のお茶会はとても有意義でしたわぁ。」
依頼主であるフィルのゆったりとした声が聞こえる。
「お茶会…?フィル。僕、聞いてないけど…?」
「ミーナ様はその日、用事があったじゃありませんの。」
恋人のミーナは不機嫌そうに髪をいじる。
「それは…そうだけど……。そのお茶会、男は居たのかい?」
「えぇ。居ましたわ。ですが、お友達ですもの。何も心配はいりませんわ。」
「………………知ってたら僕も行ったのに…。」
「?何かおっしゃいました?」
「…………ううん。別に…。」
はぐらかし、ミーナはフィルの腰に手を回す。自然なエスコートだった。恋人であるこだから、それは自然な行為に見えた。だが、目撃したヴィルは違った。
「おいおい。確か、ミーナって奴は他に好きな奴がいんだよな…?ホントにそうなのか…?」
「?だって、依頼主の手紙にはそう書いてあったわよ?」
「いやいや。あの様子じゃ、恋人にゾッコンって感じじゃねぇか。」
「そう…?でもずっと暗い表情じゃない。不機嫌そうよ?」
「分かってねぇな。アイツ、恋人が男とお茶会したのが気に食わねぇんだろ。つまり、嫉妬してんだよ。」
「そうなの…?ただ食べ過ぎで胃もたれしてるだけかもしれないわよ?」
「そりゃオマエの話だろ!」
「あら。よく分かったわねぇ。」
人の機微を読み取れないのか、エイナは今回の依頼には向いていないようだ。仕方なし。ヴィルはここは自分が気張らなければとやる気を出す。
そうこうしていると、フィル達は他の店を物色しに行く。無論、ヴィルとエイナも後をつける。
小物をみて回る2人に、近付く人影があった。その人物は2人と同じ制服を着ており、恐らく同学年であろうことが察せられた。
「おっ!フィル!奇遇だな!こんなとこで!」
「まぁ!奇遇ですわね!この間のお茶会、楽しかったですわ!」
「そーか。そーか。また、一緒に飲もうな!」
「はい。」
「………………。」
楽しげに話すフィルと男子生徒。当然、横のミーナは顔をしかめる。
「どうもはじめまして。僕、フィルの恋人のミーナと言います。」
「おう!どうも!俺、」
「自己紹介の必要はありません。君は、ナジナ・ムーン君でしょう?」
「おー。あたり!」
「ふんっ。」
ミーナの髪をいじる指の速度が早まる。どうやら彼の機嫌と同期しているようだ。
そんな様子を観察したヴィルはほぼ確信したかのように結論付ける。
「や、やっぱりミーナはフィル以外に好きな奴いねぇんじゃねぇか…?」
「え?そう?」
「あぁ。だって、見ろ。ナジナが来てから髪弄くる回数が増えてんだろ。きっと彼女を取られそうで苛ついてんだ。」
「全く。分かってないわね。助手1号。髪をいじるってことは、その相手を気にするってことじゃない。髪型が変じゃないか、不安なのよ。」
「あ?それだとミーナがナジナを気にしてるみてぇじゃねぇか。」
「えぇ。そうよ!私の予想ではミーナさんはナジナさんを好いてるんだわ!」
「んな馬鹿なこと…。」
ヴィルにとっては、どこからどう見てもミーナが不機嫌なのは明らかだった。その契機はナジナが現れてから。つまり、ナジナを好いているというのはどう考えてもあり得ない。
だがエイナは己の考えを曲げないようだ。
「考えてもみなさい。自己紹介をしてないのに、ミーナさんがナジナさんの名を知っていたのはおかしいじゃない。」
「そりゃ、恋敵の名前ぐらいは調べてんだろ?」
「違うわよ!恋敵なんじゃなくて、想い人なのよ!だから、名前を知ってるのよ!」
「……………また突拍子もねぇことを…。」
ヴィルはため息をつきながら、移動する3人を追う。エイナと話している間に、3人で店を回ることになったようだ。
しばらく露店を見た3人は、疲れたのか休憩用のベンチを探す。開かれた緑地に白いベンチが置かれた公園へと移動することになった。
白いベンチは幾つか設置されており、中でもハート型のベンチも存在した。それを見つけたフィルは思い出したかのように声を発する。
「そういえば、このハート型のベンチにはジンクスがあるそうですわね!隣に座ったり、そこで接吻をすると長く添い遂げられると…。あー、素晴らしいジンクスですわぁ!」
わざとらしい物言いに違和感を覚えるヴィル。それもそのはず。なんと、ヴィルは確かにフィルと目が合ったのだ。それはまるで、そのジンクスを成就させろと言わんばかりである。
「………オレ達が、なんか手伝ったほうが良いのか?」
「なるほど!そういうことなのね!それじゃあ私、ミーナさんとナジナさんにぶつかってくるわ!それで上手くベンチに誘導して…。」
「それじゃあ野郎2人が結ばれちまうだろ!?」
「良いじゃない!だってミーナさんはナジナさんが…。」
「ぜってぇちげぇ!ミーナは普通にフィルのことが好きなんだろ!」
「まぁ。分かってないわね。そう言うなら、もうぶつかってきちゃうわ!」
「あっ!おい待て!」
善は急げとばかりにエイナは走り出す。まずいと思ったヴィルは当然追いかける。彼の予想では、ミーナは依然として恋人を好いているはずなのだ。つまり、ベンチに座らせるべきはミーナと恋人のフィルだ。
エイナがミーナにタックルする直前。ヴィルはその軌道を変えようと彼女の裾を引っ張る。だが、それが起因してエイナは付近のナジナにぶつかってしまった。
倒れてしまいそうなナジナへ、ミーナが咄嗟に手を伸ばす。その拍子に、ナジナはベンチに尻餅を。そしてミーナはバランスを崩しナジナの上へと覆いかぶさってしまった。勢いはそこで止まることなく、2人の唇が接触する。
「なっ!?」
「っ!?」
その場にいた一同、皆が驚く。だが、止まっている暇はない。ヴィルは軽く謝罪し、エイナを小脇に抱えながらすぐさまその場を去る。そして木の陰へ隠れた。
「な…………な………。」
ミーナは唇を抑え、わなわなと震えていた。その顔は仄かに赤い。
それを見ていたフィルもまた、何故か紅潮し息を荒くしていた。
「ぼ、ぼくは、は、初めてだったんだぞ…!」
その言葉を耳にしたナジナは嫌に真剣な顔をしてミーナの手を掴む。
「ミーナ。責任は取る。」
「は、はぁ!?な、何言って…」
「そのままの意味だ。俺、お前が好きだ。お前は覚えてないかもしれないけど、1年の時助けられてからずっと想ってた。恋人がいるってのは知ってたけど、でも諦められなかったんだ。」
「なっ、………なっ。」
どもるミーナから顔を離し、ナジナはその恋人であるフィルへと向いた。
「てなわけで、フィル。悪い。俺、こいつが好きだ。」
「………………わ。」
「?フィル?」
「この時を待っていましたわぁー!」
「!?!?」
フィルは今日一番、大きな声で歓喜を表す。
「私、知ってましたの!ミーナ様がフィル様を想っていることも!フィル様がミーナ様を想っていることも!それで、いつかお二人が結ばれる日を心待ちに…うぅ。」
「えぇ!?そうなのか!?ていうか、ミーナ、俺のこと…。」
「う、うるさい!何度も言うな!」
フィルの喜びが混じる涙声。それを聞いたヴィルは唖然とした。
「ま、マジかよ…。こんなことってあんのかよ…。」
対するエイナは自慢げに鼻を鳴らす。
「だから言ったじゃない!助手1号はまだまだね!」
「ぐっ。オマエに言われるのは納得いかねぇ…!」
「まぁまぁ。でも良かったじゃない。これで依頼は完了ね。」
「ま、まぁ。そうだけどよ…。」
2人は想いを告げ合ったミーナ達を見る。照れくささも見られる光景は、のどかな公園をバックに浮き出るほどの幸福だった。
エイナは静かにその光景を目に焼き付けるように見入る。そして、ひっそりと呟いた。
「……………いいわね。あぁいうの。」
「なんだ。オマエも恋人が欲しくなったのか?そーいう情緒、あったんだなぁ。」
また変に茶化すのかと身構えるヴィル。しかし、エイナは普段のように笑うのではなく寂しそうに目を細めた。
「そうね。もし、そんな事ができたら、良いなって思うわ。」
「…………………まっ。出来んだろ。そう心配する必要はねぇよ。」
思わぬ雰囲気にヴィルも真面目に返答する。だが、次の瞬間にはエイナはいつもと同じふざけた様子へと戻っていた。
「えぇ!そうよね!心配いらないわよね!というか、私より貴方の心配よ!助手1号!貴方はもっと恋愛を知らなきゃいけないわね!人形にいかがわしいことしてる場合じゃないわ!」
「だからしてねぇっつってんだろ!?」
雲が流れないほどの晴天。穏やかな風とともにその下では若者が今日もまた暮らしているのだった。




