1.エイナ・トワードと粗暴な少年
弱肉強食のザナ帝国。魔法に長けた人間が国のトップに君臨し、才あるものが上に立つ。そんな国だった。
帝都は日々殺気立ち、行き交う人々は鋭い瞳を光らせる。
殺伐とした風景。とは打って変わって、帝都と離れた辺境に住むひとりの少女がいた。名はエイナ・トワード。擬態魔法のスペシャリストであり、自律型の人形作りが得意な少女だ。彼女は有り余る好奇心とほんの少しの親切心から『エイナ・トワードのなんでも屋』を営んでいた。
質素な掘っ立て小屋に今日もエイナの大声が響く。
「ん〜。今日も私が作った人形は可愛いわねぇ〜。昨日より100倍可愛いわ!きっと明日は1000倍可愛くなるわねぇ!」
わけの分からぬことを言う少女。
ふと、古びれたドアが揺れる。軋んだ音をたてて、開いたドアから現れたのは長身の青年であった。
「…………ここが『エイナ・トワードのなんでも屋』か?」
「えぇ!そうよ!いらっしゃいませ!これまた随分とべっぴんさんがやって来たわねぇ!」
「べっぴんさん…?オレのことか…?」
「勿論!貴方素敵よ!私の人形の次にね!」
「…………あんま嬉しくねぇな。………いや。んなことはどうでもいい。」
青年は首を振り、話を戻す。
「オレはヴィル・アリナ。お前に依頼があって来たんだ。」
「依頼ね!分かったわ!それじゃあ早速行きましょう!」
「あ!?行くって何処に…!?そもそも、依頼の内容聞いてねぇだろ!?」
「分かるわよ!人形作成の依頼でしょう!」
「よ、よく分かったな…。で、何処に行くんだよ。」
「材料探しよ!生憎人形に必要なものが不足してるの!」
「そ、そうか…。ってオレも行くのか!?」
「当たり前じゃない!行くわよ助手1号!」
「出会って数分で助手は早ぇだろ!?おい!聞いてんのか!?」
エイナはヴィルの言葉に聞く耳を持たず、強引に袖を引っ張る。
家から出て向かった先は鬱蒼とした森であった。
魔物が息を潜める木々の隙間は、不気味なほど暗い。少しの風でざわめく葉は、突然の来訪者を歓迎してはいないようだ。
「………………。」
「あら。助手1号。もしかして怯えてるのかしら。」
「ち、ちげぇよ。警戒してんだよ。魔物がいねぇかとか…。」
「そうだったのね。頼もしいわ!でも警戒するべきなのは魔物だけじゃないわよ!」
「ど、どういう意味だよ…?」
「ズバリ、出るのよ。ここ。」
「で、出るって…。ば、バカか。脅かすなよ。なんだ?お前、死人が生き返るとかそーいうの信じてんのか?」
声を震わせるヴィル。安堵を求めるために、エイナの次の言葉を待つ。だが一向にエイナはしゃべらない。何故そうしないのか、彼女の顔を見た瞬間、ヴィルは血の気がひいた。
隣りにいたエイナはヴィルの後ろをじっと見つめていたからだ。そして、指を差しひと言。
「あっ。出たわ。」
「ッ!?」
体温が下がっていくのを感じながらもヴィルは決して後ろを振り向けなかった。決して、迷信を信じているわけではない。訳では無いが、何となく後ろを振り向きたくないのだ。そう自分に言い聞かせて。
「お、おおおおおい。早く目的のモノ見つけるぞ!ほら!早く!」
「わっ。急に走ると危ないわよー。」
呑気なエイナを他所にヴィルは走り出す。後ろにいるであろう未知の存在に追いつかれないよう。
「あっ!」
「!」
声が聞こえたと思えば、エイナは木の根に引っかかり転んでしまったようだった。ヴィルは咄嗟に振り向き、彼女を未知の存在から救うべく手を差し伸べようとする。
その瞬間、ヴィルは目にしてしまう。
「わぁ!?な、なんだこのオッサン!?」
そこに映るは全裸の男。局部は葉で隠しているが、紛れもない全裸である。
「言ったじゃない。出るって。」
エイナは何事もなかったかのように土を払う。
「出るって何がだ!?裸のオッサンがか!?そ、それともコイツ、もう死んでるのか…!?」
「いえ。生きてるわ。」
「それはそれで怖ぇよ!!」
「もう。そんな失礼なこと言わないの。私が出るって言ったのは変質者のことよ。この人、この辺りで名の通った変質者なの。」
「名の通った変質者ってなんだよ!?さっさと警備隊に通報しろ!!」
「?してるわよ。でも警察隊から解放されたらまたやるのよ。………今回は出てくるまで少し長かったわね。」
エイナはそう言い、全裸の男もとい変質者へ顔を向ける。すっかり慣れた様子だ。
対する変質者はというと少し照れくさそうに鼻頭をかく。
「え、えへへ。そうなんです。今回はしこたま怒られまして…。いやぁ。次はもっと長く拘束されますかねぇ。」
「きっと。されるわね。まぁ、頑張りなさい。」
「はい。エイナ殿も商売頑張ってくださいね。」
「な、なんで、普通に会話してんだよ…。オレがおかしいのか…?」
混乱するヴィルの横でエイナは空中に手をかざして遠隔魔法を起動する。魔法陣がひとつ、空に描かれる。そこから警察隊の通信係の声がした。エイナは手慣れた様子で警察隊と連絡し、遠隔魔法を切った。
「さてと。通報もしたし、材料集めに戻りましょうか。それじゃあ、また。」
「はい。お気をつけて。この辺りは危ないですからねぇ。」
「危ねぇ原因はオマエだろ…。」
兎にも角にも、無事に変質者と別れた2人は森の最奥へと進む。
「そういや依頼内容詳しく教えてなかったな。」
「?別に良いわよ。ほら、人形をやましいことに使いたいと思うことなんて一度や二度、人間ならあるものね。」
「ちげぇよ!?んなこと考えてねぇかんな!?」
「そう否定されると疑念は深まるばかりね…。」
「じゃ、じゃあそーいう目的で依頼したことで良い!」
「やっぱりそうなのね…。………私が言うのもなんだけど、人間の恋人を探すのを勧めるわ。」
「否定しても肯定してもだめじゃねぇか!!」
あらぬ誤解をしたまま、エイナは突然その場にしゃがみ込んだ。
「?なんかあったのか。」
「えぇ。目的のモノを見つけたわ。」
「ただの蔓に見えっけど…これ、人形に使うのか?」
「そうよ。あっ、でも、拘束プレイとかそういうのじゃないわよ…?」
「だからんなこと考えてねぇって!!」
エイナは再び手を突き出す。今度は遮断魔法を使用するためだ。
空に描かれた魔法陣は右に一回転すると効果を発し、付近の蔓を正確に裂く。
「よし。材料はこれでオーケーね。早速戻って作るわよ。」
「お、おう。…………これ、オレがついてく意味あったか?」
「勿論。だってほら。一人じゃ寂しいもの。」
「そ、そうか。………まぁ、なら良かったけどよ。」
「それに貴方を店に置いたままじゃ、私の人形達が危険だもの。」
「だからオレにそーいう趣味はねぇって言ってんだろ!?」
「大丈夫よ。私、理解はある方だもの。」
「何も大丈夫じゃねぇ!!」
森から店へと戻る間、ヴィルは必死に弁明に取り掛かるのだった。果たしてエイナの疑惑が晴れたかどうかは定かではなかったが。
***
店に戻るとエイナはすぐに人形作成を始めた。使用するのは採取した蔓と布。まずは作製魔法で蔓を編み込む。採ってきた蔓は木よりも腐ることのない特殊な性質であり、長持ちするものだった。
先とは違い4重、5重にもなった魔法陣。各々別方向へと回り、蔓を人形の形へと成していく。
その様は幻想的でもあり、窓から差す僅かな木漏れ日と相まって優しい光景だった。ヴィルはエイナの側でそれを眺める。
「ふぅ。こんなものね。」
出来上がったのは犬を模した人形だった。それを見たヴィルは驚く。
「お、オマエ。なんでこのカタチにしたんだ?」
「なんでって、依頼主が望んだからよ。」
「望んだって…。オレ、依頼の内容教えてねぇよ?」
「ふふっ。でも、私は知ってるわ。依頼主は小さな女の子。欲しいのは誕生日用の犬のぬいぐるみ。その子はたったひとりの母親に心配をかけたくなくてプレゼントを遠慮してたのよね?」
「…………………。」
ヴィルは開いた口が塞がらなかった。エイナの言ったことは全て正しい。確かに、依頼主の少女は犬のぬいぐるみを欲していたし、それを口にすることを遠慮していた。だがその情報も、ヴィルが粘りに粘って聞いたものだ。近所に住む幼い少女の為、必死に聞いたものだ。それをあっけからんと当てるとは、一体どういうことなのだろうか。
「オマエ……一体…。」
「あら。自己紹介してなかったかしら。私はエイナ・トワード。なんでも屋を営むなんでもない少女よ。さっ。依頼はこれで終いよね。あぁ、代金はいらないわ。これ、貴方のなけなしの全財産だものね。」
「そ、そんなことまでわかんのかよ!?」
「ふふっ。えぇ。そうよ。まぁ、どうして知ってるかは企業秘密だけれど。」
ほんの少しの恐れを抱きつつも、ヴィルは礼をする。何はともあれ、依頼通りのぬいぐるみを作ってもらえたのだ。
店奥の工房から出入り口へと移動し、エイナはヴィルを見送る。
「それじゃあ。お気をつけて。…………そのぬいぐるみ、喜んでくれると嬉しいわ。」
「あぁ。きっと喜んでくれるぜ。なんてったってエイナ・トワードの一級品だからな。」
「…………………褒めてもいかがわしい人形は用意しないわよ?」
「いらねぇよ!!」
最後まで振り回されたヴィルはその言葉とともに『エイナ・トワードのなんでも屋』から出るのだった。
***
店から出たヴィルは早速近所の幼い少女へ会いに行った。
「よぉ。今日、誕生日だろ。これ、やるよ。」
「こ、こんなに可愛いのもらっていいの!?」
「おう。遠慮すんな。ガキは遠慮なんか覚えなくて良いんだよ。」
「でも、これ、高かったよね…?お兄ちゃん、大丈夫…?も、もしかして体を売って…!?」
「ちげぇよ!!つぅか、ガキがそんなこと言うな!………親切な人形屋に作ってもらったんだよ。」
「そ、そうなんだ…。良かった。………ありがとう。お兄ちゃん。………あのね。今日はお母さん、早く帰ってきてくれるかもしれないんだ。」
「そっか。そりゃ良かった。じゃあ今日はご馳走かもな。暗くなる前に家に帰らねぇとな。」
「うん…!ありがとうお兄ちゃん!またね!」
「おう!」
少女は受け取ったぬいぐるみを抱きしめて走り出す。ヴィルは少しの間、その後ろ姿を見送った。転ばぬかどうかは杞憂だったらしく、少女の姿はすぐに見えなくなったのだった。
「さて。行くか。」
見送りを終えたヴィルは踵を返す。向かう先はただひとつだった。
街を抜け、人里離れた場所を目指す。そこにあるのは小さな掘っ立て小屋。くたびれた木のドアを押し、挨拶をする。
「よぉ。」
「あら。いらっしゃい。何か忘れ物かしら?」
『エイナ・トワードのなんでも屋』の店主。エイナはやや驚きヴィルを迎えた。
「忘れ物っちゃあ、忘れ物だな。」
「?」
「エイナ・トワード。オマエに頼みがある。オレをここで働かせてくれ。」
「え?ど、どうして急に…?貴方、弟子は嫌だって…。」
「………考えてみりゃあ、タダでぬいぐるみ貰うのはマズイだろ。でも、オマエは金を受け取らねぇ。だから、ここで働いて返そうと思ってな。」
「べ、別にいいわよ。そんなの…。」
「じゃあ、この金受け取れ。」
「それは無理よ!だってそしたら貴方、一文無しじゃない!草を貪る姿は面白いかもしれないけど…!」
「面白くはねぇだろ!?」
予想外の食い下がりにエイナは慌てる。だが、ヴィルの考えは変わらなかった。
「金を貰わねぇなら、ここで手伝うぜ。……オレ、オマエの人形好きだしな。近くで見てぇんだ。」
「……………。貴方、やっぱり人形をやらしい目で…。」
「ちげぇ!!今の好きは、純粋な、プラトニックなやつだ!!」
「いいえ。こう、下心が透けてたわね。」
「透けてねぇよ!!オマエの目が曇ってんだ!」
「透けてないってことは、あるのは否定しないのね…。」
「透けてもねぇし、下心もねぇよ!!あーもう!なんと言われようが、ここで働くからな!住み着くからな!」
こうして半ば強引に、ヴィル・アリナは『エイナ・トワードのなんでも屋』で働くことになるのだった。




