4 逃避おじさん
アメリカ 国防省
「コードネーム『エース』がまた活動を始めたらしいな」
「日本の資源輸出量がまた上がるかもしれんな」
「しかし奴もすでにアンティークプレイヤーだ。そこまで心配する必要もあるまい」
「調べによると現在のレベルは……ふっ、落ちたものだな」
「失礼ですが、53歳でこのレベルは驚異的ではないでしょうか?」
「どうした?ケイトリン」
「ここにいるのは珍しいな」
「ダンジョン探索はどうした?トッププレイヤーの君には期待しているのだよ」
ケイトリン・リリー・フィリップス 22歳
14歳からダンジョンに潜り始め、すでにレベル500まで到達した全米top10ランカー。
才色兼備、SNSのフォロワーも8桁の表向きはインフルエンサー。
しかし、裏の顔はCIAのエージェント。
「私を、日本に行かせてください」
「またそれか」
「冒険者の渡航には色々制約があるんだ。君もわかっているだろう」
「ですが、アメリカのダンジョンは500階層が最高峰。このままではレベルは頭打ちです」
アメリカのダンジョンは西海岸に集中している。
ダンジョンは日本がずば抜けて多いのだが、アメリカは世界2位の保有数だ。
しかし、アメリカでもっとも深いダンジョンで500階層。
完全攻略を繰り返してもレベルは700くらいで頭打ちになってしまう。
日本の別府第一ダンジョン1000層、草津ダンジョン900層、箱根ダンジョン900層、道後ダンジョン800層
他にも高階層ダンジョンがいくつもある。
どれをとっても海外の冒険者には魅力的なダンジョンだ。
敵も当然強くなる。レベルの上昇も期待できる。
海外の冒険者が他国のダンジョンに潜るのはいくつか問題がある。
一つ目は資源の国外流出。
アイテムボックスに入れてテレポートすればよいのだから容易に出来る。
もちろん発覚すれば重罪、国際問題。
なので各国は他国の冒険者の受け入れには否定的だ。
逆に、日本に冒険者を送り込みたいと思ってる国は多い。
二つ目は冒険者の死だ。
自国で他国の冒険者が亡くなってしまった場合の責任問題だ。
もちろん、ダンジョンは自己責任、これは各国共通である。
だが、それを政治に利用してこようとする国もある。
なので厄介ごとは受け入れたくないというのが各国の本音。
他にも細かい問題はいろいろあるのだが割愛。
「君の仕事は資源を持ち帰ることだ。レベルを上げる事ではない」
「ですが、冒険者を軍事力として考えた場合、現状では日本が圧倒的です。独走を許してよいのですか?」
皆、黙ってしまう。
当然今までも議論されてきた問題だ。
しかし、ダンジョンが誕生した頃、各国が自国のダンジョンの対応に追われている間にすでに独走を許してしまった。
その中心にいたのが、コードネーム『エース』
彼は旅行気分で各地のダンジョンを攻略し、その土地の美味いものを食いながら攻略サイトを充実させていった。
それにより、日本の冒険者全体のレベルアップ、資源産出力の底上げへと繋がっていった。
日本の資源大国への道筋を作り上げてしまった。
「表向きは日本は友好国です。なんとかねじ込んでもらえないでしょうか?」
「表向きはとは、おかしなことを言うもんだ」
「ケイトリン君、慎みたまえ」
「日本は友人だよ、はっはっは」
…やはり駄目か。
お偉方は危機感が無さすぎる。
エースは旅行気分で各地のダンジョンを攻略し、その土地の美味いものを食いながら攻略サイトを充実させ、ついでに温泉に入って極楽気分で次へ向かうような奴なのに。
うらやましい。
私だって日本各地にある美人の湯に入りたい。
ダンジョンはないけど辺鄙な場所にある秘境の湯に入りたい。
青森にある千人風呂、混浴だなんて私どうなっちゃうの?
アニメのモデルになったという渋温泉の有名旅館!
雪が舞い散る銀山温泉!
四万温泉の日本最古の木造湯宿!
はぁ、なんて魅力的なのかしら。
…なんとしてでも、どんな理由を付けてでも絶対に日本へ行ってやるわ。
ケイトリン・リリー・フィリップスは過度の温泉マニア。
CIAの仕事なんてどうでもいいからとにかく日本に行きたいだけの人。
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「んー、今日はどうすっかな」
現在自宅でゴロゴロ中。ダイエットは継続が難しい。
何回かダンジョンに潜ったけど昔取った杵柄、若干飽きてきたな。
今日は休んでこないだセーフティエリアで会った3人娘の動画でも見ようかな。
でもなぁ、嫁に履歴とか見られるとめんどくさいし。
はあ、別宅でも借りようかな。でもそんな事したら絶対浮気を疑われるし。
う、嫁の足音が聞こえる。こっちに来ないよな?な?
…自分の部屋へ行ったようだ。
なんで自分の家でこんなに緊張しなきゃいけないんだろう。
はぁ、昔は良かったなぁ。
嫁も俺にベタ惚れで、くっついて離してくれなかったもんだが、いつからこうなったんだろ。
はぁ、寝よ。
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「ルシル、おじさんの話をもっと聞かせてよ」
「あたしだってよく知らないよ?3回しか会ったことないもん」
ダンジョンに向かう途中、新しいパーティメンバーの三橋恵令奈が纏わりついてくる。
色々話していくうちに、どうやらおじさんの事が気になり始めたみたいだ。
彼女は中学の時の同級生、現在は違う学校行ってる。
ギャルでは無いのだが、派手だった印象の子だ。
実は中学の時はそんなに喋った事もなかった。彼女、すごい不良だったんだよね。
学校にもあんまり来てなかった気がする。
どこで聞いたのか知らないけどあたしがダンジョンに潜ってるの知ってて駅で声をかけられた。
不良の記憶が強いから最初は怖かったなぁ。話してみるとそうでもなかったんだけどね。
で、自分も潜りたいと言ってきた。
「おじさんの事ならクオンちゃんのほうが詳しいんじゃないかな?」
「今日パイセンは?」
「当番だから少し遅れるって、低階層なら先潜ってていいよって言われた」
「ほほう、さすがレベル13は余裕ですな~」
エレナは現在レベル3。あたしはレベル9になった。
「でも、後衛2人だよ?ウチ弓職のスキル出ちゃったし」
「あたし前衛も出来るよ?」
「魔法使いなのに?」
最初におじさんに言われた二刀流が頭から離れない。
中学の時の棍棒を押し入れから引き出し、練習してるんだよね。
「新体操やってたんだね。知らなかったよ」
「中二でやめちゃったけどね」
「なんでやめたの?」
「胸が大きくなったから、こう…回転がブレるようになっちゃって」クルクル
「あーフィギュアスケートでもあるみたいね、そういうの」
大きくなったって言っても現在Cなんだけどね。
それでも私がやってくには致命的だった。
「でも月謝も高かったし、ちょうど良かったよ」
「ルシルは進学のお金貯めたいんだっけ?」
「うん、エレナはなんでダンジョン潜りたいの?実家はお金持ちだったよね?」
「ウチは強さ!父親が昔冒険者だったらしくてね、越えたいんだ」
へえ、だからお金持ちなの?
高級車が何台もあるって聞いたけど。
「あの親父、自分は働いてないくせに、ウチには勉強しろって!」プンプン
「あはは、十分儲けたからでしょ?」
「いっつも家にいるから喧嘩ばっかなんだよね。ダンジョンに潜るのは家に帰りたくないってのもあるかな」
…おじさんもそんなこと言ってたな。
冒険者として成功しても、家庭を成功させるのは難しいのかな。
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「あーたまには車でも乗るかなー」
おっさんはガレージに来た。
テレポート使えるくせに高級車20台も持ってる。
何台かは多分バッテリー上がってると思う。
嫁は少し処分しろってうるさく言ってくる。
確かに無駄だけど、所有欲ってもんがあるじゃないか。
自分だって履きもしない靴を山ほど持ってるくせに。
「結婚後に見えてくる、価値観の違いか」
結婚前はこんなに良い女は居ないと思ってたんだけどな。
子供が出来て子供中心になり、子供が巣立って残ったのは気まずい夫婦生活だった。
「…なんだろうな、お互い飽きちゃったのかな」
ずーっと家にいるもんな。
四六時中顔を合わせ、話す事だって無くなってくる。
むしろ同じ話ばかりになってくるからイライラするくらいだ。
ブオンオンオン
一台のスポーツカーに乗り込みエンジンをかける。
気晴らしにひとっ走りしてこよう。
家から離れるほどに、気持ちが軽くなるのを感じる。
「…自宅が息の詰まる場所になるなんてな」
複雑だ、俺は何をやってるんだろう、このままでは…
しかし、もうすでに修復の出来ない問題に思えた。
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「お~い、二人ともやってるねぇ」
「あ、クオンちゃん」
「パイセンちーす」
2階層でモンスターの相手してたらクオンちゃんがやってきた。
遅かったね。
「はー、進学どうするのかって先生に聞かれちゃったよ」
「決まってるの?」
「んー全然、ダンジョン潜ってて良いのかって言われちゃった」
「パイセン2年から引っ越してきたんだよね?」
「うん、両親の離婚でね」
両親の離婚で別府から熱海へ。お母さんに引き取られたらしい。
「母親は進学しろって言うんだけど、私じゃロクな大学にいけないだろうしさ、高校卒業してもこのまま冒険者やってた方が良いような気がしてさ」
「お金は間違いなく稼げるよね。命懸けだけど」
「そう、母親はそれがやっぱり嫌みたいでね」
危険な仕事、反対されて当然だ。子供の無事を願うのが親だもんね。
「ルシルは都内の大学行きたいんだよね?なんか目的あんの?」
「…都会に行きたいだけ。あたし、地元が嫌なの」
「あはは、それもわかるよ。熱海なんもないもんね」
「えー、温泉あるじゃん。ウチは地元好きだけどなー」
温泉しかないから嫌なんだよ。
人口3万人の小都市、来るのはお年寄りばかり。
「ダンジョンがあるのに若者増えないよね」
「冒険者が県外から移ってきても沼津に住むらしいよ」
「沼津、電車で20分だもんね」
人口20万にせまる沼津市。
若者が住むならそっち選ぶよね。
「…私も、本当は別府に戻りたいんだよね」
「パイセン熱海に何か不満でも?」
「あはは、そうじゃないよ。でも世界最高峰のダンジョンあるし…私、父親の事も好きなんだよね」
「…」
「父親は別府で旅館業やってるんだけどね、ほら、旅館って休みないでしょ?」
「うん、無いよね」
「従業員に任せて休めないの?」
「仕事に対する責任感が強い人だからそれも出来ないみたいでね。でも家庭を顧みない姿に母親は我慢の限界が来ちゃったみたいで」
「うーん、どっちの気持ちもわかるなぁ」
「うちとは真逆だね。親父いっつもいるよ?」
旅館業で家にいない父親と冒険者引退してずっと家にいる父親かぁ。
でも仕事を頑張るのは家族を養うためでもあるしなぁ。
家に居たところで喧嘩ばかりしてるってエレナは言ってるし、どっちが幸せなんだ?
「ルシルは幸せだよね」
「ええ?!そんな事思ったことないけど」
「問題が無いだけで幸せだと思うよ?何事もないのが一番幸せ」
あ、あたしだって、兄弟多いからこうやって頑張ってるわけだし。
…でも確かに、問題があるかって言われたら、大げさになってしまう気がする。
東京に行きたいって言うのはあたしの我儘だし。
両親は離婚してないし、父親はちゃんと働いてる。
「そんな事より髪が薄くなった事が一番の不幸せだ」
「え?おじさん?」
「あれ?師匠?」
「キャー、ウチファンになったんす!」
いやあ、車飛ばしてたらウッカリ熱海まで来ちゃった。
若者どもが何やら悩んでおるから本当の不幸とは何かを教えてやった。
「やっぱ嫁が冷たくなった一番の原因はハゲたからだと思うんだよな」
「急にどうしたの?」
「何の話ですか?」
「ハゲてないっス、うっすら残ってるっス」
「エレナとやら、お前の父親はハゲてるのか?」
「え?いや、ハゲてないっすけど」
「だったらいいじゃん!贅沢言うな!」
「えええ」
「クオン、お前の父親は?」
「ふ、フサフサですけど」
「幸せじゃん!皆に誇れる父親じゃん!」
「えええ」
「ルシル、お前の父親は?」
「…ちょっとキテるかも」
「ルシルが一番不幸だな」
「えええ」
何が離婚だよ。何が家に居るから嫌だよ。
本当の不幸とはハゲの事なんだよ!
「ど、どっから聞いてたんスか」
「家で喧嘩するのがハゲかハゲじゃないかならどっちが良い?」
「ええ?け、喧嘩することに変わりないならどっちも…」
「まあ待て、怒りたいのにハゲだとどうだ?笑っちゃわないか?」
「は、ハゲ方にもよるかと」
「ハゲのくせに怒ってんだぞ?ハゲのくせに」
「ぷ、そ、そんな言い方」
「旅館の親父がハゲかハゲじゃないかならどっちがいいよ?」
「そ、そりゃ、客商売だしあったほうが」
「だろぉ?客が来た時にハゲが出てきたら『あれぇ?眩しいわぁ、金閣寺に来ちゃったのぉ?』ってなるだろうが!」
「ぶふっ!な、ならないと思います」
「ルシルはえーと…もう不幸だからいいか」
「ガーン」
「とにかくだな!俺より不幸だと思うなよ!馬鹿!ハゲ!」
おじさんはプリプリしながら行ってしまった。
なんで不幸で張り合ってきたんだろ?…ハゲてないもん。
「あはは、やっぱり強い人は違うね。我が道を行くって感じだった」
「エレナ」
「…もっとクールであってほしかったなぁ」
「あはは、パイセンそっちなんだ?」
「クールだろうがハゲてたら意味ないんだよ、頭がクールなだけなんだよ」
「ちょ、戻って来た!」
「ぱ、パイセンが変なこと言うから!」
「す、すみませんでした!」
はーあ、俺若い子達相手に何やってんだろ。
その日はしばらくその子達に付き纏った。
通報されたら多分捕まってた。




