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転生したフルート吹きの少年が現代音楽で異世界に癒しをお届けします!  作者: ト音ソプラ


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8話 宝石と伝説の霊薬

 王都の南、城壁の外を流れるルミナス川のほとり。


 かつては雑草が生い茂るだけの寂れた場所だったそこは、今や第三部隊の騎士たちから密かに「聖域」と呼ばれるようになっていた。


 中心にいるのは、黒いフルートを持つ青年、音瀬奏。


 騎士たちが敬意を込めて呼ぶ二つ名は――「水の音楽隊長」。


 川のせせらぎと共に音楽を奏でる彼に、これほど相応しい称号はなかった。


 昼下がりの柳の木の下では、数人の非番の騎士たちが、重い鎧を緩めて深く眠っている。彼らは激務の合間を縫って、奏の音楽による「急速回復」を受けに来ているのだ。


 そしてその騎士たちの腹の上や足元には、猫やウサギといった小動物たちが我が物顔でくつろいでいる。


 人間と動物が、音楽という不可視の絆で結ばれ、共に安らぎを貪る場所。


 奏は、そんな平和な光景を見守りながら、手元の作業に没頭していた。


「……ふう。だいぶ溜まっちゃったな」


 奏の足元には、粗末な麻袋が一つ置かれている。


 彼は動物たちが置いていった数々の「贈り物」を、その袋に選別して入れていた。


 彼らが口に咥えて運んできた木の実や、川底から拾ってきた石、どこかの森から引き抜いてきた草花。


 奏にとっては、その一つ一つが大切なファンレターのようなものだった。


 その時、一匹のシマリスが素早く近づいてきた。


 この場所の常連で、いつも一番良い場所――奏の肩の上や譜面台の端――を陣取る、愛嬌のあるリスだ。


 リスはぷっくりと膨らませた頬袋から、艶のある立派なドングリを一つ取り出し、奏の手のひらに落とした。


「ありがとう。またこれをくれるの?」


 リスは誇らしげに短く鳴き、ふさふさした尻尾を振った。


 奏は微笑んで、その頭を指先で優しく撫でた。


「君はいつも何かを持ってきてくれるね。……そうだ、君にも名前があった方がいいかな」


 奏はリスの膨らんだ頬をつんつんとつついた。


「頬がぷっくりしてるから……『チップ』なんてどう?」


 リスは小首を傾げ、それから嬉しそうに高く声を上げて奏の肩に駆け上がった。どうやら気に入ったらしい。


「よし、今日から君はチップだ。よろしくね」


 名前をつけると、不思議と愛着が湧いてくる。


 奏は調子に乗って、周りの動物たちも見回した。


「じゃあ、いつも僕の膝の上を独占している君は……模様が虎みたいだから『トラ』だ」


 茶トラの猫が、面倒くさそうに片目を開け、あくびをしてからまた眠った。肯定と受け取ることにする。


「そこの白いウサギは、耳が長いから『ミミ』。単純すぎるかな? まあいいか。川にいる水鳥の君は、スイスイ泳いでいるから『スイ』だ」


 我ながら安直なネーミングセンスだと奏は苦笑したが、動物たちはそれぞれ耳を動かしたり、羽を広げたりして反応した。


 まるで、自分たちが一つの楽団バンドのメンバーとして正式に認められたことを喜んでいるようだ。


 名もなき野良から、名前のある家族へ。


 その変化が、奏には嬉しかった。


「……野性の獣に名を付けるとは、物好きな男だな」


 呆れたような、それでいてどこか温かみのある声がして、奏は顔を上げた。


 そこには、真紅のマントを風になびかせたライラが立っていた。


 腕を組み、凛とした立ち姿で見下ろしている。彼女もまた、この場所の「管理責任者」を自称し、頻繁に顔を出していた。


「あ、ライラ。お疲れ様」


「部下たちが世話になっているな、カナデ。……して、何をしている? ゴミ拾いか?」


 ライラは奏の手元にある麻袋を覗き込んだ。


「いえ、ゴミじゃないよ。チップたちがくれた『贈り物』だ。整理しておかないと、寝る場所がなくなっちゃうから」


 奏は苦笑しながら、手の中にある青白い石を袋に入れようとした。


 水鳥のスイが川底から拾ってきたものだ。


「贈り物……? 動物たちが持ってきたのか?」


「うん。この石とか、結構綺麗なんだ。水槽に入れたら映えそうだけど」


 奏が何気なくその石をライラに見せた。


 握り拳ほどの大きさの、透き通るような青い石だ。内部で水が揺らめいているような不思議な輝きを放ち、周囲の空気をひんやりと冷やしている。


 ライラの目が、点になった。


 彼女は石を凝視し、次に奏の顔を見て、また石を見た。瞬きを数回繰り返す。


「……カナデ。ちょっと、その石を貸してみろ」


「どうぞ」


 奏が手渡すと、ライラは受け取った石を太陽にかざして確認した。


 彼女の顔色が、みるみるうちに変わっていく。青ざめたかと思えば、紅潮し、最後には冷や汗が流れた。


「こ、これは……『水霊石アクア・ストーン』じゃないか!?」


「水霊石?」


「しかも、これほどの純度は見たことがない。宮廷魔術師が喉から手が出るほど欲しがる、最高級の魔力触媒だぞ。加工すれば強力な魔道具の核になるし、そのままでも水源として使える。……これ一つで、王都の一等地に家が建つレベルだ」


「家が建つ!?」


 奏は素っ頓狂な声を上げた。ただの綺麗な川原の石だと思っていたものが、とんでもない価値を持っているらしい。


 手の中の石が、急に重く感じられた。


「ま、待って。じゃあ、こっちの草は? ミミが持ってきたんだけど、匂いが強くて困ってるんだ」


 奏は袋から、銀色の葉を持つ奇妙な草を取り出した。


 根っこからは、ミントと漢方薬を混ぜたような独特の清涼感が漂い、嗅ぐだけで頭がすっきりとする。


 ライラはそれを見た瞬間、絶句した。


「……おい、嘘だろう」


 ライラは膝から崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込み、その草を拝むように両手で受け取った。


 その手は小刻みに震えている。


「これは……伝説の霊薬、『ガオケレナ』……!」


「ガオケレナ?」


「万病を癒やす大変貴重な薬草だ。死にかけの人間でも、これを煎じて飲めば走り出すと言われるくらいだ。市場に出れば、金貨が山積みになる代物だぞ」


 ライラは戦慄した。


 水霊石に、ガオケレナ。


 どちらも国宝級か、それに準ずる希少価値がある。冒険者が一生をかけて探し求めるようなアイテムだ。


 それが、無造作に薄汚れた麻袋の中に突っ込まれている。あろうことか、チップのドングリや、ただの小石と一緒に。


「……カナデ。お前は、自分が何を持っているのか理解しているのか?」


「いえ、全然。ただのガラクタだとばかり」


「ガラクタ……! この国の魔術師や薬剤師が聞いたら、泡を吹いて卒倒するぞ」


 ライラは額に手を当て、深い溜息をついた。


 しかし、すぐに鋭い眼光を周囲に向けた。


「なぜだ? なぜ、このような希少なものが、次々とカナデの元に集まる?」


 彼女の視線は、奏の肩の上でドングリをかじっているチップに向けられた。


「……そうか。動物たちは、魔力に敏感だ」


 ライラは独り言のように推論を述べた。


「カナデ、お前の音楽には、豊富な魔力……というより、精霊たちが好む純粋な『波』が含まれている。それに引き寄せられた動物たちは、本能的に、同じように高い魔力を帯びた物を『贈り物』として選んでいるのかもしれないな」


 水霊石は、清らかな水の魔力が凝縮されたもの。


 ガオケレナは、大地の魔力が最も濃い場所に生える草。


 どちらも、奏の「癒やしの音」と波長が合う自然の結晶なのだ。


 人間には見つけられないそれらを、動物たちは鼻や本能で見つけ出し、大好きな奏のために運んできたのだろう。


「つまり、彼らは最高の音楽に対して、自分たちが用意できる最高のギャラを払っているということか……」


 ライラは改めて、奏という人間の特異さに戦慄した。


 ただフルートを吹いているだけで、富と秘宝が勝手に集まってくる。


 だが、当の本人はその価値に気づかず、ドングリと同列に扱っている。


「カナデ」


 ライラは真剣な表情で言った。


「これを、このまま袋に入れておくのは危険だ。盗難の恐れもあるし、何より素材が劣化してしまう。特にガオケレナは鮮度が命だ」


「はあ……どうすればいい?」


「換金するんだ。私が信頼できるギルドの商人に口を利いてやる。正規のルートで売れば、一生遊んで暮らせるだけの金になるぞ」


 ライラの提案は、現実的で魅力的だった。


 今の奏は、宿代こそ騎士たちからの現物支給で浮いているが、決して裕福ではない。将来の不安もある。


 これらを売れば、全てが解決する。


 しかし、奏は少し考え込み、そして首を横に振った。


「……いえ、全部を売るのはやめておくよ」


「なっ、なぜだ? 欲がないにも程があるぞ」


「だって、これは彼らが一生懸命集めてきてくれたものだから」


 奏は肩の上のチップを指先で撫でた。チップはくすぐったそうに身を捩る。


「お金に変えてしまうのは簡単だけど、彼らの気持ちまで換金してしまうようで、なんだか申し訳ないんだ。ドングリも、宝石も、僕にとっては同じ『贈り物』だから」


「……お前という奴は」


 ライラは呆れたように天を仰いだ。


 清廉潔白。無欲恬淡。


 奏の瞳には、微塵も濁りがない。それが、ライラには眩しく、そしてどうしようもなく愛おしく思えた。


 この男は、本物の「聖人」かもしれない。


「だがな、カナデ。現実問題として、これらを持ち歩くのは不用心だ。それに、彼らだってお礼を受け取ってもらった方が嬉しいはずだ」


 ライラは諭すように言った。


「こうしよう。本当に希少なものいくつかを換金し、それをカナデの活動資金……そして、彼らへの『お返し』に使うというのはどうだ?」


「お返し、か」


「ああ。美味しい餌を買うなり、彼らが住みやすい環境を整えるなり。そうすれば、富が循環する。動物たちも、自分たちの贈り物がカナデの役に立ったとわかれば喜ぶはずだ」


 奏はポンと手を打った。


 それなら納得できる。自分が肥え太るためではなく、この「水の音楽隊」を維持するために使うなら。


「わかった。ライラにお任せしてもいいかな? 僕が店に行くと、相場もわからないし、騙されそうだし」


「うむ、任せておけ。お前のようなお人好しは、悪徳商人の格好の餌食だからな。私が責任を持って、最高値で売りさばいてくる」


 ライラはそう言うと、麻袋の中から特に価値の高そうな水霊石とガオケレナを数点選び出し、慎重に布に包んだ。


 その手つきは、まるで壊れ物を扱うように慎重だった。


「夕方には戻る。……期待して待っていろ」


   §


 その日の夕方。


 太陽が西の空を茜色に染める頃、ライラが戻ってきた。


 彼女は周囲を警戒するように早足で歩み寄り、奏にずしりと重い革袋を手渡した。


「……これが、今回の売上だ」


 奏が恐る恐る中を覗くと、目が眩むような光景が広がっていた。


 銀貨ではない。金貨だ。


 それも、数枚ではない。袋一杯にぎっしりと詰まっている。


「えええええっ!?」


 奏は思わず叫び声を上げた。


 まだ眠っていた数人の騎士たちが、敵襲かと勘違いして飛び起きるほどの音量だった。


「こ、こんなに!? これ、本当に僕が受け取っていいの?」


「正規の鑑定額だ。むしろ、これでも安いくらいだ。ガオケレナの状態が非常に良かったからな。商人が涙を流して喜んでいたぞ」


 ライラは涼しい顔で言ったが、内心では彼女も驚いていた。商人が震える声で提示した額は、騎士団長の年収を優に超えていたからだ。


「ど、どうしよう……手が震える……」


 奏はおろおろと金貨の袋を抱えた。


 現代日本でも、これほどの現金を持ったことはない。


 この袋一つで、人の人生が変わってしまう重みがある。


「使い道はカナデの自由だ。豪遊するもよし、屋敷を買うもよし。国を一つ買うのは無理でも、小さな村くらいなら買えるかもしれんぞ」


「村なんて買わないよ……」


 奏は深呼吸をして、心を落ち着かせた。


 そして、チップのつぶらな瞳を見て、決意を固めた。


 このお金は、僕のものじゃない。彼らがくれたものだ。


 なら、彼らのために使うのが筋だ。


「ライラ」


 奏は顔を上げ、真剣な眼差しで彼女を見た。


「明日、買い物に付き合ってもらえないかな?」


 その言葉に、ライラの動きが止まった。


 彼女はゆっくりと瞬きをし、それから奏の顔を凝視した。


「……買い物、だと?」


「うん。僕一人じゃ、何を買えばいいかもわからないし、この大量のお金を持ち歩くのも怖いから。ライラがいてくれると心強いんだ」


 買い物。男女二人で。街へ。


 その単語の意味するところを脳が処理した瞬間、ライラの心臓が跳ね上がった。

 

(ま、待て。落ち着け、ライラ。これはただの買い出しだ。物資の調達だ。……だが、二人きりで? それはつまり……一般的に言うところの、デ、デート、というやつではないのか!?)


 思考回路が沸騰しそうになる。


 彼女の脳裏に、街を並んで歩く自分と奏の姿が浮かんだ。


 服はどうする? 鎧では変だ。私服か? 持っていたか? 会話は何をすればいい?


 期待と不安、そして抑えきれない喜びが、胸の奥から湧き上がってくる。


 叫び出したい衝動を、彼女は必死に鉄の精神力でねじ伏せた。


 ライラはコホン、とわざとらしく咳払いをした。


 顔に出すな。声に出すな。


 私は王宮騎士団の隊長だ。こんなことで浮つくような柔な女ではない。


「……ふむ。まあ、確かにその大金を持って一人でうろつくのは危険極まりないな。カモがネギを背負って歩くようなものだ」


 彼女は腕を組み、あくまで冷静を装って頷いた。


 しかし、その頬は夕日のせいだけではない赤みを帯びており、組んだ腕の指先は、緊張のあまりマントの布地を強く握りしめていた。


「いいだろう。治安維持の観点からも、私が同行してやるのが最善だ。……あくまで、護衛任務の一環としてな」


「ありがとう、ライラ! 助かるよ」


 奏が屈託のない笑顔を向ける。


 その破壊力に、ライラは視線を逸らした。直視していたら、顔の筋肉が緩んでしまいそうだったからだ。


「れ、礼には及ばん。……では、明日の朝、宿まで迎えに行く。遅刻するなよ」


 彼女はそう言うと、踵を返して歩き出した。


 いつもより少し早足だ。背中で語る威厳を保とうとしているが、その足取りが隠しきれない高揚感で僅かに弾んでいることに、鈍感な奏は気づかない。


 遠ざかる彼女の背中を見送りながら、奏は金貨の袋を抱え直した。


 明日はきっと、楽しい一日になる。


 そんな予感と共に、ルミナス川の夕暮れは穏やかに更けていった。


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