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転生したフルート吹きの少年が現代音楽で異世界に癒しをお届けします!  作者: ト音ソプラ


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40話 水上音楽堂の攻防

 破壊の跡が生々しく残るルミナス川のほとりに、新たな槌音が響き始めた。


 ただし、それは以前のような暴力的な騒音ではない。


 未来を築くための、希望のリズムだった。


 シュタインハイム公爵による電撃的な土地買収から数日。


 現場には、一流の建築家や職人たちが集められていた。


「いい? ステージの配置はここよ。川の流れを計算に入れて、音が水面に反響するように設計してちょうだい」


 陣頭指揮を執っているのは、なぜかソフィアだった。


 彼女は片手に設計図、片手に指揮棒を持ち、職人たちに指示を飛ばしている。


「あそこの客席の角度、甘いわ! それじゃあ低音が逃げちゃうでしょ! もっと鋭角に!」


「は、はいっ! すぐに修正します!」


 職人たちが冷や汗をかきながら走り回る。


 本来なら建築家の領分だが、音響に関しては彼女の右に出る者はいない。


 何しろ、「世界で一番、奏のフルートが美しく響く場所」を作ることが、このプロジェクトの至上命題なのだから。


「素晴らしいわ、ソフィア! その調子で最高のホールを作りなさい。予算ならパパが出すわ!」


 現場監督のテントでは、ミアが優雅に紅茶を飲みながら檄を飛ばしている。


 その隣には、パトロンであるルドルフ公爵が満足げに頷いていた。


「うむ。金に糸目はつけん。……亡き妻のため、そして愛娘のためだ。国一番の……いや、大陸一の音楽堂を作り上げるのだ」


 音瀬奏は、そんな彼らの様子を少し離れた木陰から眺めていた。


 膝の上にはシマリスのチップ、足元には猫のトラがいる。


 工事が始まってからも、動物たちは逃げなかった。


 彼らは本能で理解しているのだ。この人間たちが、自分たちの住処を守ろうとしていることを。


「……壮観だな」


 背後から穏やかな声がした。


 ハインリヒ・フォン・エスターライヒ。


 ウェストリア王国の第三王子が、お忍びの姿で立っていた。


「ハインリヒ様。……来てくださったんですね」


「ああ。公爵から話は聞いている。『王立文化施設』としての認可も、私が父上に直接掛け合って取り付けたよ」


 ハインリヒは川面を見つめ、目を細めた。


「『水上音楽堂』……か。素晴らしい構想だ。壁を作らず、自然と一体化した劇場。ここなら、身分の壁を超えて、誰もが音楽を楽しめる」


「はい。……マリー様にも、いつかここで聴いてほしいです」


 奏の言葉に、ハインリヒは力強く頷いた。


「約束しよう。こけら落としの日には、必ずマリーを連れてくる。……それが、私の兄としての務めだ」


 王族、公爵家、そして最高の音楽家たち。


 最強の布陣で進められる夢のプロジェクト。


 しかし、光が強ければ強いほど、影もまた濃くなることを、奏たちはまだ知らなかった。


   §


 工事は順調に進んでいた。


 基礎が固められ、川の中に杭が打たれ、円形の水上ステージの骨組みが見え始めた頃。


 現場で、奇妙な事故が相次ぐようになった。


「おい、誰だ! こんなところに油を撒いたのは!」


「資材のロープが切れてるぞ! 新品だったのに!」


「せっかく積んだ石垣が崩されてる……」


 夜の間に、何者かが侵入し、工作を行っているのだ。


 被害はまだ小さいが、明らかに悪意を持った妨害だった。


「……ネズミが入り込んだようだな」


 夜の現場。


 警備にあたっていたライラが、暗闇を睨みつけて呟いた。


 彼女率いる王宮騎士団第三部隊が、交代で監視を行っている。


 だが、現場は広く、森に隣接しているため、死角が多い。


「ゲルマン伯爵の差し金でしょうね」


 夜警に付き合っていた奏が、ホットミルクをライラに手渡しながら言った。


「カジノ計画を潰された腹いせか、それとも完成を遅らせて、公爵の顔に泥を塗るつもりか……」


「両方だろうな。……だが、許さんぞ。お前たちの夢を、あんな下劣な連中に邪魔させてたまるか」


 ライラは剣の柄に手をかけた。


 その横顔は、騎士団長としての凛々しさと、奏を守ろうとする乙女の情熱が入り混じっている。


 その時。


 足元の草むらから、ガサガサという音がした。


「……!」


 ライラが即座に反応し、剣を抜きかける。


 だが、現れたのはシマリスのチップだった。


 チップは興奮した様子で、しきりに川上の方角を指差(すような仕草を)している。


(カナデ! あっち! 黒い人たちが来た!)


 奏には、チップの言いたいことがなんとなく分かった。


「ライラさん、あっちです! チップが何かを見つけたみたいです!」


「……動物探偵団の出番か。よし、行くぞ!」


 ライラは部下たちにハンドサインを送り、音もなく闇に溶け込んだ。


 奏もフルートを握りしめ、その後を追う。


   §


 建設中の資材置き場の裏手。


 黒装束に身を包んだ数人の男たちが、ごそごそと動いていた。


「へへっ、この支柱に切れ込みを入れときゃ、ステージを組んだ瞬間に崩れるぜ」


「派手にやれよ。伯爵様からは『完成させるな』と厳命されてるんだ」


 男たちはノコギリや大型のハンマーを手に、忍び寄っていた。


 プロの工作員だ。


 騎士団の巡回ルートも把握しているらしく、巧みに監視の目を盗んでいる。


 だが、彼らは計算違いをしていた。


 ここには、人間以外の「監視者」がいることを。


「――ニャーッ!!」


 突然、暗闇から甲高い鳴き声が響いた。


 茶トラ猫のトラだ。


 それを合図に、資材の陰から無数の目が光った。


「な、なんだ!?」


「猫……? うわっ!」


 一人の男が、足元をすくわれて転倒した。


 ウサギたちが連携して、ロープを足に絡ませたのだ。


「痛ってぇ! なんだこれ、木の実!?」


 頭上からは、リス部隊によるドングリの雨あられ。


 さらに、水鳥のスイ率いる鳥たちが、男たちの顔めがけて低空飛行で突撃する。


「うわあぁぁ! 目が、目があぁ!」


「なんだこの動物どもは! 狂ってやがる!」


 工作員たちがパニックに陥る。


 そこへ、真打ちが登場した。


「……貴様ら、夜遊びにしては行儀が悪いな」


 月明かりの下、抜身の剣を提げたライラが立っていた。


 背後には、殺気をみなぎらせた騎士たちが控えている。


「き、騎士団!?」


「逃げろ、罠だ!」


 男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとした。


 だが、奏が一歩前に出た。


「逃がしません」


 奏がフルートを構える。


 息を吸い込み、放つ音は、鋭く短いスタッカート。


 モーツァルトの『魔笛』より、夜の女王のアリア。


 その高音は、物理的な衝撃波となって空気を震わせた。


「ぐわぁっ!?」


 音の壁に阻まれ、男たちがたじろぐ。


 その隙を、ライラたちは見逃さなかった。


「確保ぉぉッ!!」


 号令と共に、騎士たちが飛びかかる。


 動物たちに撹乱され、平衡感覚を失った工作員たちに、勝ち目はなかった。


 あっという間に全員が取り押さえられ、地面に転がされる。


「くそっ……こんな、動物ごときに……」


 リーダー格の男が呻く。


 その目の前に、チップがちょこんと座り、勝ち誇ったように「キーッ!」と鳴いてみせた。


「……ふん。ご苦労だったな、相棒たち」


 ライラが剣を納め、トラの頭を撫でる。


 騎士と動物。


 かつては警戒し合っていた彼らが、今は一つのチームとして機能していた。


「みんな、ありがとう。怪我はない?」


 奏が駆け寄ると、動物たちは嬉しそうに足元に擦り寄ってきた。


 彼らも分かっているのだ。


 ここが自分たちの場所であり、それを守るためには戦わなければならないことを。


   §


 翌朝。


 捕縛された工作員たちは、騎士団によって連行された。


 尋問の結果、彼らがゲルマン伯爵の私兵であることは明白だったが、伯爵本人は「勝手にやったことだ」としらを切り通したという。


 政治的な決定打にはならなかった。


 だが、現場の空気は明るかった。


「聞いたわよ! 昨日の夜、大活躍だったんですって?」


 現場にやってきたミアが、チップたちに最高級のナッツを振る舞っている。


「さすが私の見込んだ精鋭たちね。……よし、この子たちにも専用の控え室を作ってあげましょう!」


「賛成だわ。……ステージの下に、動物たちが休める空洞を作るのはどう? 音響的にも、低音の共鳴箱として使えるかもしれない」


 ソフィアが真面目な顔で提案し、建築家が頭を抱える。


 妨害はあった。


 これからも、もっと激しい攻撃があるかもしれない。


 だが、今の彼らには、それを跳ね返す絆がある。


 奏は、組み上がりつつある水上ステージの骨組みを見つめた。


 人と自然、そして音楽が調和する場所。


 それは単なる建物ではなく、みんなの想いが形になった「聖域」だ。


「……完成させよう。絶対に」


 奏の呟きに、ライラが隣で力強く頷いた。


「ああ。私が守る。……お前の音楽も、この場所も」


 冬の風はまだ冷たい。


 だが、そこに流れる空気は、春の訪れを予感させるほどに温かく、そして力強かった。


 水上音楽堂の完成まで、あと少し。


 そして、ゲルマン伯爵との最終決戦もまた、刻一刻と近づいていた。


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