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転生したフルート吹きの少年が現代音楽で異世界に癒しをお届けします!  作者: ト音ソプラ


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37話 再開発計画

 不安な予感というものは、得てして当たるものだ。


 昨日の夕方、ルミナス川のほとりで目撃した不審な測量隊。


 ライラが部下の騎士を向かわせたが、戻ってきた報告は芳しいものではなかった。


 『彼らは建設局の正式な許可証を所持しており、測量業務を行っているだけだ』


 そう主張され、騎士団としてもそれ以上の介入ができなかったのだ。


 そして翌朝。


 音瀬奏が胸騒ぎを覚えて川辺へと急ぐと、そこには予感していた以上の、最悪の光景が広がっていた。


 耳障りな金属音と、男たちの怒声。


 美しい緑の芝生は一夜にして泥靴で踏み荒らされ、無数の木の杭が墓標のように突き刺さっている。


 いつも奏たちが腰掛けていた木陰の広場の周りには、建設資材とおぼしき木材やロープが乱雑に積み上げられていた。


 昨日の測量隊どころではない、大規模な作業員たちが我が物顔で動き回っていたのだ。


「……嘘だろ」


 奏は呆然と立ち尽くした。


 シマリスのチップや茶トラ猫のトラたち動物の姿はどこにもない。


 この騒音と殺気立った空気に怯えて、森の奥へと逃げ込んでしまったのだろう。


「おい、そこは3工区だ! 杭の位置がずれてるぞ!」


「へい、すんません!」


 作業服を着た現場監督らしき男が、大きな図面を広げて叫んでいる。


 昨日の夕方、遠目に見えたあの男だ。


 奏は拳を握りしめ、駆け寄った。


「ちょっと待ってください! これは何ごとのですか!?」


 監督が振り返る。無精髭を生やした、いかつい男だ。


「あぁ? なんだ兄ちゃん。ここから先は立ち入り禁止だぞ」


「ここは公共の河川敷でしょう? それに、自然保護区のすぐ隣です。こんな勝手なこと……」


「勝手? ハッ、昨日の騎士様にも言ったがな」


 監督は鼻で笑い、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


 そこには、ウェストリア王国の公印と、複雑なサインが記されていた。


「俺たちは、国から正式な許可を得て工事をしてるんだ。『ルミナス川・リゾート開発計画』。……文句があるなら、役所に言いな」


「リゾート開発……?」


 聞き覚えのない言葉に、奏が言葉を詰まらせた時だった。


「――そこまでだ」


 凛とした声と共に、草むらからライラが現れた。


 今日は私服ではなく、完全武装した騎士団の鎧に身を包んでいる。


 その表情は、昨日ののんびりした雰囲気とは別人のように険しい。


「王宮騎士団第三部隊隊長、ライラ・フォン・ベルンシュタインである。……貴様ら、昨日の今日で、ここまで派手にやるとはいい度胸だな」


 騎士団の登場に、作業員たちがざわめく。


 しかし、監督だけは不敵な笑みを崩さなかった。


「へぇ、また騎士様のお出ましか。……だがな、こっちは『建設局』の直筆サイン入りの許可証を持ってるんだ。昨日も確認しただろう? 騎士団といえども、正当な業務を妨害する権限はねぇはずだが?」


 監督が許可証をライラの目の前に突きつける。


 ライラはギリリと奥歯を噛み締めた。


「……ああ、確認したさ。建設局長官の署名入りだ。書類上は、完璧にな」


 ライラは悔しげに吐き捨てた。


 昨夜、彼女はすぐに上層部に確認を取ったが、この工事の手続きには一点の曇りもなかった。


 形式上は、あまりにも「適正」すぎたのだ。


   §


 その日の午後。


 作業員たちが昼休憩に入った隙に、奏たちはいつもの木陰(資材置き場にされかけていたのを、ライラが強引に退かせた)に集まっていた。


 メンバーは奏、ライラ、ソフィア、そして学校帰りに駆けつけたミアだ。


 切り株や芝生の上に座る四人の間の空気は重い。


「……カジノ、ですって?」


 ミアが信じられないという顔で声を上げた。


 ライラが持ち帰った情報によれば、この計画の正体は、富裕層向けの巨大なカジノ建設プロジェクトだった。


 川の水を引いた人工池を作り、その周りに賭博場、高級ホテル、遊郭などを建設する。


 まさに、欲望の掃き溜めのような計画だ。


「そんなものが出来たら、ここの自然は全滅よ!」


 ミアが憤慨して扇子を叩きつける。


「動物たちは住処を追われるし、川の水も汚れるわ。……何より、品がない!」


「ええ。騒音も酷いでしょうね」


 ソフィアが不機嫌そうに耳を塞ぐ。


「私の創作活動にとっても、由々しき問題だわ。……静寂はお金じゃ買えないのに」


 奏は、泥で汚れた芝生を見つめた。


 ここでの生活が、音楽が、壊されようとしている。


 胸の奥で、静かな怒りが燃え上がり始めていた。


「でも、どうして急に……。今まで、ここは手つかずの場所だったのに」


 奏の疑問に、ライラが重い口を開いた。


「……裏にいるのは、ゲルマン伯爵だ」


 その名前に、全員の顔が強張る。


 サン・ツー・ゲルマン。


 コンクールでの失態により、その威信に傷がついた男。


「伯爵はまだ、宮廷楽団や音楽院への強い影響力を維持している。だが、コンクールでの敗北は、彼の『絶対的な権威』にヒビを入れた」


 ライラは悔しげに続けた。


「奴は焦っているのだろう。揺らいだ地盤を固めるには、金が必要だ。莫大な金がな。……このカジノ計画で巨万の富を得て、政敵を黙らせ、その権力を盤石なものにするつもりだ」


 失ったから、ではない。


 まだ持っているものを、決して失わないために、より強大な力を求めて暴走し始めたのだ。


 欲に駆られた権力者の執念ほど、厄介なものはない。


「自分の保身と欲のために、この美しい場所を潰すつもりか……!」


 ライラが拳を握りしめる。


「許せん。……だが、相手は法の網をくぐり抜けている。正面から工事を止めるには、法的な根拠が必要だ」


「法的な根拠……」


 奏は唇を噛んだ。


 自分はただの音楽家だ。権力も、法律の知識もない。


 理不尽な力の前では、あまりに無力だった。


 その時。


 草むらが揺れた。


 顔を出したのは、シマリスのチップだった。


 いつもなら元気に肩に飛び乗ってくる彼が、今日は怯えたように震えている。


 その後ろから、ウサギのミミや、怪我をした水鳥のスイも姿を現した。


 スイの翼には、赤い擦り傷があった。恐らく、作業員に石でも投げられたのだろう。


「……っ!」


 奏はチップを掌に乗せ、スイを抱き上げた。


 小さな体温。震える心臓の鼓動。


 彼らは、何も悪くない。


 ただ、ここで懸命に生きているだけなのに。


(痛いよ……怖いよ、カナデ)


 接触テレパスではないが、動物たちの悲痛な声が聞こえた気がした。


 奏の中で、何かが弾けた。


「……絶対に、守る」


 奏は静かに、けれど力強く言った。


「ここは、僕たちの大切な場所だ。……誰にも、奪わせない」


 その瞳には、これまでにない強い意志の光が宿っていた。


 いつも穏やかな奏の、初めて見せる「怒り」の表情。


 それに呼応するように、ミアが立ち上がった。


「当然よ! 私の遊び場を汚すなんて、シュタインハイムの名にかけて許さないわ!」


「私も協力するわ」


 ソフィアが眼鏡を光らせる。


「騒音公害の慰謝料、たっぷり請求してやるわよ」


「……うむ。我ら騎士団も、市民の安全を守る義務がある。……工事現場の『安全点検』と称して、徹底的に監視してやろう」


 ライラがニヤリと笑う。


 頼もしい仲間たちだ。


 だが、相手は腐っても大貴族。権謀術数の限りを尽くしてくるだろう。


   §


 翌日。


 工事はさらに規模を拡大していた。


 大型の魔導重機が搬入され、美しい河原が無残にも掘り返されていく。


 奏は、工事現場の境界線ギリギリに立った。


 手には、黒いフルート。


「おい、また来たのか。邪魔だと言っただろう!」


 現場監督が怒鳴りながら近づいてくる。


 しかし、奏は退かなかった。


「僕は、ここで演奏します」


「あぁ?」


「ここはまだ、工事区域外です。……誰がどこで音楽を楽しもうと、自由なはずです」


 奏は静かにフルートを構えた。


 監督が舌打ちをして、部下に目配せをする。


「追い払え。……多少、手荒でも構わん」


 屈強な作業員たちが、意地悪な笑みを浮かべて奏を取り囲む。


 暴力の気配。


 だが、奏の指が動くよりも早く、彼らの足元に何かが突き刺さった。


 風を切る音と共に、一本の矢が地面を穿つ。


「――おっと。手が滑った」


 見上げれば、木の上にライラが立っていた。


 手には狩猟用の弓を持っている。


「ここは『鳥獣保護区』の隣接エリアだ。……野生動物と間違えて、誤射してしまうこともあるかもしれん」


 白々しい言い訳だが、その目は本気だ。


 作業員たちが怯んで足を止める。


 その隙に、奏は息を吸い込んだ。


 響き渡るのは、抵抗の旋律。


 ショパンの『革命のエチュード』。本来はピアノ曲だが、奏のアレンジによって、フルートの激しい連符が怒涛のように押し寄せる。


 それは単なるBGMではない。


 魔力を帯びた音の波紋は、作業員たちの平衡感覚を狂わせ、重機の魔導回路に微細なノイズを走らせる。


「な、なんだ!? 音が……頭に響く!」


「機械が動かねぇぞ!?」


 現場が混乱に陥る。


 これは、宣戦布告だ。


 権力と金で全てを蹂躙しようとする者たちへ向けた、音楽による反撃の狼煙。


 遠くの丘から、その様子を双眼鏡で覗く男がいた。


 サン・ツー・ゲルマン伯爵だ。


 彼は歪んだ笑みを浮かべ、葉巻の煙を吐き出した。


「ふん……。小賢しい真似を」


 伯爵の背後には、黒い服を着た数人の男たちが控えている。


 彼らはただの作業員ではない。裏社会の荒事師たちだ。


「徹底的にやれ。……多少の犠牲が出ても構わん」


 伯爵の冷酷な命令が下る。


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