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転生したフルート吹きの少年が現代音楽で異世界に癒しをお届けします!  作者: ト音ソプラ


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26話 衣装戦争

 季節は巡り、王都の並木道が鮮やかに色づき始めていた。


 王立音楽コンクール本番まで、あと一ヶ月。


 ソフィアの屋敷での合宿生活は、相変わらずのスパルタぶりだったが、新曲『天の踊り子』の完成度は着実に高まっていた。


 奏とソフィアの呼吸は、もはや言葉を介さずとも通じ合う域に達している。


 朝から晩まで音を合わせ、夜は譜面の修正と議論。


 そんな音楽漬けの日々の中で、ふと、盲点となっていた重大な事実が発覚した。


 それは、宮廷楽団のコンサートミストレス、アメリが差し入れを持って訪れた時のことだった。


「ねえ、カナデ。あんた、本番の衣装はどうするつもり?」


 アメリが何気なく尋ねたその一言に、奏の手が止まった。


 フルートの手入れをしていた手が凍りつき、隣でピアノを弾いていたソフィアも顔を上げる。


「……衣装?」


 奏がオウム返しにする。


「そうよ、衣装。コンクールよ? まさか、そのヨレヨレのシャツとズボンで出るつもりじゃないでしょうね」


 アメリは呆れたように奏の服装を指差した。


 確かに、今の奏は動きやすさ重視の平民服だ。清潔ではあるが、華やかな檜舞台に立つにはあまりに地味すぎる。


 以前、ルドルフ公爵と演奏会に行った時は借り物の礼服を着たが、あれは返却してしまっている。


「あー……忘れてた」


 奏が頭をかくと、ソフィアも唸り声を上げた。


「音楽が全てよ。服なんて布切れ一枚あれば十分でしょう」


「駄目よ! 見た目も審査のうちなんだから!」


 アメリが一喝する。


 そこに、ちょうど様子を見に来ていた王宮騎士団長のライラと、公爵令嬢のミアも居合わせた。


「なるほど。カナデの晴れ舞台だ。半端な格好はさせられんな」


 ライラが腕を組んで頷く。


「そうね! カナデは素材がいいんだから、磨けば光るわ!」


 ミアも目を輝かせる。


 こうして、急遽「音瀬奏・コンクール衣装選定会議」が開かれることになった。


 それぞれが「これぞ」と思う衣装を持ち寄り、後日、ソフィアの屋敷でプレゼン大会を行うことになったのだ。


   §


 数日後。


 ソフィアの屋敷の客間が、即席のファッションショー会場と化していた。


 審査員は奏本人だが、実質的な決定権は四人の女性たちの合議にかかっている。


「では、まずは私から提案させてもらうわ」


 トップバッターはアメリだ。


 彼女は宮廷楽団でのコネクションを使い、衣装係から借りてきたという一着を取り出した。


「これよ。伝統的で、間違いのない選択」


 彼女が広げたのは、濃紺のシンプルな燕尾服だった。装飾はほとんどなく、ボタンも目立たない黒。


 奏は言われるがままに袖を通してみる。


「うん、サイズはぴったりだね。動きやすいし」


 奏がくるりと回ってみせると、アメリは満足げに頷いた。


「でしょう? 悪目立ちせず、演奏に集中できるわ。楽団員としても標準的なスタイルだし」


 しかし、これに「待った」をかけたのはミアだった。


「地味すぎよ!」


 ミアが勢いよく扇子を開いて指摘する。


「アメリ、それはあくまで『楽団員』の衣装でしょう? 今回のカナデはソリストとして出るのよ。主役がバックの伴奏者と同じ格好でどうするの」


「うっ……でも、無難が一番じゃない?」


「無難すぎて、背景に溶け込んじゃうわよ。それに夜会やレセプションも想定したら、その服じゃ給仕係に間違われるのがオチね」


 ミアの辛辣な指摘に、アメリは言葉を詰まらせた。


 確かに、華やかさという点では決定的に欠けている。


「ならば、私の番だな」


 次に進み出たのはライラだ。


 彼女は自信満々に、大きな包みを解いた。


「戦場に赴くなら、それに相応しい装いがある。これを見ろ」


 彼女が取り出したのは、厚手の革と金属の装飾が施された、儀礼用の騎士服に近いものだった。


 深い緑色を基調とし、肩には頑丈そうなパッド、腰にはベルト。機能美と言えば聞こえはいいが、どう見ても戦闘用だ。


「これを着れば、どんな敵……いや、審査員の目も威圧できるはずだ。防御力も高いぞ」


 奏が恐る恐る着てみると、確かに凛々しくはある。背筋が強制的に伸ばされ、強そうな雰囲気が出た。


 しかし。


「……ライラさん、これ、腕が上がりません」


 奏が苦しい顔で訴える。


 肩のパッドが邪魔をして、フルートを構えるポーズが取れないのだ。それに、動くたびに革が擦れる鈍い音が鳴ってしまう。


「む。……慣れれば問題ないはずだ」


「いや、演奏中に雑音が鳴るのは致命的だよ」


 アメリが冷静にツッコミを入れる。


「それに、コンクールは戦いだけど、物理的な殴り合いじゃないのよ? そんな重装備でステージに立ったら、『これから討伐ですか?』って笑われるわ」


 ライラは肩を落とし、すごすごと衣装を回収した。


「どいつもこいつも、発想が貧困ね」


 鼻で笑ったのは、ソフィアだ。


 彼女は眼鏡のブリッジを押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「カナデの音楽は『革命』よ。なら、衣装も常識を打ち破るものでなきゃ」


 ソフィアが持ってきたのは、彼女が懇意にしている前衛的なデザイナーに作らせたという、奇抜な衣装だった。


 左右非対称のアシンメトリーなデザイン。原色を多用した幾何学模様。そして背中には、なぜか鳥の羽のような装飾がついている。


「テーマは『解き放たれし魂の叫び』よ」


「……ソフィアさん、これ……」


 奏が着てみると、その姿はまるで、怪しげな儀式を行う魔術師か、売れない大道芸人のようだった。


 確かに似合っていないわけではない。奏の中性的な顔立ちは、奇抜な服にも負けない力がある。しかし、あまりにも「変」だった。


「どう? これならベン・フォン・ホフマンの度肝も抜けるでしょう?」


 ソフィアは満足げだが、他の三人が同時に首を横に振った。


「却下」


 アメリが即答する。


「奇抜すぎて曲が入ってこないわよ!」


「不審者として捕まるぞ」


 ライラも呆れ顔だ。


「品性のかけらもないわ」


 ミアも冷たく言い放つ。


 三者三様のダメ出しを食らい、ソフィアは「凡人には芸術が分からないのね!」と憤慨してふて腐れてしまった。


 場が膠着する中、最後に口を開いたのはミアだった。


「はぁ……。やっぱり、最後に頼りになるのは私しかいないみたいね」


 ミアは優雅に立ち上がり、指を鳴らして合図を送った。


 控えていた侍女たちが、うやうやしく大きな箱を運んでくる。


「シュタインハイム家御用達の、王都で一番の仕立て屋に特注させたわ。カナデ、これを着てみて」


 箱から取り出された衣装を見て、全員が息を呑んだ。


 それは、白を基調とした、とろみのある上質なシルクのシャツに、深い藍色のベストとパンツを合わせたものだった。


 一見すると貴族の正装に近いが、細部に驚くべき工夫が凝らされていた。


 襟元は詰まっておらず、わずかに鎖骨が見えるようなカッティングで、抜け感がある。


 袖口は広がっており、腕を動かすたびに優雅なドレープを描くよう計算されている。


 そして何より目を引くのは、ベストに施された銀糸の刺繍だ。


 一見するとシュタインハイム公爵家の紋章が堂々とあしらわれているのだが、その周囲を飾る装飾は、どこか遠い異国の植物を思わせる、繊細で複雑な曲線を描いていた。


「これは……」


 奏が袖を通すと、肌触りの良さに驚いた。


 軽い。そして、どこも締め付けない。


 鏡の前に立つと、そこには洗練された若きマエストロの姿があった。


「どう?」


 ミアが胸を張る。


「シュタインハイム家の加護があることを示しつつ、カナデの出身である『異国』の雰囲気も取り入れてあるの。上品だけど古臭くない。繊細だけど、存在感がある。……『天の踊り子』のイメージにぴったりでしょう?」


 完璧だった。


 アメリの言った「場への適応」、ライラの求めた「凛々しさ」、ソフィアが狙った「個性」。


 その全てが、高い次元で融合していた。


「……悔しいけど、文句のつけようがないわね」


 アメリが降参したように手を挙げた。


「うむ。カナデの動きを阻害せず、かつ高貴に見える。公爵家の紋章を背負うとなれば、下手な輩も手出しできまい。……流石は見立てだ」


 ライラも素直に認める。


 ソフィアは少し不満そうに口を尖らせていたが、鏡の中の奏を見て、小さく呟いた。


「……ま、悪くないわね。あんたの音が、服に食われてない」


 それが、彼女なりの最大限の賛辞だった。


「すごいよ、ミア。こんな素敵な服、初めて着た」


 奏が礼を言うと、ミアは真っ赤になってそっぽを向いた。


「べ、別にあんたのためじゃないわよ! 私の『音楽仲間』がみすぼらしい格好をしてたら、シュタインハイム家の恥になるから用意しただけなんだから!」


 典型的なツンデレ反応に、周囲が生温かい視線を送る。


「ふふ、ミアちゃんは素直じゃないなぁ」


「う、うるさいわね! さあ、衣装も決まったことだし、とっとと練習に戻りなさいよ!」


 ミアは照れ隠しに叫び、場を仕切り直した。


 こうして、ヒロイン戦争(衣装編)は、ミアの圧勝という形で幕を閉じた。


 奏は新しい衣装を身にまとい、改めて決意を固めた。


 この服に見合うだけの、最高の演奏をしなければならない。


 みんなの想いを乗せて、舞台に立つために。


「よし、行こう。……本番まで、あと少しだ」


 奏が呟くと、四人の女性たちはそれぞれに力強く頷いた。


 窓の外では、木枯らしが吹き始めていた。


 運命の日は、もう目の前まで迫っている。


 それぞれの想いを胸に、彼らは最後の仕上げへと向かっていくのだった。


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