表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したけど、スキルが『Excel』だけだった。でもマクロ組んだら魔法より強かった件  作者: まこーぼ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/51

第6話:検索条件:食料(ワイルドカード) 〜VLOOKUPで探す命〜


 森の朝は、意外なほどに騒がしい。

 鳥たちのさえずり、風が梢を揺らす音、名も知らぬ虫たちの羽音。

 それらがBGMとして流れる中、俺は慎重に歩を進めていた。


 `気配察知` スキルは、想像以上に便利だった。

 視界の右上に、小さなレーダーチャートのようなウィンドウが常駐している。

 中心が俺(現在選択中のセル)。

 そこから波紋のように広がるグリッド線上に、色付きのドットが表示される。


 ・青いドット:非生物(水、鉱石など)

 ・緑のドット:植物(特に魔力反応のあるもの?)

 ・赤いドット:動物・モンスター(敵対的)

 ・白いドット:動物(中立・非敵対)


 右前方に表示されている「青いドットの群れ」を目指して歩く。

 距離にしてあと百五十メートルほど。

 喉の渇きは限界を超え、舌が乾いたスポンジのようになっていた。視界が少し揺れるのは、脱水症状の初期段階かもしれない。


 藪をかき分ける。

 トゲのある植物がワイシャツの袖に引っかかるが、今の俺の皮膚は `硬質化` スキルのパッシブ効果(常時発動している微弱な防御力)のおかげか、傷つくことはなかった。トカゲのデータ様々だ。


 やがて、水音が聞こえてきた。

 チョロチョロ……という、控えめだが、今の俺にとっては天上の音楽にも勝る美しい音色。


 視界が開けた。

 岩肌の裂け目から清水が湧き出し、小さな泉を作っている場所に出た。

 水は澄み切っていて、底の小石までくっきりと見える。


 俺は駆け寄りたい衝動を抑え、まずは周囲を警戒した。

 水場は動物たちの集会所だ。先客がいるかもしれない。

 レーダーを確認する。赤いドットはない。白いドットが二つ、すぐ近くにあるが、逃げていく動きを見せている。小鳥か何かだろう。


 安全を確認し、泉の縁に膝をつく。

 念のため、鑑定(数式バーでの確認)を行う。


 `岩清水`

 ----------------------------------

 [Quality]: 良

 [Bacteria]: None

 [Effect]: 水分補給、微量なMP回復効果

 ----------------------------------


 合格だ。

 俺は両手で水を掬い、貪るように口に運んだ。


 冷たい!

 キーンと染み渡るような冷たさと、雑味のない甘露のような味わい。

 細胞の一つ一つが歓喜の声を上げているのがわかる。

 二回、三回と掬って飲む。

 空っぽだった胃袋に水が満たされ、重さを感じるようになると、ようやく生きた心地がした。


「……ふぅーっ……」


 大きく息を吐く。

 顔を洗う。冷水が熱った肌を引き締めてくれる。

 水面に映る自分の顔を見た。

 酷い顔だ。

 髪はボサボサ、目の下には隈、無精髭が伸びている。ワイシャツは泥と血で汚れ、ネクタイはない。完全に遭難者か、落ち武者の様相だ。

 だが、その瞳には昨日までの淀んだ諦念はなく、ギラギラとした生気が宿っていた。


 水分の次は、固形物だ。

 腹の虫がまた鳴いた。

 周囲を見渡す。

 泉のほとりには、シダ植物や苔が生い茂っているが、食えそうなものは見当たらない。

 昨日の `ポイズンベリー` のような罠もある。慎重にならざるを得ない。


 ふと、レーダーの端に白いドットが反応した。

 距離、二十メートル。

 茂みの向こう側だ。


 俺は音を立てないように立ち上がり、茂みに近づいた。

 隙間から覗き込む。


 いた。

 ウサギだ。

 だが、地球のウサギとは少し違う。

 耳が四つあり、額に小さな一本角が生えている。毛並みは薄い紫色で、草を食んでいる。


 `ホーンラビット`

 ----------------------------------

 [Level]: 2

 [HP]: 25/25

 [State]: 食事中

 [Drop]: ホーンラビットの肉、角、毛皮

 ----------------------------------


 レベル2。俺と同じだ。

 HPは低い。勝てる相手だ。

 そして何より、[Drop] 欄にある `肉` の文字が、俺の狩猟本能に火をつけた。


 しかし、どうやって捕まえる?

 近づけば逃げられるだろう。

 素手で捕まえられるほど甘くはないはずだ。

 飛び道具はない。石を投げても当たる自信はない。


 俺は思考を巡らせた。

 Excelスキルで、何かできないか。

 「セルの結合」は接触しなければ発動しない。

 「罫線」は壁を作るだけだ。檻を作って閉じ込める? いや、展開速度が間に合うか?

 もっと、遠距離から干渉できる手段はないか?


 俺はホーンラビットのいる場所セルを凝視した。

 座標 `AD4602`。

 そのセルに対して、俺ができる操作。


 コピー&ペースト?

 ウサギをコピーしても肉が増えるだけで、捕まえられなければ意味がない(そもそも生物のコピーが可能かどうかも不明だ)。


 ……待てよ。

 「セルの挿入」はどうだ?

 行や列を挿入すると、既存のセルは右や下にずれる。

 もし、ウサギの足元のセルに、強引に「何か」を挿入したら?


 あるいは、「並べ替え(ソート)」?

 範囲選択して、昇順・降順に並べ替える。

 もし、俺とウサギの間の空間を「距離の昇順」で並べ替えたら、ウサギが俺の目の前に来るのか?

 いや、それは物理法則への干渉が大きすぎて、MPが足りない気がする。


 もっと単純な機能。

 そう、「検索(Find)」だ。

 Ctrl + F。

 特定の文字列や値を探して、そのセルにジャンプ(アクティブ化)する機能。


 俺は試してみることにした。

 意識の中で、検索ウィンドウを開く。

 検索する文字列: `ホーンラビット`

 検索範囲: `シート全体`(視界内)


 [次を検索] ボタンを押すイメージ。


 ピピッ。


 視界が強制的に動き、ウサギにフォーカスが合った。

 それだけだ。

 ただロックオンしただけ。物理的な移動は発生しない。


「くそっ、使えねえ……」


 心の中で悪態をつく。

 ウサギが耳をピクリと動かした。気配を察知されたか?

 逃げられる。


 焦る俺の脳裏に、ふと、ある「関数」が浮かんだ。

 VLOOKUP関数ではない。もっと物理的な移動を伴う関数。

 いや、関数じゃない。

 「ハイパーリンク」だ。


 セルにリンクを埋め込み、クリックすると別の場所に飛ぶ機能。

 もし、ウサギのいるセルに、俺の足元のセルへのハイパーリンクを設定し、強制的に実行させたら?


 MPを消費する感覚がある。

 これは高度な操作だ。

 俺はウサギの足元のセル `AD4602` を選択した。

 右クリックメニュー → [リンク]。


 [アドレス]: `AC4590` (俺の目の前のセル)

 [表示文字列]: `ニンジン` (囮としてのメタデータ)


 設定完了。

 ウサギの足元に、青い下線付きの文字が浮かび上がったように見えた。

 ウサギがそれに気づき、ふと足元を見る。

 `ニンジン` という魅力的な文字列(概念)に惹かれたのか、あるいは単に異変を感じたのか、ウサギはその場所を踏んだ。


 クリック!


 シュンッ!


 音が置き去りにされた。

 次の瞬間、ウサギの姿が掻き消え――

 ドンッ!

 俺の目の前の地面に、尻餅をつくような体勢で出現した。


「キュッ!?」


 ウサギは何が起きたのか理解できず、目を白黒させている。

 俺も驚いたが、チャンスは一瞬だ。


 「セルの結合!」


 俺は叫び(実際には声に出さず、念じた)、ウサギに手を伸ばした。

 だが、今回は捕食(吸収)が目的ではない。

 ただ捕まえて、物理的に仕留めたいのだ。吸収してしまうと、肉として食べられない可能性がある(昨日のトカゲのように消滅してしまう)。


 だから、結合ではなく、単純な「拘束」をイメージした。

 俺の手のセルと、ウサギの身体のセルを……結合して、動けなくする!


 俺の手がウサギの首根っこを掴む。

 暴れるウサギ。角が俺の手首を掠める。痛い。

 だが、離さない。


 [セルの結合] 実行。

 ただし、今回は [値の保持] ではなく、単なる [結合] 。

 俺の手のひらと、ウサギの首の皮が、分子レベルでくっついた感覚。

 接着剤どころの話ではない。一体化したのだ。


 ウサギが必死に足をバタつかせるが、俺の手から離れることは物理的に不可能になった。

 俺は反対の手で、近くにあった手頃な石を掴んだ。


 「ごめん」


 謝罪の言葉を口にしながら、俺は石を振り下ろした。

 生きるためだ。

 鈍い音がして、ウサギの抵抗が止まった。

 [State]: 食事中 → 死亡


 俺は深く息を吐き、結合を解除([セル結合の解除])した。

 ポロリと、ウサギの死骸が地面に落ちる。

 まだ温かい。


 これが、異世界での最初の狩りだった。

 魔法でも剣技でもない。

 ハイパーリンクという罠と、セル結合という拘束技による、泥臭い勝利。


 俺は震える手で、ポケットから十徳ナイフ……なんてものは持っていないので、鋭利な石片を探し始めた。

 解体しなければならない。

 やったことはない。YouTubeで見た動画の知識だけが頼りだ。


 (……待てよ?)


 俺はナイフ代わりの石片(`黒曜石の欠片` [Sharpness]: High)を見つけながら、ふと思った。

 解体作業。

 皮を剥ぎ、肉を切り分け、内臓を取り出す。

 これって、データの「分割」機能でいけないか?


 [データ] タブ → [区切り位置]。

 カンマやタブで区切られたデータを、別々のセルに分割する機能。

 もし、このウサギを「皮」「肉」「骨」「内臓」という区切り文字デリミタで構成されたデータだと定義できれば……。


 俺はゴクリと唾を飲み込み、死んだウサギに手をかざした。

 実験だ。

 もし成功すれば、グロテスクな作業をスキップできる。


 対象選択: `死んだホーンラビット`

 機能実行: [区切り位置]

 区切り文字: [要素ごと] (概念的な指定)


 実行。


 パカッ。


 まるでプラスチックモデルのパーツがランナーから外れるように。

 あるいは、調理済みの料理が盛り付けられるように。

 ウサギの死骸が、一瞬で四つのパーツに分かれた。


 1. 綺麗に剥がされた毛皮

 2. 血抜きされた肉ブロック(骨なし)

 3. 骨の山

 4. 内臓(魔石を含む)


 それぞれのパーツが、別々のセル(隣接する空間)に整然と並んでいる。

 血の一滴すら飛び散っていない。

 完璧なプレパレーション(下処理)。


「……便利すぎるだろ、Excel……」


 俺は感嘆の声を漏らした。

 これはもう、チートと言っていい。

 俺は肉ブロックを手に取った。

 まだ生だが、これで食料は確保できた。

 次は火だ。生肉は怖い。

 だが、この万能ツールがあれば、火起こしすらも「関数」で解決できるかもしれないという期待が膨らんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ