第50話:神々の会議室 〜成果主義なき管理職たち〜
光の階段を登りきった先に待っていたのは、天国という言葉から連想される「花畑」や「雲の上の楽園」ではなかった。
そこは、無機質で、冷徹な「サーバールーム」だった。
上下左右、果てしなく広がる純白の空間。
そこに、巨大なモノリス(石板)が無数に浮遊している。
モノリスの表面には、高速で流れるルーン文字が刻まれ、世界中のあらゆる事象――誰が生まれ、誰が死に、雨がどこに降るか――をリアルタイムで処理している。
そして、その中心。
円卓のように配置された七つの巨大な玉座に、「彼ら」はいた。
七柱の神々。
人間の姿をしている者もいれば、光の球体、あるいは幾何学立体の姿をしている者もいる。
彼らから放たれるプレッシャーは、魔王ゼノスの比ではない。
存在の格(解像度)が違う。
中央に座る、主神らしき「老人の姿をした光」が口を開いた。
『よく来た、イレギュラー(異分子)よ』
声が空間全体から響く。
『我々は、この世界の管理者「セブン・アドミニストレーターズ」。
貴様の処遇を決定する会議を、これより始める』
俺は円卓の中央に立たされた。
被告人席だ。
だが、俺は怯むことなく、周囲のモノリスを [Excel・アイ] でスキャンし続けていた。
(……構造が古い。コードがスパゲッティ化している。これはメンテナンスが大変そうだ)
『工藤聡。貴様の罪状を読み上げる』
右端の神(赤い球体)が叫んだ。
『第一に、魔王軍の無力化。
魔王は「人類に恐怖を与える装置」として設計された。それを貴様は、あろうことか「貿易相手」に変えた。
これにより、人類の危機感が低下し、神への祈り(アクセス数)が激減している!』
『第二に、技術レベルの逸脱』
左端の神(歯車のような姿)が続く。
『飛空艇、通信網、高度な農業。
これらは「あと500年後」に解禁される予定の技術ツリーだ。
貴様はシナリオを無視し、勝手に文明を進化させた。
そのせいで、我々のデータベース容量がパンク寸前だ!』
次々と挙げられる罪状。
要するに、「俺たちが書いたシナリオ通りに動かないから迷惑だ」と言っているだけだ。
俺は溜息をつき、手を挙げた。
「発言を許可していただけますか?」
『……許可する。だが、命乞いなら無駄だぞ』
「命乞い? まさか」
俺は眼鏡をクイッと上げ、ビシッと言い放った。
「私が言いたいのは、あなた方の『運営方針』があまりに前時代的で、非効率だということです」
場が凍りついた。
神々がざわめく。
「魔王を恐怖の装置にする?
そんなマッチポンプで稼いだ『祈り』に、何の価値がありますか?
恐怖による信仰は長続きしません。リピート率が低い。
現に、私が提供した『豊かな生活』の方が、人々からの感謝(ポジティブな信仰)を集めています」
俺は空中にグラフを投影した。
[祈りの質(Quality of Prayer)] の比較データだ。
神々への祈り(恐怖・懇願)は数値が低いが、エル・ドラドでの感謝(喜び)は数値が高い。
「次に、技術ツリーの制限。
データベースがパンク? それはあなた方のサーバー増強不足です。
ユーザー(人類)の成長に合わせてインフラを投資するのは、運営の義務でしょう。
それを怠り、ユーザーの進化を止めるなど、怠慢以外の何物でもない」
俺の言葉は、神々の痛いところを突き刺した。
彼らは、長い時の中で「管理」することに疲れ、あるいは飽き、ただ現状維持を望むだけの「老害」と化していたのだ。
『き、貴様ぁ……! 神に向かって何という口を!』
『我々は創造主だぞ! 被造物が意見するなど、言語道断!』
激昂する神々。
主神が、静かに、しかし絶対的な殺意を持って告げた。
『……議論の余地なし。
貴様は、バグだ。
修正不可能と判断する。
よって、即時削除を実行する』
主神が手を掲げた。
空間にあるすべてのモノリスが赤く輝き、俺に照準を合わせる。
「消去光線」のチャージ。
物理防御も魔法防御も貫通し、存在の定義そのものを消し去る、神の権能。
『消え失せろ、工藤聡』
カッッッ!!!
視界が真っ白に染まる。
俺の身体が、指先から分解されていく感覚。
痛みはない。ただ、「無」へと還る感覚だけがある。
……普通なら、ここで終わりだ。
だが、俺は待っていた。
この瞬間を。
彼らが「管理者権限」を行使するために、システムの深層を開く、この一瞬を。
(……アクセス・ポート、確認)
消えゆく意識の中で、俺は最後のマクロを発動させた。
昨夜組み上げた、起死回生のカウンター・プログラム。
[Trap Card Activate]: VBA Injection
俺の身体が消滅するコンマ1秒前。
俺という存在データそのものを「ウイルス」として、彼らのシステム内部へと潜り込ませた。
***
第51話:権限奪取 〜そして世界は再起動する〜
System Alert: Unauthorized Access
System Alert: Administrator Privileges Overwritten
白い空間に、無機質なアラート音が鳴り響いた。
神々が困惑の表情を浮かべる。
『な、何だ? 消去が完了していない?』
『システムが……操作を受け付けないだと!?』
彼らの目の前で、消えかかっていた俺の身体が、ノイズと共に再構築されていく。
Ctrl + Z (元に戻す)。
俺は、消去された自分のデータを、直前のバックアップから復元したのだ。
「……危ないところでした。バックアップは基本中の基本ですからね」
俺は完全に復活し、ニヤリと笑った。
そして、俺の周囲には、無数のウィンドウが展開されていた。
それらは、神々が操作していたモノリスの制御画面そのものだ。
「馬鹿な……! 我々のコンソールを乗っ取ったのか!?」
「ええ。あなた方が私を削除しようとしてアクセスした瞬間、その通信経路を逆探知しました。
セキュリティが甘いですよ。パスワードが『God1234』だなんて、推測されやすすぎます」
俺は [VBA Editor] をフルオープンにした。
目の前にあるのは、この世界の「ソースコード」だ。
物理定数、魔法法則、因果律。すべてが可読可能なコードとして記述されている。
そして、一番上にある記述。
Public Const Administrator = "Seven_Gods"
俺はここを書き換えた。
Public Const Administrator = "Kudo_Satoshi"
エンターキー(虚空)を叩くッ!
バチィィィィンッ!!!
世界が震えた。
神々の玉座から光が失われ、彼らの体が地面(のような空間)に落下した。
逆に、俺の体は黄金の光に包まれ、宙に浮き上がる。
[System Message]: Administrator Changed.
[New Admin]: Kudo_Satoshi
『権限が……奪われた……!?』
『ありえない……人間ごときに、神の座が……!』
神々が恐怖に震えて見上げる。
俺は彼らを見下ろした。
全能感。
指先一つで、星を消すことも、新しい大陸を作ることもできる力。
だが、俺はその力に溺れるつもりはない。
「さて、業務引き継ぎ(ハンドオーバー)の時間です」
俺は神々に告げた。
「あなた方を削除はしません。
システムには『メンテナンス要員』が必要です。
今日からあなた方は、私の部下として働いてもらいます」
『部下だと……!? 創造主たる我らに、雑用をしろと言うのか!』
「創造主? 過去の栄光ですよ。
今のあなた方は、ただの『管理不行き届きな前任者』です」
俺は空中に、新しい「組織図」と「シフト表」を表示した。
[New Organization]: World Management Team
Manager: Kudo
Staff: Old Gods (7 persons)
「主神、あなたは『天候制御』担当です。雨不足の地域に、均等に水を配分してください。
そこの赤い神は『地殻変動』担当。地震のエネルギーを分散させ、被害を最小限に抑えること。
……サボったら、給料(信仰心)をカットしますよ?」
屈辱に顔を歪める神々。
だが、権限を奪われた彼らに、拒否権はない。
システム上の絶対命令(Admin Command)だ。
『……承知、した……』
神々が頭を垂れた。
クーデター完了。
俺は、この世界の真の支配者――いや、「最高責任者(CEO)」となったのだ。
その後、俺は世界のパラメータを [最適化] した。
不条理な疫病の根絶。
魔物の発生率の調整。
資源の再分配。
世界は、かつてないほどの安定と繁栄の時代を迎えることになった。




