第46話:確率分布のカジノ設計 〜RAND関数が支配する地下帝国〜
温泉旅館『エル・ドラド』の地下。
かつて古代遺跡の「居住区(Residential Area)」だった広大な空間は、今や煌びやかな「大人の遊び場」へと変貌を遂げつつあった。
壁一面には、発光苔を加工したネオンサインが輝き、床には深紅の絨毯が敷き詰められている。
中央には巨大なルーレット台。
そして壁際には、ずらりと並んだ「スロットマシン」のような魔道具たち。
俺は一台のスロットマシンの前に座り、最後の調整を行っていた。
見た目はレトロなスロットだが、中身は最新鋭の論理回路(Excelマクロ)で動いている。
`Sub Slot_Logic()`
`Dim roll1 As Integer, roll2 As Integer, roll3 As Integer`
`roll1 = Int((9 * Rnd) + 1)` ...
通常のスロットは、物理的なリールの回転で当たりが決まる。
だが、俺のマシンは違う。
完全に「デジタル制御」だ。
プレイヤーがレバーを引いた瞬間、内部で乱数が生成され、結果が決定される。リールの回転はただの演出に過ぎない。
「工藤、これ本当に動くのか?」
カイルが興味津々で覗き込んでくる。
彼はすでにタキシード(カジノの黒服)に着替えており、似合わない蝶ネクタイをいじっている。
「ええ、動きますよ。試しに打ってみてください」
俺はカイルに「テスト用コイン」を渡した。
カイルがコインを投入し、レバーを引く。
ガシャン! キュイイン……!
リールが高速回転する。
`7` `7` …… `BAR`。
ハズレ。
「チッ、惜しいな」
カイルがもう一度打つ。
ハズレ。
ハズレ。
……10回目で、ようやく `CHERRY` が揃い、小銭がチャリンと出てきた。
「なんだよ、全然当たらねぇじゃねぇか! 渋いぞ!」
「当たり前です。今の設定は『回収モード(還元率85%)』ですから」
俺はニヤリと笑い、設定画面(空中のウィンドウ)を開いた。
`[Setting]: Pay_Out_Rate (還元率)`
`Current: 85%`
カジノ運営の肝は、この「還元率」のコントロールにある。
客に勝たせすぎれば店が潰れる。負けさせすぎれば客が飛ぶ。
絶妙なバランス――「もう少しで勝てそう」「次は当たるかもしれない」と思わせる心理的なラインを攻める必要がある。
「では、設定を変えてみましょう。今夜はオープン記念ですからね」
俺は数値を書き換えた。
`Target: 120% (大放出モード)`
「もう一度どうぞ」
カイルが半信半疑でレバーを引く。
キュイイン……ガガッ!
`7` `7` `7` !!!
ファンファーレが鳴り響く。
マシンの上部にあるパトランプが激しく回転し、コインの排出口から金貨が滝のように溢れ出した。
ジャラジャラジャラジャラ……!
「うおおおおっ!? マジか! 大当たりだ!」
カイルが子供のようにはしゃいでいる。
「これが『確率操作』です。
私がその気になれば、客を天国にも地獄にも落とせる。
……ですが、基本は『生かさず殺さず』。長く遊んでもらい、適度に負けてもらうのが理想です」
俺は設定を `95%` (標準)に戻した。
この設定なら、客は「結構遊べたな」という満足感と共に、少しだけ財布を軽くして帰ってくれる。
準備は整った。
今夜のプレオープンには、王都から招待したVIP客――貴族や大商人たちが、「転移門」を通ってやってくる手はずになっている。
昨日のうちに、ミリアと協力して設置した「簡易転移ゲート」だ。
まだ大規模な輸送はできないが、少人数のVIPなら招待できる。
午後八時。
カジノの扉が開かれた。
ドレスアップした貴族たちが、物珍しそうな顔で入ってくる。
「ほう、これが新大陸の娯楽か」
「見たこともない遊具ばかりだわ」
彼らはすぐに、スロットマシンの音と光の虜になった。
単純明快なルール。派手な演出。そして、射幸心を煽る「当たり」の予感。
コインが吸い込まれていく。
俺はフロアの隅で、売上グラフをモニタリングしていた。
`[Current Revenue]: +5,000 G`
`[Current Revenue]: +12,000 G`
順調だ。
特に、イフリート将軍(お忍びで来ている)が、ポーカーテーブルでボロ負けしているのが微笑ましい。彼は顔に出やすすぎる。
だが、問題児もいた。
ルーレットテーブルに座る、一人の老人。
白髪の紳士風だが、その目は鋭い。
彼はチップを山のように積み上げ、一点賭けを繰り返している。
そして……当てている。
`[Warning]: Abnormal Winning Streak (異常な連勝)`
`[Target]: Count Zephyr (ゼファー伯爵)`
ゼファー伯爵。
王都でも有名なギャンブラーであり、数学者でもある男だ。
彼はルーレットの盤面のわずかな傾きや、ディーラーの癖を見抜き、物理演算で落下地点を予測しているらしい。
いわゆる「攻略法(ゴト師ではないが、プロの技)」だ。
このままでは、カジノの利益が吹っ飛ぶ。
ディーラー(森の民の青年)が冷や汗をかいて、俺に助けを求める視線を送ってくる。
俺はインカムで指示を出した。
『担当交代。私がやります』
俺はディーラーと交代し、ルーレットの前に立った。
ゼファー伯爵が不敵に微笑む。
「ほう、支配人自らのお出ましか。……次は『赤の9』だ」
彼は全財産に近いチップを一点に置いた。
自信満々だ。
「承りました。……ノーモア・ベット」
俺は象牙のボールを指で弾いた。
カラカラカラ……。
ボールが盤面を回る。
ゼファー伯爵の計算通りなら、ボールは『赤の9』に落ちる軌道を描いている。
物理法則は嘘をつかない。
だが、俺は「物理法則」の上に「確率の神(RAND関数)」を上書きできる。
俺は盤面の下に仕込まれた磁力制御装置(Magical Magnet)を、ミリア経由で操作した。
`[Intervention]: Strength 0.5%`
ほんのわずか。
ボールの軌道がズレる。
1ミリ以下の誤差。だが、高速回転するルーレットにおいて、その誤差は致命的だ。
カラン、コロン……。
ボールが跳ねる。
『赤の9』のポケットの縁に当たり――弾かれ――隣の『黒の28』に落ちた。
「……黒の28」
俺は静かに告げた。
ゼファー伯爵が目を見開き、そして深く息を吐いた。
「……負けたか。最後の最後で、風(運)が変わったな」
「カジノには魔物が棲んでいますからね」
俺はチップを回収した。
ゼファー伯爵は潔く席を立ち、「また来るよ、面白い店だ」と言って去っていった。
彼は気づいていたかもしれない。俺が何かしらの手を使ったことを。
だが、それを暴く証拠はなく、むしろその「駆け引き」を楽しんだようだった。
`[Total Revenue]: +50,000 G`
本日の営業終了。大黒字だ。
俺はバックヤードに戻り、ネクタイを緩めた。
カイルが興奮した様子で入ってくる。
「すげぇな工藤! あの伯爵を負かすとは!
俺もスロットで大儲けしたし、今日は最高の夜だ!」
「カイルさん。従業員のギャンブルは禁止ですよ。勝った分は『没収』です」
「はぁぁ!? そりゃねぇよ!」
「代わりに、ボーナスとして現物支給(マグロの刺し身)を出しますから」
俺は笑った。
リゾート開発は順調だ。
食、癒やし、そして娯楽。
人間が必要とする「快楽」のインフラは整った。
だが、俺の野望はこれで終わりではない。
次は「物流」だ。
新大陸の特産品を世界中にばら撒き、経済圏を拡大する。
そのために必要なのは、空を飛ぶ輸送手段……「飛空艇」の開発だ。
古代遺跡の奥深くに眠る、謎の設計図 `[Project: Sky Ark]`。
明日からは、その解析に取り掛かろう。
俺は窓の外、満天の星空を見上げた。
未開の地だったジャングルに、カジノのネオンと旅館の灯りが輝いている。
それはまるで、地上に落ちた星屑のようだった。




