第42話:レガシーシステムの迷宮 〜コメントアウトされた罠〜
遺跡の内部は、外の蒸し暑さが嘘のように冷え切っていた。
石造りの回廊。
壁面には規則的な溝が刻まれ、そこを青白い蛍光体(冷却液の一種か?)が脈打つように流れている。
足音だけが反響する、無機質な空間。
だが、その整然とした美しさは、至る所で崩壊していた。
天井から垂れ下がる無数のケーブル(植物の根ではない、金属製の蔦)、床に散乱する瓦礫、そして壁面のあちこちに表示される「赤く明滅するルーン文字」。
`[Warning]: System Stability 24%`
`[Error]: Sector 5, 8, 12 Not Responding`
古代語だが、俺の `Excel・アイ` には自動翻訳されてログとして表示される。
どうやらここは、かつて何らかの「管理施設」だったようだ。それが長い年月でメンテナンスされず、OSが腐敗し、暴走している。
「気味が悪い場所だな。生き物の気配がしねぇ」
カイルが剣を構えながら、周囲を警戒する。
ミリアは興味津々といった様子で、壁のルーン文字を指でなぞっている。
「これ、古代魔導式の記述言語ですね。……でも、文法がめちゃくちゃです。『火を出せ』という命令の直後に『水を撒け』って書いてあったり……」
「典型的な『継ぎ接ぎ改修』の跡ですね」
俺はため息をついた。
当初の設計者がいなくなった後、仕様書も読まない後任者が適当にパッチを当て続けた結果、論理矛盾を起こして動かなくなったシステム。
現代のIT現場でもよく見る光景だ。
その時。
通路の奥から、ガシャーン、ガシャーンという金属音が響いてきた。
規則正しいリズム。だが、どこかぎこちない。
「来るぞ!」
カイルが叫ぶと同時に、暗闇から姿を現したのは、3体の「警備ゴーレム」だった。
ただし、まともな状態ではない。
錆びついたボディ、片腕がない個体、頭部が前後逆についた個体。
目は赤く暴走し、手当たり次第に壁を殴りながら近づいてくる。
`[Monster]: Broken Security Golem`
`[Level]: 25`
`[State]: Berserk (敵味方識別不能)`
「排除しますか?」
カイルが問う。
「待ってください。彼らの動き、ループ(繰り返し)しています」
俺はゴーレムたちを観察した。
3歩進んで、右の壁を殴る。
3歩進んで、右の壁を殴る。
その繰り返しだ。壁がない場所でも空振りをしている。
「……なるほど。『右側の壁に沿って巡回せよ』という命令が、障害物回避のロジックと競合してバグっているんです」
俺は一歩前に出た。
戦う必要はない。
彼らは敵ではない。「壊れたプログラム」だ。
俺は彼らの巡回ルート(動線)上に、仮想的な「壁」を挿入することにした。
`[挿入] タブ` → `[図形: 長方形]`。
透明なオブジェクトを、ゴーレムの左側に配置する。
ドンッ。
先頭のゴーレムが、見えない壁にぶつかった。
「障害物検知。左折します」
ガガガ……と音がして、ゴーレムが90度左へ回転した。
すると、今度は「右側の壁(さっきまで殴っていた壁)」が認識できなくなり、新たな命令「直進」が優先される。
そのままゴーレムたちは、俺たちの横を素通りし、壁に向かって直進し続け、突き当たりの曲がり角でスタック(立ち往生)した。
「……あ、行った」
ミリアがぽかんとしている。
「バグを利用した誘導です。まともに相手をしていては、こちらの消耗が激しい」
俺たちはスタックしたゴーレムを尻目に、さらに奥へと進んだ。
地下二階。
ここからは、本格的な「トラップ」のエリアだった。
床には圧力センサー、壁には矢の発射口、天井からは巨大な鎌。
インディ・ジョーンズの世界だ。
だが、ここでも「老朽化」が牙を剥いていた。
センサーが誤作動し、誰もいないのに矢が飛んでくる。
逆に、踏んでも作動しない床もある。
ランダム性が高すぎて、逆に危険だ。
「おい工藤、これどうすんだ? 運ゲーか?」
カイルが飛んできた矢を剣で弾きながら叫ぶ。
「いいえ。すべての罠には『トリガー(条件)』があります。それを見える化しましょう」
俺は `[数式] タブ` → `[参照元のトレース (Trace Precedents)]` を発動した。
遺跡全体を巨大なワークシートと見立て、各トラップ(セル)が「どのセンサー(参照元)」に依存しているかを青い矢印で表示させる。
ビュンッ!
視界に無数の青い線が走った。
床のパネルから壁の穴へ。天井のセンサーから床の落とし穴へ。
複雑に絡み合った配線図が、空間に浮かび上がる。
「青い線を踏まないように進んでください。線が繋がっているタイルは『地雷』です」
「おおっ、こりゃ見やすい!」
カイルとミリアは、青いレーザーのような線をまたぎ、くぐりながら進んでいく。
俺もそれに続く。
時折、`[コメントの挿入]` 機能を使って、危険箇所に『注:即死トラップ』『注:毒ガス』といった付箋を貼り付けていく。
順調に進んでいた、その時だった。
通路の先に、一際巨大な扉が現れた。
表面には、警告色(赤と黒)の縞模様がペイントされ、中央には巨大な一つ目(カメラ?)が埋め込まれている。
`[Area]: Server Room (Entrance)`
`[Security Level]: High`
ここだ。
この奥に、水源を汚染している暴走システムの中枢がある。
俺たちは扉の前に立った。
扉には取っ手がない。
代わりに、中央の目の下に、石板を嵌め込むための窪み(カードスロット)があった。
「長老から貰った鍵を使う時ですね」
俺は懐から「古代のアクセスカード」を取り出した。
窪みに差し込む。
ガチャン。
機械的な音がして、カードが吸い込まれた。
中央の一つ目が赤く光り、スキャン光線が俺たちを舐める。
『ピピピ……認証中……認証中……』
無機質な音声が響く。
そして。
『エラー。権限が不足しています。
最終ログインから500年以上経過したため、アカウントはロックされました。
管理者に連絡してパスワードをリセットしてください』
ガガガッ。
カードが吐き出された。
扉は開かない。
「はぁぁぁ!? ふざけんな! 管理者なんて死んでるだろうが!」
カイルが扉を蹴る。
「……セキュリティポリシーの更新(パスワード有効期限切れ)ですね。よくある話です」
俺は冷静にカードを拾った。
正面玄関は閉ざされた。
だが、システムがある限り、必ず「保守用の入り口」があるはずだ。
俺は扉の横にある、小さなパネル(点検口)に目をつけた。
ネジ止めされているが、錆びついている。
「カイルさん、そこをこじ開けてください」
「おう!」
カイルが短剣を隙間に差し込み、強引にパネルを剥がした。
中には、埃まみれの配線と、小さな入力端子があった。
「物理ハッキング(直結)といきましょう」
俺は自分の指先から、魔力の糸(LANケーブル)を伸ばし、端子に接続した。
俺の脳と、古代遺跡のメインフレームが同期する。
`Connecting...`
`Handshake... OK`
視界がデジタル空間へと切り替わる。
暗黒の中に浮かぶ、膨大なディレクトリ構造。
`Root`
`├ System`
`├ Security`
`└ Water_Control (Error!)`
見つけた。`Water_Control` フォルダ。
ここが真っ赤にエラーを吐いている。
中身を見ると、`Filter_Process.exe` (浄化プロセス)が停止し、代わりに `Waste_Dump.bat` (廃棄物垂れ流しバッチ)が無限ループしていた。
俺はコマンドラインを開いた。
管理者権限(Sudo)はない。だが、メンテナンスモードへの切り替えなら、ゲスト権限でも可能かもしれない。
`> Enter Maintenance Mode`
`> Password:`
パスワードを求められる。
分からない。
だが、この時代のパスワード設定など、たかが知れている。
開発者がテスト用に設定した、単純な文字列が残っていることが多い。
俺は `[総当たり攻撃 (Brute Force)]` マクロを走らせた。
`0000`, `1234`, `password`, `admin`……。
数秒後。
`Password Accepted: "guest"`
「……セキュリティ意識が低すぎる」
俺は苦笑し、メンテナンスモードに入った。
これで扉のロックを解除できる。
`> Open Door`
プシューッ……。
重い扉が、左右にスライドして開いた。
中から、冷気と共に、さらに濃い瘴気が漏れ出してくる。
「開きました。……行きますよ」
俺たちは「サーバールーム」へと足を踏み入れた。
そこには、天井まで届く巨大なクリスタルの柱が鎮座していた。
ダンジョンコアだ。
だが、その輝きは禍々しい紫色に染まり、表面には黒いノイズが走っている。
そして、コアの前には、それを守るように佇む「守護者」の姿があった。
全身が透明な液体金属で構成された、人型の怪物。
スライムとゴーレムの合いの子のような、不定形の強敵。
`[Boss]: Liquid Metal Guardian`
`[Level]: 40`
`[Resistance]: 物理無効, 魔法反射`
「……物理無効に魔法反射だと? どうやって倒せってんだ!」
カイルが呻く。
「倒す必要はありません。
あれは『アンチウイルス・ソフト』が実体化したものです。
正規の手順で『検疫』をパスすれば、無害化できます」
俺は前に出た。
右手に、先ほどの石板を持つ。
左手には、俺自身の「社員証」を持つ。
古代のIDと、現代のID。
二つの認証情報を `結合 (Concatenate)` し、新たな「スーパーユーザー」として認識させる。
俺はガーディアンに向かって、高らかに宣言した。
「システム管理者代行、工藤聡。
これより、緊急メンテナンスを開始する!
邪魔をするな、ポンコツセキュリティ!」
俺の言葉に反応し、ガーディアンがドロリと形を変え、戦闘態勢に入った。
交渉決裂。
やはり、最後は力技が必要らしい。




