**第40話:伐採(デリート)と整地(フォーマット) 〜ジャングルをセル結合する〜**
新大陸の空気は、濃密だった。
湿度は90%を超え、腐葉土の発酵した匂いと、甘ったるい花の香りが混ざり合い、呼吸するだけで肺に重みを感じる。
気温は35度。
スーツ姿の俺には過酷な環境だが、`[空調管理(体感温度調整)]` マクロを常時稼働させているため、不快感はない。
目の前に広がるのは、壁のようなジャングルだ。
高さ数十メートルの巨木が林立し、その間を蔦やシダ植物が埋め尽くしている。
道などない。
一歩進むのに、鉈で数分間藪を払い続けなければならないような密度だ。
「おいおい工藤、ここを切り開くのか? 俺たちだけで?」
カイルが呆れたように言った。
今回の上陸班は、俺、カイル、ミリア、そして荷運び用の屈強なオーク数名。
どう見ても人手不足だ。
「通常なら、開拓村を作るのに数ヶ月かかるでしょうね」
俺は冷静に分析した。
木を切り、根を掘り起こし、地面を平らにし、地盤を固める。
途方もない労力だ。
「ですが、私にはExcelがあります」
俺はジャングルの手前に立ち、視界にグリッド線を表示させた。
`Grid On`
`Range Selection: A1:Z100` (約1ヘクタールの範囲)
俺はまず、邪魔な「下草」と「蔦」を処理することにした。
これらは建築には不要なノイズデータだ。
`[検索する文字列]: "雑草" OR "蔦" OR "藪"`
`[置換後の文字列]: ""` (削除)
`[範囲]: 選択エリア`
実行。
シュンッ!
音が消えた。
目の前の空間から、緑色のモジャモジャした部分だけが、まるでレイヤーを非表示にしたかのように消滅した。
残ったのは、巨木と、剥き出しになった地面だけ。
風通しが一気によくなった。
「うわぁ……何度見ても気持ち悪いな、その魔法」
カイルが引いている。
「魔法じゃありません。データ整理です」
次は巨木だ。
これらは建築資材(材木)として利用できる。削除してはもったいない。
俺は木々を選択した。
`[データ] タブ` → `[区切り位置]`。
巨木を、以下の要素に分割する。
1. 枝葉(不要)
2. 樹皮(燃料・壁材)
3. 芯材(柱・梁)
4. 根(不要)
実行。
バキバキバキッ!
轟音と共に、数十本の巨木が一斉に解体された。
枝葉と根は塵となって消え、樹皮は綺麗に剥がれて積み重なり、芯材は製材された角材のように四角く加工されて地面に並んだ。
プレカット済みの建材の山が出来上がった。
`[Material Acquired]: Lumber (High Quality) x 500`
「……製材所いらずだな」
オークたちが目を白黒させている。
最後は、地面の整地だ。
凸凹した地面、埋まった石、ぬかるみ。
これらを平らにし、建築に適した硬さに固める。
俺は地面を選択した。
`[セルの書式設定]` → `[配置: 均等割り付け]`?
いや、ここは `[塗りつぶし]` を応用しよう。
「コンクリートのような硬度」という属性で、地面を塗りつぶす。
`Fill Color: Concrete Grey`
`Property: Hardness 50`
ズズズズズ……。
地面が波打ち、泥が乾燥し、石が沈み込む。
数秒後、そこには水平器で測ったように真っ平らで、カチカチに固まった土台が出現した。
所要時間:15分。
開拓完了。
「さあ、拠点の基礎はできました。資材もあります。
あとは組み立てるだけですね」
俺は汗ひとつかいていない。
`MP: 7/10`。
広範囲の干渉だったので少し消費したが、ポーション一本で戻るレベルだ。
「……アンタ、これ国が傾くレベルの技術だぞ」
カイルが乾いた笑いを漏らした。
ミリアはすでに慣れたもので、さっさと測量用の道具を広げ始めている。
「では、ここに管理棟を建てましょう。設計図(CADデータ)は私が作ります」
俺は空中に `[オートシェイプ (AutoShapes)]` で図面を描き始めた。
四角形、線、コネクタ。
パワポで資料を作る感覚で、建物の構造を定義していく。
だが、順調な作業は、突然の来訪者によって中断された。
ヒュンッ!
ドスッ!
一本の矢が、俺の足元のアスファルト(固めた土)に突き刺さった。
粗末な作りだが、羽根には鮮やかな極彩色の鳥の羽が使われている。
「……警告射撃か」
カイルが瞬時に大剣を抜き、俺の前に立った。
ジャングルの奥、切り開いていない森の暗がりから、複数の気配がする。
`[Radar]: Enemy Detected`
`[Count]: 20`
`[Race]: Unknown (Humanoid)`
原住民だ。
未開の地にはつきものの、先住民族とのファーストコンタクト。
森の陰から、小柄な人影たちが現れた。
身長は人間の子供ほど。肌は緑色で、体には植物で編んだ服を纏っている。
手には弓や吹き矢。
そして、その瞳は敵意に満ちていた。
`森の民(エルフの一種?)`
`[Level]: 15`
`[State]: 怒り, 警戒`
彼らのリーダーらしき、頭に大きな花飾りをつけた個体が、何かを叫んだ。
「■■■! ■■■■■!!」
言語が通じない。
未知の言語だ。
だが、身振り手振りで「出ていけ」「森を壊すな」と言っているのは分かる。
俺たちの急速な伐採行為が、彼らの縄張り意識を刺激したらしい。
「どうする工藤? やるか?」
カイルが問う。
「いえ。これからリゾート開発をするにあたり、現地住民との対立は最大のリスクです。……交渉しましょう」
俺は前に出た。
言葉は通じない。
だが、俺には `Excel` がある。
Excelには「翻訳機能」がある。
そして何より、Excelは「万国共通言語」だ。
俺は空中にウィンドウを出した。
`[校閲] タブ` → `[翻訳 (Translate)]`。
検出言語:`[森の民語]` → 翻訳言語:`[共通語]`。
リアルタイム翻訳機能(字幕表示)を起動する。
MP消費は継続的だが、コミュニケーションコストを下げるためには安いものだ。
「■■■!(森を穢す悪魔め! 去れ!)」
字幕が出た。
なるほど、悪魔扱いか。まあ、一瞬で森を消し飛ばせばそう思われるか。
「私たちは悪魔ではありません。対話を望みます」
俺の言葉が、自動的に彼らの言葉(発音)に変換されてスピーカーから流れる。
「対話? 笑わせるな! 木々を殺し、大地を石に変えたではないか!」
「これは開発です。あなた方にも利益があります」
俺は懐から、手土産を取り出した。
王都で仕入れた「角砂糖」と「ガラス玉」。
典型的な文明の利器だ。
だが、彼らはそれを見ても反応が薄い。
むしろ、「そんなガラクタで誤魔化す気か」という軽蔑の色が見える。
……失敗した。
彼らは原始的だが、知能は高い。
安っぽいビーズで釣れる相手ではない。
彼らが求めているのは、もっと本質的なものだ。
俺は `Excel・アイ` で彼らのステータスを詳細分析した。
`[Health]: Poor`
`[Debuff]: 未知の風土病, 栄養不足`
彼らは病んでいる。
森の奥で、何か深刻な問題が起きているのかもしれない。
「……あなた方、病気にかかっていますね?」
俺の言葉に、リーダーが動揺した。
「な、なぜそれを……」
「治せるかもしれませんよ。……もし、話を聞いてくれるなら」
俺は `条件付き書式` で、彼らの体内の「病巣」を赤く可視化してみせた。
彼らは自分たちの体が赤く光るのを見て、恐怖し、そして俺を畏怖の目で見た。
医療支援。
これが、交渉の突破口だ。
「案内してください。あなた方の集落へ。
そこで『診療所』を開設します。治療費は……そうですね、この土地の利用権でどうでしょう?」
リーダーは迷った末、弓を下ろした。
「……ついてこい。だが、妙な真似をすれば、この森が貴様らを喰らうぞ」
交渉成立。
俺たちは建築作業を中断し、ジャングルの奥地へと足を踏み入れることになった。
そこには、俺のExcelスキルでも解析不能な、古代の遺跡と「ダンジョンの入り口」が待ち構えていた。




