第38話:最終承認(ファイナル・アプロ-バル) 〜剣ではなくペンを握る時〜
一週間後。
魔王城の正門前にある「総合受付」に、再び勇者パーティの姿があった。
前回とは違う。
彼らの装備は泥にまみれ、疲労の色も見えるが、その瞳には迷いがなかった。
特に、先頭に立つ勇者アルスの顔つきは、少年のそれから、責任を背負った青年のものへと変わっていた。
「……来たな」
俺はカウンターの中から彼らを見据えた。
アルスが無言で、分厚い書類の束をカウンターに置く。
ドサッ。
「『入城申請書』、および関連書類一式。……それと、『保護者同意書』だ」
俺は書類を手に取り、チェックを開始した。
[Excel・アイ] が高速で走査する。
フリガナ、住所、目的記述。
全て埋まっている。
書き損じもない。
そして、最後に添付された同意書。
保護者氏名:ボルド
備考:息子をよろしく頼む。あと、一杯奢らせてくれ。
俺は口元を緩めた。
親父さん、あんたの息子は立派に育ってるよ。
「……書類に不備はありません。完璧です」
俺は承認印([Approved])を押し、ゲートのロックを解除した。
ブォン……。
赤い結界が消滅し、城内への道が開かれる。
「通ってよし。……ただし、武器は『預かり所』に預けてもらいます。ここから先はオフィスですから」
アルスは一瞬、腰の聖剣に手をやったが、すぐにそれを外し、カウンターに置いた。
仲間たちもそれに続く。
丸腰になった勇者一行。
だが、彼らの気迫は衰えていない。
「案内しろ、工藤。魔王に会わせろ。……『話』がある」
「承知しました。社長……いえ、魔王様も首を長くしてお待ちです」
俺は立ち上がり、彼らを城の最奥へと案内した。
玉座の間。
かつてゴミ屋敷だったその場所は、今や洗練された「大会議室」へと変貌していた。
書類はファイリングされ、床は磨き上げられている。
そして、巨大な円卓の奥に、魔王ゼノスが座っていた。
以前のような殺気はない。代わりに、経営者としての重厚なオーラを纏っている。
「よく来たな、人間の子よ」
魔王の声が響く。
アルスは円卓の対面に座り、魔王を睨み据えた。
「魔王ゼノス。……俺は、お前を倒すためにここに来た」
緊張が走る。
だが、アルスは続けた。
「……と、言うつもりだった。先週まではな」
アルスは深呼吸をした。
「だけど、親父に言われたんだ。『平和の形は一つじゃない』って。
俺は村へ帰る途中、お前の配下のゴブリンたちが、街道を整備しているのを見た。
お前の部下のオークが、人間の商人と笑って取引しているのを見た。
……お前は、本当に『悪』なのか?」
魔王ゼノスは仮面の奥で笑った。
「善悪など、立場によって変わる変数に過ぎん。
我はただ、我が民を飢えさせたくないだけだ。人間を滅ぼせば、誰が我らの作った魔石を買う? 誰が我らに麦を売る?
共存こそが、最も利益率の高い選択肢だ」
魔王が俺に目配せをする。
俺は用意していた「新しい契約書」をテーブルに広げた。
【人魔通商条約(ドラフト版)】
1. 不可侵条約の締結
2. 魔界資源(魔石・鉱物)と人間界資源(食料・衣類)の関税撤廃
3. 人的交流の促進(留学・就労ビザの発行)
4. 魔王軍の一部を『国際災害救助隊』として再編
アルスが目を見開く。
「これは……」
「M&A(合併・買収)ではありませんが、業務提携の提案書です」
俺は説明した。
「魔界はエネルギー資源が豊富ですが、食料自給率が低い。
人間界は食料は余っていますが、エネルギー不足で文明が停滞している。
互いの『供給』と『需要』は一致しています。
争う理由は、単なるコミュニケーション不足と、過去の因習だけです」
アルスは書類を読み込んだ。
大賢者モルガンも覗き込み、「ふむ、論理的じゃ。これなら双方に益がある」と頷く。
「……分かった」
アルスは顔を上げた。
「俺は、王国の代表じゃない。ただの勇者だ。この書類にサインする権限はないかもしれない。
……でも、俺が『魔王は敵じゃない』と証言すれば、世界は変わるはずだ。
俺の名にかけて、この条約を国王に認めさせてみせる」
アルスはペンを取り、立会人(Witness)の欄に力強く署名した。
勇者 アルス
魔王ゼノスもまた、漆黒の羽ペンで署名した。
魔王 ゼノス
その瞬間。
書類が淡い光を放ち、世界を覆っていた「敵対設定」が書き換わった音がした気がした。
[World Event]: Peace Treaty Signed
[War State]: Ended
戦いは終わった。
血を一滴も流さず、インクと紙だけで。
魔王が立ち上がり、アルスに手を差し出した。
アルスも立ち上がり、その巨大な手を握り返した。
歴史的な握手。
その光景を見ながら、俺はそっと部屋を出ようとした。
俺の仕事(調整役)は終わりだ。あとは当事者たちの時間だ。
「待て、工藤」
魔王とアルスが同時に呼び止めた。
「どこへ行く気だ? 貴様には『新世界統合機構(New World Order)』の初代事務総長になってもらうつもりだが?」
魔王がニヤリとする。
「そうだよ工藤さん! アンタがいなきゃ、誰がこの複雑な条約を運用するんだよ!」
アルスが笑う。
俺は振り返り、肩をすくめた。
「……勘弁してください。俺はただの事務員です。
それに、有給休暇が溜まってるんですよ。そろそろ消化しないと、労基署(自分)に怒られます」
俺はドアを開けた。
外には、青空が広がっていた。
魔界の空も、いつの間にか澱んだ紫色から、澄み渡る青色へと変わっていた。
***
エピローグ:End Sub 〜保存して終了〜
数ヶ月後。
アルタ・ノヴァのギルド。
俺はいつものカウンター裏で、コーヒーを飲んでいた。
ただし、今の俺の肩書きは「ギルド職員」ではない。
『世界統合機構・特別顧問(兼・カフェ「KUDO」マスター)』だ。
ギルドの一角を改装して作ったカフェスペース。
そこには、人間も、魔族も、亜人も入り乱れてくつろいでいる。
「いらっしゃいませー!」
元・魔王軍秘書のリリムが、ウェイトレスとして元気に働いている(サキュバスのコスプレ喫茶は大繁盛だ)。
「おい工藤! 今月の売上、過去最高だぞ!」
ガント支部長が、ホクホク顔で報告に来る。
「工藤先生、この関数の使い方が分かりません……」
ミリアが、俺が開いた「Excel教室(魔法計算学)」の生徒として質問に来る。
そして、入り口のドアベルが鳴った。
やってきたのは、立派な騎士団長の鎧を身に着けたアルスと、人間の服を着た魔王ゼノス(お忍び視察中)だった。
「よう、マスター。いつもの『勇者ブレンド』頼むぜ」
「我には『魔王エスプレッソ』を。……砂糖多めでな」
二人はカウンターに並んで座り、笑い合っている。
かつて殺し合いを演じようとした二人が、今は常連客として肩を並べている。
俺は苦笑しながら、サイフォンに火を点けた。
[Action]: Brewing Coffee
[Quality]: Legendary
異世界に転生して、早一年。
魔法も剣も使えない俺だったが、Excelという武器一つで、世界を少しだけマシな場所に変えることができたようだ。
目の前には、整理整頓された「平和」という名のデータが広がっている。
バグ(争い)はまだ残っているかもしれない。
エラー(トラブル)も起きるだろう。
だが、恐れることはない。
俺には「修正」する力がある。
俺は出来上がったコーヒーを二人の前に置いた。
「お待ちどうさま」
立ち昇る湯気。
窓の外から差し込む光。
グリッド線の見えない、ありのままの美しい世界。
俺は心の中で、最後のコマンドを入力した。
ActiveWorkbook.Save
Application.Quit
……いや、Quit(終了)はまだ早いか。
俺の人生というプロジェクトは、まだまだ続くのだから。
「さて、仕事に戻りますか」
俺はネクタイを締め直し、PC(魔道具)に向き直った。
画面には、新しいクエストの依頼書が表示されていた。
[New Quest]: 新大陸の未知なるダンジョンを『リゾート開発』せよ
やれやれ。
社畜に安息はないらしい。




