第37話:勇者アルスの憂鬱 〜セーブポイントは実家の自室〜
番外編:勇者の帰還 〜実家のコタツと親父の同意書〜
魔王城から逃げ帰って三日後。
俺、勇者アルス(職業:勇者、年齢:17歳)は、世界の果てにある故郷「ハジノ村」の実家で、布団を頭から被って不貞腐れていた。
「……クソッ。なんなんだよ、あいつ」
思い出すだけで腹が立つ。
あのスーツ姿の男。工藤とかいう事務員。
あいつのせいで、俺の冒険は台無しだ。
魔王との壮絶な死闘も、世界を救った英雄としての凱旋も、すべて「書類不備」という屈辱的な理由でキャンセルされた。
コンコン。
部屋のドアがノックされる。
「アルスー? 起きてるのー? ご飯できたわよー」
母ちゃんだ。
俺は布団から顔だけ出した。
「いらねぇよ……食欲ない」
「何言ってんの。ハンバーグよ? あんたの好物でしょ」
ハンバーグ。
その言葉に、少しだけ心が揺らぐ。
魔王討伐の旅に出てから半年、干し肉と固いパンばかり食っていた。母ちゃんの飯は、正直、世界で一番美味い。
「……降りる」
俺は渋々ベッドから這い出し、リビングへと降りた。
食卓には、湯気を立てるハンバーグと、山盛りのサラダ、そして温かいパンが並んでいた。
親父が新聞を読みながら座っている。
「おう、アルス。どうだ、魔王は倒せたのか?」
親父が何気なく聞いてくる。
俺は言葉に詰まった。
「……いや、その。まだだ」
「ん? 逃げられたのか?」
「違う! ……手続きだよ! 手続き!」
俺は椅子に座り、フォークを突き刺した。
「魔王城に入るのに、『未成年者の保護者同意書』がいるんだとさ! ふざけんなよ! 魔王のくせにコンプライアンス遵守かよ!」
親父と母ちゃんが顔を見合わせた。
そして、プッ、と吹き出した。
「あははは! なんだそれ! 魔王軍も随分としっかりしてるじゃないか」
「あらあら、アルスちゃんったら、まだ子供扱いされちゃったのねぇ」
「笑うなよ! こっちは真剣なんだ!」
俺はハンバーグを口に放り込んだ。
美味い。肉汁が溢れる。悔しいけど美味い。
親父が新聞を置き、真面目な顔になった。
「だがなアルス。その『事務員』とやらの言うことも一理あるぞ」
「はぁ? どこがだよ」
「お前、もし魔王城で大怪我したらどうするつもりだった? 保険は? 補償は?」
「そりゃ、リナ(僧侶)が治してくれるし……」
「リナちゃんだってMPが尽きれば終わりだ。
……それに、同意書なしで未成年を働かせる(戦わせる)のは、雇う側(魔王軍や国)にとってもリスクなんだよ。後で親から訴えられたら負けるからな」
親父は村役場の職員だ。こういう話になると妙に詳しい。
「魔王軍がそこまで考えてるとは思わんが……その工藤とかいう男、相当な切れ者だな。無益な争いを避けるために、あえて『面倒な手続き』という壁を作ったのかもしれん」
無益な争い?
俺たちが魔王を倒すのが、無益だって言うのか?
「……俺は、世界を平和にするために戦ってるんだぞ」
「分かってるさ。だが、平和の形は一つじゃない。
もし、その男が魔王軍を変えて、人間と共存できる組織にしようとしているなら……剣で斬り伏せるよりも、ペンで契約する方が、よほど平和的だと思わんか?」
ペンで契約。
親父の言葉が、胸に刺さった。
俺はハンバーグを噛み締めながら、あの時の工藤の顔を思い出した。
俺たちを追い返した時の、あの冷徹だけど、どこか「命を粗末にするな」と言いたげな目。
「……分かんねぇよ。俺は勇者だもん。戦うしか能がない」
「まあ、焦ることはないさ。同意書なら書いてやるよ」
親父が懐からペンを取り出し、俺が持ってきた(工藤に渡された)用紙にサラサラとサインした。
`保護者氏名:ボルド`
`続柄:父`
`印`
「ほらよ。これを持ってもう一度行ってこい。
ただし、今度は『剣』じゃなくて『話』をしにな。……その工藤って男に、父さんが『一杯奢りたい』と言ってた、と伝えてくれ」
俺は同意書を受け取った。
紙切れ一枚。
だけど、なんだか聖剣よりも重く感じた。
翌日。
俺は村の入り口で、待っていた仲間たちと合流した。
「アルス様! 同意書、もらえましたか?」
リナが心配そうに聞いてくる。
「ああ、バッチリだ。親父の説教付きでな」
俺は同意書をひらひらさせた。
「行くぞ、みんな。魔王城へリベンジだ。
……でも、今度は『ギガ・ブレイク』じゃなくて、『入城手続き』から始めるぞ」
「ええっ!? 本当に書くんですか、あの書類の山!」
バルキリーが悲鳴を上げる。
モルガン爺さんが苦笑いする。
「ほっほっほ、まあ、それもまた修行じゃな」
俺たちは歩き出した。
目指すは魔王城。
世界を救うため、ではなく。
あの生意気な事務員に、「書類は完璧だ、文句あるか!」と言ってやるために。
そして、その先にあるかもしれない、親父の言っていた「別の形の平和」を確かめるために。
`[Quest Updated]: 魔王城への再挑戦`
`[Objective]: 書類審査の通過 & 工藤との面談`




