第36話:入城手続きの無限ループ 〜勇者を阻む申請書フォーム〜
魔王城の正門前。
そこには、世界を救う希望の星、「勇者アルス」とその仲間たちが立っていた。
金髪碧眼のイケメン勇者アルス(Lv.55)。
聖女リナ(Lv.52)。
大賢者モルガン(Lv.60)。
女戦士バルキリー(Lv.54)。
まさに王道、隙のない最強パーティだ。
彼らは魔王城の巨大な門を見上げ、武器を構えていた。
「行くぞみんな! この扉の向こうに魔王がいる! 今日こそ決着をつけるんだ!」
「はい、アルス様!」
「結界の解析は完了じゃ。いつでも行けるぞい」
アルスが聖剣を振り上げ、必殺技の構えを取る。
物理攻撃で門を破壊し、正面突破を図るつもりだ。
`[Skill]: ギガ・ブレイク`
ズバァァァン!!
閃光が走り、巨大な城門が粉々に砕け散った。
土煙が晴れると、そこには……
「いらっしゃいませ。魔王城へようこそ」
スーツ姿の男(俺)と、受付嬢のリリムが、長机に座って待ち構えていた。
背景には「受付(Reception)」の看板。
そして、赤絨毯の先に設置された、空港の保安検査場のようなゲート。
「……は?」
アルスが剣を下ろし、ポカンと口を開けた。
予想していた「モンスターの大群」ではなく、事務的な受付風景に、彼らの思考が停止する。
「な、なんだお前は! 魔王の手先か!」
「総務局長の工藤です。
これより先は『関係者以外立入禁止区域』となっております。
入城をご希望の方は、こちらで『入城申請書』の提出をお願いします」
俺はニッコリと笑い、A4サイズの羊皮紙を差し出した。
「はぁ!? 申請書だと!?
俺たちは勇者だぞ! 魔王を倒しに来たんだ! 誰がそんなもの書くか!」
アルスが激昂し、再び剣を構える。
だが、俺は冷静にゲートを指差した。
「暴力による強行突破は推奨しません。
このゲートは『コンプライアンス結界』が張られています。
正規の手続きを経ていない者が通過しようとすると、全装備の耐久度がゼロになり、所持金が国庫(魔王軍口座)に没収されます」
嘘ではない。
メタトロンとシヴァに協力してもらい、強力な呪いを「利用規約」として結界に埋め込んだのだ。
`[Effect]: 資産凍結 & 装備ロスト`
「そ、装備ロストだと……!?」
女戦士バルキリーが青ざめて自分のミスリルアーマーを庇う。
「所持金没収……!?」
大賢者モルガンが懐の財布を押さえる。
勇者パーティといえど、資産(金と装備)を失う恐怖には勝てない。
彼らは顔を見合わせ、渋々といった様子でペンの前に座った。
「くそっ、書けばいいんだろ、書けば! ……名前、職業、目的……『魔王討伐』っと」
アルスが殴り書きする。
そして俺に突き出した。
「ほらよ! これで文句ないだろ!」
俺は書類を受け取り、`Excel・アイ` でスキャンした。
そして、無慈悲に突き返した。
「不備があります」
「あぁ!?」
「1. 氏名のフリガナが抜けています。
2. 住所は『王都』だけでなく、番地まで正確に記入してください。
3. 目的の『魔王討伐』ですが、具体的ではありません。『業務内容』として詳細に記述してください(例:物理攻撃による打撃、魔法による焼却など)。
4. 捺印がありません。拇印でも可ですが、インクは朱肉指定です」
「ふざけんなァァァッ!!」
アルスが机を叩く。
俺は涼しい顔で、別の書類を取り出した。
「それと、城内での戦闘行為を行う場合、『火気使用許可申請書』『騒音届出書』『廃棄物(死体)処理計画書』の提出も必要です。これら全て、3部ずつ(原本、控え、保存用)作成してください」
ドサッ。
電話帳のような厚さの書類束が置かれる。
「……な、なんじゃこの量は……」
大賢者モルガンが目眩を起こしてよろめく。
聖女リナが涙目で訴える。
「こ、こんなの書いてたら、日が暮れちゃいますぅ……」
「大丈夫です。あちらに『記入コーナー』と『見本』がありますので。
あ、書き損じたら、最初から(新しい紙で)やり直しですのでご注意を。訂正印は認めておりません」
俺は指差した。
部屋の隅にある、狭くて暗い記入台。
ペンはインクが出にくく、机はガタガタする(俺が調整した)。
勇者パーティは、絶望的な顔で記入台へと向かった。
カリカリカリカリ……。
世界を救う英雄たちが、必死に住所を書いているシュールな光景。
一時間後。
アルスが血走った目で書類を持ってきた。
「ぜ、全部書いたぞ……! これで文句ねぇだろ……!」
俺はパラパラとめくった。
そして、最後のページで手を止めた。
「おや。アルス様」
「な、なんだよ!」
「『未成年者(18歳未満)』の場合、保護者の同意書が必要ですが……貴方、17歳ですよね?」
`[Analysis]: アルス (Age: 17)`
少年漫画の主人公は大抵未成年だ。
「はぁぁぁ!? 同意書ぉ!?」
「はい。お父様かお母様のサインをもらってきてください。実家は……田舎の村ですか? 往復で一週間くらいですね」
アルスの心が、ポキリと折れる音が聞こえた。
剣が手から滑り落ちる。
膝から崩れ落ちる。
「……帰る」
「えっ、アルス様?」
「もう帰るうぅぅッ!! 魔王なんかどうでもいい! 母ちゃんに会いたいぃぃッ!!」
勇者アルス(17歳・反抗期終了)は、泣きながら走り去っていった。
仲間たちも、「あ、待ってくださいアルス様!」と慌てて追いかけていく。
シーン……。
静寂が戻った魔王城の入り口。
リリムが、ポカンとした顔で俺を見ている。
「す、すごい……。剣も魔法も使わずに、勇者を撃退しましたぁ……」
「これが『役所仕事』の力ですよ」
俺は書類をシュレッダー(手動)にかけながら言った。
「勇者の心を折るには、強敵よりも『理不尽な事務作業』が一番効くんです」
`[Quest Completed]: 勇者撃退`
`[Reward]: 平和な午後`
だが、俺は知っていた。
これは一時しのぎに過ぎない。
アルスは戻ってくるだろう。同意書を持って(あるいは18歳になって)。
その時までに、魔王軍をさらに強化し、いや、「戦わずに済む構造」を作らなければならない。
俺は魔王城の奥、魔王ゼノスの元へと向かった。
次なる提案――「勇者との和平交渉(M&A)」を持ちかけるために。




