第31話:不適合な結合(インコンパチブル・ジョイン) 〜魔王軍との商談〜
王都の地下水路は、地上とは別世界の広がりを持っていた。
複雑に入り組んだ水路、腐敗した水が流れる音、そしてどこからともなく響く魔物の唸り声。
壁面には発光苔が張り付き、不気味な青緑色の光を放っている。
俺とカイルは、`気配察知` のレーダーを頼りに進んでいた。
ゲイルからの定期連絡によれば、取引現場は「第3貯水槽」と呼ばれる広大な空間らしい。
数分後。
前方の空間が開けた。
俺たちは物陰に隠れ、その光景を覗き見た。
巨大なドーム状の空間。
中央には汚水処理用の足場があり、そこに数十人の人影が集まっている。
片方は、黒いフードを目深に被った人間たち。宰相の私兵だろう。
もう片方は……人間ではない。
屈強な肉体に青黒い肌、頭にねじれた角を持つ「魔族」たちだ。
その中心で、一人の小柄な魔族と、貴族風の男が握手を交わしていた。
男の足元には、木箱が山積みになっている。
蓋が開いている箱の中には、真新しいミスリル製の剣や槍がぎっしりと詰まっていた。
「……間違いない。横流しだ」
俺は `ズーム機能` で、木箱の刻印を確認した。
王家の紋章。
本来なら第三騎士団に配備されるはずの最新鋭装備だ。
貴族風の男が口を開いた。
「約束の品だ。これで、東部戦線の進軍を遅らせてもらえるな?」
魔族の男がニヤリと笑う。
「ああ、我ら魔王軍も無駄な消耗は避けたい。貴殿らの『防衛予算』が増額されるよう、適度に小競り合いを演じてやろう」
完全に黒だ。
国家反逆罪どころの話ではない。人類への裏切りだ。
俺は懐から「録音水晶」を取り出し、証拠を記録した。
`Recording: Started`
その時。
魔族の男が、不意に鼻をひくつかせた。
「……臭うな。ネズミの臭いだ」
彼は鋭い視線を、俺たちが隠れている柱の方へ向けた。
バレたか。魔族の感知能力を甘く見ていた。
「殺せ。目撃者は生かしておくな」
魔族が指を鳴らすと、周囲にいた護衛の魔族たちが一斉に武器を構えた。
同時に、宰相の私兵たちもクロスボウを向けてくる。
「チッ、見つかっちまったか! 行くぞ工藤!」
カイルが飛び出し、大剣を一閃させる。
先頭の魔族が受け止めるが、衝撃で吹き飛ばされる。
戦闘開始だ。
だが、状況は悪い。
敵は魔族のエリート兵士(Lv.20前後)が10体、私兵が20名。
さらに、指揮官らしき魔族の男は、ただならぬ魔力を漂わせている。
`魔族将校 ベルゼ(魔王軍幹部)`
`[Level]: 45`
`[Skill]: 闇魔法, 身体強化`
カイル一人では支えきれない。
俺も戦わなければ。
だが、俺の攻撃手段は限られている。
`入力規則` による速度制限は、魔族のような高魔力(高スペック)の相手には効きづらい。
ならば、どうする?
俺は敵の「装備」に目をつけた。
彼らが持っているのは、横流しされた「ミスリル製の武器」だ。
ミスリルは魔導伝導率が高い。
つまり、外部からの干渉を受けやすい。
俺は `[データ] タブ` → `[統合 (Consolidate)]` を起動した。
複数の範囲のデータを、一つにまとめる機能。
これを、物理的に応用する。
対象:`敵全員の武器`
統合先:`一点(空中の座標)`
関数:`合計 (Sum)`
俺は右手を突き出し、強く握り込んだ。
`Execute!`
ギュンッ!!
強烈な磁力が発生したかのように、敵の手にある武器が一斉に引っ張られた。
「な、なんだ!?」
「剣が……手から離れない!?」
魔族や私兵たちが体勢を崩す。
彼らの剣は、まるで巨大な磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、空中の中心点に向かって猛スピードで飛んでいった。
握っていた者たちは、そのまま引きずられ、あるいは武器を手放して転倒する。
ガシャーン!!
空中で数十本のミスリルソードが激突し、巨大な鉄塊となった。
`[Object Merged]: Scrap Metal`
「なっ……!?」
ベルゼが目を見開く。
丸腰になった敵集団。
そこへ、カイルが踊り込む。
「武器がなけりゃ、ただの的だぜ!」
大剣が唸る。
武装解除された敵は、成す術もなく薙ぎ払われていく。
形勢逆転。
だが、ベルゼだけは違った。
彼は素手でも強かった。
闇の魔力を拳に纏わせ、カイルの大剣を真正面から受け止めたのだ。
ドォォォォン!!
衝撃波で水路の水が巻き上がる。
カイルが後退る。
「くっ、硬ぇ! なんだこいつ!」
「人間風情が……小賢しい真似を!」
ベルゼが詠唱を始める。
`[Dark Magic]: Black Hole (重力崩壊)`
掌に黒い球体が生成される。あれを食らえば、カイルごと地形が消し飛ぶ。
止めなければ。
俺は `Excel・アイ` でベルゼの魔力回路を解析した。
複雑な数式(魔法陣)が、彼の体内で高速処理されている。
その計算プロセスに割り込む。
`[数式] タブ` → `[エラーチェック]`。
ではなく、`[循環参照 (Circular Reference)]` を意図的に発生させる。
魔法の出力先を、入力元に戻す。
つまり、放とうとしている魔力を、自分自身にフィードバックさせる。
`RefersTo: Self`
実行!
ベルゼの手元の黒い球体が、不安定に振動し始めた。
「な、なにっ!? 魔力が逆流して……!?」
`[System Alert]: Circular Reference Warning`
`[Result]: Calculation Failed`
バチバチバチッ!
黒い球体が破裂し、ベルゼ自身を黒い炎が包み込んだ。
自爆だ。
「グアアアアアアアッ!!」
ベルゼが吹き飛び、汚水の中に落下した。
残った私兵たちは、指揮官の敗北を見てパニックになり、逃げ出した。
「追うなカイル! 証拠の確保が先だ!」
俺はカイルを制止し、積み上げられた木箱の山へ向かった。
このミスリルの山と、宰相の署名入りの納品書。
これがあれば、バルバロスを追い詰められる。
俺は納品書を拾い上げた。
震える字で署名されている。
「……チェックメイトですね」
だが、その時。
地下水路の奥から、パチパチという拍手が聞こえてきた。
「素晴らしい。実に見事な手際だ、王立監査官殿」
現れたのは、優雅な礼服を着た初老の男。
宰相バルバロス本人だった。
彼は数十人の近衛兵(重武装)を引き連れ、余裕の笑みを浮かべていた。
「まさか、ご本人が登場とは。現場主義なんですね」
俺は納品書を隠すことなく見せた。
「これで終わりですよ、宰相。魔王軍との通謀、国家反逆罪です」
「フフフ……。それがどうした?」
バルバロスは笑った。
「証拠? そんなものは揉み消せる。私には『王』がついているのだよ。……いや、正確には『私が操る王』がな」
彼は指を鳴らした。
近衛兵たちが一斉に抜剣する。
「ここで君たちが死ねば、真相は闇の中だ。公式発表はこうなる。『帝国のスパイ工藤聡、地下にて魔物と相打ち』。……美しい結末だろう?」
絶体絶命。
MPは残り少ない。カイルも疲弊している。
相手は無傷の精鋭部隊。
だが、俺は笑った。
「そうですね。美しい結末です。……あなたがたにとっては」
俺は懐から通信石を取り出した。
それは、ただの通信石ではない。
俺が改造した、`[ブロードキャスト(全域放送)]` 機能付きの通信石だ。
そして、その送信先は……王都の全広場に設置された「緊急放送用スピーカー」。
「今の会話、王都中の国民が聞いていましたよ?」
バルバロスの笑顔が凍りついた。




