第27話:ボトルネックの城門 〜I/O待ちの長い列〜
第四章:王都動乱編 〜国家という名の巨大なスパゲッティコード〜
ガタゴト、ガタゴト……。
車輪が石畳を噛む音と、馬の蹄鉄が鳴らすリズムが、無限ループのように続いている。
アルタ・ノヴァを出発して五日。
俺と、護衛として雇ったカイル(彼は「王都の美味い酒が飲める」と二つ返事でついてきた)を乗せた乗り合い馬車は、ついにその威容を現した「王都」の前に到着しようとしていた。
王都「セントラル・キングダム」。
この大陸で最も古く、最も巨大な都市。
遠くから眺めるその姿は、確かに壮観だった。
三重の城壁に囲まれ、中央には天を突くような白亜の王城がそびえ立つ。
無数の尖塔、空を飛ぶ飛竜便、そして魔法によって輝く巨大な結界石。
だが。
俺の `Excel・アイ` に映るのは、美しさよりも「非効率」の塊だった。
「……動かないな」
馬車の窓から顔を出し、俺は呟いた。
目の前には、城門へと続く長蛇の列。
荷馬車、行商人、旅人、冒険者。
数百台の車両が数珠つなぎになり、完全に停止している。
排気ガスはないが、馬糞の臭いと、人々のイライラした熱気が陽炎のように立ち上っていた。
俺は視界に分析ウィンドウを展開した。
`[Analysis]: Traffic Flow (交通流)`
`[Queue Length]: 3.5 km`
`[Processing Rate]: 2 vehicles / min`
`[Estimated Wait Time]: 4.5 hours`
四時間半待ち。
ディズニーランドの人気アトラクションも真っ青の渋滞だ。
原因は明らかだ。城門の検問所における処理能力不足。
いわゆる「I/O(入出力)ボトルネック」が発生している。
「おいおい、日が暮れちまうぞ。歩いた方が早いんじゃないか?」
向かいの席で、カイルが退屈そうにあくびをした。
彼は大剣を抱え、狭い座席で窮屈そうに足を組んでいる。
「歩いても同じですよ。歩行者用の列もパンクしています」
俺は懐から、あの「召喚状」を取り出した。
高級な羊皮紙に、王家の紋章が入った赤い封蝋。
これには `[Priority: High]` のメタデータが付与されているはずだ。
つまり、優先レーンを通れる「特権アクセス権限」だ。
「カイルさん、降りますよ。このまま並んでいたら、財務大臣の機嫌を損ねて『遅延損害金』を請求されかねない」
「へいへい。やっと足が伸ばせる」
俺たちは馬車を降り(御者には追加のチップを渡した)、徒歩で城門の最前列へと向かった。
並んでいる人々の視線が痛い。
「なんだあいつらは」「割り込みか?」という殺意に似た視線。
俺はそれらを `[非表示 (Hide)]` するように意識の外へ追いやり、巨大な城門の前に立つ兵士の元へと歩み寄った。
兵士は二人。
辺境の門番とは違い、磨き上げられた鎧を着込み、傲慢そうな顔つきをしている。
手には長い槍。
「止まれ! 貴様ら、列が見えんのか! 最後尾へ回れ!」
兵士の一人が、汚物を見るような目で俺たちを威嚇した。
俺は立ち止まり、埃を払うようにスーツの襟を正した。
「お役目ご苦労様です。財務大臣、ヴァルザック候より召喚を受け参上しました。工藤聡です」
俺は恭しく召喚状を差し出した。
兵士は鼻で笑い、「どうせ偽造だろ」といった手つきで状をひったくった。
だが、封蝋の紋章を見た瞬間、その表情が凍りついた。
`[State]: 傲慢 -> 驚愕 -> 恐怖`
兵士の手が震え始める。
この国において、財務大臣の権力は絶大だ。金の蛇口を握る者は、王よりも恐ろしいとされる。
「し、失礼いたしましたッ!! ヴァルザック閣下の直筆署名……! ほ、本物です!」
兵士は直立不動になり、敬礼した。
もう一人の兵士が慌てて通用門(VIP用レーン)を開ける。
「どうぞ! 直ちに城内へ! 馬車の手配は……」
「結構です。歩きます」
俺は召喚状を取り返し、カイルと共に門をくぐった。
背後で、四時間待ちの列に並ぶ人々から「なんであいつだけ!?」という怨嗟の声が聞こえたが、これが格差社会(階層構造)というものだ。
門を抜けると、そこには「王都」の真の姿が広がっていた。
圧倒的な情報の奔流。
石造りの高層建築がひしめき合い、空には魔法の光が行き交う。
大通りは馬車と人で溢れかえり、路地裏からは怪しげな蒸気が噴き出している。
豊かさと貧困、秩序と混沌が、複雑に絡み合った巨大な迷宮。
俺の視界には、街中に張り巡らされた「見えないグリッド線」が歪んで見えた。
`[Area]: 下層街区 (Lower District)`
`[Population Density]: Critical (過密)`
`[Sanitation]: Poor`
`[Economic Disparity]: Gini Coefficient 0.65 (危険水域)`
酷い。
辺境のアルタ・ノヴァの方が、よほど都市計画が整っていた。
ここは、継ぎ接ぎだらけの「スパゲッティコード」だ。
古いシステムの上に、無理やり新しい機能を実装し続け、誰も全体像を把握できなくなったレガシーシステムそのもの。
「うへぇ、相変わらず臭ぇ街だぜ。香水の匂いと下水の匂いが混ざってやがる」
カイルが鼻をつまんだ。
「目的地はどこだ? 王城か?」
「いいえ。財務省庁舎です。王城の隣にある、黒い建物だそうで」
俺たちは人波をかき分け、中央地区へと向かった。
歩きながら、俺は街の「経済の流れ(マネーフロー)」を観察した。
露店で使われる通貨。商人の帳簿。貴族の馬車。
それらの頭上に浮かぶ数値データ。
気になる点があった。
流通している「金貨」の質だ。
時折、光り方の鈍い金貨が混じっている。
俺はすれ違いざまに、商人が数えていた金貨の一枚を `スキャン(Analysis)` した。
`王国金貨(発行年:今年)`
----------------------------------
[Gold Purity]: 85%
[Standard]: 95% (規定値)
----------------------------------
純度が低い。
規定値より10%も低い。
これは「改鋳(Debasement)」だ。
国家が密かに貨幣の質を落とし、差益を得ている。
つまり、この国は今、深刻なインフレか、財政難に陥っている証拠だ。
「……なるほど。呼ばれた理由が、なんとなく読めてきましたよ」
俺はニヤリと笑った。
財務大臣が、一介の事務員を呼ぶ理由。
それは「表の仕事」ではない。「裏帳簿」の整理だ。
一時間後。
俺たちは、威圧的な黒曜石で造られた巨大な建物――財務省庁舎の前に立っていた。
入り口には、またしても厳重な警備。
そして、その奥には、この国の「数字」を支配する怪物が待っている。
俺はネクタイ(王都に来る途中で買った安物だが、ようやく装備できた)を締め直した。
ここからは、剣も魔法も通じない。
「政治」と「数字」の殺し合いだ。
「カイルさん、ここからは少し退屈かもしれませんよ」
「構わんさ。俺はアンタが死ななきゃそれでいい。……それに、面白くなりそうな予感がするしな」
カイルは剣の柄に手を置き、不敵に笑った。
俺は深く息を吸い込み、黒い庁舎の階段を登った。
`Quest Updated: 財務大臣との謁見`
`[Warning]: High Risk Area`
さあ、監査の時間だ。




