第24話:新規参入(エントリー) 〜向かいのビルは全面ガラス張り〜
第三章:商戦編 〜競合他社という名のウイルス〜
冒険者ギルド「アルタ・ノヴァ支部」の朝は、かつてないほど洗練された静寂と、心地よい稼働音に包まれていた。
午前九時。
俺はいつもの指定席――カウンター裏の一段高い「統括席」で、湯気を立てるマグカップを傾けていた。
中身はもちろん、自作のマクロで抽出パラメータを最適化した `工藤スペシャル・ブレンド(酸味控えめ、コク重視)` だ。
ホールを見渡す。
以前のような怒号や混乱はない。
冒険者たちは整然と「スマート依頼板」の前に並び、指先でウィンドウを操作して依頼を受注している。
時折、`[プレミアム会員特典:処理をスキップしました]` という軽快な通知音が鳴る。
受付嬢たちは、笑顔で余裕を持って、完了報告のスタンプを押している。エリーナの肌艶もすっかり良くなり、目の下の隈も消滅していた(`置換` スキルではなく、十分な睡眠による自然治癒だ)。
手元のダッシュボード(空中に浮かべた集計用ウィンドウ)を確認する。
`[Monthly Report: Month 11]`
`Revenue (売上): +125% YoY (前年比)`
`Profit (利益): +240% YoY`
`Op.Efficiency (業務効率): S Rank`
`Complaint (苦情): Near Zero`
完璧だ。
オーガ防衛戦から一ヶ月。
俺の改革は完全に軌道に乗った。
サブスクリプション会員数は500名を突破し、安定したキャッシュフローを生み出している。
ガント支部長の浪費癖も、俺の厳しい監視(飲み代の上限設定マクロ)によりコントロールされている。
このアルタ・ノヴァ支部は、もはや辺境の泥臭い溜まり場ではない。
システム化された、高効率な「冒険者派遣企業」へと生まれ変わったのだ。
俺はコーヒーを飲み干し、深く息を吐いた。
平和だ。
あまりに平和すぎて、逆に不安になるほどだ。
システムエンジニアの性として、順調な時ほど「見えないバグ」を疑ってしまう。
その時だった。
ドォォォォォン……!!
腹の底に響くような重低音が、建物を揺らした。
地震か? いや、違う。
続けて、ガガガガガッ! という、削岩機のような耳障りな音が響き始めた。
「な、なんだ!?」
「またオーガか!?」
冒険者たちが色めき立つ。
俺は眉をひそめ、カップを置いた。
音の発生源は、ホールの外。それも、すぐ近くだ。
俺はカウンターを降り、入り口へと向かった。
ガント支部長も奥から飛び出してくる。
カイルたち『暁の剣』パーティも、警戒しながら俺の脇につく。
重い扉を開ける。
朝の光と共に、砂埃が舞い込んできた。
俺たちが目にしたのは、信じられない光景だった。
ギルドの目の前。
通りを挟んだ向かい側には、長らく廃墟となっていた古い宿屋があったはずだ。
だが、今、その場所には「白い巨塔」が出現していた。
比喩ではない。
本当に白いのだ。
純白の大理石(に見える素材)で造られた、三階建ての巨大な建造物。
壁面は滑らかに研磨され、日光を反射して眩いばかりに輝いている。
そして、ファンタジー世界には不釣り合いな、巨大な「ガラス張り」のショーウィンドウ。
その建物の周りでは、数十人の魔導士たちが浮遊しながら、仕上げの魔法を撃ち込んでいた。
`[土魔法: Instant Build]`
`[光魔法: Polish]`
魔法による急速施工(プレハブ建築)。
廃墟の解体から建設まで、おそらく昨夜一晩で行ったのだろう。
圧倒的な魔力リソースと、資金力の暴力だ。
「な、なんだありゃあ……」
ガントが口をあんぐりと開けている。
俺は目を細め、その建物の入り口に掲げられた、真新しい看板を凝視した。
金色の文字が、嫌味なほどに輝いている。
`Private Guild: ELYSION`
`(民間総合ギルド:エリュシオン)`
民間ギルド。
国や冒険者組合の管轄外で、独自に運営される私設組織。
通常は小規模なものが多いが、これは規模が違う。
その時、白い建物のガラス扉が、自動(風魔法センサー)で開いた。
中から、赤い絨毯が転がり出てくる。
そして、数人のスタッフ――統一された真っ白な制服を着た、モデルのように美しい男女――が現れ、一斉に頭を下げた。
「皆様、お待たせいたしました!」
よく通る声が響いた。
スタッフの列が割れ、奥から一人の男が歩み出てきた。
長身痩躯。
金髪を完璧に撫で付け、顔には爽やかだがどこか作り物めいた笑顔を貼り付けている。
身につけているのは、鎧でもローブでもない。
最高級の絹で仕立てられた、タイトなスーツのような衣服。
胸元には、青い薔薇のコサージュ。
男は集まった野次馬(冒険者や市民)を見渡し、両手を広げた。
まるで教祖か、IT企業のCEOのような仕草だ。
「アルタ・ノヴァの親愛なる冒険者の皆様!
おはようございます!
私、民間ギルド『エリュシオン』の最高経営責任者(CEO)、レオニードと申します!」
レオニード。
俺はその男を `鑑定(Inspect)` した。
`レオニード`
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[Class]: 詐欺師 (Con Artist) / 経営者
[Level]: 15
[Skill]: 魅了 (Charm), 話術 (High), 資金調達
[Capital]: 測定不能 (Over 10,000 Gold)
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詐欺師。
だが、資金力は本物だ。測定不能。
バックに巨大なパトロン(貴族か、あるいは外国の資本)がいる可能性がある。
レオニードは、白く輝く歯を見せて演説を続けた。
「皆様、今のギルド生活に満足されていますか?
薄暗い酒場、臭いエール、愛想の悪い受付、そして……高い手数料!」
彼は大袈裟に嘆いてみせた。
そして、ビシッと俺たちの方――古いギルドの建物を指差した。
「そんな『旧時代』はもう終わりです!
我々エリュシオンは、冒険者の皆様に『真の自由』と『富』を提供します!」
彼はパチンと指を鳴らした。
背後の建物の壁面に、巨大な幻影が表示された。
**【オープニング・キャンペーン実施中!】**
**1. 依頼達成手数料:完全無料(0%)!**
**2. 登録ボーナス:金貨1枚プレゼント!**
**3. 回復ポーション飲み放題!**
**4. 全室個室・シャワー完備の豪華宿泊施設!**
どよめきが爆発した。
「て、手数料ゼロ!?」
「金貨1枚くれるってマジかよ!」
「ポーション飲み放題!?」
冒険者たちの目の色が変わる。
当たり前だ。
通常のギルドは、依頼料の10%〜20%を手数料として徴収する。それがゼロ。
しかも、登録するだけで金貨1枚。日当の数倍だ。
経済合理性を無視した、明らかな「ダンピング(不当廉売)」だ。
「おいおい、あんなのデタラメだろ! 成り立つわけがねぇ!」
カイルが叫ぶ。
「ええ。普通のビジネスなら破綻します」
俺は冷静に答えた。
だが、背筋には冷たいものが走っていた。
「これはビジネスじゃない。『焼畑農業(バーン・レート戦術)』です」
莫大な赤字を垂れ流してでも、競合他社(俺たち)の顧客をすべて奪い、倒産に追い込む。
市場を独占した後で、ゆっくりと値を上げればいい。
現代のスタートアップ企業や、巨大資本チェーン店がよくやる手口だ。
まさか、異世界でこれを見るとは。
「さあ、賢明なる冒険者の皆様!
泥舟から降りて、我々の『楽園』へお越しください!
今なら、先着100名様に『ミスリル製の剣』をレンタル無料!」
その言葉が決定打となった。
冒険者たちが、雪崩を打って向かいの白い建物へと走り出した。
一人、また一人。
昨日まで俺の作ったシステムを絶賛していた連中が、欲望に目を輝かせて裏切っていく。
「おい待て! お前ら!」
ガントが叫ぶが、誰も振り返らない。
俺の視界の端で、ダッシュボードの数値が音を立てて崩れ落ちていく。
`Active Users: 2000` -> `1500` -> `800`...
`Subscribers (Premium): -45% (Canceled)`
解約の嵐。
顧客流出。
レオニードが、群衆越しに俺を見た。
その目は笑っていなかった。
明確な敵意と、侮蔑。
「お前の作った小賢しいシステムなど、金の力ですり潰してやる」というメッセージが聞こえるようだ。
「……面白い」
俺は口元を歪めた。
営業スマイルではない。
かつて、競合他社とのコンペで、徹夜の資料作成合戦を勝ち抜いてきた時の、好戦的な笑みだ。
「ガント支部長。臨戦態勢です」
「あ、ああ……どうする? 殴り込みか?」
「いいえ。殴ったら負けです」
俺は、吸い込まれていく冒険者たちと、白い巨塔を見据えた。
「これは『数字の戦争』です。向こうが赤字覚悟の消耗戦を仕掛けてきたなら、受けて立ちましょう。……ただし、こちらの土俵でね」
俺は空中に新たなウィンドウを開いた。
`[Project]: Competitor Analysis` (競合分析)
`[Target]: ELYSION`
奴らのビジネスモデルには、必ず穴がある。
手数料ゼロ、バラ撒きキャンペーン。
その資金源はどこだ?
そして、集めた冒険者をどうやって「マネタイズ(収益化)」するつもりだ?
俺の `Excel・アイ` が、レオニードの笑顔の裏にある「黒いデータ」を捉えようと、グリッド線を走らせた。




