第23話:桁溢れの一撃(オーバーフロー・クリティカル) 〜決算後の祝杯〜
カキンッ!
金属音とは違う、硬質なガラスが割れるような音が戦場に響き渡った。
それは、カイルの大剣と、オーガ・ジェネラルの巨斧が激突した音ではない。
ジェネラルの斧が、物理法則の限界を超えて「破断」した音だった。
`[System Alert]: Value Overflow detected!`
`[Damage Calculation]: Error -> Force Through (Penetration: 100%)`
俺が仕込んだ `TEXT` 関数による桁溢れ攻撃。
カイルの一撃に込められた攻撃力データは、ジェネラルの持つ防御力変数の「許容バイト数」を一瞬で超過した。
システムは、その過剰な数値を処理しきれず、防御力を「無視(ゼロ扱い)」してダメージを通すというエラー処理(バグ挙動)を起こしたのだ。
ズバァァァッ!!
ノイズを纏った大剣が、斧ごとジェネラルの鋼鉄の鎧をバターのように切り裂いた。
深々と食い込む刃。
鮮血が噴き出す。
『グオォォォォォォッ!!!』
ジェネラルが断末魔の叫びを上げる。
その巨体がゆっくりと傾き、ズシンと地響きを立てて倒れ伏した。
同時に、周囲のオーガたちにかかっていた赤いオーラ(バフ)が、霧散するように消えていく。
`[Enemy Commander]: Defeated`
`[Buff]: Battle Cry -> Expired`
指揮官を失い、強化も解けたオーガの群れは、ただの「混乱した烏合の衆」に戻った。
そこへ、カイルが剣を突き上げ、勝ち鬨を上げた。
『社長は取ったぞぉぉぉッ!!!』
その声が、戦場全体の空気を変えた。
萎縮していた冒険者たちの目に、再び闘志の火が灯る。
「うおおおおっ! カイルさんがやったぞ!」
「押し返せ! 今ならいける!」
「俺たちの街を守るんだ!!」
反撃の狼煙だ。
第2防衛ラインで耐えていたタンクたちが盾を押し込み、アタッカーたちが一斉に飛び出す。
ヒーラーたちも、温存していたMPを解放し、傷ついた仲間を次々と戦線復帰させていく。
形成逆転。
マップ上の赤いドットが、青い波に飲み込まれ、急速に減っていく。
撤退を始めるオーガたち。
それを追撃する冒険者たち。
俺は椅子の背もたれに深く体を預け、大きく息を吐き出した。
終わった。
防衛成功だ。
`MP: 0/10`
完全に使い切った。
視界が少し暗くなる。頭痛がする。
だが、心地よい疲労感だった。
ミリアが涙ぐみながら、俺の手を握りしめていた。
「か、勝ちました……! 工藤さん、勝ちましたよ!」
「ああ……みんなのおかげだよ。よく頑張った」
俺は彼女の頭をポンポンと撫でた(セクハラにならない範囲で事務的に)。
そして、マップを閉じた。
数時間後。
夕日が街を赤く染める頃、戦いは完全に収束した。
ギルドホールは、勝利の熱狂に包まれていた。
傷ついた者も多いが、死者は奇跡的にゼロ(重傷者は多数だが、ミリアたちの迅速な回復魔法とポーション配給で命を取り留めた)。
酒場の樽が開けられ、祝勝会が自然発生的に始まった。
エールの泡が飛び交い、肉を焼く匂いが充満する。
ガント支部長がテーブルの上に立ち、音頭を取っている。
「野郎ども! よくやった! 今日は飲み放題だ! 全部ギルドの奢りだァァッ!」
「うおおおおっ! マスター太っ腹!」
「乾杯ぃぃぃッ!」
その光景を、俺はカウンターの隅で、静かにコーヒー(自作)を啜りながら眺めていた。
本来なら「奢りだと? 予算はどうする気だ」と止めるべき場面だが、今日くらいはいいだろう。
これだけの激戦を乗り越えたのだ。ガス抜き(福利厚生)は必要だ。
カイルが、包帯を巻いた腕でジョッキを持って近づいてきた。
隣には、同じく包帯だらけのリックとミリア。
「よう、軍師殿。ここ一番の特等席で高みの見物か?」
「お疲れ様です、カイルさん。見事な一撃でしたよ」
「へっ、あんな無茶苦茶な剣、二度と御免だぜ。腕がちぎれるかと思った」
カイルは笑いながら、ジョッキを俺に差し出した。
「ほら、アンタも飲めよ。主役がコーヒーじゃ締まらねぇだろ」
「……そうですね」
俺はコーヒーカップを置き、ジョッキを受け取った。
安っぽいエールだが、よく冷えている。
カイルたちとカチンと合わせる。
「乾杯」
喉に流し込む。
苦くて、酸っぱくて、でも最高に美味かった。
これが「勝利の味」というやつか。悪くない。
だが。
俺の `Excel・アイ` は、祝杯の裏で積み上がりつつある「新たな山」を見逃してはいなかった。
カウンターの裏。
エリーナたち受付嬢が、すでに青ざめた顔で書類と格闘している。
1. オーガ討伐報酬の計算
2. 負傷者への見舞金の手続き
3. ギルド倉庫から持ち出されたポーション(在庫)の棚卸し
4. 破壊された城壁の修繕見積もり
5. 今回の防衛戦に関する、王都への詳細報告書作成
戦いは終わった。
だが、「事務」は終わらない。むしろ、ここからが本番だ。
特に、ガントが宣言した「飲み放題」の経費計上をどう処理するか。
『戦勝記念式典費』という名目で特別予算を組むか? それとも『臨時ボーナス(現物支給)』として処理するか?
俺はジョッキを空にし、ドンとテーブルに置いた。
酔っている暇はない。
俺の戦場は、ここ(カウンター)にある。
「さて、カイルさん。飲み終わったら、少し手伝ってもらえませんか?」
「あ? なにをだ?」
「オーガの素材(ドロップ品)の仕分けです。トラック……いや、荷馬車三台分はあるでしょう? 明日の朝までに査定しないと、腐りますよ」
カイルの顔が引きつった。
「お、おい待て。俺は怪我人だぞ!?」
「手は動きますよね? 残業手当(エール一杯)は出しますから」
俺はニッコリと、悪魔の微笑みを向けた。
社畜・工藤聡。
異世界においても、その働き方は変わらない。
ただ、その表情は、以前よりも少しだけ生き生きとしていた。
こうして、アルタ・ノヴァ支部の長い一日は終わった。
そして、俺の「事務の鬼神」としての伝説も、ここから本格的に始まっていくことになる。
……あ、そうだ。
あの闇の仲介屋、ゲイル。
どさくさに紛れて、しっかりと防衛戦に参加していたのを俺は見逃していない。
後で履歴書を持ってこさせよう。
彼には「市場調査部」の部長ポストを用意してやるつもりだ。
`Ctrl + S` (上書き保存)。
本日の業務、終了。
***
**第二章:完**




