第19話:ピボットテーブルの断罪 〜「接待交際費」へのドリルダウン〜
支部長室の空気は、昨夜の緊迫感とは打って変わって、緩みきっていた。
午後一時。
重厚な執務机に足を投げ出し、昼間からエールのジョッキを傾けている巨漢――ガント支部長。
その顔は、長年の便秘(監査の恐怖)から解放されたかのように晴れやかだ。
「おう、工藤か! 入れ入れ。昨日は見事だったな。おかげで今日は酒が美味い!」
ガントは豪快に笑い、泡のついた口髭を拭った。
傍らには、苦笑いを浮かべた秘書のエリーナが控えている。彼女の手には、俺が依頼した「過去三年の出納帳」が抱えられていた。
「失礼します。……随分とおくつろぎのようですね」
俺は部屋に入り、背手で扉を閉めた。
カチャリ、と錠が落ちる音がやけに響く。
俺は机の前に立ち、無言でエリーナから帳簿を受け取った。
「ん? なんだそんな怖い顔をして。監査は終わったんだ、少しは息抜きしてもバチは当たらんぞ」
「監査は終わりました。ですが、赤字は終わっていません」
俺は冷たく言い放ち、右手を虚空にかざした。
「現実を見ていただきましょう。これが、当ギルドの『真の財務状況』です」
発動スキル:`[挿入] タブ` → `[ピボットグラフ (PivotChart)]`。
データソース:`過去三年の全取引記録`。
グラフの種類:`積み上げ縦棒グラフ`。
ブォンッ!
支部長室の中央に、巨大な三次元のグラフがホログラムのように投影された。
赤、青、黄色、紫……色とりどりの棒が、天井を突き破らんばかりに聳え立っている。
ガントが「うおっ!?」と椅子から転げ落ちそうになった。
「な、なんだこれは! 魔法か!?」
「いいえ、ただの『可視化』です。このグラフの高さは『支出の額』を表しています」
俺はグラフの一番右端――つまり「今期」の棒を指差した。
その棒の半分以上を占める、毒々しいほど鮮やかな「赤色」と「紫色」のブロック。
「ご覧ください。人件費(青)や依頼報酬(黄)は一定ですが、この二色が異常に膨れ上がっています」
「そ、その色はなんだ」
「赤色は『修繕費』。紫色は『会議費(という名目の飲み代)』です」
俺は赤いブロックを空中でダブルタップ(ドリルダウン)した。
シュッ、と詳細データが展開される。
`[修繕費の内訳]`
- 1位:テーブル破損(オーク戦士バルバによる暴力) - 15%
- 2位:壁の穴(酔っ払いの頭突き) - 12%
- 3位:窓ガラス(投げられたジョッキ) - 8%
...
「冒険者たちが酒場で暴れるたびに、ギルドが修理費を負担している。その額、年間で金貨300枚」
次に、紫色のブロックをタップする。
`[会議費の内訳]`
- 1位:支部長の夜間視察(高級酒場『妖精の蜜』) - 45%
- 2位:他支部との交流会(という名の宴会) - 30%
- 3位:支部長の私的購入(最高級エール樽) - 20%
「そしてこれが、あなたが『必要経費』と主張する飲み代です。年間で金貨500枚」
俺はガントを見下ろした。
彼は顔を真っ赤にして、視線を泳がせている。
「ぐ、ぐぬぬ……! 酒場での喧嘩は冒険者の華だ! それに、俺だって付き合いというものが……!」
「付き合いで国が滅ぶことはありませんが、ギルドは潰れます」
俺はグラフを操作し、未来予測の破線を表示させた。
`FORECAST.LINEAR` 関数によるシミュレーション。
「このままの支出が続けば、半年後には資金ショート。ギルドは破産。あなたは借金奴隷として鉱山送りです」
ドーン。
グラフの右端が、マイナス領域(地獄)へと急降下した。
「鉱山送り」というパワーワードに、ガントの顔色が一気に土気色に変わる。
「ま、待て! 奴隷は嫌だ! 俺は元Sランク冒険者だぞ!」
「ならば、経営改革に従ってください」
俺は空中に、新たなウィンドウを展開した。
`[What-If 分析] タブ` → `[ゴールシーク (Goal Seek)]`。
これは、「ある結果(目標)」を得るために、「変数をどう変えればいいか」を逆算する機能だ。
俺は入力した。
`[数式入力セル]: 今期の収支`
`[目標値]: +100,000 G (黒字化)`
`[変化させるセル]: 支部長の交際費 & 修繕費負担率`
実行。
ピピピピピ……カチッ。
計算結果が出た。
俺はその数値を読み上げた。
「黒字化のための条件が算出されました。
一、酒場での器物損壊は、当事者に『全額弁償』させること。および、ギルドカードから天引きする規約の追加。
二、支部長の交際費を『ゼロ』にすること」
「ゼロォォォ!?!?」
ガントが絶叫した。
テーブルをバンと叩く(また耐久度が減る音がした)。
「殺す気か! 酒なしでどうやって仕事しろってんだ! ストレスで死ぬぞ!」
「データは嘘をつきません。今のままでは、あなたが酒を飲むか、ギルドが死ぬかの二択です」
「くっ……鬼か貴様……事務の鬼神とはよく言ったものだ……」
ガントが涙目でエリーナに助けを求めるが、彼女もまた、厳しい顔で頷くだけだ。
昨日の残業地獄を知る彼女にとって、元凶である支部長の浪費は許しがたいものなのだろう。
だが、俺も鬼ではない。
飴と鞭。
徹底的なコストカットだけでは、組織は萎縮する。
必要なのは「新たな収益源(トップラインの向上)」だ。
「……ですが、交際費をゼロにするのは忍びない。そこで、代替案(プランB)があります」
俺はグラフを消し、新しい提案書を表示した。
「収入を増やせばいいのです。それも、冒険者から搾取するのではなく、彼らが『喜んで払う』仕組みで」
「……喜んで払う、だと?」
ガントが身を乗り出す。
「はい。サブスクリプション(定額課金)モデルの導入です」
俺は空中に文字を書いた。
`[ギルド・プレミアム会員制度]`
`月額:銀貨 5枚`
`[特典]`
1. 優先的な依頼受注(スマート依頼板での予約機能)
2. 提携宿屋・酒場の10%割引
3. 装備の無料メンテナンス(月1回)
4. ギルド倉庫の利用権(アイテムボックス代わり)
「これです。特に『倉庫利用』と『予約機能』は需要があります。ランクの高い冒険者ほど、荷物の管理や効率的な依頼探しに困っていますから」
この世界には「アイテムボックス」のような魔法はあるが、希少なマジックバッグを持つ者以外は、重い荷物を背負って移動している。
ギルドの堅牢な地下倉庫を貸し出せば、彼らは喜んで金を払うだろう。
「現在、アルタ・ノヴァ支部の登録冒険者は約2,000名。そのうち上位20%(400名)が加入したと仮定します」
計算式:`400名 * 銀貨5枚 = 銀貨2,000枚(=金貨20枚) / 月`
「毎月、何もしなくても金貨20枚の固定収入が入ります。これで、あなたの交際費(金貨40枚/月)の半分は賄えます。残りの半分は……まあ、器物損壊の罰金で補填できるでしょう」
ガントの目が、金貨のように輝き始めた。
彼は単純だ。数字を見せられると弱い。
「す、すごい……! なんだその『サブスク』というのは! 錬金術か!?」
「いいえ、ビジネスモデルです」
俺はニヤリと笑った。
「加えて、酒場に『ダメージ保険』を導入しましょう。冒険者から依頼ごとに銅貨数枚を徴収し、何か壊した時はそこから補填する。壊さなければ掛け捨て。……これはかなり儲かりますよ」
保険数理の基礎だ。
事故率と掛金のバランスさえ間違えなければ、胴元が必ず勝つ。
ガントは立ち上がり、俺の手をガッチリと握りしめた。
「工藤! お前は天才だ! 採用だ! その『プレミアム会員』とやら、すぐに始めろ! 告知はどうする!? チラシか!?」
「いえ、チラシは紙の無駄です。掲示板の『スマート依頼板』に、強制ポップアップ広告を出します」
俺は悪い笑顔を浮かべた。
あの便利な板を使っている最中に、『プレミアム会員なら広告なし!』というウィンドウが出る。
現代人が最も嫌い、かつ効果的な手法だ。
「よし、会議終了です。支部長、これからのギルドは生まれ変わりますよ。……筋肉ではなく、数字が支配する組織にね」
俺は空中のウィンドウを閉じた。
エリーナが尊敬と、少しの畏怖を込めた眼差しで俺を見ている。
こうして、ギルドの財政再建計画が始動した。
俺のExcelスキルは、単なる事務処理ツールから、組織を運営し、利益を生み出し、人々を管理する「統治システム」へと進化しようとしていた。
だが、俺はまだ気づいていなかった。
「効率化」が招く新たな歪みと、それを良しとしない「古い勢力」の反発が、すぐそこまで迫っていることに。
扉の外で、聞き耳を立てていた人影が一つ、静かに立ち去る気配があった。
`気配察知` のレーダーに一瞬だけ映った `[State]: 敵対` の赤い点。
それはすぐに消えたが、嫌な予感を残していった。




