第18話:昼食のデータクレンジング 〜TRIM関数で削ぐスジ肉〜
午前中の業務ラッシュを、オートフィルタと条件付き書式の力でねじ伏せた俺は、ようやく訪れた昼休み(12:00〜13:00)を満喫すべく、ギルド併設の酒場エリアへと足を運んだ。
昼時の酒場は、夜とはまた違った種類の喧騒に包まれていた。
仕事前の腹ごしらえをする冒険者、昼から飲んでいるダメ人間、商談をする商人たち。
空気は澱んでいる。
煮込み料理の湯気、安いエールの酸っぱい匂い、そして汗と泥の臭いが混ざり合い、換気の悪い空間に充満している。
俺はカウンターの端、比較的静かな席を確保し、壁に貼られたメニュー(木札)を見た。
『本日の定食:銅貨5枚』
(内容:パン、スープ、肉)
選択の余地はない。
俺は給仕のふくよかなおばちゃんに銅貨5枚を渡し、定食を注文した。
数十秒後。
ドンッ! と重い音を立てて、木製のトレイが置かれた。
「はいよ、冒険者セットお待ち!」
……これが、異世界の洗礼か。
俺は目の前の「物体」をまじまじと観察した。
まず、パン。
黒い。そして、見るからに硬い。
表面はひび割れ、叩くとカンカンと乾いた音がする。これはパンではない。鈍器だ。
おそらくライ麦と雑穀を混ぜ、石窯で焼きすぎて水分が完全に飛んだものだろう。
次に、スープ。
泥水のような茶色い液体の中に、正体不明の野菜くずと、ドロリとした何かが浮いている。
匂いは……塩辛い。そして、古い雑巾のような微かな酸臭。
最後に、肉。
なんの肉か不明だが、繊維質が凄まじい。
白いスジが網目のように走り、フォークを刺そうとしてもゴムのように弾き返す。
`[Analysis]: ギルド定食`
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[Bread]: 硬度90 (レンガ相当), 水分率 3%
[Soup]: 塩分濃度 4.5% (致死量寸前), 雑味成分多数
[Meat]: 咀嚼難度 S, 可食部 30%
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ひどい。
栄養はあるかもしれないが、これを消化するために胃腸が消費するエネルギーの方が上回るのではないか。
周囲の冒険者たちは、このパンをスープに浸して柔らかくし、肉をガムのように噛み続けている。
彼らの顎は強靭だ。だが、現代日本人の貧弱な顎を持つ俺には、これは「食事」ではなく「苦行」だ。
「……食べるしかない、か」
腹は減っている。
だが、そのまま食べるのは非効率だ。
俺は Excel スキルを発動させた。
食材の「最適化(Optimization)」を行う。
まずは、鈍器のような黒パンだ。
手に取るとずっしりと重い。
これは「圧縮」されすぎているのだ。密度が高すぎる。
ファイル形式で言えば、`.zip` でガチガチに固められたテキストファイルのようなもの。
俺はパンを両手で持ち、イメージした。
`[配置] タブ` → `[折り返して全体を表示する (Wrap Text)]`。
あるいは、行の高さを広げて、ゆとりを持たせる。
`AutoFit (自動調整)`。
メキメキメキッ……。
俺の手の中で、黒パンが音を立てて膨張し始めた。
圧縮されていた気泡が広がり、ガチガチに結合していた繊維がほぐれていく。
数秒後。
石のようだったパンは、二倍ほどの大きさになり、ふっくらとしたスポンジ状の物体へと変化した。
指で押すと、フワッと沈み込む。
「よし。解凍完了」
一口ちぎって食べる。
味は素朴なライ麦だが、食感は焼きたての食パンに近い。これなら食べられる。
次は、塩分過多のスープだ。
このまま飲めば、高血圧まっしぐらだ。
問題は「塩(NaCl)」と「雑味」というノイズデータが多すぎること。
俺はスプーンでスープを軽くかき混ぜながら、`CLEAN` 関数と `SUBSTITUTE` 関数を複合実行した。
`=SUBSTITUTE(Soup_Data, "Salt", "", 2)`
(塩分という文字列を、2回に1回、空白に置換する=塩分50%カット)
`=CLEAN(Soup_Data)`
(印刷できない文字=アクや不純物を除去)
シュワワ……。
スープの表面から、白い泡が浮き上がり、一箇所に固まった。
それをスプーンですくい取り、捨てる。
同時に、スープの色が泥色から、透き通ったコンソメ色へと変化した。
飲んでみる。
……美味い。
野菜の甘みと、肉の出汁がしっかりと感じられる。
塩辛さは消え、優しい味わいになった。
やはり素材が悪いのではない。調理プロセス(パラメータ設定)が間違っていただけだ。
最後は、ゴムのような肉。
これは `TRIM` 関数の出番だ。
`TRIM` は、文字列の前後や単語間の「余分なスペース」を削除する関数。
肉において「余分なスペース」とは何か?
そう、「スジ」や「脂身」だ。
俺はナイフを肉にかざした。
`=TRIM(Mystery_Meat)`
スッ。
ナイフを入れたわけではない。
肉の塊から、白いスジだけが「余白」として認識され、ポロリと皿の隅に弾き出された。
残ったのは、赤身の柔らかい部分だけ。
フォークで刺す。
スッと通る。
口に入れると、ホロホロと崩れる柔らかさ。
ビーフシチューの肉のようだ。
「……完璧だ」
俺は一人、悦に入りながら「最適化された定食」を食べ進めた。
ふわふわのパン、優しいスープ、柔らかい肉。
周りの冒険者たちが、硬いパンと格闘している中で、俺だけが王侯貴族のような食感を楽しんでいる。
「な、なあ……アンタ」
ふと、視線を感じて顔を上げると、隣の席に座っていた若い冒険者(朝、掲示板前で会った少年剣士だ)が、呆然と俺の皿を見ていた。
彼は、自分の皿にある「石」のようなパンと、俺の「ふわふわ」なパンを見比べている。
「それ、同じ定食……だよな? なんでアンタのパンだけ、そんなに美味そうなんだ?」
「企業秘密ですよ」
俺はニッコリと笑い、最後の一口を飲み込んだ。
MPバーが少し回復する。
`MP: 3/10` → `5/10`。
良質な食事は、MP効率も良いらしい。
「ごちそうさまでした」
俺はトレイを返却口に持っていき(おばちゃんが「あんた、残さず綺麗に食べたねぇ!」と驚いていた)、午後の業務へと戻ることにした。
午後の予定は、支部長室での「予算会議」だ。
監査を乗り切ったとはいえ、ギルドの財政は火の車。
無駄な経費を削減し、新たな収益源を確保しなければならない。
俺の頭の中には、すでに `ピボットテーブル` による収支分析グラフが描かれていた。
どこを削るか。
真っ先に思いつくのは、「冒険者が壊す備品の修理費」と「夜の宴会費」だ。
ガント支部長が泣きを見る未来が予測できたが、心を鬼にして `Delete` キーを押す準備を整えた。
俺はネクタイ(相変わらずない)を締め直す仕草をして、支部長室の重い扉をノックした。




