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異世界転生したけど、スキルが『Excel』だけだった。でもマクロ組んだら魔法より強かった件  作者: まこーぼ


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第16話:入力規則(バリデーション)の防壁 〜『GIGO』を阻止するプルダウンメニュー〜


 午前八時。

 ギルド「アルタ・ノヴァ支部」の開館を告げる鐘が鳴り響いた。

 それは、俺たち職員にとっては「戦闘開始」のゴングだ。


 重厚な扉が開かれると同時に、朝一番の依頼を求める冒険者たちと、新たな依頼を持ち込む市民や商人が雪崩れ込んでくる。

 たちまちホールは怒号と熱気に包まれた。


「おい! 昨日の報酬はまだか!」

「南の森で薬草を採ってきてほしいんだが!」

「井戸にスライムが詰まった! 誰か何とかしてくれ!」


 カウンターの内側は、即座に戦場と化した。

 昨日、俺が処理した4,500枚の書類のおかげで「過去の負債」は解消されたが、「今日の業務」は待ってくれない。

 エリーナを含む受付嬢たちが、必死の形相で対応に当たっている。


 俺はカウンターの後ろ、一段高い場所に設けられた「統括席(と俺が勝手に名付けた場所)」から、その様子を俯瞰していた。

 手元には、昨晩ガント支部長からふんだくった、上質な羊皮紙と新品の羽ペン。


 俺の目は、ある一点に釘付けになっていた。

 「依頼受付」のカウンターだ。


 そこに、一人の農夫風の男が駆け込んでくるところだった。

 彼は泥だらけの手で、くしゃくしゃになった紙切れ(包装紙の裏か?)をカウンターに叩きつけた。


「頼む! すぐに手配してくれ! 畑が荒らされてるんだ!」


 対応した受付嬢が、その紙切れを手に取る。

 彼女の眉間に深い皺が刻まれる。

 俺は `ズーム機能(表示倍率200%)` で、その紙切れの内容を盗み見た。


 『でかい いのしし ころせ かねは ある』


 ……以上。

 場所は? 何頭? 報酬の具体額は? 期限は?

 何一つ書かれていない。いわゆる「ゴミデータ」だ。

 IT業界には『GIGO (Garbage In, Garbage Out)』という言葉がある。「ゴミを入れたら、ゴミしか出てこない」。

 不完全な依頼書は、冒険者とのトラブルの元になり、最終的にはギルドの信用を損なう。


「あの、お客様。場所と、具体的な報酬額を書いていただかないと……」


「うるせぇ! 俺は字が苦手なんだ! 大体分かるだろ! 西の畑だよ!」


 農夫が怒鳴る。受付嬢が萎縮する。

 タイムロスが発生する。後ろに並んでいる商人が舌打ちをする。

 悪循環(無限ループ)だ。


 俺は席を立ち、ゆっくりとカウンターへ降りていった。

 カツ、カツ、カツ。

 革靴の音が響く。

 昨日の「監査を退けた男」としての噂が広まっているのか、俺が近づくと職員たちがサッと道を空ける。


「代わります」


 俺は受付嬢の肩を軽く叩き、農夫の前に立った。


「あぁ? なんだアンタは。偉そうに」


「事務統括の工藤です。お客様、字が苦手とのことですが、それは大変ですね」


 俺は農夫の出した紙切れを指先でつまみ上げ、ヒラヒラとさせた。


「しかし、これでは掲示板に貼れません。冒険者も、場所が分からなければ行きようがない。……そこで」


 俺は懐から、一枚の「板」を取り出した。

 昨夜、休憩時間(30分)を使って作成しておいた試作品だ。

 薄い木の板だが、表面にはExcelの罫線グリッドが焼き付けられ、項目名が印字されている。


 `[汎用討伐依頼書 Ver.1.0]`


「これを使ってください」


「あ? 板? 書くのが嫌だって言ってんだろ!」


「書かなくていいんです。『選ぶ』だけで」


 俺は板をカウンターに置いた。

 そして、`[対象モンスター]` と書かれた空欄のセルを指差した。


「ここを、指で押してみてください」


 農夫は怪訝そうな顔で、太い指でその欄を強く押した。


 ポンッ。


 その瞬間、空中に半透明の光のウィンドウが展開された。

 リストだ。

 そこには、文字だけでなく、モンスターの「アイコン」がずらりと並んでいた。

 ゴブリンの絵、オークの絵、スライムの絵、そして……イノシシ(ワイルドボア)の絵。


「うおっ!? な、なんだこれ! 絵が浮いてる!?」


 農夫がのけぞる。周囲の冒険者たちも「魔法か!?」とざわつく。

 これは魔法ではない。

 `データの入力規則 (Data Validation)` の `リスト` 設定を、物理空間に投影しただけだ。

 ソースデータは、ギルドのモンスター図鑑から参照している。


「イノシシの絵を触ってください」


 農夫が恐る恐るイノシシのアイコンに触れる。

 すると、ウィンドウが消え、木の板のセルに `ワイルドボア` という文字と絵が、焼き印のように浮かび上がった。


「す、すげぇ……!」


「次は `[場所]` です」


 農夫が場所の欄を押す。

 今度は、アルタ・ノヴァ周辺の地図マップが表示された。

 「西の畑」のあたりを指差す。

 `座標: 西部農耕区画-B3` が入力される。


 `[報酬]` 欄。

 数字のダイヤルが表示される。

 農夫が指で回して、予算を入力する。


 所要時間、わずか三十秒。

 木の板には、完璧なフォーマットで整えられた依頼内容が記述されていた。

 字の汚さもない。必須項目の漏れもない。

 誰が見ても一目瞭然の、美しい依頼書。


「こりゃあいい! 俺みてぇな学のない人間でも、これなら簡単だ!」


 農夫は満面の笑みで、受付手数料の銀貨を置いた。


「ありがとうございます。では、すぐに掲示板へ」


 俺は板を受け取り、カウンターの裏へ回した。

 受付嬢のエリーナが、輝くような瞳でその板を受け取る。

 もう、解読不能な文字に悩まされることも、聞き取りのために怒鳴られることもないのだ。


 俺はホールに向かって声を張り上げた。


「皆様! 今後、依頼の申請にはこちらの『スマート依頼板(Smart Request Board)』をご利用ください! 記入漏れによるトラブルをゼロにし、即座に冒険者へ情報を公開できます!」


 どよめきが起こる。

 特に、字の読み書きが苦手な商売人や、手続きを面倒くさがっていた市民たちから歓声が上がる。


 だが。

 改革には常に「抵抗勢力」がつきものだ。


「けっ! なにがスマートだ! くだらねぇ!」


 列の後ろから、野太い声が飛んだ。

 現れたのは、全身に傷のある強面のベテラン冒険者。

 背中には巨大なバトルアックスを背負っている。

 ランクBパーティ『黒鉄の槌』のリーダー、ボルグだ。


 彼はカウンターに歩み寄り、俺が出した木の板を鼻で笑った。


「俺たちは身体張ってんだ。そんなオモチャで依頼が受けられるかよ。俺は今まで通り、口頭で『これやっとけ』で済ませるぜ。受付の姉ちゃんが書きゃいいだろ」


 典型的な「俺は客だぞ」スタイルのクレーマー。

 そして「変化を拒む古参」。

 職場のDXデジタルトランスフォーメーション化を阻む、最大の障壁だ。

 受付嬢たちが、ボルグの威圧感に怯えて縮こまる。


 俺は静かに眼鏡(はないので目頭)を押さえた。

 こういう手合いには、「効率」ではなく「利益メリット」、あるいは「ルール(強制力)」で分からせるしかない。


「ボルグさん、でしたか。口頭での依頼、もちろん可能ですよ」


 俺は笑顔で応対した。


「ただし、その場合、受付嬢が代筆する『事務手数料』として、依頼料の30%を追加で頂戴することになりますが、よろしいですか?」


「はぁ!? ふざけんな! 今までタダだっただろうが!」


「ええ。ですが、その『タダ』のサービスのせいで、彼女たちは残業を強いられ、ミスが起き、結果としてあなた方への報酬支払いが遅れていたのです」


 俺はカウンターの中を指差した。

 そこには、昨日の死んだような顔ではなく、キビキビと働く受付嬢たちの姿がある。


「俺は、彼女たちの時間を守るために雇われました。人の手を使わせるなら、対価を払っていただく。それがプロの仕事というものでしょう?」


 ボルグが言葉に詰まる。

 「プロ」という言葉は、冒険者のプライドを刺激する。


「それに……この板を使えば、あなたの『討伐実績』も自動的に記録されますよ」


 俺は畳み掛けた。

 Excelの真骨頂、データベース連携だ。


「入力されたデータは、即座にギルドの台帳に反映されます。つまり、あなたが依頼を達成した瞬間、その評価スコアが蓄積される。ランクアップの審査が、今までの半分以下の期間で終わるようになります」


 ピクリ、とボルグの眉が動いた。

 ランクアップ。

 それは冒険者にとって、名誉であり、実利(報酬アップ)でもある。


「……マジか。面倒な審査待ちが減るのか?」


「ええ。全て自動化しますから。『俺の実績が記録されてねぇ!』なんて揉め事もなくなります」


 ボルグは腕を組み、唸った。

 そして、カウンターに置かれた「スマート依頼板」を、太い指でコツコツと叩いた。


「……ちっ。仕方ねぇな。今回だけ試してやるよ。使い方はどうすんだ」


「こちらです。まず、そのゴブリンの絵を押して……」


 数分後。

 あの強面のボルグが、子供のように目を輝かせて、空中に浮かぶウィンドウをポチポチと押している姿があった。


「おおっ、武器の種類まで選べるのか! 『戦斧』……よし!」


 UIユーザーインターフェースの勝利だ。

 直感的な操作は、老若男女、種族を問わず受け入れられる。


 こうして、ギルドの受付カウンターから「手書きの紙切れ」が消滅した。

 代わりに導入されたのは、規格化されたデータ。

 それは、後工程バックオフィスである俺の仕事を劇的に楽にするだけでなく、冒険者たちにとっても「速くて確実」なシステムとして定着していくことになる。


 だが、これはまだ入り口に過ぎない。

 次なる課題は、掲示板に溢れかえる「依頼のマッチング問題」。

 レベルに見合わない依頼を受けて死ぬ新人や、割に合わない依頼が放置される問題だ。


 俺は、整然と並び始めた依頼書を見つめながら、次なる関数―― `VLOOKUP` と `IF` の複合技の構想を練り始めていた。

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