第15話:初期設定(イニシャル・コンフィグ) 〜布団の書式設定と黒い聖水〜
第二章:ギルド改革編 〜アナログの野蛮人とデジタルの宣教師〜
チュンチュン……。
どこか聞き覚えのある、しかし電子音ではない本物の鳥のさえずりが、鼓膜を優しくノックした。
意識が泥の底から浮上してくる。
重い瞼を持ち上げると、そこには見知らぬ天井――太い梁が剥き出しになった、年季の入った木造の天井があった。
蛍光灯のシーリングライトはない。
火災報知器もない。
あるのは、蜘蛛の巣が張った隅っこと、少し煤けた木の板だけ。
「……ああ、そうか」
俺は身体を起こし、ぼんやりとした頭で現状を確認した。
ここは、冒険者ギルド「アルタ・ノヴァ支部」の裏手にある職員寮。
昨夜、監査を乗り切った後、ガント支部長に「とりあえず空いてる部屋を使え」と放り込まれた部屋だ。
ベッドは硬い。
マットレスではなく、木枠に藁を敷き詰め、その上に薄いシーツを被せただけのものだ。
寝返りを打つたびに、ガサガサと乾いた音がし、背中に藁の茎が突き刺さる感触がある。
俺はステータスウィンドウを開いた。
工藤聡
「[レフ[レベル]: 2
「[HP][HP]: 150/150(完全回復)
「[MP]: 10[MP]: 10/10 (全文返信)
「[州][State]: 寝癖, 空腹
回復している。
やはり睡眠は偉大だ。たとえ藁のベッドでも、PCの前で突っ伏して寝るよりは遥かにマシだ。
俺はベッドから降り、部屋を見渡した。
六畳ほどの広さ。
家
床には埃が積もり、窓ガラス(といっても透明度は低い)は曇っている。長期間使われていなかった部屋なのだろう。
これからの俺の「城」だ。
まずは環境設定が必要だ。
俺は部屋の中央に立った。
`CtrlCtrl + A(完了
部屋全体をオブジェクトとして認識する。
まず、埃と汚れ。
昨日の「置換」テクニックを使う。
[検索する文字列]: 埃|蜘蛛の巣|カビ
【交換後】
実行。
シュンッ。
部屋の空気が一瞬で澄んだ。床の板目がくっきりと現れ、窓から差し込む光がクリアになる。
次に、この硬すぎるベッドだ。
毎晩これで寝ていたら、腰痛(腰のランタイムエラー)になる。
俺はベッドを凝視し、右クリックメニューを開くイメージ。
[セルの書式設定]→ `[一致する][構成]→ `[クッション性]。
そんな項目はない。
だが、発想を変えよう。
Excelのグラフにおいて、「平滑線」という機能がある。カクカクした折れ線を、滑らかな曲線にする機能だ。
これを、物理的な「藁の凹凸」に適用できないか?
対象:ベッドの中の藁
該当するスムージング(スムージング)
パラメータ:高い
実行。
ボフッ。
見た目は変わらないが、ベッドに手を押し当ててみると、先ほどまでの「刺さるような硬さ」が消え、まるで低反発ウレタンのように、しっとりと沈み込む感触に変わっていた。
藁の繊維レベルでの摩擦係数と反発力を調整し、圧力を分散させたのだ。
「……
これで安眠は確保された。
次は机だ。
仕事をする場所。ここがガタついていては話にならない。
俺は机の脚(長さが不揃いでガタガタする)を選択。
[高さの自動調整 (AutoFit Row Height)] を実行。
四本の脚が床の凹凸に合わせてミリ単位で伸縮し、ピタリと吸い付くように安定した。
環境建設
所要時間、三分。
消費MP、1
さて、次だ。
最も重要なタスク。
俺は昨夜、ギルドの倉庫を漁った時に見つけておいた「ある袋」を、机の上に取り出した。
麻袋に入った、黒い豆。
カッファ豆。
こ
ただし、焙煎が適当で、粒の大きさもバラバラ。焦げているものもあれば、生焼けのものもある。
こ
俺は「最高のコーヒー」を欲していた。
カフェインという名のガソリンがなければ、俺のエンジンは始動しない。
俺は豆を机の上に広げた。
並べ替え (Sort)。
[キー]: 焼き加減。
ザザッ。
豆が一瞬でグラデーション状に並ぶ。
左側が黒焦げ(炭)、右側が生豆。
俺は中央の「ミディアムロースト」に近い部分だけを選別し、残りは破棄(ゴミ箱へ)。
次に、抽出だ。
ミル(粉砕機)はない。ドリッパーもない。
だが、俺には「データ分割」機能がある。
選別した豆を、マグカップ(木製のコップ)に入れる。
[データ] タブ→[区切り位置]。
豆を、粉砕レベルで区切るイメージ。
パキパキパキッ!
カップの中で、豆が一瞬にして均一な「中挽き」の粉末へと変わった。
香ばしい香りが立ち上る。
ミルで挽くときのような摩擦熱が発生していないため、香りが飛んでいない。完璧だ。
ここに、昨日の残りの水を注ぐ。
まだ冷たい水だ。
加熱が必要だ。
昨日の「高速回転摩擦」は乱暴すぎる。もっと繊細な温度管理がしたい。
俺は水が入ったカップを選択。
`フォーマット条件Format Condition (条件付き書式)。
[ルール]: 温度が90度未満の場合
[書式]: 背景色を赤(=熱エネルギー)にする
いや、これでは視覚的に赤くなるだけで温まらないかもしれない。
もっと物理的な関数……。
そうだ。
`FOREC予報 (予測)関数。
「もし、このコップを火にかけて5分経過したらどうなるか?」という未来の値を予測し、その値を現在に適用する。
……なんてことができたらタイムパラドックスだが、この世界なら「結果の先取り」ができるかもしれない。
試してみよう。
「そして値 = FORECAST.LINEAR(現在, 熱源, 時間)
ボコッ。
コップの水が一瞬で沸騰……しかけて、90度で止まった。
成功だ。
ピンク
黒い液体が抽出される。
最後に、フィルタ (Filter)。
「[[抽出条件]: 液体のみを表示 (粉末を非表示=底に沈殿させて固める)。
完成した。
表面に薄っすらとクレマ(油分の泡)が浮かぶ、漆黒の液体。
俺はコップを両手で持ち、香りを吸い込んだ。
深みのある苦味と、微かな酸味を含んだ香り。
脳が震える。
一口、啜る。
「……ふぅぅぅぅぅ」
長い、長い溜息が出た。
美味い。
スターバックスのグランデサイズよりも、オフィスの自販機の缶コーヒーよりも、遥かに深い味わい。
カフェインが血流に乗って全身を駆け巡り、気だるい細胞を一つずつ叩き起こしていく。
「[この[Buff]: カフェイン覚醒 (Concentration: +30%)
`[期間]:[所要時間]: 120分
ステータスバーにバフアイコンが点灯した。
これで戦える。
俺はコップを飲み干し、まだ少し濡れているワイシャツの袖を通した(洗濯マクロはMP節約のため、部分適用に留めた)。
ネクタイがないのがどうしても落ち着かないが、ないものは仕方ない。
俺は、部屋の鍵(錆びた鉄の棒)を手に取り、ドアを開けた。
朝の光が眩しい。
ギルドの裏庭では、若い職員が井戸で水を汲んでいる。
平和な朝だ。
だが、俺は知っている。
この静けさは、始業前のほんのひとときに過ぎないことを。
ギルドの扉が開けば、昨日と同じように、無秩序で、非効率で、理不尽な「アナログの波」が押し寄せてくるのだ。
俺は口元を引き締めた。
さあ、出勤だ。
今日のタスクは山積みだ。
まずは、あの地獄のような受付業務フローを、「マクロ」ではなく「仕組み」として改善しなければならない。
俺は革靴(の汚れを置換で消したやつ)の踵を鳴らし、裏口からギルドの執務室へと向かった。




