第11話:冒険者ギルドのボトルネック 〜手書き台帳という名のレガシーシステム〜
石畳の道を歩くこと二十分。
カイルたちに連れられてやってきたのは、街の中心広場に面した、一際大きな木造建築物だった。
入り口には「黄金の獅子」と「剣」を交差させた看板が掲げられている。
重厚な両開きの扉。その隙間から、昼間だというのに熱気と喧騒が漏れ出している。
冒険者ギルド「アルタ・ノヴァ支部」。
この世界の経済と治安を回す心臓部であり、荒くれ者たちの溜まり場。
俺にとっては、初めての「ハローワーク」となる場所だ。
「よし、入るぞ。まずは報告して報酬を貰わねぇとな」
カイルが慣れた手つきで扉を押し開けた。
ドッ、と音の洪水が押し寄せてくる。
「おい! こっちにエールだ!」
「昨日のオーク、硬すぎて剣が欠けちまったよ」
「依頼書の更新まだかよ!」
中は広いホールになっていた。
手前には酒場スペースがあり、昼間からジョッキを傾ける冒険者たちで賑わっている。
奥には長いカウンターがあり、そこが受付業務を行っている場所のようだ。
壁一面には依頼書が貼られた掲示板があり、数人が群がって紙切れを吟味している。
活気がある。
ファンタジー映画で見た通りの光景だ。
だが、俺の `Excel・アイ(事務員視点)` は、その光景の中に潜む「致命的な欠陥」を瞬時に捉えていた。
まず、導線が悪い。
依頼を受ける列と、報告をする列、そして換金をする列が入り乱れ、中央で「クロス結合」を起こしている。人がぶつかり合い、無駄な罵声が飛び交う原因だ。
そして何より、奥のカウンター。
そこには「絶望」が凝縮されていた。
受付嬢が三人。
彼女たちの表情は、能面のように感情が死んでいた。
目の下には濃い隈。肌は乾燥して荒れている。
手元には山積みになった羊皮紙の書類。
それを一枚一枚、インク壺に羽ペンを浸しながら、猛烈な勢いで書き写している。
カリカリカリカリカリ……。
羽ペンが紙を引っ掻く音が、悲鳴のように聞こえる。
彼女たちの頭上のステータスを見る。
`受付嬢A`
`[State]: 過労 (Lv.4)`
`[Debuff]: 腱鞘炎, ドライアイ, 睡眠不足`
`[Task]: 未処理書類 (Rem: 428)`
「……うわぁ」
俺は思わず声を漏らした。
ブラックだ。
漆黒だ。
ここは冒険の拠点ではない。デスマーチ真っ只中のプロジェクトルームだ。
トカゲに襲われた時とは違う種類の、古傷が痛むような恐怖を感じる。
「おい、どうした工藤? 顔色が悪いぞ」
カイルが心配そうに振り返った。
「いえ……ちょっと、昔の職場を思い出してしまって(PTSD的な意味で)」
「? まあいい、こっちだ」
俺たちは「報告受付」の列に並んだ。
前には五組ほどの冒険者パーティがいる。
進みが遅い。
十分経っても、一組も終わらない。
俺は列から身を乗り出して、カウンターの中を覗き込んだ。
原因は明らかだった。
「照合プロセス」がアナログすぎるのだ。
1. 冒険者が討伐部位(魔石や耳など)を出す。
2. 受付嬢がそれを数える。
3. 分厚い台帳をめくり、該当するクエストのページを探す。
4. 依頼主の名前、報酬額を確認する。
5. 計算盤で合計金額を計算する。
6. 金庫から硬貨を取り出し、数えて渡す。
7. 台帳に「完了」の印を押し、日付とサインを書く。
特に「3. 台帳をめくる」工程が遅い。
インデックス(索引)が貼られていないのか、彼女たちは分厚い本を行ったり来たりしている。
検索機能(Ctrl+F)がない世界とは、これほどまでに残酷なのか。
「おい! まだかよ! ただゴブリンの耳を五つ渡すだけだぞ!」
前の列に並んでいたスキンヘッドの大男が、カウンターをバンと叩いた。
「ひぃっ! す、すみません! 今、該当の依頼書を確認しておりまして……ええと、昨日の日付の……」
対応している受付嬢(栗色の髪を三つ編みにした、小柄な女性)が、涙目で書類の山を漁っている。
彼女のステータス。
`エリーナ(受付嬢)`
`[HP]: 8/45` (瀕死級の疲労)
`[Mental]: Break寸前`
その時、大男が痺れを切らして怒鳴った。
「いい加減にしろ! 俺は昨日、確かに依頼を受けたんだ! 『肉屋のゴードン』からの依頼だ! 台帳なんて見てねぇでさっさと金よこせ!」
「で、ですが、台帳と照らし合わせないと不正防止の規定が……」
「うるせぇ! この役立たずが!」
大男が手を振り上げる。
カイルが止めに入ろうと動く――よりも早く。
俺の「業務改善本能」が勝手に身体を動かしていた。
「――そこまでですよ」
俺は列を離れ、大男と受付嬢の間に割って入った。
スーツ姿の場違いな男の登場に、大男が虚を突かれたように止まる。
「あぁ? なんだテメェは。ヒョロガリが何の用だ」
「割り込み失礼。あまりに効率が悪いので、見かねてしまいました」
俺は大男を無視し、カウンターの中のエリーナに向き直った。
彼女の手元にある、乱雑に積まれた依頼書の束を指差す。
「その束、昨日の受領分ですね?」
「は、はい……でも、順番がバラバラで……」
「貸してごらんなさい」
俺は許可も取らず、カウンター越しにその書類の束(約五十枚)に手を触れた。
`オブジェクト選択: 依頼書の束`
`[Count]: 52 items`
紙の束だ。
物理的な紙だが、そこに書かれているのは「データ」だ。
ならば、並べ替え(ソート)が可能だ。
俺は脳内でコマンドを実行する。
[データ] タブ → [並べ替え]。
[最優先されるキー]: `依頼主名` (昇順)
[次のキー]: `報酬額` (降順)
実行。
シュパパパパパッ!
俺の手の中で、書類の束がまるでトランプのシャッフルのように高速で動き回った。
物理法則を無視した高速移動。
周囲の冒険者たちが「おおっ!?」とどよめく。
一秒後。
書類は綺麗に整頓され、依頼主の名前順(あいうえお順ならぬ、この世界のアルファベット順)に並んでいた。
「『肉屋のゴードン』……Gの項目ですね。上から十二枚目」
俺は正確に十二枚目の紙を抜き出し、エリーナの目の前に置いた。
「これでしょう?」
「え……あ、はい! これです! 『ゴブリンの耳×5、報酬:銅貨50枚』!」
エリーナが驚愕の表情で俺を見る。
俺はさらに、彼女が開いている台帳にも手をかざした。
`オブジェクト選択: ギルド台帳(第108巻)`
検索(Find)。
キーワード: `ゴードン`
パラララララッ!
分厚い台帳が勝手にめくれ上がり、風もないのに特定のページでピタリと止まった。
そこには確かに、昨日の日付でゴードンの依頼が記帳されている。
「ここですね。あとはハンコを押すだけだ」
俺はニッコリと微笑んだ。
エリーナは口をパクパクさせていたが、ハッと我に返り、震える手でスタンプを押し、金庫から銅貨を数えて大男に渡した。
「は、はい! 報酬の銅貨50枚です! お待たせしました!」
大男は、狐につままれたような顔で金を受け取った。
俺をジロジロと見る。
「……お、おう。なんか知らねぇけど、ありがとよ」
大男は気まずそうに去っていった。
ホールに一瞬の静寂が訪れる。
そして。
次の瞬間、エリーナがカウンターから身を乗り出して、俺の手をガシッと掴んだ。
その瞳は、涙と、縋るような狂気で潤んでいた。
「あ、あなた……事務職の方ですか!? 計算は!? 計算はできますか!?」
「ええ、まあ。得意分野ですが」
「お願いします! 助けてください! 今月末の『王都への納税報告書』が合わないんです! 計算が合わなくて、私たち、もう三日も寝てないんです!!」
彼女の背後に、どす黒い怨念のようなオーラ(残業のストレス)が見えた。
周囲の受付嬢たちも、ゾンビのようにゆらりと立ち上がり、俺に熱い視線を送ってくる。
カイルが「おいおい、なんだこの展開」と呆れている。
だが、俺にとっては好機だった。
俺はニヤリと笑った。
この世界で最初の「クエスト」を受注する時が来たようだ。
討伐依頼ではない。
もっと過酷で、もっと残酷なクエスト。
`[Quest]: デスマーチからの脱出`
`[Client]: 冒険者ギルド・アルタノヴァ支部`
`[Reward]: 報酬金、ギルドとのコネクション、正規雇用への道`
`[Difficulty]: Lunatic(狂気)`
「お引き受けしましょう。ただし、俺の時間単価は安くないですよ?」
俺はエリーナの手を握り返した。
社畜・工藤聡。
異世界にて、本領発揮の刻である。




