ハルは試練を受ける3
ほぼ無意識的に、僕は軍人のことを刺していた。
「はえ?」
生きた人間を刺した感触。肉を断つ嫌な重みが手に残り、吐き気がこみ上げる。 すぐに我に返り刀を引き抜くと、軍人の姿は砂のように崩れ落ちていった。 そしていつの間にか、それは最初に倒したゾンビの姿に戻っていた。
「……っ」
何がどうなっているのか訳が分からず、後ずさりしてしまう。 背中がドンと何かにぶつかった。 恐る恐る振り返ると――そこには、見知った顔があった。
「村長……父さん、母さん……そして」
その中心には、あの日私をかばった友人の姿もあった。 目が合う。彼はゆっくりと近づいてくる。
「久しぶりだね、あの時ぶりかな」
鼓動が早鐘を打ち、息が一気に吸いづらくなる。幻覚だと分かっていても、その声は記憶の中の彼そのものだった。
「無事に逃げきられたんだね」
彼が僕の頬に手を伸ばす。その手は温かそうに見えたけれど、僕は思わず、バッと顔を背けてしまった。
「あれ、何で避けるの?」
「……僕に、お前たちと会う資格なんてない。それに……僕が許されるわけがない」
声が裏返る。 目の前にいるのは間違いなくあの時の僕の友人と同じだった。それでも信じられない。あなたが僕を許しているわけがないから。
僕の言葉に友人は微笑む。
「ハルは変わらないね、言葉が強いのに一人称が僕ってところも相変わらずだ」
口調、姿、何もかもが同じだった。 そして友人は、少し悲しげに眉を下げて言った。
「ようやく腑に落ちたよ。俺たちが解放されたあと、会いに来てくれなかったのは……そうやって自分が悪いと思い続けていたからか」
「あ、会いに行けるわけがないだろ……だって!解放された村の人の名簿の中に、お前の名前はなかったんだぞ!」
喉の奥が熱くなる。ずっと蓋をしてきた言葉が溢れ出した。
村から逃げた数十年後、僕らの国を支配していた勢力が内乱により滅んだ。捕虜として扱われた人たちも解放された。 けれど、名簿に名前がないということは、もう既に内乱に巻き込まれ死んでいることが確定していたんだ。
「僕のせいであなたは死んだんだよ!そんな僕が、どんな顔して会いに行けばいいっていうんだよ!」
すると村長がこっちに近づいてきた。
「…あなたは私たちの希望だった。でも私たちはどうやら、あなたに背負わせすぎてしまったようだ。すまなかった…」
村長は深く僕に頭を下げてきた。
「俺もごめんね。ハルにそこまで負わせるつもりはなかったんだ。僕たちはただ、あなたに生きていてほしかったんだよ」
友人はゆっくりと近づき、固まる僕の肩を引き寄せ、抱きしめた。
「でもよかった。記憶を見るに、ハルがちゃんと寿命をまっとうして生きたって知れたから」
目頭が熱くなり、涙が溢れた。僕も友人の背中に腕を回す。
「ずっと、ずっと大変だったんだぞ……僕はあなたたちが命を懸けてくれ生きてこれたんだ。だから死なないように、死なないように生きていくしかできなかった。あなたたちが残してくれた命を無駄にしないようにって……!」
子供のように泣きじゃくりながら、生きていてずっと溜め込んできた感情を一気に吐き出した。 こうして僕たちは、何十年ぶりかの再会を果たせた。
ようやく全て出し切ったところで、友人は体を離し、真面目な顔をした。
「あのねハル、俺たちは『試練』によってあなたの記憶から生まれた存在だ」
あまりの出来事にこれが試練だというのを僕はすっかり忘れていた。
「生きていくために、あなたは試練を合格しなくちゃいけない」
直観で感じた。お別れの時間なのだろうと。
「待って、行かないで。まだ話したいことが……」
「…これから起こることはあなたにとって酷なことだと思う。でも、ためらわないでほしい」
その言葉の数秒後――。 さっきまでの穏やかな空気が凍りつき、村の人たちの雰囲気が豹変した。
「ウゥ……アア……」
うめき声と共に、彼らが突如襲い掛かってくる。 あまりにも突然のことに頭が回らない。
「え、ちょっとみんな何をして!」
さっきまで優しく微笑んでいた村の人たちの目が、虚ろになっていた。光はなく、最初に襲ってきたゾンビと全く同じ目をしていた。
「やめてよ、みんな!」
しかし声は届かない。僕はジリジリと後ろに下がっていくしかなかった。
エンマがここに到着する前に言っていたことを思い出す。
『このテストは真性を確かめるテストであるが、罪を反省していることが大切というわけではない』
それはつまり、ここで見せるべきは善性ではなく、残虐性示さなければいけないということになる。
それが真実だとしたら、僕は…村の人たちを…
「そんなの、無理だ」
刀を構えるも力が入らない。たとえ中身が空っぽの偽物だとしても、彼らを斬れるわけがなかった。 どれだけ「責任を持つ必要がない」とか言われても、そう簡単にずっとためてきた罪悪感が消えるはずがない。
「ち、近づくな!それ以上近づいたら斬るぞ!!」
刀を前に向け脅すも、彼らが屈するはずがなかった。
ついに僕は壁に追いやられてしまう。囲まれてしまい、逃げる術はもうない。 その時、ある一人のゾンビが僕の前に出てきた。 僕の友人だった。
「は……何してんだよ」
空っぽになっているはずの友人が、僕の目の前でくるりと背を向ける。 背中を無防備に晒す。 刺してくださいと言わんばかりに。
無理だ。無理だ無理だ無理だ。 僕を生かすために死んだ友人を、僕が生き残るためにもう一度殺すなんて。
「……っ」
震える手で、刀を無防備な友人に向ける。 唇を噛み締め、振り下ろそうとする。
「やっぱり、無理だ……」
刀は寸でのところで止まっていた。 そのまま脱力し、カランと音を立てて刀を床に落としてしまう。
背を向けていた友人は、再びゆっくりとこちらを向く。 膝が崩れ落ち、座り込む。その様子を見た村の人たちは容赦なく近づいてくる。
僕は目を瞑り、死を覚悟した。
ごめん、エンマ。僕はここまでみたいだ。
その瞬間、膨大な情報が頭の中に雪崩れ込んできた。
ザザッ――
僕は何故か、全く知らない病室のベッドで伏せていた。 全身包帯で巻かれ、身動きはとれない。片目は見えず、耳も聞こえず、手足の感覚もほとんどない。頭がズキズキして何も考えられない。ひたすらに絶望しか感じられない。
今から死ぬのだと、魂が理解した。
ベッドの隣には、髪の長い女性が僕の手を強く握っていた。感覚がなく全く気づけなかった。 そして僕は何故か、見覚えのないその人のことを“姉”だと認識していた。
そして感覚もないのに、手を握ってもらっていることがとても心地いいと思ってしまった。
絶望感が薄れていく、そんな感じがした。
声を出そうとしたが、口がうまく動かない。
__あなたは、誰?
そこで情報が途切れる。 現実では1秒もたっておらず、一瞬だけ夢を見た感じだった。
「一体、何だったんだ……」
しかし、疑問を思い浮かべる暇もなく、目の前の光景に僕は唖然とした。
さっきまで目の前にいた友達や村人の姿が、ノイズのように掻き消えていた。 あるのは、機械頭の赤く光る眼差しだけだった。
『エラーを確認。エラーを確認。コード“レグリア”……応答を』
レグリア……?人の名前か?それにエラーって……。
機械頭は激しく明滅し、やがて緑色の光へと変わった。
『試練は終了した。其方をここを通すことを許そう』
その機械音とともに、周囲を覆っていた膜がガラスのように砕け散った。 一体なぜ、と思うよりも先に、エンマが飛び込んでくるのが見えた。
「ハル!!」
ドォン!
何とか飛び込んできたエンマを受け止めた。受けとめた瞬間、体に溜まっていた痛みが一気に襲ってくる。
「ぐえっ……い、いくらエンマが小さいといっても痛てーよ!」
「ハル!お前ハラハラさせすぎだよ!本当に見てて普通に吐きそうだったんだけど!」
エンマは僕の服をぎゅっと掴んで、涙目になって怒鳴ってくる。
「ちょっと急にくっつきすぎだ!体中が痛いんだよ!!」
すぐさまエンマを軽く持ち上げ、距離を置いた。
「あ、そっかごめんごめん。つい…ね」
僕はジトーっとエンマを睨むと、アハハと誤魔化すように笑っていた。
「とりあえず怪我を治すから、そこへ横になって」
言われるがまま僕はうつ伏せになり、エンマは僕の背中をさすってくれた。 温かい掌から熱が伝わってくる。すると、僕が雑に治した傷口が一瞬で閉じていく感覚があった。他にも色々な傷口を手当てしてくれ、僕は全快となった。
「どう、他悪いところない?」
僕は立ち上がり、体をグルグルと回してみる。
「たぶん、悪いところはもうない…というか体が軽い!」
「傷を治す以外にも血行を良くしたりしたからね」
なるほど、どうりで体が動かしやすいわけか……。 ふふん!とエンマは自慢げな顔をして胸を張っている。 その様子がなんだか愛おしくて、思わず僕は頭を撫でてしまった。
「ちょ、子供扱いすんなし!」
エンマが顔を真っ赤にして手を払いのける。 すると突然、強烈な眠気が襲ってきた。 あれ?体はちゃんと動くんだけど……。
「慣れてないのに魔力を使いすぎたな。ゆっくり寝なさい」
エンマの優しい声が聞こえた気がした。 その言葉とともに、瞼が閉じてしまう。
目が覚めると、エンマが目の前に座り込んでいた。僕の寝顔を覗き込んでいたようだ。
「お、おはよう!ぐっすりだったね」
「ごめん、どれくらい寝てた?」
「2時間くらいかな。気にしなくてもいいよ。準備ができたら2層にいこう」
しばらくし、僕たちは扉の前に立つ。 見上げるほど巨大な扉だ。ここを抜ければ第二層。
「ここを開けるとすぐに第二層にいく。覚悟はいい?」
「できてるよ」
扉を開けると、周囲が一気に光に包まれ、思わず目を閉じてしまう。 目を開けると、そこは全く見知らぬ、辺り一面真っ白な空間だった。
「……どこだよここ。てか、エンマ?」
さっきまで横にいたはずのエンマがいなくなっていた。
「おぉおおい!誰かー!」
声はただ木霊するだけで、誰かいる気配は一切しなかった。 ……あれ、もしかしてこれ、結構大変なことだったりする?
すると突然、何もない場所から空間が揺らぎ、体全体が光に飲まれている人型の“何か”が出てきた。
「ちょ、ちょっと!あなた誰ですか!!」
得体のしれない者に、思わず身構えてしまう。
『……安心しろ。私はお前の敵ではない。私はこの無間地獄を管理運営しているものという認識でいい』
頭の中に直接響くような声だった。
『今回は貴方と話をしたくてね。もちろん危害は一切ないから安心してほしい』
「……わかりました」
とりあえず僕は体の力を抜き、話を聞くことにした。敵意は感じない。
『今回話をしたかったことは、貴方の試練についてです』
試練。たしかに色々なことがあり、僕自身からも聞きたい内容はいくつかある。
『薄々気づいていると思うのですが、貴方は本来であれば試練を不合格にされていました』
やっぱり、と僕は思ってしまった。試練の最後、おそらく僕は村人たちを殺さなければ合格はしなかったのだろう。
「じゃあなんで合格なんですか?」
『それは、貴方が特別な人間だとわかったからです』
「特別な人間?」
意味不明な返答に首を傾げる。ただの人間である僕が?
『えぇ。貴方はこれからこの地獄を救ううえで、とても重要な要となるでしょう』
説明が曖昧でどうにも腑に落ちなかった。僕の何が特別だというのだろう。 もっと詳しく聞こうとしたその時、白い空間が微かに震え始めた。
『おっと、そろそろ時間みたいです。最後に一つ●●を助けてあげてください』
●●ってだれ?と聞く前に視界がゆがみ始める。
「え、ちょっと待ってよ、まだ聞きたいことが……!」
光の人型は何も答えず、ただ静かに佇んでいた。 すると白い空間が崩壊を始め、強い光に包まれる。
――ハッとして目を開けると、さっきとはまた別の扉があった。 そして隣には、何事もなかったかのようにエンマが立っていた。
「どうした?なんか息が荒いけど……」
エンマが不思議そうに僕を見ている。
「あ、そうそう、えっと…」
説明しようと思ったが何から話したらいいのかわかず僕は口ごもってしまう。
「まぁいいや、あの扉の先が第2層になってる」
エンマが指差す先には、凍りついたように青白い扉がある。
「第二層はめちゃくちゃ寒いんだっけ?僕こんな格好だけど大丈夫かな」
現在僕の恰好は白いワイシャツに長ズボンという服装である。 この服装で真冬の寒さなんていけば、間違いなく死ぬだろ。
「あぁ、それについて心配はないと思うよ。ハルは私と契約をしているわけだから」
契約が一体何の関係があるのか?と首を傾げる。
「まぁ、行けばわかるよ」
「えぇ……」
この監獄が用意する寒さが大したことがないわけがないんじゃ……。 どうも僕は不安だったが、エンマの言うことを信じ、僕たちは扉を開けた。
やっと試練が終わっていよいよ第2層に行きます。




