ハルは試練を受ける
透明な膜がはられ、甲高い機械音が辺りに響く。
「『これより第一層の試練を始める。お前の真性を見せてみろ』」
その声を聞いた瞬間、胸がぎゅっと縮む。エンマの声も急に聞こえなくなり、空気が一気に冷たくなった気がした。手に残されたのは、血で作られた刀一本だけ。
…一人でやるしかないんだ。
そう覚悟を決めた瞬間、喉の奥がひゅっと狭くなる。
突如、床が震え、小さな穴がいくつも開いていく。
「なんだなんだ!?」
声が裏返る。恐怖で指先が冷たくなった。
穴から、第一層に巣くっていたゾンビたちが溢れ出してくる。生臭い匂いが一気に広がり、思わず吐き気がした。刀を強く握るが、震えが止まらない。
…落ち着け。エンマに言われたこと…思い出せ。
僕がエンマに教わったのは本当に基礎だけだった。ただこれだけで十分とエンマは言っていた。
ゾンビたちがぞろぞろとこちらへ歩み寄ってくる。足音がいやに大きく響き、心臓の鼓動とぶつかり合う。
深く息を吸い、刀を振り抜く。切り裂いた感触と同時に、不思議と意識が澄んでいった。
教えてもらったことの一つ目、**対象への魔力の込め方。**本来魔力のない僕でも、エンマとの契約で使えるようになった。
エンマの言葉を思い出す。
「『魔力を込めるとき刀すべてにこめると燃費がかなり悪い。だから刀の刃の部分にのみ込める感じにしろ。慣れてないうちは燃費が悪くなりがちだから少しでも節約した使い方を意識しろ。』」
刃へ意識を集中させる。すると刀が微かに脈打ち、力が集まるのが分かる。その感覚に少しだけ自信が生まれた。
「いける…いけるぞ」
そう思いながらどんどん斬り進んでいく。自分でも驚くほど、刀の軌跡が清々しく通る。
だが――
わずかに切り損ねたゾンビに気づかず、背後から爪が振り抜かれた。
「うぐっ…!」
背中を引き裂かれる痛みに、視界が一瞬白く染まる。唇をかみ油断したことを反省する。
ゾンビを倒し、膜の向こうを見ると、エンマが目を見開きめちゃくちゃ焦っている顔をしていた。
エンマの教えが脳裏に浮かぶ。
「『体の血をある程度操れるようになっとけ、せめて自分を傷口治せるくらいにはな』」
震える手で背中に魔力を送り、血を無理やり動かす。痛みで歯を食いしばる。
「っ、これで…なんとか…」
背中に魔力を込め自身の血を不器用ながら操り傷口を結んでいく。傷口がふさがり再び立ち上がる。
「今度は油断しないように」
そして再びゾンビに切りかかっていく。敵の数が減りつつある中、ふと考えてしまう。
“これが真性を測るテスト…倒すことが関係しているのか…?”
その時だった。
目の前のゾンビが、別のゾンビを食べ始めた。
「……は?」
あまりの異様さに背筋が凍る。
秒単位で喰い尽くし、次々と貪り、気がつけば一体だけが残っていた。
その瞬間――そいつの身体がめきめきと膨れあがった。骨の軋む音が響き、吐き気がするほどおぞましい姿に変貌していく。
「なんだよ…これ…」
目の前に立つのは、僕の三倍を超える大きさ。殺気が空気を震わせる。心臓がつぶれそうだった。
巨体が腕を振り上げる。逃げなきゃ――分かってるのに、足がすくんで動かない。
直撃。
「ぐあああああっ!!」
世界がぐるりと回り、壁に叩きつけられる。息ができない。肺が焼けるように苦しい。
「無理だよ…あんなの」
声が勝手に漏れる。涙がにじむ。絶望という言葉そのものが胸にのしかかる。
再び振り下ろされる腕を、必死で転がって避ける。震える足を叱り飛ばしながら立ち上がる。
どうする。逃げる?倒す?何も浮かばない。頭が真っ白だ。
そのとき。
ドォオンッ!!
外から凄まじい衝撃音。ゾンビも動きを止めるほどの轟音。
エンマが、炎をまとい、膜に向かって何度も拳を叩き込んでいた。
「なっ…何やってんだよ!」
もちろん僕の声は届くことはない。おそらくあまりにおおきな音の場合遮断できないのだと思う。
思わず声が裏返る。一瞬、膜を壊すためかとおもったが五発、六発。それでも膜は割れる気配がない。壊すためじゃない――エンマの表情を見て悟った。
そしてふと気が付く。自分の代わりに湧き上がってきたのは――**“僕を生かすために叫んでるんだ”**という確信。
「っ…ああもう!」
気合いを入れ直し、大きく息を吐く。
『リラックスしろ。流れに身を任せろ。私のタイミングで力を込めろ』
エンマの声が脳裏で響く。魔力が身体の中心から溢れ出し、手のひらが熱を帯びる。
ハンネの時に感じたあの感覚。炎の弾が手に宿る。恐怖よりも、今は“やらなきゃ”という気持ちが勝っていた。
「いっけぇぇぇぇ!」
叫びと同時に炎を放つ。熱風が頬を切り裂き、炎が巨体を包む。
ゾンビは一瞬で跡形もなく吹き飛んだ。
「やった…!」
安堵と同時に、どっと疲れが押し寄せて膝が笑う。だけど膜は消えない。試練はまだ終わらない。
「はぁ…まじかぁ」
これは僕自身の真性を確かめると言っていた、まだ確かめ終わっていないのだろう。
赤い光を点す機械の頭部がこちらを見つめている。これが“本番”だと、背筋がひやりとした。
その時――誰もいないはずの背後で声がした。
「『おいお前ら、どこから来た!!』」
反射的に振り向く。そこには軍人らしき姿をしていた大柄の男が立っていた。ヘルメットかぶっていてかは見えない。腰の銃がきらりと光る。
「……なんでお前が」
その姿に見覚えがあった。
心臓が跳ね、手から汗が噴き出す。
幻覚か?それとも…
そして、あの時の夢の続きが脳内に雪崩のように溢れ出した。
エンマはずっとハラハラしながら見ています。次はハルが山をのぼったあとの話になります




