ハルは夢を見た
夢を見た。ぼくが生きていた時の記憶。
僕はハル。いつもの日課どおり水を汲んでいた。冷たい水が桶を満たす音が、静かな村に響く。僕が住んでいた村は70、80人ほどが人口である。都会から離れており、山を越えた先にある。
いつかそこに行くのが僕の夢だった。この村での暮らしは別に不自由もなく平和に暮らせていた。しかし当時、幼かった僕には、それはただの退屈でしかなかった。
「おいハル、何ぼーとしているの?」
不意に声をかけられ、僕は肩をびくりと震わせた。
「…おまえか。この山の先には都会があるんでしょ」
この村では成人前の子供は僕とこの子だけだった。そのこともあり僕にとって友達だった。
「そうだね。あの山の山頂からだったら見えるかもって。もしかして行こうとしてるの?」
軽いからかい混じりの声に、僕は言葉をつまらせる。
「…」
この村のルールでは、ここを出るには成人するまで村を出ることはできない。
「あと一か月だもんね。楽しみになる気持ちはわかるよ。成人の試験はちゃんと準備はできてるの?」
「もちろんだよ!」
胸を張ったが、声が少し上ずっていた。
試練内容は、村を朝に出てあの山の頂上に行き、日が落ちるまでにここに戻ってくる。それだけ。
そして一か月がたった。
「「それじゃあ行ってらっしゃい!」」
村の人たちの声援を背に、僕たちは村を出た。
山のふもとについた。胸の奥がわくわくでざわつく。頂上に登れば、都会を見るのをとても楽しみにしていた。
「これから時間がかかるね」
「昼までは山の途中にある休憩所までは行きたいな。そこで昼飯食べよう」
頂上までは歩いて3時間以上もかかってしまう。看板があり、迷うことはほとんどない…そう思っていた。
山を登り始めて1時間がたったころ、急に天気が悪くなり、冷たい雨が叩きつけるように降り始めた。
「雨?!今日はずっと晴れの予定だったのに」
友達の声が不安で少し震えていた。
「…まずいかも。とりあえず雨宿りしようよ」
僕も焦っていた。雨粒が頬を刺すように痛い。
この山はちゃんと整備されているわけではないため、岩がむき出しになっているところも多々ある。滑って転んだら大変だ。
「早くやむといいんだけど…」
30分ほどたった…が、依然として雨は弱まる気配もない。
時計を見ながら、僕は迫りくる時間に胸が締め付けられた。もしも登り切れなかったら。もし失敗したら。
不安がどんどん膨らんでいく。
「いこうよ、時間がまずい。」
声が少し荒くなっていた。
「でも転んだら大変…」
「でもいかないと時間が」
「…わかった、じゃあ足元には気をつけろよ」
友達は僕の焦りを受け止めてくれた。胸がちくりと痛んだ。
しばらくしてようやく山の中腹までこれた。しかし、時計を見るともう3時間がたっていた。
「焦るな…怪我したら大変だぞ!」
けれど僕は、その制止を聞かず先に走ってしまう。胸の奥で焦りが爆発しそうだった。
友達も慌てて後ろをついてくる。
そのとき——
ズルッと足が滑った。
「——ッ!」
体が宙に浮き、冷たい風が耳元で悲鳴のように鳴った。
まずい…崖に——落ちる——!
しかし、僕の手を、ぎりぎりで友達がつかんでいた。
その手は震えていた。必死に、僕を離すまいと。
「…大丈夫か」
友達の息は荒かった。
「時間かかってもいいからゆっくりいこうぜ。別に、成人の儀式はまた受ければいいから。今日は山頂みるだけで帰ろうぜ。」
優しい声に、胸が熱くなった。
「…そうだな」
僕たちは再び山を登り始める。
しかしすぐに異変に気づいた。
目印となる看板が——ない。
「ごめん…僕が雨の中いこうとか言っちゃったから」
声が震えた。後悔で胃が痛くなる。
「謝るなよ。…そうだな、いっそのことこのまま登っちゃおうか。時間もかかるけど、ふもとに行けば看板はあるし迷わず降りることができる…かも」
「たしかに!」
希望が少し戻り、僕たちは再び登り始めた。
やがて雨がやみ、雲が薄れ、光が差し込む。
頂上が見えてきた。
「やった!ついたよ。」
僕たちは走り出した。胸が高鳴る。
ようやく、ずっと待っていた景色を見ることができる。
頂上に踏み込み、目を広げる。
…しかしそこに広がっていたのは——
期待していたビルの群れでも、にぎわう街でもなかった。
ボロボロなビル。屋根が吹き飛んだ家。
廃墟、廃墟、廃墟——。
遠くで人影が蠢く。けれど、その気配はどこか異様で、吐き気がするほど“死んだ世界の臭い”がした。
「なにこれ…」
喉がつまる。頭が真っ白になる。
後から来た友人も驚いた顔のまま、声を失っていた。
放心状態で立ち尽くす僕たちの背後から、見知らぬ声がかかる。
「お前ら、どこから来た」
振り向いた瞬間、そこには——
——そこで夢が覚めた。
胸がどくどくと早鐘のように鳴っていた。
心臓の音がうるさくて、しばらく動けなかった。
「最悪な目覚めだ……」
喉がひりつく。夢なのに、やけに現実味が残っていた。
手のひらは汗で湿っていて、呼吸が浅い。
――そういえば、僕たちは確か……
ハンネと戦って、それから……
ゆっくりと隣のベッドを見る。
そこにはエンマが寝ていた。
小さく丸まって、布を握りしめて、静かに眠っている。
普段の偉そうな態度が嘘みたいに、無防備で……。
頭がうまく追いつかなかった。
(……こいつが、閻魔大王なんだよな)
年相応の、あまりにも普通すぎる寝顔。
少し呼吸が不規則で、まつげがかすかに揺れていた。
思わず、じっと見つめてしまう。
(こんな顔して、あんな地獄の話してんのか……)
ぼーっとしたまま視線を向け続けていると――
ぱっちり目が合った。
「ん……どうしたの?」
びくっと心臓が跳ねた。
一瞬で熱が顔に集まる。
「……っ」
無意識に目をそらしてしまう。
なんか、やたら気まずい。
「まぁいいか。それより……どうだ、体に変化はない?」
一気に現実に引き戻された。
「あぁ……」
僕は立ち上がって、腕を動かし、足を踏み鳴らしてみる。
違和感がある気がして、でもよく分からない。
「特に……変化はないかも……って、そういえば――」
思い出した瞬間、ぞっとする。
慌てて服をめくり、腹を確認する。
――本来あるはずの傷が、ない。
「あ……」
息を呑んだ。
「本当に……再生するんだ……」
自分の声がやけに小さく聞こえた。
「その程度の傷ならすぐだろうね」
軽い声だったけど、正直それが逆に怖かった。
「あ!? そういやエンマの傷どうなってんの!?
あんだけ刺されてたんだから無事なわけ――」
エンマを見る。
頭。胸。腕。
血だらけだったはずの場所。
――ほぼ、何もなかった。
「ん? あぁ、私は大丈夫だよ。血を操れるからね。体内で無理やり結び合わせて治してる」
……無理やり。
その言葉が、頭に引っかかる。
(本当に大丈夫なのか……?)
「とりあえず、そこに座れ」
声がいつもより少し硬い。
心臓が少し強めに跳ねた。
「……これから話すのは、お前と俺の“契約”についてだ」
――契約。
あのとき。
あの炎。
あの感覚。
「言っておくが……あれはそう軽いもんじゃない」
空気が一気に重くなる。
「私とハルは、今……強い主従関係になっている。お前は私の下僕になっている。」
「……げ、下僕!?」
心臓がバクンと鳴った。
「あぁ、だからこんな風に」
エンマは一呼吸し「立て」という。
急になんだ?と思った瞬間、私の意識とは関係なく勝手に足が動いた。
「…は?」
「座れ」
エンマの声で再び体が動き勝手に座る。
心臓が速くなる。
「……これが現実だ。こんな感じでお前は私が命令されるとそれを断ることができない。」
私は何を言えばいいのかわからず言葉がでなかった。
エンマは続けて話し出す。
「お前の中には今、私の血が入っている。魔力的に無理やり繋がっている状態だ。この関係は私が死ぬか、お前が死ぬか、誰かに上書きされるか……それまで一生だ。」
一生、その言葉が、頭に残る。
「……でもそれくらいなら――」
言いかけて、言葉に詰まる。
「……お前、まだ事の重大さに気づいてないな」
エンマの声が低くなった。
「ハル。お前は“人間”だ。しかも、まだ裁かれてない魂だ」
背中に冷たいものが流れる。
「もしお前が裁く立場だとして、そこに地獄の大王様と強い主従関係だった魂があるしたらどうする?」
背中に汗が滲む。
「……もしかして……」
「そうだ。お前は……確実に地獄行きだろうな。それもかなり重い罪としてだ。」
頭の中が真っ白になる。
しん、と空気が落ちる。
「お前は当分の間、人間に戻れると思わないほうがいい」
エンマの言葉に頭でいろんな可能性が回りだす。
しばらくの沈黙が続く。
「まぁいっか。」
「いやよくねぇよ!!」
僕の肩をガシッとつかみ手にブンブンと揺らされる
予想外に力が強くて、身体が揺れる。
「よ、く、ね、え、よぉぉおお!!」
頭がガックンガックン揺れる。初めて動揺してるエンマに驚いた顔をしてしまう。
「ちょ!? 頭!! 頭ぐらぐらするって!!」
なんとか振りほどいた。
「地獄だぞ!?10年とかじゃねぇ!!3000年とか、4000年とか、そういうレベルの話だぞ!!」
声が裏返っている。
焦りきっている。
「うん……まぁ……別に……」
「全然よくねぇだろぉ!!」
また掴まれかけられ何とか避ける。
「でもあそこで“虚無”になるよりは……マシでしょ?」
一瞬、エンマの動きが止まった。
「……う……」
言葉に詰まっている。
「それにエンマが作る地獄って……そんなに辛い場所なの?」
「いや基本は……人間の仕事と変わらない。拷問みたいなのは…ほとんどない」
「生きているときとかわらないじゃん」
僕が説得するも「で、でもぉ~」とエンマはやはり納得いっていないようだ。
「そんなに思うところがあるならエンマが地獄を楽しい場所にしたらいいんじゃない?そしたら私もつらくない数千年を過ごせるよ」
「…わかった絶対約束する。ハルに退屈はさせない!」
エンマは急に小指をだしてきた。 「ん!」 一瞬何か分かなかったがどうやら指切りの約束をしたかったようだ。 僕も小指を出し指切りをしていく。
「「・・・嘘ついたら針千本の~ます、指切った。」」
「これでよし!」とエンマは満足気味だった。
やっぱりこう見ると、ただのかわいらしい子供なんだよな。なんか脳がバグってくる…
じっと見つめていたためエンマは少し不思議そうな目でこっちを見てくる
「何どうしたの?」
「あ、やっぱり子供っぽいなぁって」
「子供?!まぁ精神年齢がこの姿多少は影響されているからわからなくはないが…お前はさっきまであんな真面目な話してたというのに、よくそんなことを考えていられるな」
それから他愛のない話をしながら、僕たちは次の階へと昇って行った。
ブックマークや感想をもらえるだけで頑張れます。今後も書いて行きますのでよろしくお願いします。




