エンマ大王は絶体絶命
扉を開けると、そこは第1層と同様、ドーム状の広い部屋になっていた。
第1層では嫌でも目に付いた巨大な機械があったが、この第2層で私たちの前にいたのは、地面に寝転がっている異質な雰囲気を放つ、長い水色の髪をした男の悪魔だった。
一目で、この悪魔が第2層の門番だと分かった。
「ここに生き物が来るのは久しぶりだ」
私たちが近づくと、彼はゆっくりと体を起こし、不気味な瞳をこちらに向けてくる。その威圧感に、ハルは思わず後ずさりした。
「ええと、我は第2層の門番。無間地獄の管理者の一人、レコリフ・オブシディア」
その悪魔――オブシディアは、淡々とマニュアルをこなすような口調で喋り出した。
「これから試練を始める。受けるのは……二人でいいか。説明はいる?」
私は息を呑み込み、それに答える。
「いらない。始めてもらって構わない」
事前にオクスタシアから内容は確認している。私が無間地獄にいた数百年前と試練の内容は変わらないらしい。この試練は精神力……とにかく「耐える力」が試される。
合格する方法は、目の前のオブシディアを倒すか、制限時間まで耐え抜くか。もちろん正攻法なのは後者の制限時間耐えることだ。前者を選択する者はほとんどいない。
「はい。それじゃあこれより試練を始める。其方の精神性を見せてみろ」
その言葉とともに、周囲の気温が一気に下がり始める。ハルには私の血が入っているため、ある程度の寒さなら耐えられるはずだが、それでも彼は腕をさすり、寒そうにしていた。
温度はこれからさらに低くなる。正攻法はこの寒さを耐えきること。その間、オブシディアが行動することはない。しかし、私たちの選択は「門番の打倒」だ。
もちろん私一人ならこの寒さに耐えることもできるだろう。だが、ハルは痛みや過酷な環境に慣れていない。耐えきれずに“虚無“に落ちる可能性は十二分にある。
私はあらかじめ持ってきた小袋から**『魔石』**を取り出し、自身の手錠に押し当てた。
瞬間、自分の中から魔力が爆発的に膨れ上がる。それを見たオブシディアの目が大きく開いた。
彼は即座に身構えようとしたが、私の攻撃準備はすでに整っていた。
直後、目の前に大きな閃光が走る。爆音とともに、回避不能な複数の炎の弾がオブシディアを襲い、着弾と同時に激しい爆発が何度も起こった。
試練開始から、わずか8秒のことである。
周囲の温度は一気に上昇し、さっきまでの寒さは消え去った。私の解放した魔力も、すぐに元の状態に戻る。
……魔石はもうあまり残っていない。魔力解放もあと1回が限界か。思ったよりも消費が激しい。
「これで決まってくれるといいんだけど……」
オブシディアのいた場所は炎に包まれ、どうなっているか分からない。
「これで試練は終わり?」
ハルが様子を覗こうとするのを、私は慌てて止めた。
「まだ、反応が消えてない!」
とたん、周囲の炎が掻き消え、再び温度が下がり始める。消えゆく炎の中から、オブシディアが姿を現した。
「なるほどそう来るなら、私も容赦する気はない」
オブシディアの姿はボロボロだった。右半身がドロドロになり、原形を留めていない。彼はそこを自らの能力で凍らせ、なんとか立っている状態だった。
……やはり一撃では無理か。
時間をかけて魔力を溜めれば仕留められただろうが、魔石の制限時間はたった数秒。
だが、確実にダメージは入っている。あと一回、魔石を使って本来の力を使えば、次こそ確実に倒せるはずだ。
「まずは攻撃を全力で止める。隙が見えたら今度こそ……」
オブシディアが腕を前に掲げると、気温がさらに下がった。彼の手のひらから、無数の巨大な氷柱が飛んでくる。
私はハルの腕を引っ張って走り出し、紙一重で氷柱を避け続ける。
振り返ってハルの無事を確かめようとした瞬間、目の前の地面に巨大な氷柱が突き刺さり、私たちの足が止まった。
オブシディアはその隙を見逃さず、追撃を繰り出してきた。
私はとっさに目の前の氷柱を炎で削り取り、なんとか身を隠して追撃を回避した。
「ハル……大丈夫か?」
「エンマこそ……」
辺りは氷柱で塞がれ、逃げ場がない。
……さて、どうしようか。隙を見て倒す予定だったが、思った以上に余裕がない。
時間をかければかけるほど気温は下がり続け、ハルの体に負荷がかかっていく。
突如、目の前の氷柱がバキバキと割れ始めた。その中からオブシディアが飛び出してくる。
「な……っ!」
あまりの突然のことに反応が遅れた。オブシディアの拳が青白く光っている。
……これは不味い。
拳がみぞおち辺りに直撃した。衝撃とともに、私の体は氷柱を突き破って外まで吹き飛ばされた。
ハルが慌てて駆け寄ってくる。
……よかった、ハルは無事みたいだ。
体内の臓器が破壊され、口から血が溢れる。一息おいて、体の組織を簡易的に修復していく。
「エンマ! 大丈夫なの!?」
「とりあえずは、なんとかな」
心配させないよう、すぐに立ち上がってみせる。足元は若干おぼつかないが、体がバラバラにならない限り、動けなくなることはない。
氷柱を吹き飛ばし、オブシディアが中から出てきた。
「あれ。完全にやったと思ったんだけど。……まぁ、もう終わりなんだけどね」
その言葉とともに、私たちの周囲を半径10メートルほどの半透明の膜が覆い始めた。
すぐさま、ただ事ではないことに気づく。
「ハル!!」
私はハルの手を掴んだ。第1層のときと同様、ハルを媒介にして魔力を放出し、私たちを守るバリアを展開する。
「あっつ!!」
いきなり媒介にされたため、ハルの体に痛みが走る。
「ごめん、少し我慢してくれ!」
「大丈夫……。すぐに落ち着いてきたから」
「……そうか」
本来ならものすごい痛みを感じるはずなのに、今のハルにはその様子が薄かった。少し不思議に思ったが、今はそれどころではない。
この半透明の膜の中だけ、異様なほど気温が低下していく。息をすることすら苦しい。
……なるほど。さっきまでドーム全体を満たしていた冷気を、この範囲内に集中させているのか。
私たちが意識を保っていられるのは、ハルを媒介にしたバリアのおかげだ。
しかし、本来の力を出せているわけではない。魔力の出力は、媒介となっているハルの魔力量に比例してしまう。
私は刀を取り出し、膜を思い切り振りかぶった。
しかし、ひび一つ入らず、壊れる様子はない。
「くそっ!」
何度も連続で斬りつけるが、変わらなかった。
……無理に全力を出せば、バリアの方が維持できなくなる。どうする、どうする。
寒さで焦りが強くなる。手は二つ。バリアを解いて、膜の破壊に全力を注ぐか。失敗すれば敗北が確定する。そしてもう一つは……最後の魔石を使うこと。これを使えばここからは出られるが、オブシディアに勝つ手段を失う。
「……やるなら、一つ目の方法か……」
すると、後ろで「バタッ」と倒れる音がした。
振り返ると、手を繋いでいたハルが、うつろな目をしながら倒れていた。
たぶん続きは今日中に出します。第2層もいよいよクライマックスです。




