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エンマ大王は夢を見る

開戦から数分。部屋の中の隠れそうな場所は、概ね確認し終えた。

だが、どこを調べてもそれらしき姿は見当たらない。私は敵の猛攻をいなしつつ、距離を保ち続けていた。


……なんとか避け続けてはいる、おっとそろそろ来るな


予感通り、視界がぼやけ極彩色のお花畑に切り替わる。

最初のころよりも慣れた手つきで私は即座に自分の首を撥ね、強制的に意識を覚醒させて敵の追撃を回避した。


この数分の間に、いくつか分かったことがある。

まず、この夢の世界での経過時間は、現実世界の時間には干渉しないということ。向こうで一分二分と過ごしたところで、現実では一秒も経過していない。


ふと下を見ると、また「歪んだ影」を踏んでいた。再び花畑へと引きずり込まれる。


「ふぅ……。やっぱり避けようがないか」


これで12回目の花畑。

ここでは時間が止まっているも同然なので、私は少し休むことに決めた。殺気立った戦場の中にいたのに今私は花畑に寝転がる。


「いやぁ、どうするか、これ……」


現実に帰還した瞬間に意識を切り替えればいい、と口では言えるが、こうも完璧に意識を寸断されると対応には限界がある。数分ほど思考を整理し、再び戦場へ戻る決意を固める。


(目覚めた瞬間に防御だ。防御、防御……)


そう念じながら首を落とし、目を開ける。

案の定、目前には相手の蹴りが迫っていた。辛うじて腕を交差させ、防御には成功する。


「はぁ……っ」


思わず溜め息が漏れた。

厄介なのは、夢の中で首を撥ねる瞬間の痛み、感覚が、覚醒後も鮮明に残っていることだ。精神的なダメージが少しずつ蓄積されていくのを感じる。


「おい、少し朦朧としてきてるぞ! このまま押し切るぞ!」


こちらとは対照的に、向こうの士気は最高潮だ。

……さすがに、不味いか。


ただ、相手が私をあの花畑に飛ばすタイミングは見えてきた。

足元に集中し、敵が踏み込んでくるのをかまえて待つ。


(1、2、3、4……今だ!)


私はタイミングを合わせ飛ぼうとする、

だが足に力がうまく入らなった。今までの疲れが一気に来たようだ。


「……? 飛ばされない?」


そこにあるはずのお花畑は現れなかった。

当たると確信している敵の大振りをよけ顎にカウンターを叩き込んだ。


怯んだ相手を蹴り飛ばし、大きく距離を取る。

今の状況、今までの条件と何ら変わりはなかったはずだ。私は口元に手を当て、必死に思考を巡らせる。


……飛ばされなかったのは、私が見られていなかったから?


だとしたら、今の瞬間の私の位置は、あいつにとっての「死角」だったということか。

敵の位置、自分の位置を照らし合わせ、導き出される座標は――。


「……いや、まさか。あんな場所に?」


私は血で一本の槍を形成した。

当たればラッキー、程度の確信で、私はその「場所」へ槍を全力で投擲した。


標的は、壁に掛けられていた*『鏡』*だ。


パリンッ! と耳障りな音を立てて鏡が粉砕される。

だが、槍は壁に刺さることなく、鏡の向こう側の「空白」へと吸い込まれていった。


「うぎゃああああっ!?」


直後、悲鳴が上がった。

鏡の破片が散る向こう側、歪な空間の中に一人の少女がうずくまっていた。


「うわぁ、バレちゃった……。バレるなって言われてたのにぃ」


少女は鏡の穴からぴょこんと顔を出し、部屋の中へと乗り込んできた。

……こいつが、夢を見せていた張本人か。


「もう! 早く殺してくれないからバレちゃったじゃん! 後でお仕置きね!」


少女は仲間であるはずの悪魔たちを睨みつける。

見た目にそぐわない、おぞましいセリフに絶句する。


「まぁいいや。早くやってよね。ちゃんとやらないと、もっと酷い夢を見せてあげるんだから」


そして私をじっと見つめてくる。

見る限りこの子自体に大した戦闘力はないはずだ。絶好のチャンス――そう思った瞬間、彼女の足元からぼやけた影が伸び、一瞬で私の足元を呑み込んだ。


抗う術もなく意識が薄れ、気がつくと私は――三度、あの花畑にいた。

ただ、少しだけ状況が違う。

目の前にはあの少女が立ち、そして私の全身は、ガチガチの縄で縛り上げられていた。


「こんにちは!」


少女が元気よく挨拶してくる。

……こっちは全然元気じゃない。

私は縄を解こうと魔力を込めるが、縄はビクともしない。


「切れないでしょ? ……だってそれ、私が想像した『絶対に破られない縄』だもん」


「……どういうことだ?」


「この空間は、私の夢の中。夢の中って、何でもできるでしょ? そういうこと」


大雑把すぎる説明に顔を顰めつつ、再び力を込めるが、やはり無意味だった。

自害して目を覚ますこともできない。


(……気は進まないが、やるしかないか)


私は一呼吸置き、口を大きく開けた。

首が斬れないのなら、舌を噛み切ってそのショックで覚醒するしかない。

激痛を覚悟し、思い切り顎に力を入れる。


だが、痛みはなかった。

私の舌は、噛み切れるどころか、スライムのように異常なほど柔らかい食感へと変質していたのだ。


「うわっ、自害しようとしてる! 何やってるのよ、もっとお話ししようよ!」


「……何をした」


「ん? ああ、貴方の体を今ぷよぷよにしてるから。刃物も何も通らなくなってるの」


どうやら本当に、この世界では彼女の思い通りらしい。

私は一通りの抵抗を試したが、すべてが無駄に終わることを悟り、諦めて地べたに座り込んだ。


「はぁ……。それで、こんなことをして何の意味があるんだ? この空間での時間は、現実の一秒にも満たないんだろう?」


「あぁ、確かにそうだけど……ちょっと違うよ。うーん、説明面倒くさいから、ポッポちゃんお願い!」


ワーグがそう叫ぶと、彼女の右手が変質し、パペットのような形状になった。


「は?」


「はーい! ポッポちゃんだよぉー! 今からワーグちゃんの代わりに説明するから、ちゃーんと聞いてね!」


「……誰だよお前!」


「うわっ、びっくりしたぁ。急に大きな声出さないでよ。ポッポちゃんが驚いてるじゃん」


ワーグはパペットを優しく撫でている。

……いや、怖いのはどっちだよ。


「いいから、静かに聞いてあげて」


「じゃあ改めて、僕の名前はポッポ。この子はワーグちゃん。ここでの時間はね、現実世界との流れがちょぉっと違うんだ」


ポッポちゃんとされるものは腹話術のような裏声をしておりそれがかなり気になったがとりあえず耳を傾けることにした。


「このお花畑で数十分いたところで、現実はコンマ数秒にも満たない。でも、それは最初のうちだけ。一時間、二時間って増えていくと、どんどんここの時間が現実と繋がっていっちゃうんだよ」


「……どういう意味だ」


「だいたい十時間ここにいたら、現実でも一時間くらい経っちゃうかな。つまり、君がここで何時間もお喋りしているうちに、現実で無防備になっている君の体は……きゃーーーっ!」


パペットはわざとらしい悲鳴を上げた。

ワーグという少女は、そのパペットと楽しそうに戯れている。


話が本当だとすれば、極めて不味い。

現実世界の私が無防備に立ち尽くしているのだとすれば、目を覚ました瞬間に事切れている可能性がぜんぜんある。何か方法はないのか、早く目を覚まさなければ。


「何かいろいろ考えてるみたいだけど、無理だって。貴方は私とお話ししてればいいの」


「……質問、最初からなんでこの方法使わなかったの?」


「お話し!この方法はね私が直接対象に近づく必要があるから隠れながらじゃできないの」

ワーグという少女は嬉しそうに話を始める。


「ほら私この見た目の通りかなり貧弱だから。万が一のことがあったら大変だから、極力姿を見せるなってアルカ様から命令されてるんだよね。だからこれは最終手段。……ほんと、アルカ様の命令は絶対だから困っちゃう。もっと優しくして欲しいのに」


「むりやり従わされている、というわけ?」


「うん。私だってこんな事したくてしてないよ。貴方みたいに、私と同じくらいの子供ってこの地獄にあんまりいないから……。できるなら、もっとお話ししたかったな」


「それなら、いっそこの空間を解いてはくれないか?」


「それは無理なんだよね。命令には逆らえないから。ごめんなさい」


淡い期待はすぐに打ち砕かれた。


「まぁ、貴方は大人しく私とお話しして、楽しく最後を迎えようよ♪」


「……ちなみに、君自身はどうやってここから出るつもりだ?」


「んーとね、私が念じればいつでも終わらせられるけど……。現実世界で私に何か衝撃があった場合は、この空間が維持できなくなって壊れちゃう……あれ?」


突如、花畑の上の澄み渡った青空に、ピシリと亀裂が入った。


「え、なんで、なんでなんで!? どういうこと!?」


ワーグが狼狽えた声を上げる。

直後、私の視界が強烈に歪んだ。


光が弾け、目を開けると――。

そこには、さっきまで戦っていた悪魔たちの姿はなかった。


代わりに立っていたのは


「……ハル?」



次回はハル視点で描かれます。たぶんおそらくめいびー

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