エンマ様は村を出た
あれから数日が過ぎた。 私はオクスタシアと情報の最終交換を行いながら、着々と出発の準備を進めていた。 その準備の一環として、今私は、ばあちゃんから助言を受けた「力を一時的に解放するための魔石」を作成している。
「といっても……やはり自分の体を削って作るのは、あまり良い気分ではないな」
私の手錠の効果を抑えるには、私自身の血肉から作った魔石が必要不可欠だ。 私は仕方なく、自らの左腕の肉を少しずつ削ぎ落とし、それを核にして魔石を練り上げていく。 長く生きすぎたせいで痛みには慣れきっており、感覚は麻痺しているが、せっせと自分の腕を切り刻む光景は、端から見れば狂気の沙汰だろう。
深夜、静まり返った客室。 さっさと終わらせよう。今は夜も遅いし、みんな寝静まっている。まさか、こんな時間に人が来ることは――。
ガチャッ。
不意に扉が開いた。そこに立っていたのは、目をこすりながら眠そうにしているハルだった。
「エンマ、何やってんの……。こんな夜遅く……に……ん?」
ハルの言葉が止まる。 血に染まった私の手元と、剥き出しになった傷口。 ぽかんとしたハルと、思いっきり目が合ってしまった。
「ハル……。ちょっと待て、これは――」
私が何かを言う前に、ハルは無言で扉を閉めた。バタン、という乾いた音が夜の静寂に響く。
「……終わったな」
私は深いため息をつき、オクスタシアからもらった再生を早める薬を煽り込んだ。 ここ数日で魔石はだいぶ出来上がったが、それでも力を解放できる時間は一分にも満たないだろう。 だが、第2層を突破するための「切り札」としては十分なはずだ。
私は魔石を丁寧に布で包み、飛び散った血を能力で操り、部屋の隅々まで清めていく。 前に掃除を怠ったままにしていたら、オクスタシアにこっぴどく叱られてしまったのだ。シミ一つ残さないよう、入念に。
……こんなものだろう。
そして ふと、さっきのハルの凍りついた顔を思い出す。 ゆっくりと寝室の扉を開けると、ハルは何事もなかったかのように、ベッドの中でぐっすりと眠っていた。 この調子で、明日になれば「悪い夢だった」と思ってくれればいいのだが。
翌朝。
「エンマ……おはよう」
「お、おはよう……」
昨夜の件があり、私はどうしても声が強張ってしまう。 だが、ハルはいつもと変わらない様子だ。やはり夢だと思っているのか。
「そういえばさ、エンマ。ちょっと右腕見せてくれない?」
安心した矢先、ハルがいきなりぶっこんできた。
「え! ええと……どうしたんだよ、急に」
「いや、昨日……この部屋で、エンマが自分の腕を削ぎ落としてたような気がしてさ」
「いやいや、そんなわけないだろ! どんな悪夢だよ、それは!」
思わず声が上ずってしまう。 私の過剰な反応を怪しく思ったのか、ハルがじりじりと近づいてきた。
「ちょっとごめんね」
ハルは私の右腕を掴むと、バッと思い切り袖を捲り上げた。
「……何もない。やっぱ、ただの夢だったのかな」
真っ白で傷一つない私の右腕を見て、ハルはスッと袖を戻した。
「そうだよ……。あはは、変な夢を見るもんだな」
バレそうになり、背中に冷や汗が止まらない。 ハルが見ていたのは右腕だったが、実際に私が削っていたのは左腕だ。 左腕は一応、能力で血を固めて肉の代用をしているが、直接見られたら一発でバレるだろう。 ……危なかった。
「そういえばハル。そろそろ、ここを出発しようと思う」
「あ、準備ってのは終わったの?」
「ああ。今日ばあちゃんの家に行って、頼んでいたものを受け取ったら、オクスタシアと一緒に出るつもりだ」
ばあちゃんには事前に、ある「道具」の制作を頼んでいる。それがあれば、第2層の攻略は多少なりとも楽になるはずだ。 私たちは最後にもう一度、借りていた客室の掃除を済ませた。
「ハル。この村での生活はどうだった?」
「楽しかったよ。知らないことをたくさん知れたし、いろんな悪魔とも話せたからね」
「そうか。……なら、一応提案なのだが」
私は歩を止め、ハルを真っ直ぐに見据えた。
「もし望むなら、ハルだけここに残っても構わないぞ」
私の言葉に、ハルは一瞬ぽかんとした表情を浮かべた。
「この先、今みたいにゆっくり過ごせる場所はもうない。これまでよりも、ずっと過酷になるだろう。無理についてくる必要はないんだ」
「…僕はエンマのしもべ何でしょ。ならついていかないわけにはいかないわけにはいかないよ」
「いや、そうは言うがそれでも!」
声を荒げようとしたタイミングでオクスタシアとばあちゃんが家に来た。
「おや?もしかして出直したほうがよろしかったですか?」
いきなりその現場をみたオクスタシアがすこし気を使ってくれた。
「…いや大丈夫だよ」
するとばあちゃんが私の前に立ち大きな袋を差し出してきた。
「はい、これ。持っていきなさい」
ばあちゃんから手渡されたのは、いくつかの薬瓶と、一振りの刀だった。 薬は私が敵から奪った解毒薬を、彼女の技術で複製してくれたものだ。 それよりも、作ってもらった刀に目を奪われる。私は刀を持ち上げ見上げた。
「……よく、これほどのものを短い時間で打ったな」
普通なら最低でも一年はかかる業物だ。それを、ばあちゃんは二週間ちょっとで完成させた。
「武器なんて当分作ってなかったが、素材は余り散らかしてたからの。ま、大変だったことに変わりはないがね」
「ありがとね、ばあちゃん……」
私が礼を言うと、ばあちゃんは少しだけ寂しそうな、けれど誇らしげな顔をした。
「……無事を願っているよ。オクスタシアも、ね」
そうして私たちはこの村を出ることにした。
ようやく村を出ますね。オクスタシアが仲間になりました。




