エンマ様は襲撃された
塔に入ってから、すでに数十分が過ぎていた。私たちは第一層、その三階にいた。
「おーい、ハル。あまり離れるなよ。怪我するぞ」
第一層は、とにかく化け物だらけだ。廃墟のように崩れた部屋が延々と続き、一つの階層に百から五百ほどのゾンビじみた怪物がうろついている。とはいえ、この程度なら弱体化した今の私でも魔力を練る必要はない。軽く殴れば霧散する。
問題は――この階層の門番だ。あの“機械頭”をどうにか納得させればハルを無事に連れていけるとは思うが、あまり自信はない。
私がそんな事を考えながら、迫ってくる化け物をいなしていると、後ろから戦っている様子を見ていたハルが声をかけてきた。
「エンマって、本当に閻魔大王だったんだ...」
「は!信じてなかったんかいな!」
「だって……こんな可愛らしい女の子がエンマ様だなんて、普通は信じられないよ。それで気になったんだけど、なんでエンマ様がこんな所に来ちゃったんです?」
「ん?あー実はな、長くなるんだけど……」
私は事の経緯を全部話した。どうしてここにいるのか、右手についている力を封じる手錠のことなど、一通り。
「そんなことが……というか、僕を連れてる場合じゃないじゃないじゃん!早くここを――」
「まてまて。お前が気にする必要はないよ。お前の存在ひとつでここを出る時間はあまり変わらんよ」
ハルはそれでも納得がいかない様子だった。
「お前は悪くないんだから、そんなことに気を使う必要はないよ」
「あ、でも今エンマは弱っているんでしょ、そんな状態で無間地獄を出ることなんてできるの?」
「それの解決方法もちゃんと考えてるから大丈夫。たぶん二層に手錠を外してくれそうなやつに心当たりがある。それに、第一層にはもう悪魔はいないから戦う心配もないよ」
私の言葉に納得しつつも、ハルは少し疑問を抱いていた。
「…エンマはここにやけに詳しいみたいだね」
「まぁな、だってここを脱出した唯一の悪魔ってのは私だもん」
数秒、静寂が走った。
「え?そうなの?普通に驚きなんだけど…てかちゃんと言ってよ」
「まぁ別にいう必要ないと思っ…」
その瞬間、緊張が走る。
――「お、ほんとにいた」
背後から声がした。振り返ると、そこには無数の傷で刻まれた顔、右手に鉈。左手には槍。その姿を見ただけで、私は名前が自然と口に出た。
「お前は……ハンネか?」
なぜだ?というか、第一層にはもう誰もいないはず…いや、それより――どうやって私たちの場所を特定した?問いが浮かぶより早く、ハンネはにやりと笑った。
「驚いた。久しぶりだから忘れてると思ってたよ。お前がここにいるってわざわざ降りてきてしまったよ」
その瞬間、ハンネの背後から無数の刃物が出現する。
「ハル!」
私はとっさにハルを投げ飛ばした。
直後――飛来した刃物が、私の全身を容赦なく貫いた。
「今のが通るのか…思ったより弱ってるようだな、エンマ様」
串刺しになっている私を見て、ハルは口をパクパクさせている。
大丈夫だ、と目で合図し、私は身体に刺さる刃物を抜き取った。滴る血に魔力をこめ、斧の形へと変形させる。
今はハルもいる、ここで戦うべきじゃない。ならば今やるべきことは....
私は一気に踏み込み、懐に入り斧を振り上げた。だが、あっさりと左手の武器で受け止められる。反撃の鉈が迫る直前、私は斧に魔力を込め――爆散させた。
血しぶきが霧となって周囲に散り、ハンネの視界を奪う。
「……お前、最初からこれを狙って」
目くらましは成功。
「ハル、行くぞ!」
私はハルの手を引き、その場から撤退した。
しばらくし、化け物の少ない場所で休憩することにした。急いだため、ハルはかなり息を荒げていた。
「はぁ……なんなんですか、あれが門番みたいなやつなの?」
「いや、門番じゃない。別のやつだ。私の情報を聞いて、わざわざ一層まで降りてきたらしい」
ハルはさらに混乱していた。
「とりあえず落ち着けよ」とハルに深呼吸させ、落ち着かせる。
「……で、あいつ、何者なんですか?空中から武器を出して……触れてもいないのに刃物を飛ばして……」
地獄に来たばかりのハルにとっては理解しがたいようだ。
「納得できるかは別として一応説明はしてみるよ…この死後の世界に落ちてきたとき、能力を授かることになってるんだ。私だったらほら」
私は手のひらに炎を灯してみせた。
「こんな感じでな。それであいつも能力で攻撃してきたってわけ。どう理解できそうか?」
「まぁ……なんとか……」
顔も声の感じも全然理解してないようだった。
「能力は何を授かるのかは一応決まりがあって....現世で犯した罪が形になったものと言われている。さっきのやつの場合、まあ……たくさんの刃物で人を殺してきた的な罰だろうな」
「ということは……エンマの罪は……」
「ああ、炎に関する何かだろうな。ま、生きていた頃の記憶は全部飛んでるから何とも言えないだけど」
「そうなの....あ!じゃ、じゃあ僕にもしかして能力があったり……!」
「ない。絶対にない」
私は即答した。
「能力はよほど重い罪を犯さない限りつくことはない、お前が生前の罪を犯したなら別だけどな」
「それは、まあたしかに」
「とりあえず、そういうものが存在しているってわかればいいよ」
その後十分休憩し、傷も治ってきたのを確認し、私は立ち上がる。
「よし、じゃああいつのところに行ってくるとしよう」
「え、行くの!?」
「そりゃ、あいつを倒さない限り先に進めないからな」
「ほ、他に方法ないの?」
どうやらハルは私を行かせたくないらしい。
「……なくはないが。いや、なんでもない。とにかくここにいろ。終わったら呼びにくる」
ハルは何か言いたげだったが、これ以上は平行線だと思い、それを無視しそこを後にした。
■■■ エンマの決意
さっきの戦いをみるに、丸腰でいっても勝てるとは思えん… そう思い、私はあらかじめ血に魔力を込め武器を作っておくことにした。
それからしばらく歩き、次の層に行く階段に差しかかったときだ。ハンネは、まるで待っていたかのようにそこで座っていた。
「あれ、さっきいた人間は?」
「置いてきた。関係ないからな……それと質問だ。ハンネ、お前が私を殺そうとする理由が分からん。」
面識は数回程度。恨みを買う覚えなどなかった。
「忘れたか。まあ、時間は経ったし当然かもな。ただの怨念だと思ってくれればそれでいいよ。」
すると殺気が走り、私は武器を構える。
「それじゃあこっちからも質問。私はこの地獄で死んだ場合、虚無となり存在が完全に抹消されてしまうと考えている。エンマ様、あなたはこの地獄で死んだら、どこへ行くと思う?」
その問いかけに私は無視をした。
私は斧を投げつけ、同時に走り込む。斧は簡単に止められたが、距離を詰めることはできた。近接に持ち込まねば、最初みたく遠距離から刃物を飛ばされ勝ち目はなくなる。
私は血で刀を作り、猛攻をしかける――が、ことごとく受け止められた。そりゃそうか...無効は魔力で体を常に強化している状態だ。それに対して生身の私が平等に戦えるわけがない。
するとグサッと私の胸に思い切り槍が刺さる。相手が引き抜こうとした瞬間、私は体内の血を可能な限り固め、引き抜くのを止める。その勢いでハンネの腕をつかみ引きちぎった。
よし、これで相手は右手だけしか使えない。これでだいぶ対等になればいいが…
ハンネの表情は依然として変わらないことに不安を覚えつつも、ストックしていた刀を取り出し再度とびかかる。ハンネは右手の鉈で受け止めると刀はいともたやすく折られてしまった。
「なん!?」
「当たり前だろ。どんなに硬かろうと魔力がこもってなければ打ち勝てるわけがない」
ストックは残り4本。持つ気が気しない...ならば。
私は捨て身で刀を持ち突っ込む。
無論、物の数裁ちで刀は折れていく。それでもすかさず次の刀を出していく。捨て身であるため、ハンネからの攻撃のほとんどを受けてしまっている。そして刀が折れ、次を出そうとした瞬間、腕が飛ばされた。
私が体制を立て直そうと炎を全身からだそうとすべ全身に魔力を込めた。体から炎が出かけた瞬間、**脳天にナイフが突きささった。**一瞬意識が飛び動きが止まってしまい、炎も引っ込んでしまう。その一瞬で完璧に無防備になってしまった。
もちろんハンネはその隙を逃すわけがなく、私の首を目掛け鉈を思い切り振りかざす。
くそ、やっぱり運だのみか…
カキンッと音とともに私の首は落とされておらず、鉈ははじかれていた。
「はえ?」はじかれると思っていなかったハンネはまぬけな声を出し驚いている。
私の首から割れた血の刀が飛び出していた。
「…お前最初から刀を」
私はハンネと会う前も体が真っ二つにならないよう予め体内に形成した刀を入れ込んでいた。刀は血でできているためある程度なじむからあまり痛みは感じない。でも、場合によっては刀ごと切られる可能性もあった…かなり危ない綱渡りだ。
私はすかさず呆気にとられているハンネの体にかかった私の返り血を魔力で**“固め”**、動きを封じる。
……いける、数秒抑えれば十分だ。
残った力をこめ右手に炎の弾を構える。
だがその瞬間――頭上に大量の刃物が出現し、私は地面に串刺しにされてしまった。
抵抗するもすでに満身創痍となった体では動くことはできなかった。
「あっけないな。とても私の知っているエンマ様とは思えない」
ハンネは固まった血を剥がし落とし、私を見下ろす。
「なぁ最後に聞いときたいんだけど、お前本当に覚えてないのか」
「...私が無間地獄にいた時の話か?覚えて...ないね」
カスカスの声でなんとか答える。
「なら、少し話しておこうか…なにか思いだすかもしれないし」
ハンネはそう言い語りだす。
「あの時のあんたは最強にして最恐の悪魔だった。この無間地獄にいる誰もが知る悪魔だった。何の罪をおかして落ちてきたのか、一体何者なのかもわからず、一切対話もしようとしない。ただ近づいてきたものを片っ端から燃やし尽くす。そんなお前を誰もが恐れ、恐怖した。有名な話だと、第三層を牛耳っていた100人くらいのグループをたった一日ですべての魂を虚無に変えたという話がある。」
「どう、思いだしたか?俺もお前と戦ったが、まるで歯が立たず命からがら逃げてきたんだぜ。この傷もそのときのやつだ。」
自身の顔の傷を指しながら言う。
「はっきりいって今のあんたはあの頃とは強さも性格も正直なところあの頃のとは全くの別人だぞ」
「誰の話をして…ウ、ヴエッ」
血が肺につまり思わずむせる。
「...思いだせないか、じゃあさっさとお前を虚無にして終わらせてしまおう」
ハンネが斧が振り上げられる。
ここまでか…
痛みを覚悟し目を閉じた。しかし痛みは来なかった。
恐る恐る目を開けると――そこに立っていたのはハルが私をかばっている姿だった。




