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ハルは地球のごはんを食べる

エンマとオクスタシアが、何やら重苦しい話を始めた。異様な何かを感じさせる二人の空気感をしていた二人を置いて部屋を後にした。


雪の降る道を歩きながら僕はふと考える。 エンマとオクスタシア。あの一風変わった二人は、一体どういう仲なのだろうか。 信頼し合っているようにも見えるけれど、親友と呼ぶにはどこか他人行儀で、けれど赤の他人にしては互いへの執着が深すぎる。 少なくとも、僕が知っている「仲の良い二人」のどれにも当てはまらない気がした。


外に出ると、冷たい風が頬を撫でた。 空からは綿雪がひらひらと舞い落ちていて、辺り一面を白く染めている。その光景は静かで、どこか悲しいほどに風情があった。


「……やっぱり、誰もいないな」


村を見渡すと、昨日までの活気は嘘のように消え失せていた。 家々の窓は固く閉ざされ、通りを歩く悪魔の姿もまばらだ。 昨日のエンマの告白――「地球は滅びている」という宣告が、彼らの心をどれほど深く抉ったのか、僕には想像することしかできない。


正直なところ、僕にはまだ実感が湧かなかった。 もし僕の故郷であるプロキオン星が滅んだと言われても、きっと僕は「そうなんだ」としか思えないかもしれない。世界が消えるなんて、あまりに規模が大きすぎて、今の僕には自分事として捉えられなかったんだ。


……けれど、故郷を想う気持ちなら、少しだけ分かる。


「母さんの作った『ルケイナ』、また食べたいな……」


プロキオン星の特産である、青い果実と鳥肉を煮込んだ甘酸っぱい家庭料理。 その味を思い出すと、急に胸の奥がツンとした。 村の悪魔たちが絶望しているのは、きっとこういう「もう二度と触れられない懐かしさ」のせいなのかもしれない。


「……そういえば、村のみんなも、もうこの死後の世界にいるのかな」


不意にそんな考えが浮かんだ。 僕を助けてくれた友達も、厳しいけれど優しかった村長さんも。 もしかしたら、ここではなく「天国」という場所に行っているのかもしれない。 すぐには会えなくても、いつかまた会えるチャンスがあるかもしれない――そう思うと、少しだけ足取りが軽くなった。


「今度、エンマに聞いてみよう。……あ、もうオクスタシアさんとの話、終わったかな」


景色を眺めながら数分ほど歩き、来た道を戻り始めた時だった。 角を曲がったところで、一人の悪魔と目が合った。 昨日、広場で僕に熱心に話しかけてくれた、あの悪魔だ。 気まずさに足が止まったけれど、相手も僕に気づいて、慌てて駆け寄ってきた。


「ごめんね、昨日はあんな騒ぎを起こしちゃって……。今日はちゃんと、君に謝ろうと思っていたんだ」


「あ、いや! そんな、謝らないでください。あんなことをいきなり知らされたんですから、取り乱すのは当然ですよ」


「……いや、違うんだ。ここに来たばかりの君に、あんな怖い思いをさせてしまった。それは私の落ち度だ。どうか、謝らせてくれ」


彼は深く頭を下げた。その姿には一切の虚飾がなく、ただひたすらに誠実だった。 そのまま一向に顔を上げようとしない彼に、僕は慌てて手を振った。


「わかりました! わかりましたから、顔を上げてください!」


僕が必死に頼むと、彼はようやく顔を上げた。 そして、どこか照れくさそうに、けれど真剣な眼差しで僕を見つめた。


「……もし君がよかったらでいいんだけど。私の家でご飯を食べないかい? “地球”の料理をごちそうさせてほしいんだ」


地球の料理。 僕にとっては実質、別世界の、それも異世界の未知なる料理ということになる。 少しだけ迷ったけれど、立ち込める好奇心には抗えなかった。


「……いいですよ。ぜひ、お願いします」


案内された家は、驚くほど整えられていた。 大きな木のテーブルが部屋の中央に鎮座している。一人で使うにはあまりに大きく、きっと彼は日頃からこうして、村の悪魔たちに料理を振る舞っているのだろう。 椅子に座ると、すぐに温かい紅茶が出された。


「これから『カレー』を作ろうと思うんだ」


「……カレー?」


初めて聞くその名前に、僕は思わず首を傾げた。 音の響きからは、どんな味なのか、固形なのか液体なのかすら想像がつかない。


「やっぱり、わからないか。まあ、私の故郷の料理というわけじゃないけど、地球では世界中に広がっていた、とても有名な料理だよ」


「本当に聞いたこともありません。どんな料理なんですか?」


「うーん、そうだね……」


彼は少し唸り、棚からゴツゴツとした茶色の塊を取り出した。


「料理の具材を説明しても、君には伝わらないかな。……例えば、『じゃがいも』とかはわかる?」


「もちろん、知りません!!」


僕が自信満々に断言すると、彼は一瞬驚いたような顔をして、それから「ははっ」と声を上げて笑った。


「……あはは! そうか、そうだったね。改めて、君が私たちとは全く違う世界から来たんだって実感したよ。とりあえずそこに座って待っていて。」


彼は楽しそうに笑いながら、台所の奥へと消えていった。 しばらくすると、部屋の中に強烈な匂いが漂い始めた。 鼻を刺すような鋭さがあるのに、胃の奥をギュッと掴まれるような、暴力的なまでに食欲をそそる不思議な香りだ。


「はい、できたよ!」


運ばれてきた皿を見て、僕は絶句した。 皿の半分を占める真っ白な粒々の山。そしてもう半分を覆い尽くす、ドロリとした濃褐色の液体。 正直に言って、僕の住んでいた星では見たこともない色だし、お世辞にも「美味しそう」とは言い難い見た目だった。


「おぉ……これが、カレー……」


顔を近づけると、さらに匂いが強くなる。 あまりの刺激に思わず顔を背けた僕を、彼は面白そうに眺めていた。


「いいから食べてみてよ。その白い粒々と絡めて食べるんだ」


「……いただきます」


僕は恐る恐るスプーンを握り、茶色の液体を白い粒々に絡めた。 そして、覚悟を決めて口に運ぶ。 その瞬間――僕の口の中で、熱い爆発が起きた。


「っ……!!」


舌の上を鋭い刺激が走り抜け、喉の奥がカッと熱くなる。 一瞬、毒を盛られたのかと思うほどの衝撃だった。けれど、その直後に、肉の旨味と野菜の濃縮された甘みが、濁流のように押し寄せてきた。


「……おいしい!」


気づけば、声が出ていた。 それを見て、彼は本当に嬉しそうに目尻を下げた。


「よかった。味覚が私と違っていたらどうしようかと思っていたんだ」


僕は夢中でスプーンを動かした。 刺激と旨みの波に呑み込まれ、あっという間に皿は空になった。 こんなに強烈で、情熱的な味は初めてだ。食べ終わった後も、体の芯がポカポカと温かい。


「美味しかったです! こんなの初めて食べました。……でも、こんなに頂いちゃってよかったんですか?」


「ん? ああ、気にしなくていい。もともと作りすぎて保存していたのを温めただけだからね」


それでも申し訳なくて僕が苦い顔をしていると、彼は「それよりも」と身を乗り出した。


「君の世界の料理についても、教えてくれないかな」


「……はい!」


それからしばらく、僕はプロキオン星の話をした。かなり話が盛り上がり気づけば、時計の針は家を出た時間からだいぶ進んでいた。


「そろそろ戻ったほうがいいんじゃないかな? 心配されてしまうよ」


「あ、すみません! すぐに戻ります!」


「またいらっしゃい。次は別のものをご馳走するよ」


彼に見送られ、僕は家を飛び出した。 口の中に残るスパイスの余韻を楽しみながら、僕はエンマたちの待つ家へと急ぐ。


カレー、また食べたいな。

そんなことを考えながら角を曲がった時、二人の影が見えた。


あれは、オクスタシアさんと……えみおばあさん?


「……!」


オクスタシアさんが、こちらに気づいたように辺りを見渡した。 僕は心臓が跳ね上がり、とっさに近くの物陰に身を隠した。

……つい隠れてしまった。どうしよう、これじゃあまるで盗み聞きだ。


「気のせいですかね……。それで、彼女ですが。ちゃんと記憶を失っているみたいでした」


オクスタシアさんの声が聞こえる。 いつもの慇懃無礼な態度とは違う、氷のように冷たく無機質な声だ。


「そう……なら成功したというわけじゃな。喜ぶべきかどうか……」


「そうですね。ただ、彼女が今ここに戻ってきているのが少し、まずいかもしれないですが」


二人の会話に、僕の頭の中は疑問符で溢れかえった。

…「彼女」って、きっとエンマのことだよね? でも、記憶を失っている……? 成功……? 一体、何の話をしているんだ?


もう少しだけ聞こうと、僕はさらに耳を傾けようとした。 けれど――。


「……こんにちは」


耳元で、あの冷徹な声が響いた。 ハッと顔を上げると、目の前にオクスタシアさんが立っていた。 いつの間に。足音すら、雪を踏む音すらしなかった。


「ふあぁああああああああああああああ!!!」


僕は全霊を込めて、叫んだ。


年末ですね。皆さんよいお年を迎えられることを強く願っています。来年もよろしくお願いいたします!次回もたぶんハル視点で話を始めます

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