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エンマ様は安眠した

外の騒ぎが尋常ではないことを悟り、私とオクスタシアは即座に家を飛び出した。


「こういう騒ぎは、この村では日常茶飯事なのか?」


「いいえ? 滅多にありませんよ。基本的には平和なものですから」


オクスタシアの言葉に、嫌な予感が加速する。ハルの身に何かあったのかもしれない。私たちは急ぎ足で声のする方へと向かった。 広場には悪魔たちが集まっており、その中心にハルが立っていた。


「おい、ハル! どうかしたのか?」


駆け寄ると、ハルも、彼を取り囲む悪魔たちも、一様にひどく混乱しているようだった。


「エンマ!」


「何があった、説明して」


「えっと……それが……。僕が『地球』なんて場所じゃなくて、『プロキオン星』から来たって言ったら、みんなが急に混乱し始めて……。僕も何が何だかよくわからないんだけど」


ハルの困惑した声を聞き、私はすぐに理由を察した。


「なるほどな……。確かに、まだ説明していなかった。それに、ここにいる連中も時代的に知らないのか」


「どういうことだ、プロキオン星って……」「俺たちは地球から来たのではないのか?」


どよめく悪魔たちを鎮めるため、私は声を張り上げた。


「はーい、静かに!! 今からちゃんと説明するから」


深呼吸を一つ。そして、私は残酷な真実を一つずつ、噛み砕くように話し始めた。


「……まず最初に。お前たちがいた『地球』についてだが……」


私は一拍置き、告げた。


「――もうとっくの昔に滅びている」


周囲が、先ほど以上の騒然とした空気に包まれる。私が話を続けようとしても、そのざわめきにかき消されてしまう。 困ったな、とハルと顔を見合わせたその時。オクスタシアが私の肩をポンと叩き、「任せろ」という顔で前に出た。


――ボンッッ!!!


空中で凄まじい爆発音がはじけた。それとともに、沸き立っていた周囲が一瞬で静まり返る。


「はい注目。ちゃんとお話は聞ききましょうね」


オクスタシアの声により、再び全員の視線が私に集まった。私は解説を再開する。


「地球が滅んだ後、3億年という果てしない時をかけて新しい文明ができた。それがハルのいた『プロキオン星』だ。この無間地獄を閉鎖していたのは、その新文明ができるまでの空白期間だったからな。……古い時代に落ちてきたお前たちが、知る由もないのは当然だろう」


私の言葉に、悪魔たちは絶句した。 すると、一人の悪魔が絞り出すように問いかけてきた。


「だが……私たちがここで過ごしたのは、せいぜい1500年程度だ。3億年も過ぎているなど、辻褄が合わないではないか」


その反応も想定内だ。私はすぐに答えを返す。


「人類が滅び、死後の世界に人が来なくなってしまっては、地獄の運営も困るんだよ。だから、時間速度を変化させたんだ」


「時間速度……?」


「地球側の進む時間を、この地獄の進む時間の1000倍近くまで加速させた。……だから、実際には30年ほどしか過ぎていない」


「なるほど……。もともと時間の進みは不安定だったが、それならば納得します」


「だから、今この地獄に新しく入ってきている悪魔たちは、全員プロキオン星という第2文明から来ているということだ。ここにいるハルも、そういうことだね」


「……私の故郷は、もうどこにもないのですか」


一人の悪魔が、震える声で呟いた。私は静かに、首を振った。


「あぁ。第1文明である地球の記録は、もうどこにも残っていない」

その言葉とともにひとまずは解散することになった。その晩はみんな考えることが多かったからか誰も外にはでようとはしなかった。

かくいう私とハルも村の客室のベットでおとなしくしていた。


「……まさか。僕が住んでいた世界が、一度文明が滅びた後の世界だったなんて、思いもしなかったよ……」


「まぁな。三億年も経っているんだ、前文明の痕跡なんて地層の底のさらに奥だろう。気づけるわけがないさ」


「というか、エンマ。僕に教えてくれてもよかったんじゃない? 願いの力についてもそうだけど、エンマは僕に教えてないことが、あまりにも多すぎる気がするよ」


暗がりのなか、ハルは少し頬を膨らませて、不満げに私を見つめていた。


「……すまん。私としては、ハルが知らなくても困らないことだと思ったし、余計な情報を与えて混乱させるのも酷だと思ったんだがな」


「まぁ、それもわかるけど……。ねぇ、この際だし、まだ隠している情報があったら、一気に教えてくれないかな?」


ハルの思い切った提案に、私は少し驚いた。 だが、今のハルに伝えてデメリットになることは、基本的にはない。


「……まぁ、いいけどな」


そう承諾したものの、いざ言われると何から話せばいいのか思い出せない。私はしばらく沈黙し、記憶の海を弄った。だが、何も浮かんではこなかった。


「……もしかして、出てこないの?」


「あれだな……いざ言ってほしいと言われても、パッとは出てこないものだな」


だいたい、私自身、ここでの記憶の多くをすり減らして忘れてしまっているのだ。私が困っていると、ハルが「仕方ないなあ」と苦笑して口を開いた。


「じゃあ、代わりに僕がまだエンマに言ってない僕の生きていた時の話をするよ。話しているうちに、何か思い出すかもしれないしね」


「すまない。じゃあ、宜しく頼むよ」


そこから語られたのは、ハルの生きていた時の凄惨な記憶だった。戦争によって自分の故郷を失ってしまった話、自分が何もできず友人や家族を助けられなかった話。聞いてるだけでも胸が締め付けられ、かなり重たい話だったが仮にもハルの主人として私は目をそらすわけにはいかなかった。


「……という感じなんだ。だからね、エンマ。ここが地獄だって言われた時、僕はあまり驚かなかった。僕は、地獄に落ちて当然の人間だと思っていたから」


ハルの過去を聞き、ようやく多くのパズルが噛み合った。彼の強い精神、ハンネと戦っていた時の行動。戦争という極限を体験した魂は、もれなく鋼のような強さと、消えない傷を負う。ハルもまた、その一人だったようだ。


「でもさ、第一試練の幻影で、村の人たちが出てきたとき……家族も、友人も、村長も。みんなは僕を『悪くない』って言ってくれたんだ」


試練の様子は私も結界の外から見守っていたため、その光景はすぐに思い浮かんだ。


「でも、どんなに『悪くない』と言われても、僕はどうしても自分を信じられない。……だから聞きたいんだけど。閻魔大王として、今の話を聞いて、君は僕をどう思う?」


「どう、とは?」


「……僕が、地獄に落ちるべきか、そうじゃないかって話だよ」


突然の、そして切実な問い。私は思わず考え込んだ。 そして、しばらくの沈黙の果てに、一つの答えを導き出した。


「私としては……閻魔大王としては、ハルは地獄に落ちない。――ほぼ断言するよ」


私の言葉に、ハルは信じられないというような、呆然とした顔をした。


「そんな表情するな。別に気を使って言ったわけじゃない。地獄に落ちるには幾つかの明確な条件があるが、ハル、お前はそのどれにも当てまっていない」


それでもハルは、どこか納得がいかない様子だった。 恐らく、彼はこれまでの一生を、重すぎる罪悪感と共に歩み続けてしまったのだろう。その染み付いた思考を拭うのは、言葉だけでは足りないのかもしれない。


「まぁ、結局は私と契約したんだから、どのみち地獄行きは決定だ。そんな難しく悩む必要はない……というのが、閻魔大王としての身も蓋もない意見だがな。……あいにく、お前にはこれから時間はいくらでもある。ゆっくりと悩んで考えればいい。自分がその問を飲み込めるまで、な」


「……そうだよね。やっぱり、自分でなんとかしないといけないよね」


ハルの表情は、以前よりもだいぶ晴れやかなものに変わっていた。その変化に、私は心の底から安堵した。


「さあ、今日はもう寝よう。今度は硬い岩の上じゃなくて、ふかふかのベッドだ。きっと安眠できるぞ」


灯りを消し、私たちはベッドの上で横になった。 久しぶりに味わう清潔な寝具の感触に、眠気が一気に増幅される。瞼が少しずつ重くなっていくなかで、私はあることを思い出した。


そういえば……最初にハルが言っていた、「話していないこと」の説明を忘れていた。 この「無間地獄」の設計に関わった、ある一人の悪魔の名前を思い出したのに。 確か、戦争そのものを罪としている悪魔。


名前は確か――「レグリア」。


その名を思い出した瞬間、私は意識を手放し、深い眠りへと落ちていった。



すみません、いろいろと忙しくて投稿に遅れてしまいました。

今回はいろいろと重要そうな話をしていましたね。次回はオクスタシアと大事なお話です、

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