エンマは腕を切り落とされた
「やっと着いたか……」
雪道を歩くこと一時間。私たちはようやく、第二層に隠された「村」の門の前へと辿り着いた。ハルはもう体力の限界のようで、肩を上下させて激しく息を切らしている。その後ろでは、オクスタシアが相変わらず物言わぬ荷物のように襲撃犯たちを引きずっていた。
「……あの、オクスタシアさんの能力を使えば、一瞬で行けたんじゃないでしょうか……?」
ハルが、なぜか震える声で敬語を使って尋ねた。
「おや、どうして敬語なんですか? ……そうですね、あの転送を長距離で使うと、最悪の場合、肉体が空間の歪みに耐えきれずに千切れ飛んでしまうかもしれないのですよ。だから、むやみやたらには使えないのです」
「ち、千切れる……!? そうだったんですね……でしゃばってすみませんでしたっ!」
なぜか必死に謝るハル。オクスタシアへの恐怖が一周回って、丁寧すぎる態度になってしまっているらしい。
しばらく門の前で話していると、重厚な門がゆっくりと開き、中から一人の悪魔が出てきた。
「いらっしゃい、オクスタシアさん。と……ええと?」
「ああ、紹介しますね。人間のハルくんと、閻魔大王さんです。それと、ここを襲撃しようとしていた不届き者たちですよ」
(明らかに紹介の仕方がおかしいだろ……)というツッコミを、私はひとまず胸の中に仕舞い込むことにした。迎えてくれた村人も、あまりの情報の多さに戸惑っている。
「それよりも、エミさんは今いらっしゃいますか?」
「ああ、エミおばあちゃんなら今、奥の小屋で研究に没頭してますよ。案内しましょうか?」
「いえ、大丈夫です。私が案内しますから、あなたは戻っていいですよ」
村人が去っていくのを見送り、私たちは村の奥まった場所にある、一つの質素な小屋へと向かった。
コンコン、とオクスタシアが規則正しくノックをする。
「誰だい?」
中から聞こえてきた声に、私はたまらず扉を押し開けた。
「ばあちゃん!! 久しぶり!!」
もう二度と会えないと思っていた。その安堵感と嬉しさで、私は思わず彼女に抱きついた。
「えっ……これが、エンマの言っていた『ばあちゃん』……!?」
後ろから入ってきたハルが、絶句したような声を上げる。
「ああ、そうだけど……」
「え、どう見ても――『幼児』じゃん!?」
そう、エミの姿は、私よりもさらに幼い、十歳にも満たないような少女の姿をしていたのだ。
「ふん、久しぶりに見たのう、その反応。」
エミは、その幼い見た目からは想像もつかない、老獪な老婆の口調で鼻を鳴らした。
「あー……ハル。一応言っておくけど、この人は私とオクスタシアを合わせた年齢の2倍は生きてるからな」
ハルはオクスタシアとエミを交互に見比べ、頭を抱えている。無理もない、見た目と中身の情報が渋滞しすぎている。
「とりあえず中に入りなさい。じっくり話を聞こうじゃないか」
案内された小屋の中は、温かな暖炉の火が灯り、壁際にはぎっしりと設計図や不思議な機械部品が並んでいた。エミが三つの椅子を用意し、私たちに座るよう促す。
「それで、一体どういう用件だい?」
「……えっと、そうだな。まず、ばあちゃんのところにも『通達』は来てるの?」
「閻魔大王を殺した者に脱出の権利を与える、というアレか。ああ、来とるよ。ご丁寧に、お前さんの顔写真付きでな」
「……指名手配犯かよ、私は」
私は溜息を吐き、これまでの経緯をざっと説明した。騙されて力を封印され、無間地獄に落とされたこと。そして、この腕にある忌々しい手錠のこと。
エミは特に驚く様子もなく、ふいと私の手元を見つめた。
「なるほど。この手錠を解いてほしいということか。……少し見せなさい」
エミが私の手首に触れ、何やら考える仕草をする。
「……これ、いっそのこと腕を切り落とせば、手錠とはおさらばできるんじゃないのかい?」
「あ!!」
……確かに。そんな単純なこと、考えたこともなかった。悪魔なら腕の一本や二本、再生させれば済む話だ。
「よし、じゃあ早速ぶった切ってみようか」
エミが工具箱から、見たこともないほど鋭利なナイフを取り出した。
「ちょ、ちょっと待って! 切り落とされるのは一応、痛いからね!?」
あまりの容赦のなさに、私は思わず身を引いた。
「はいはい、動くんじゃないよ。いくよ」
エミが私の腕をがっしりと押さえつけ、ナイフを振り下ろす。
――バキン!!
鋭い金属音とともに、私の腕……ではなく、エミの持っていたナイフが真っ二つに折れた。
「……お前さん、今、力入れたね?」
「い、いや……だって痛いじゃん……反射的に硬化させたっていうか……」
「はぁ……」と盛大な溜息を吐き、エミはオクスタシアの方を見た。
「オクスタシア、お前さんがやりな。私じゃ力負けする」
「え、オクスタシアに頼むのはちょっと……!」
「お任せください、エミさん。閻魔大王の腕を一度、切ってみたかったんですよ」
穏やかな、しかしどこか楽しげな笑みを浮かべてオクスタシアが近づいてくる。
こいつ……雰囲気は紳士を装ってるけど、根っこはあの頃のイカれたままだ!
抵抗虚しく、私は二人がかりで取り押さえられた。ハルはあまりの惨状(?)に耐えられないのか、ぎゅっと目を逸らしている。
「はいはい、行きますよ……」
「いやああああああああ!!」
――結果から言えば。 腕を切り落としても、失われた能力が戻ることはなかった。それどころか、手錠は切り離された腕に張り付いたまま、不気味に輝き続けていた。 エミが「構造をもっと詳しく調べたい」と言うので、私は結局、切り落とした腕(と手錠)を彼女に預けることにした。
現在、私の左腕は肩から先が包帯でぐるぐる巻きになっている。再生にはもう少し時間がかかりそうだ。
私たちはエミの家を後にし、用意された別の空き家へと移動した。捕らえた襲撃犯を転がしたまま、私たちは今後の相談を始める。
「にしても、思ったよりも発展してるんだね、ここ」
窓から村の様子を見つめ、ハルが興味深そうに呟いた。
「人口は百人ほどですが、千年ほどの歴史がありますからね。主にエミさんのおかげですが」
オクスタシアが暖炉に火を灯し、部屋がオレンジ色に照らされる。
「さて。そろそろここまでの出来事そして今の地獄で何が起きているのか、詳しく聞かせてもらいましょうか」
私は一通りの出来事を詳しくオクスタシアに説明した。側近の裏切り、封印、そしてハルとの出会いなどなど。
「なるほど……。今の地獄はそんなことになっているのですね。ですが、単純な疑問です。ここを出るまでにどれだけの時間がかかるか分かりませんが、戻ったところで間に合うのですか? 無間地獄を抜ける頃には、すべてが手遅れになっているのでは?」
「……だから、『願いの力』を使おうと思ってるんだ」
私の言葉に、オクスタシアの目がわずかに見開かれた。
「願いの力……。あれは、本当に存在したのですか?」
「ああ。ここを出る時、一度だけ本当に使えた」
「ちょ、ちょっと待って……『願いの力』って何?」
話についていけなくなったハルが、会話を遮った。それを聞いたオクスタシアが、信じられないものを見るような目でこちらを睨んでくる。
「は? あなた、願いの力のことを知っていて、ハルくんに伝えていなかったのですか?」
「それは……聞かれなかったというか、忘れてたというか……」
いや、適切なタイミングで話そうと思ってたんだ。本当だよ。
「……まあいい、私から説明しましょう。願いの力とは、この無間地獄を自力で脱出した者に与えられる恩恵のことです。文字通り、何でも一つだけ願いが叶う。原理もわからないのになぜか広まってた話で迷信だと思われていましたが……。実在したのですね」
「ああ、そうだよ」
「それって……エンマと一緒に出られたら、僕も得られるってこと……?」
「まあ、そうなるだろうね」
ハルが驚いたように目を瞬かせる。
「へー……。それで、エンマは前、何を願ったの?」
「あー……それは……えっと……」
必死に記憶を掘り返すが、霧がかかったように何も出てこない。
「……まあ、あなたが忘れっぽいのは今に始まったことではないですね。この話はここまでにしましょう」
オクスタシアが溜息を吐き、ハルの方を向いた。
「ハルくん。私たちはこれから、少しばかり『昔の話』をします。あなたは外にいる村の悪魔たちと話してくるといい。大丈夫、ここにいる者は皆、あなたに危害を加えるようなことはしませんから」
「え、僕もここに残りたいんだけど……」
ハルはまだ、外の悪魔たちが怖いらしい。だがオクスタシアは首を横に振った。
「安心してください。……ただ、私としては、あまりあなたに昔の話を聞かれたくないのですよ」
「……オクスタシアさんがそう言うなら」
ハルはしぶしぶ承諾し、トボトボと外へ出ていった。
扉が閉まったのを確認して、私は口を開いた。
「……オクスタシア、あんた本当に変わったよね。昔はもっと、何でもかんでも『殺す殺す』って感じだったじゃん」
「あはは、確かにそうでしたね。……今でも、隠しているだけですよ」
自分の口元の縫われている部分をなでながら答える。
「へぇー。まあ、あの戦いっぷりを見たらわかるけどさ」
オクスタシアは暖炉の炎を見つめたまま、独り言のように続けた。
「むしろ、今のこの『性格』こそが、私の本来の姿だったりするのかもしれませんね…私はずっと昔に一度、頭がぶち壊れてしまって、もう自分が自分じゃなくなっているだけですよ」
その言い方は、どこかもう二度と元には戻れない場所へ行ってしまったような、深い哀愁を帯びていた。
パチパチ、と暖炉の薪が爆ぜる音だけが、静かな部屋に響いていた。
エンマの見た目は中学生と小学生のはざまくらいのイメージですね、今回出てきたロリババアは小学生低学年くらいじゃないですかね。後今更ですけどこの話ってあんまり、なろうで投稿には向いてないなって思いました。




