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エンマ様は降ろされた

「おい、ちんたらするな!早く資材を持ってこい!!」


怒号が響くたび、空気がざらついて揺れる。 怒鳴られた魂たちはうつむきながら、重そうに資材を運んでいく。


「……ちょっと、いくらなんでもこれは……」


ここは地獄。すべての生命が最後に行きつく場所だ。ただし、世間が想像する“血の池地獄”や“針山地獄”とかではない。 実際には現代社会と大差なく、ここへ来た魂は罪を償うためにただ働くことになっている。魂の維持管理、治安維持、インフラ整備……仕事はいくらでもある。痛みを伴う罰が与えられるのは、ごく一部――治安を乱す者だけだ。魂は不死である以上、やりすぎることはない。


私は閻魔大王。 人を裁き続けて約千年になる大悪魔だ。普通の人が聞けば長いと感じるだろうが、先代のエンマ大王は六千年も務めていた。私はまだ半分にも満たない。幼女のようなこの姿は、私の**「生きていた頃の全盛期」**が投影されたものらしい。


今日も私は執務室で、山積みの罪状と懲役年数の調整に追われていた。紙の山を前に憂鬱にしていると、扉からノックが聞こえる。


「入っていいぞ」


軋む扉を押し開けて現れたのは、私の直属の側近だった。真面目な顔つきで入ってくる。


「……なんの用だ」


「エンマ様。今日こそ説得しに参りました」


私は深くため息をついた。


「これで五回目だ。何度言っても同じだ。私は天国と戦争を起こすつもりは毛ほどもない」


地獄があるなら、天国もある。 昔、地獄と天国は常に争いあっていた。当時、ろくに整備されていなかった地獄は自暴自棄になったならず者であふれており、天国はその対策として、地獄が力を持ちすぎぬよう虐殺を**“定期的に”**行ってきた。これは先代が即位している間、永遠と続いた。


私が大王となってから、ようやく同盟を結び、この虐殺を終わらせることができた。不利な条件は山ほどあったが……あの頃よりはるかにマシであったはずだ。


側近は私を真っすぐ見据えた。その目は静かで、それでいて狂気のように熱い。


「私たちはたくさん我慢してきたんですよ!それをなかったことにするなんてできるわけがないでしょう!」


「だからと言って戦争していい理由にはならない。お前もあの惨事を見たはずだ。繰り返したいのか?」


「負けてませんでした!!」


側近の激高した声に、執務室の空気がピリッとひりついた。私は眉をひそめた。


「は?何を――」


「あなたが余計なことをしなければ、先代大王様は勝っていたんです!」 先代大王はすでに死亡している。原因はいまも特定されていない。


「本気で言っているのか。これ以上言うなら、いくら側近でも罰を与えかねんぞ」


「お願いします、大王様。この1000年間を通して、天国側はこちらへの注目をほとんど失っています。油断している今しかないのです!大王様のお力さえ借りられれば、絶対に――!」


その必死さに痛みすら覚えた。だが、答えは決まっている。


「断る。何度来ても同じだ。さっさと持ち場に戻れ。次は厳罰だ」


側近の表情が、ぼろりと崩れ落ちた。支えていた何かが折れたような顔だった。


「これだから嫌なんだよ。監獄育ちの世間知らずは...」


言い終わる前に、私は我慢できず懐へ飛び込み、首をわしづかみにした。


「お前が私を恨んでいたことくらい、うすうす気づいていた。ずっとそう思っていたんだな……」


その時――騒ぎを聞きつけ、衛兵や文官たちが慌てて飛び込んできた。


「どうなさいましたか、エンマ様!」


「すまない。こいつを反省室に送れ」


信頼していた衛兵の一人が前に出てきた。


「承知しました。すぐ手錠を」


「頼む。お前なら安心だ」


そう、思っていた。その瞬間までは。


「それでは――失礼します」


彼は手錠を取り出すと、迷いもなく―― 私の右手にそれをかけた。


――は?


時間がスローモーションになった。頭が理解する前に、冷たい金属の感触だけが現実を教えてくる。


「な、何を……!」


「申し訳ございません。エンマ様のことは尊敬しています。血で血を争うだけだった地獄に平和を築いた。あなた様には感謝しているんです」


「なら……!」


「でも私は許せなかった。親友も、恩人も、みんな死んでしまった。それなのに私は生きている、それが許せないんです。私は…私はあと数年で転生し生まれ変わってしまうそうです。このままのうのうと生まれ変わるなんて……私にはとてもできないんです」


胸が詰まる。こんな形で裏切られるなんて、思ってもいなかった。


手錠に魔力を込めて破ろうとしたが、力が抜けていくようで全然うまくいかなかった。


「なんで……?」


「無駄ですよ。それはエンマ様の力をほとんど封じる特注品です。抵抗しないでください」


後ろを振り返ると、他の護衛たちは扉に鍵をかけ、完全にこちらを監視している。


「……ああ、そうか。ここにいる全員がグルってわけか」


喉が焼けるように熱くなる。怒りか、悲しみか、それとも…自分への失望か。


私は最後の抵抗として魔力を練り、前方へ飛び込んだ。炎弾を放ち、衛兵に命中させる。 だが――期待したほどのダメージにはなっていなかった。


「……ちっ」


すぐに押さえ込まれる。もう動けない。


「さすがエンマ大王。力を封じられてもなおこの強さ……ですが、もう終わりです」


「どうするつもりだ。天国へ戦争に行くといっても、天国への扉には私の王冠が必要だ。お前たちだけでは開けられんのだぞ。脅しも拷問も私には通じないぞ。」


「まあ、見ていてください」


彼はためらいもなく私の頭から王冠を奪い、自分の頭に載せた。


「無駄だ。その冠は一定の“支持”がなければ――」


彼は薄く笑った。


「あるんですよ、その支持が。ここにいる全員、そして地獄の民の一定数は先代の大王派です。そしてあなたの信じていた側近さんみたいに罪悪感にまみれているような方にもね」


突如、王冠から覇気のようなものが立ち上がり始めた。


「あなたを無間地獄に落とします。もし次に会える時があったら、またお会いしましょう。それでは…」


その言葉が落ちた瞬間、視界が暗転した。 彼らが扱える閻魔の力は、本来の十分の一にも満たないだろう。 それでも――抗う術はもう、どこにもなかった。


意識が、深く深く沈んでいく。


◆ ◆ ◆


目覚めると、巨大な扉が目の前にそびえていた。 横には、私に手錠をかけた衛兵がおり、迷っているような表情をしている。


「どうした。さっさと扉に入れないのか…もしかして助けてくれたりするのか?」


冗談めかして言ったが、衛兵の表情は依然として変わらなかった。


「いいか、もし私に罪悪感を感じているのなら、その心配はいらないぞ。お前が何を思おうと自由だ。あの戦争を見た私からすると、仕方のないと思う気持ちもある。それに気づいてあげられなかった私にも責任はある…とにかくこれからすることはお前が決めたことで、お前自身が責任をもって行動する必要がある。ただ一つ..これだけ約束しろ」


私はゆっくりと立ち上がる。足元はふらついていたが、心は不思議と落ち着いていた。


「地獄には天国を恨む者もいるが、全員ではない。少なくともあの戦争を知らない者たちからするとな。だから戦いたくない者まで巻き込んで戦わせる真似だけはするんじゃねーぞ。それだけだ。」


背を向けたまま、扉に手をかける。


「エンマさま!」


衛兵の言葉に見向きもせず、私はその中へと歩み入った。 こうして私はエンマの座を下ろされたのであった。


扉をくぐった瞬間、目の前が光りだし、気が付くと目の前には頂上の一切見えない塔があった。 ここに来るのも久しぶりだ。なんとかなるといいのだけど……。


周囲を見渡していると、塔のすぐそばに倒れている人物が目に入った。 この殺風景な景色には似つかわしくない、白い服を着た人間の男だった。


――いったいなぜ?この場所はとうの昔に閉ざされたはずだ。


考えはまとまらない。とりあえず、その人間に話しかけることにした。


「奇遇じゃな。私も其方と同じでさっきここに落とされたところなんだよ」


「え、は?えっと……だれ?というかなんで“子供”??」


おっととうとう言われてしまった。 偉大なるエンマ大王の姿は、わずか十歳ほどの幼女だ。


「こんな見た目でも、一応1000歳は超えてるんだけどな」


「え、ええと……ここってどこなんですか?」


無理もない反応だ。


「ここはそうだな…いわば一番刑罰の重い者が行く牢獄的なところかな。で、其方がなぜここにいるか覚えてないか?」


私は倒れている男に手を差し伸べ、男はそれをつかんで立ち上がった。


「……全く覚えてません。私が覚えているのは、生きていたときのことだけです。最後の記憶は病院の天井を見ながら息絶えていくところだったような。というか、なんでこんな若い体になってるんだ?私は80歳を超えていたはずなんだけど……」


「最後の記憶は死に際か……。なるほど、ならば其方は天国に行くか地獄に行くか決まる前に、こっちに落ちてきてしまったのか」


「その言い方的に……ここは死後の世界なんですね……」


「まぁそうだな。案外すんなり納得したな。……姿など死後の世界ではそこまで重要じゃない。この世界での姿は、基本的に生きていたときの**“全盛期”、“一番充実していたころの姿”**が投影される。つもり其方は20代のあたりのころが一番充実していたということだ」


男は一瞬納得したが、すぐに疑問を持った顔をした。


「え、ということは……あなたは子供のころが一番充実していたということになるの?」


「まぁそうなるのだろう。でも正直、生きていたころのことなんて長い年月のうちに忘れてしまった……。まぁそんなことはどうでもいい。今はここをどう出るかだ」


私は地面に指で線を引き、塔の簡単な図を描いた。


「ここを出たいなら、この無間地獄の塔を昇る必要がある。もちろん簡単に登れるわけじゃない。この塔は5層構造で、1層につき10階。全部で50階だ。そして各層には門番がいる」


第1層 罪の間……ひたすら化け物がいる。 第2層 極寒の間……ひたすら寒い。 第3層 灼熱の間……ひたすら暑い。 第4層 叫喚の間……ひたすら不快。 第5層 暗黒の間……ひたすら暗い。


「以上だ」


説明を終えると、男は渋い顔をしていた。


「いやその、こんな大変そうなのに、ただの人間の私に無傷でいけるとは思えないんだけど」


「あ、そうか前はまだ知らなかったな。この死後の世界は、まず基本的に死なない。どんな傷でも、たいていは治る」


地獄も天国も、基本的に死ぬことはできない。


「え、じゃあ案外我慢さえすればいい感じだったりするの?」


「最初は皆そう言う。だが死なないだけで、痛みはちゃんと感じる。だからこの塔に上っていくやつらで1層を乗り越えられるのは2割程度。層が上がるほど生存率は低くなってしまう」


「いや、ちょっと待って!死なないんじゃないんですか!?なんで生存率が低くなるんですか!?」


しまった、と口元を押さえる。


「……確かに外傷や病気では死なない。言ったろ、**“基本的に”**って。例外はある。あまり聞かないほうがいいとは思うんだけど……知りたい?」


私は男の目をじっと見た。男は息を呑みこみ、コクッとうなずいた。


「この世界では**“生きるのをあきらめる”**ことが唯一の死だ」


「ここで死んだらどこに行くか、本当に分からない。死後の世界のさらに死後の世界があるのかもしれないし、もしくは何も存在しない完全な虚無かもしれない」


先ほどまで冷静だった男の表情に、初めて恐怖が浮かんだ。


「すまない、脅かしたな。でも安心しろ。私がいる限り、あなたにそんなことは絶対にさせない。まぁ少しも痛い思いはしないといえば嘘になるかもだけど……なんせ私は“エンマ大王”だからな」


男の顔色が少し戻ったのを確認し、私は胸をなでおろす。


「じゃあ行こうか。そういえば名前を聞いていなかったな」


「あ、僕の名前はハルだ。よろしく。あなたの名前は?」


「……そうだな。エンマとでも呼んでくれ」


私の名前はとうの忘れてしまった。だが、互いを識別できればそれで十分だ。


これはとある青年が監獄の脱出と閻魔大王が死ぬまでの物語である。

始めて書いてみました。評価やブックマークをしてくれるとモチベになります。

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