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08


 森と言ってもかなり整備されており馬車を引いた後のような轍が何本の出来ているような一本道。徒歩での移動は少し距離があるものの迷うこともなく森の出口が見えた。少し先には町のシルエットが見える。


 朝の時間帯に最初の街を出て数時間。お昼の時間帯には間に合わないがティータイムには次の街に着くだろう。


「森林浴は気持ちいいけど長いと飽きるね」

「長いって言っても二時間もなかったけど」

「長いよ。まあ、でも……誰もいなくてずっと二人きりで嬉しかったからまあいっか」


 そういえば、と澪は辺りを見回す。


 明らかに馬や人が通るために整備された物流に使いそうな道路なのにこの二時間誰ともすれ違わなかった。たまたまなのかと思ったが、轍の数を見る限りかなり往来のある道のように感じる。ここまでは一本道だった。確かに少し逸れた道に若干の獣道はあったがそれだけ。違和感を覚えて足が止まる。


「立ち止まってどうしたの?行こうよ」


 きらっと何かが視界の端で光った。反射的に思わず千影を突き飛ばす。千影が尻もちを搗くのと同時に飛び出してきたのは刃物を持った男だった。全身真っ黒な恰好で目深にフードを被っているので顔はわからない。


「っ……!!!!」


 腹のあたりに軽い衝撃。

「み、みおちゃん……っ」

「なんで聖女がっ……」


 白い服が切り裂かれていた。若干肌も切れたらし裂かれた部分がじんわりと赤くなっている。アドレナリンが出ているからなのかあまり深く切れていないからなのかわからないが痛みはほぼ感じない。

 澪はなぜかうろたえている男の襟首を掴むとそのまま背負い投げの要領で地面に投げ飛ばす。地面に後頭部から思い切り叩きつけられた男は目を回して気絶した。


「はあ……」

「み、みおちゃん、だ……大丈夫!?」


 突き飛ばして尻もちをついていた千影が駆け寄ってきて真っ青な顔で澪の前にしゃがみ込み、腹の周りを弄る。


「あんまり深くはないみたいだけど……せっかくの澪ちゃんの可愛い体に……」


 千影が振り返って気絶している男を空虚な黒い目で見つめた。ぞわっとするほどのおぞましい気配がする。


「守るって言ったのに……」


 千影の体から明らかに加護なんて美しい言葉とは思えないどす黒いなにかが体中から滲み出していた。


「殺さないと」


 聞いたこともないような低い声に全身に鳥肌が立つ。このままではこの男は本当に殺人を犯しかねない。この世界の法律の知識はないが正当防衛以上のことをしたときどんなお咎めがあるかわからない。千影だけならばいいが一緒にいた自分も共犯にされたらたまらない。そもそも目の前で殺人が起きるなんてごめんだ。


「待って、先に私のこと治して」


 澪は力の入った千影の腕をぎゅっと掴む。


「聖女の力があれば、魔法の力で治せるんでしょ」


 ふっと千影の体から黒い何かとおぞましい気配が消えた。黒い気配も煙のようにふわっと溶ける。


「そうだね、先に澪ちゃんだね。順番が違った……ごめんね」


 千影は再度澪に向き直りしゃがむ。


「じゃあ、治すから……大人しくしててね、可哀想な澪ちゃん」


 そっと裂かれた布をまくり血がにじむ腹を見て悲痛な面持ちを浮かべた後、そっと舌を這わせた。


「~~~~~~~~っ!?」


 あまりの驚きに小さな体が大きく跳ねる。


「あん、あんたっなんで舐め……っ!!」


 生ぬるい感触と血液を舐められているという事実に嫌悪感を覚えて体をよじって逃げようとするががっつりと左右から腰を掴まれて逃げ出せない。


「あ、っやだ、気色悪いんだってばっ!!」


 ぬるぬる、唾液の粘着質な感触。生温かい肉が皮膚を舐る感覚。それから粘液の這った箇所にくすぐったいようなむず痒いようなちりちりとした初めての感覚。まるで未知の生物に犯されているようで何とも言えない不快感とほんの少しの気持ちよさに無意識に体が震える。


「……ぅ、ふう……」


 思わず吐息が漏れてしまい、きゅっと唇をかんで目をつむった。


「澪ちゃんもうちょっと我慢してね……」


 執拗に唇と舌が腹を舐めまわす。


「……~~~っ」


 また吐息が漏れそうになってしまう。それが悔しくて息を止めた。だんだんと酸欠で頭がくらくらしてくるが声を漏らすよりはマシだと息苦しさに耐える。


「はい、これでいいかな」


 少しして舌が離れると、まだ赤みは残っているが傷は綺麗にふさがっているように見えた。


「はっ…………はあ……はあ……」


 一気に酸素を取り込んで肩で何度も息をする。


「な、んで……舐めるの」


 ぎゅっと閉じていた目を開けると、跪いたまま蛇のような目でこちらを見ている千影と目が合ってぞくっと背中が震える。


「どうしてだろうね」


 血で染められて赤くなった舌とじっとりとした目、それに低く甘い声は自分食べようとしようとしている捕食者のようで背すじにぞくぞくと得体のしれない感覚が走る。


「……とりあえず……ありがとう」


 腰を掴んでいた手から逃れててらてらといやらしくテカる腹を服のすそでごしごしとこすって言い知れぬものを感じてしまった証拠を隠滅した。


「そんな……お礼なんてっ、そもそも僕が澪ちゃんにお礼言わないといけないんだから。助けてくれてありがとう。これで二回目だね」


 いつのまにかテンションの戻っている千影に少しほっとする。


「体が勝手に動いただけ……それより……」


 目線を動かす。


「あ……」

「ん、どうし……?あれ……」


 地面で伸びているはずの男が忽然と姿を消していた。


「あー、逃げられちゃった……殺さなきゃいけなかったのに」


 千影の声がまた曇る。


「物騒なこと言わないで」

「でも、澪ちゃんを傷つけたんだよ」

「あんたも私のこと刺そうとしたじゃない」

「だから、それなんだよ」

「は?」


 かみ合わず首をかしげる。


「僕以外が澪ちゃんを傷つけたんだよ、許せない」

「……」


 本日、何度目かわからない絶句。


「なんであんたは私を傷つけていいってことになるの?」

「だって澪ちゃんは僕の物だから」


 まず、私はあんたの物じゃない。そう言いたかったがどうせ聞こえませんされるだけだろう。思わず眉根をぴくぴく動いてしまう。


「自分のモノだったら傷つけて言いわけ?」

「いや、基本駄目だと思うけど、ほら……言うこと聞かない場合はお仕置きもしなきゃいけないでしょ?ちょっと痛いこともあるよ」

「……刺そうとしたのもお仕置きってわけ?」


 昨夜のことを思い出す。月に反射する鈍色を。


「あれは誤解だよ、僕が澪ちゃんを殺すわけないでしょ。ほんとに言うこと聞いてくれなかったら足の一本くらいとは思ってるけど」

「……この外道犯罪者が」


 吐き捨てるように言うが千影には全くダメージがないようでいつも通り目を細めながら、


「犯罪者じゃないし、まだやってないよ」


 あっけらかんと言い放つ。


「いや、もう家宅侵入してる」

「彼女の家に入るのは犯罪じゃないでしょ?」

「はあ……もういい」


 これ以上話してもループするだけだろう。澪は項垂れて気が付く。確かに腹の傷は治ったけれど、服は無残に裂けたままだと。


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