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06

 ぎぎぎと門扉が軋む音と共に町の光景が飛び込んできた。


 白を貴重としたレンガ造りの町並み。教会にいた人間たちと同じ小さい白い羽と尖った長い耳を持つ人々。この教会は少し高い場所にあるらしく、ここから下までは長い階段が続いているのも見えた。今日が聖女が召喚される日というのを知ってか知らずか多くの人がその階段下の開けた場所に集まっている。


「鬱陶しいくらい人がいるね」


 千影はその群衆を見て嫌そうな顔をすると、澪に自分の服の上着を被せた。


「……ちょっと、なにすんの」

「いいから」

「嫌なんだけど……」


 被せられた上着を取ろうとするが千影に押さえつけられ耳元に唇が寄せられる。


「澪ちゃん、ここから足をすべらせて転んだらきっと痛いよね。聖女の力を使えば治すことはできると思うけどこの高さだときっとすごく痛いよね……」

「脅すの?」


 澪はフードの隙間から千影を睨む。しかし千影は目を細めたまま続ける。


「今のは仮定の話だよ。そのまま上着頭から羽織ってて」

「わかったから、ちょっと待って」


 澪は自分に適当にかけられた上着を着直してフードを被り直した。


「これならいいでしょ?」

「ああ~~、フードありも可愛いね、食べちゃいたい」

「……きも」


 吐き捨てて一歩先に階段を降りる。すぐに後ろから千影が着いてきてぎゅっと澪のがら空きの手を握った。


「落ちないように握ってるね」


 にんまりとした顔で笑う千影を見て本気で落とされるかもしれないと思いそのまま仕方なく手を握られたまま階段を降りていく。前は殆ど見えないが群衆のざわめきがどんどん近くなるのを感じた。


「聖女?」

「顔が見えないぞ」

「あの男は何……?」


 市井の混乱を全く気にすることなく千影は澪の手をぎゅっと握ったまま進んでいく。手を握られるのは嫌だという気持ちはあったが一刻も早くこの謎に注目された状況から逃げ出したいという気持ちが勝って澪は何も言わずに千影に引っ張られるまま人混みを抜ける。


 どんどんざわめきが遠くなり、少し歩くと静かになった。静かというよりも町の音にざわめきが飲み込まれたのほうが正しいかもしれない。


「澪ちゃんは僕のだから」


 曇天のときの雨雲のように目の色が濁る。


「本当は澪ちゃんを僕以外に見せたくない。だって澪ちゃんは僕だけの澪ちゃんだからね。本当はエイレンにも他のやつにも、女にだって見せたくなかったよ。でも、あの場じゃどうしようもなかったから……」


 千影は薄桃色の唇を開いたかと思うと、洪水のように息継ぎもせず一気に語る。

 そして、


「早く向こうに帰って、新居で二人暮らししなきゃね」


 しゃがみ込んで澪に目を合わせて仄暗い笑みを浮かべた。


「無理すぎる、ほんとに気持ち悪いよあんた」

「照れちゃって可愛いね」

「これが照れてるように見えるなら病院か眼科に行ったほうがいい」

「ああ、それなら大丈夫。治癒の魔法とかも教えてもらったし、僕の視力は両目とも1.8あるから」

「じゃあ、その治癒魔法であんたのその残念な頭を直しな」


 キモいと再度吐き捨てて澪は早足で歩き出す。


 この男とこの世界を旅している間は閉じ込められることも攫われることもないだろう。しかしこの旅が終わったらあの教会で馬鹿みたいな結婚式をあげさせられて、元の世界に帰ったら拉致られるのだろう。だとしたらやはりこの世界の何処かでこの男を巻いて逃げて一人で帰る方法を探すかこの男に自分を諦めさせるか、さもなければこの男を真人間にするかの三択しか無い。


「澪ちゃん待って待って、おてて繋いで行こうよ」

「嫌」

「さっきは繋いでくれたじゃない、いいでしょ、ね?」


 ほら握っちゃった!と勝手に再度手を握られて澪は千影を睨みつける。


「睨んだ顔もかわいいね、澪ちゃん好き」


 ぶんぶんと腕を振りほどこうとするが千影の力はかなり強いらしく澪の力ではどうすることもできなかった。それどころか振りほどく努力をする自身の姿を見て段々と気持ちの悪く口角を上げて頬を赤くしていくのを見てもう手を握られることを諦めて再度歩き出す。


「で、これからどうするの」

「まずは西の方にある教会に行こうかなって。多分15キロちょっとかな」

「なにで?」

「徒歩で」


 澪は露骨に嫌そうな顔をして千影をじとっと睨む。


「全部歩いて行くっていうの?」

「うん、馬車で連れて行くって言われたけど、運転手がいたら二人旅じゃないでしょ?」

「馬車が良かったんだけど?」

「他のやつがいたら、ふたりきりじゃないから僕が嫌なの。観光しながら歩いていこうよ」

「……はあ」


 街の出入り口に向かって歩き始める。色んな人が澪と千影を遠巻きに見ていた。嫌な感情は感じない。むしろ手を合わせて拝む人や手を降る人が多く異世界から着た異物はこの世界では聖女として本当に歓迎されているのだと感じた。それから数十分で出入り口の門にたどり着き、門をくぐって外に出た。

 整備された道と長閑な草原が広がっている。街の状況や今この整備された道を歩いている限りこの世界が危機に瀕しているようには見えなかった。


 人々の様子だって賑やかで明るかったし、道もきちんと舗装されてきれいに使われていいるし、空には小鳥が飛んでいるし、今だって叢の影からリスのような動物がひょこっと顔を出した。どう見たって長閑な国にしか見えない。どこに世界を救う要素があるんだろうと疑問を覚える。


 ただ、今はそんなわずかな疑問よりも……


「てか、次の街まで15キロくらいあるんだ」

「うん、15キロ」


 この男と旅をするという不安でいっぱいだった。澪はもともと体力に自身があったので15キロ程度歩くのは理由もないのだが、千影という不安因子を抱えながら知らない道を15キロ歩くというのには抵抗がある。


「聖女はあんたでしょ、私には関係ないから私だけなんかに乗って先に行っちゃ駄目?」

「だーめ、澪ちゃんとの新婚旅行なんだから一緒じゃないと駄目」


 新婚旅行という単語を聞くたびにぶるっと背中に嫌なものが走る。


「……」

「それに、向こうに戻ったらもう澪ちゃんは外に出ることはないから最後のお外楽しもうね」


 ぎゅっと握られた手が少し緩んだかと思うと、


「はやく閉じ込めたいな」


 ねっとりと指を絡められて、指を擦られる。それに合わせてぞぞぞっと悪寒が走る。澪はその感覚から逃れるようにきびきびと足を動かした。


「さっさといかなきゃ日が暮れるでしょ」

「そうだよね、早く終わらせて僕と新居で二人暮らししたいもんね」


 そうじゃないといくら言っても通じないだろうと諦めて澪は黙って先を急ぐ。だんだん風景がなにもない道へ、森へと変わっていく。千影は時折可愛いねだとか、好きだよとか、そんなことを澪に語りかけていたが一時間ほど歩くと何も言わなくなっていた。


 やっと黙った!と心の中で小躍りしながら更に歩く。千影はその後もだまりっぱなしで流石に心配になった澪はちらりと彼の顔を見た。明らかに疲れた顔をしている。たかが一時間少し歩いただけなのに。


「ちょっと……」


 あまりにも何も言わないものだから、流石に不安になって声を掛ける。


「……なあに、澪ちゃん」


 千影は疲れた顔でぎこちなく笑みを浮かべて澪を見た。


「まだ一時間歩いただけでしょ、しかもゆっくりめに。そんな疲れることある?」


 まるで激しい運動を連続で行ったような息の切れ方と汗の量にぎょっとする。


「運動嫌いなんだ……」

「嘘でしょ……こんなのただのお散歩じゃない。運動にも入らないんだけど」

「そりゃ、澪ちゃんは中学の時から柔道部で高校の時も柔道と格闘技やってたみたいだったし、大学時代もよくサークルでテニスだとかバレーだとか参加してたから体力もたくさんあるだろうけど僕はずっと文化部だったから」


 どれだけ疲れていようが、澪の事を語るときは饒舌になるのも気持ち悪いし、内容も澪すら忘れていた昔のことでつい眉をしかめてしまう。


「いや……なんでそんなとこまで知ってるの」

「僕が澪ちゃんについて知らないことなんてないよ。あ、体の中は知らないかも……」

「キモいよ……まじ。そんな発言してたら普通に嫌われるよ」


 千影は今日何度目かわからないキモいの言葉をスルーして、


「澪ちゃんに嫌われなければいいから」


 爽やかな笑みを浮かべる。


「すでに嫌いなんだけど」


 吐き捨てると一瞬表情が固まった。


「普通にそれが気持ち悪いし、嫌い」


 澪はやっと自分の気持ちが伝えられたし少しはこの嫌悪が伝わっただろうと少しだけ安堵した。そして、ここまではっきり言えばこの男も変わるだろうと少しの期待を込めて千影を見る。


「ごめんね、よく聞こえなかった。僕が好きって言ったんだよね、ありがとう」


 そして、あり得ない切り返しに唖然とした。


「だから嫌いだってば」

「そんなに好きって言ってくれて嬉しいよ澪ちゃん、僕も好きだよ」


 この男には都合の良いことしか聞こえないどころか、あり得ない変換アダプターを持っているらしく自分の聞きたくないことは自分の聞きたいことに置換されて聞こえるらしい。


「そもそもそこまで私を好きな理由がわからないんだけど……ただ大学が一緒だったってだけでしょ?それも、私は知らなかったことだし」


 ため息を付いて切り株に腰掛ける。


「え、澪ちゃんは覚えてないの?」


 千影も同じ切り株にお尻をねじ込ませ座ってくる。


「ストーカー野郎って知るまでは、あんたのことなんて何も知らなかったんだけど?」

「も~。しょうがないなあ、馴れ初めを忘れちゃうなんていけない子だね」


 こてんと肩に頭を頭を載せられる。澪はぐっとそれを押し返す。

 しかし千影は再度肩に頭を載せると、まるで思い出のオルゴールの蓋をそっと開くような優しい目つきで、あの時の気持ちを反芻させるようにゆっくりと、


「あれは、俺が大学二年の時」


 物語口調で語り始めた。


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