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「新婦のお届けでーーーす!!」
大聖堂に入った瞬間、ネロリはエイレンの手を離し、澪を階段のほうに投げ飛ばした。
大聖堂にはロキと千影がいた。千影は大聖堂の真ん中で棒立ちになっている。一方でロキは階段の一番上でふんぞり返っていた。まるでここが俺の居場所とでも言わんばかりに。おそらくここで千影が完全に邪神に変わるのを待っていたのだろう。
「てめえ……ネロリどこ行ったと思ってたら裏切りやがったな?」
ロキは怒り心頭と言った様子で立ち上がり、ネロリを視界に捕らえる。
「最初から言ってるだろ?僕は君の味方じゃないって」
「この土壇場で裏切るのはいただけねェよなあ?」
「だって君はミオちゃんを不幸にするから」
「ああ?ミオ?聖女のおまけがなんだって?」
「君も邪神様のおまけだろう?あ、邪神復活のために魔力を集めさせられてただけなら、それ以下のただの使い捨てパーツかもしれないね」
「てんめえ」
けらけら楽しそうに煽り散らかすネロリにロキの堪忍袋の緒は早くも切れたらしい。階段の最上部から飛び出し、空中で大ぶりなナイフを二本精製しネロリに襲い掛かった。
「邪神様、この裏切り者を処分しましょう」
「ああ…………そうだな」
ロキが叫ぶと千影の体が緩慢にだが動き始めネロリのほうに向かう。
一方でネロリに階段下に投げられ、受け身を取って着地した澪はこそこそとバレない様に階段を上り始める。
白いヴェールまで被せられたおかげで、黒い髪の毛も目立たず真っ白な大理石の階段と同化して見えづらくなっている。
半分まで登ったところでちらりと後ろを振り向くと、ロキと千影をひょいひょいと捌きながら時間を稼いでいるネロリと柱の陰に隠れて詠唱の準備をしているエイレンが目に入る。
はやく頂上まで行き先ほどと同じ要領で弾を砕かなければ。そう思えば思うほど足がもつれる。服は動きやすいのに、靴が邪魔でうまく音を立てずに登れない。仕方なく靴を脱ぎ棄てて素足で駆け上がる。
あと少し、あと少しでてっぺん。
あと、2段、あと1段。
1番上につき、女神像の手の中を見る。
マダラに赤紫色と黒の入り混じった目玉ほどの宝石が血だまりの中で鈍く光っていた。悍ましい瘴気と嫌悪感で一瞬くらりと視界が揺れる。
レースの手袋に包まれた手で血だまりの中から悍ましい瘴気を放つ宝石を取り出し、両手で握ると今までの人生の中で一番力強いフルスイングで階段下に向かって宝石を投げる。
ばりんっという音が響いた瞬間、ロキと千影が一斉にこちらを向いた。
「てめえ……俺がずっとずっと溜めてきた魔力の結晶を壊しやがって!!」
ロキが澪に向かって飛んで来ようとするが
「だめだめ、はい、ロキの相手はこの僕、ネロリが務めさせていただきます~」
ネロリはそれを簡単に遮ると、
「ぐおおっ!!?」
思い切りロキの腹に蹴りを入れた。かなり体格がいいはずのロキは物凄い勢いで飛んでいき壁に叩きつけられる。6割ほどの魔力を失ったとはいえネロリは本当に強いらしい。
しかしロキもロキで負けてはいない。すぐに復帰すると再度ネロリにとびかかっていく。
「ネロリ、てめえはどうでもいいんだよッ!!」
「僕はどうでもよくないよっ、だって今この世界で1番強い男2人も相手に死の駆け引きしてるんだからさぁ……!!」
ネロリの体にはいくつもの傷がついており、ところどころから出血をしていた。ただ本人にとってそれが極上の快楽のようで恍惚としうっとりした笑みを浮かべながらロキの攻撃を受け流す。
「よし、あとは……」
この邪神を封印している石を女神の手に置き、エイレンの詠唱完了を待てばいい。
澪は胸元から先ほどの宝石を取り出すと、女神の手の上にセットした。まるで初めからそこに会ったかのようにぴったりと手の中に納まる。
これで自分の仕事は終わりだと安堵した。その瞬間、物理的に息が止まった。
「お前、さっきからちょこまかと目障りだな」
「……ち」
千影が澪の首を片手で掴みそのまま持ち上げている。
「私の器になれなかった、出来損ないめ」
冷たい表情、いや、違う、邪悪に満ちた悪意と冷酷さそのものの表情。千影が絶対に澪に向けないような顔。
「……ちか、げ」
「チカゲ?ああ、この体の元の持ち主の名か?」
邪神はニヤァっと厭らしい笑みを浮かべて
「私の中で死んだ」
悪意にまみれた笑いをこぼしながら残酷に告げる。
「滑稽だったぞ?最後までミオちゃん、ミオちゃんと。メスに縋りつく哀れな男だ」
「……ちか、げが……しぬわけ……」
千影が自分を残して死ぬはずがない。自分を守れずに死ぬはずがない。
「人間はあっさり死ぬ。お前もこれから死ぬ」
ぎちぎちぎちっと首を締めつけられる。だんだんと意識が薄れていく。このまま酸欠か頸椎を骨折させられて殺されるのだろう。
ただ、自分がやることはやった。惜しむらくは千影から邪神を引きはがせずに死ぬ事くらいだ。でもそれはエイレンやネロリがやってくれるはずだ。千影が元に戻ったのならば、せめて彼だけでも元の世界に。そう思いながら、
「諦めがいいな、もっと足掻かれたほうが好みなんだがな」
澪は諦めて体の力を抜く。せめて痛くありませんように願って。
「じゃあ死ね、女」
死を覚悟すると走馬灯のように今までのことが駆け巡る。最後に浮かんだのは楽しそうな千影の顔だった。
次でラストです