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「そういえば聖女様、俺から盗った銃返してくれないか?あれ自腹だし結構高いんだよな」
「……新しく精製すればいいでしょ?」
「ああ、あの手の複雑なものは精製できないの。ナイフとか槍みたいな単純構造の物はできるんだけどな」
「手元にない」
「ああ、そう。泥棒聖女様はお仕置きしなきゃな」
ラクイは右手に持っていた拳銃をくるくる回したまま、ホルダーからもう一丁銃を抜き取る。
「別に新しいのあるならいいでしょ?」
「あ~~~。俺、銃マニアなの。ちなみにあれ一番のお気に入りだったんだ」
片方からは鋭いビームのような弾丸が、もう片方からは圧縮された魔力の弾丸がはじき出される。千影は避けることなく再びそれを掻き消した。
「さすが。そこまで溜め込めばそりゃ強いわ」
「勝てないってわかってるのに挑む意味は?」
「ん~」
ラクイは少し考えた後へらっと笑う。
「ほら、1体2だとメロナズタボロに負けるだろ?でも1対1なら聖女のおまけくらいには勝て…………」
ラクイの頬擦れ擦れを魔力の弾丸が掠めて背後の壁に当たり爆発する。表皮が傷ついたらしく血がたらりと流れた。
「澪ちゃんを馬鹿にするな」
「はは……銃なしでそれできんのかよ……」
千影の手には何も握られていない。指鉄砲のポーズからあれだけの弾丸が放たれたことにラクイは恐怖した。
生贄として捧げられていったすべての聖女は負の魔力を受け入れれば受け入れるほど千影と同じように白く美しい生贄体に近づく。今の千影と同じくらいの魔力を強制的に入れ込まれる。しかし、それと同時に無理矢理魔力を器に詰め込むので意思や自我がだんだんと失われていき、最後はお人形のように自我のない虚ろな魔力の入れ物になっていくのだ。祈りの旅が終わったとき、聖女は自分がこれから生贄として捧げられる儀式をされることも理解しないまま、ただぼーっとしたまま魂を剥がされ自分の世界に送り返される。そういう運命なのだ。
それなのに目の前の聖女はこれだけの魔力を短期間のうちに自分の物としこんなにも上手に操り、自我も失うことがない。
「あと、澪ちゃんは負けないから」
「根拠は?」
「僕は澪ちゃんのこと信じてるし、僕が守るから」
「はは、片思いなのにお熱い事で」
また数発、ダメもとで銃をぶっ放す。当然のように千影はその場から動くことなく魔力の玉を消していく。
「僕は澪ちゃんは運命の相手だから片思いとかふざけたこと言わないでくれる?」
「……」
誰がどう見ても千影が一方的に澪に言い寄っている。それは火を見るよりも明らかだったが、聖女の機嫌を損ねないために誰もが言わないようにしていることだった。
「お花畑だな」
肩をすくめてから一発、上に向かって放つ。
「どこに……あっ」
シャンデリアのチェーンが切れて千影の上に落下していく。これで倒せればいいと思っているわけではない。ただ、自分がポケットから出したものに気付かれないように目線を誘導するのが目的だった。
「うっとうしいな」
案の定千影はシャンデリアを避ける。ガシャーーーンと凄まじい音がしてあちらこちらに硝子片や金属片、それから地面から舞い上がる土煙が砕け散り辺りに散らばる。
「こんなことして何に……」
ラクイは拳銃を落として、手に持っていた魔力爆弾を煙の中に突っ込んでいく。持ち主の魔力で爆発する小型爆弾。それがラクイの切り札だった。自爆特攻なんて流行りの戦術ではないが、煙に紛れて千影に飛び込みそのまま千影を巻き込んで今持てる最大の魔力で爆発を起こす。さすがに至近距離でラクイの生命力を含めた全魔力での爆発を食らえば千影の体にも相当なダメージを与えることができるだろう。
自分の役割は、この世界を脅威から守ること。どんな汚いことをしても、平行世界に迷惑をかけたとしてもそれは果たさなければいけない。確かに騙して生贄にするやり方は良い方法とはいえないかもしれない。けれど、100の犠牲より1の犠牲を取る。だから今も自身の命よりこの世界ひいては平行世界の安寧を取るべきだ。
埃が消えていく。目の前には人影。このまま飛び込んで手を離せば自分諸共。
「……っ!!?」
足に鋭い痛みが走ってそのまま床に体が滑る。手から爆弾がすっぽ抜けて転げていく。
自身に何が起きたかわからず痛みの走った場所を見ると小さな穴が開いていた。弾丸で打ち抜かれたような穴だった。
「はーーー……あ、あたった」
女の声がする。顔を上げると、千影の片手で銃を構えた隣に澪が立っていた。
「み、澪ちゃん……ぼろぼろ……!酷い格好っ」
「うるさいノンデリ、守るとか言いながらいなくなる方が悪い」
「うう~~、ごめん」
澪はずかずかとラクイに近づくとぽいっと銃を放り投げる。白い銃はするするっとすべってラクイの横で止まった。
「返したから」
「……はは」
乾いた笑いしか出ない。
「片思いだと思ったのになあ」
「……何が?」
「ははは、いや、まあ、こっちの話だ」
もしも、澪が来なければラクイの計画はうまくいって今頃、廊下には臓物がぶちまけられていただろう。しかし今廊下には小さい穴をあけられた自分だけが転がっている。
「おい、ミオさん」
去っていく澪を呼び止める。
「何よ」
澪は顔だけ少しラクイのほうを向けた。
「完敗記念だ」
ラクイは体を少し起こすとも集中して今使える全魔力を澪の体に注ぐ。すさまじい勢いで澪の体の傷が修復していき、骨折してパンパンに腫れた右腕の上腕もすべてが元に戻った。
「それは僕の役目なのに……!」
「いやあ、あんたらやることあんだろ?餞別」
「……いいの?敵に塩を送って」
「ああ~、あんたらの敵って俺らだけじゃないからな」
「どういうこと?」
「行きゃわかる……あ、もう無理」
すべての力を使い果たしてラクイはその場で意識を失う。
「死んだ?」
「気絶でしょ」
千影はちょいちょいとつま先でラクイの体をつつく。ラクイは反応こそ返さなかったが呼吸は確認できて生きているのがわかる。
「ほんとだ」
「足ぶち抜かれただけじゃ死なない」
「そうだよね。っていうか澪ちゃん助けてくれてありがとう」
「別に。今あんたに死なれたら困るし」
「素直じゃないな~。そういうところも好き」
「……はいはい」
「また命救われちゃった……どうしよう。もう僕これ人生を捧げなきゃいけなくなっちゃった」
「え、いらない」
「しかもさっき守るって言ったのに助けてもらっちゃって……」
「あのね、あんたに守られたくないの」
「どうして?」
「どうしても」
ねえ、どうしてどうしてと周りをちょこまかとする千影に1発裏拳をかまして澪は大聖堂の扉の前に立った。
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