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背後で銃がぶっ放される音を聞きながら澪は体勢を立て直し地面に降り立った。
「ふう……銃しか使えないと思ったのに」
「あら、舐められたものですわね」
澪に一撃を食らわせたことにより心に余裕が戻ってきたのかメロナの口調は平時の穏やかな口調に戻っている。
「銃を使うのは、遠距離からなら血で汚れないからにすぎませんわ」
口調も笑みもそのままに彼女はないかしら武道のような構えを取った。
「わたくし、ひとこと交わしたときから貴方が嫌いでした」
「へえ……」
澪も柔術の構えを取る。
「聖女になれなかったイレギュラー。聖女に付き纏うおまけのくせに偉そうで、うるさくて……」
そのまま地面を蹴り、澪にかなりの速さで突っ込んでくる。出鱈目に撃った弾丸の速度よりも早く感じた。
「邪魔なんじゃボケっ!!」
拳を前に突き出し澪に襲い掛かる。澪は受けの構えで攻撃をいなしつつ、自身の攻撃のチャンスを伺っていた。
「私が付き纏ってるように見えてるわけ?」
「そうじゃろが、ボケコラカス」
「節穴ね。最初に言ったじゃないストーカー……付き纏いはあっちだって」
後ろから聞こえてくる衝撃音のほうを指さすとメロナの額にびきびきっと青筋が浮かんだ。
「あんな美形が!お前みたいなチンチクリンなガキに付き纏うわけないだろうが!!」
また拳が飛んでくるので今度は真正面から受ける。千影が澪に貼っていた保護膜のようなものがばきばきと割れ、体中の骨にびりびりとした感覚が走る。
「……っ!」
「あら、残念。でも、よかったですわね。付き纏いの殿方の力で助けられて」
ふんっと鼻を鳴らして距離を取る。
「貴方には助けてくれる人がいないものね」
「口が減らないガキが……」
煽られてメロナの怒りのボルテージがどんどん上がっていく。
「ガキガキって……私、20半ばなんですけど」
「にじゅ……やっぱりクソガキじゃねーか!!!」
大きく飛び上がり、上から澪の脳天を狙い降ってくる。
「おわっ!?」
その速度が尋常じゃなく、慌てて飛びのいたが、拳が当たった床は大きくひびが入っていた。
「こんなガキに……わたくしたちの教会をめちゃくちゃにされたなんて……」
今この場で教会をめちゃくちゃにしているのはメロナのほうだと思うが……と思ったが何も言わずに黙っておいた。
「私、あんたたちのやってることが気にくわないのよ」
「……気にくわない?」
「私たちの世界の人間を聖女だなんていって持ち上げて、負の魔力の器にして生贄にして送り返すなんて。私たちの世界に恨みでもあるの?」
「恨みなんてないわ。そもそもそれしか手がないのだから、しょうがないじゃない」
メロナは自分の手に着いた土ぼこりをぱっぱと払うとまた澪に襲い掛かる。今度は壁に穴が開いた。
「ちっ……ちょこまかと……!」
先ほどあれだけの魔力を弾丸にして消費したというのにメロナは余裕そうに見えた。体術はあまり魔力を消耗しない戦い方なのかもしれない。しかし体力と言う意味では着実に削れているらしい。現にだんだんと息が上がってきている。
全ての攻撃を流すか避け、メロナの体力がなくなったら一気に締め落とす。それが澪が今できることだった。一応先日ラクイから貰った銃も懐にしまっているが外部装置によって魔力を与えられた澪にはコントロールの仕方がわからない。そもそも遠距離武器に頼るのは性分にあわない。
「逃げてばかりですのね」
拳が体の横ぎりぎりを掠める。いくら澪も強化されたとはいえ、次に当たればほぼ確実に死ぬ攻撃を連続で避けるのは堪える。それに、この与えられた力を使えば使うほど、悍ましい寒気を覚える。
お互いに疲労が色濃く見えてきた。そろそろ終わらせなければ自分の体力が持たない。
「さっさと死ね!」
拳が柱に叩き込まれる。先ほどまでなら中にめり込んでいたが今は表面にひびを入れるだけにとどまっていた。明らかにメロナの攻撃の速度や威力が落ちている。
澪は大きく後ろに引いて距離を取る。
「あら……また逃げるんですか?そうですわよね、貴方にはそれしかないんですもの」
「逃げてるだけの私に当てられないのは誰?メロナって名前のおばさんだとおもうんだけど」
びきっと青筋が大きく浮かぶ。そして、そのまま怒りに任せて突っ込んでくる。澪は攻撃をあえて腕で受ける。ばきゃっと嫌な音がして体が冷たくなるような痛みが脳天を駆け抜けた。ただ、威力は相当に落ちているらしく、腕が折れただけで済んだ。
当てたことに口角を上げて喜ぶメロナの首に腕を回し、そのまま足をかけ、自身事倒れて軌道を締め上げる。
「がっ……てめっ……」
片腕が折れているが大量のアドレナリンが分泌されているおかげか、今はあまり痛みを感じない。
「ふざけっ……あ”っ……がっ……!」
暴れるメロナを足で抑え込み、気道を締め続ける。しばらくはバタバタとしていたがやがて大人しくなった。
完全に意識を失いだらりと体が伸びる。それを確認してから地面に放り出す。
「いっ……」
制圧した安堵から腕の痛みを思い出して服をまくる。上腕部分が真っ赤に腫れ上がっていた。
今まで目の前のことに集中しすぎて全く聞こえていなかったが、背後でガシャーーンと大きな音が響いた。
「何……?」
澪は折れた腕を庇いながら音のほうに向かった。




