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「だから、こうして集まらされていることが罠だと言っているのです」
中央協会の会議室にはすべての教会の幹部が集められていた。ロキが新月の晩に中央教会を襲いすべて終わらせると宣言したので主力なメンバーは集まるしかなかったのだ。
「……メロナさん、落ち着いてください」
ヒステリーに叫ぶメロナをエイレンが落ち着けようとする。
「落ち着いてられるわけがないでしょう!同じ陽動で西方、北方、東方の集約機は壊されたんですのよ!?」
しかし、宥められば宥められる程メロナは激高して甲高い声を上げる。
「メロナ、1度報告を聞きたいから落ち着いてくれ」
「……くっ」
メロナは唇を噛んで座り直す。
「東方の物は外壁の石から核まで完膚なきまでに粉々にされてしまいました。修復には相当な時間がかかります。僕たちの至らなさです。申し訳ございません」
カルタとカルネが同時に頭を下げる。
「北方の物は、石自体の破損は大きくはないのですが……集約器の核の部分が粉々に破壊されてしまいました」
「西方も同じだ」
「南方は厳重な警備をしておりますが……」
南方教会のトップは言いよどむが、
「3つも集約器が壊されてしまい、全ての負の魔力が南方の集約器に集まっています。このままでは溢れてしまうのも時間の問題かと……」
ありのままの事実を伝えた。
「そうか……」
エイレンは大きくため息をついて頭を抱える。
「こんなことになるとは……」
「イレギュラーが発生した時点で今回は聖女を殺して中止にすべきでしたね」
「ああ……そうするべきだったかな」
全員が沈黙する。広い会議室には針時計がカチカチと時を刻む音だけが響く。
「聖女についてきたあの女、ミオがすべての発端ですわ」
メロナがテーブルを叩き憎々しげに澪の名前をあげつらう。
「まあ、全ての発端とは言わないが要因ではあるだろうな……」
「まさか聖女を連れてレジスタンスに着くとは……」
また沈黙。そのまま誰も何もしゃべらないまま悪戯に新月の夜は更けていく。いつレジスタンスが襲ってくるのか全員が緊張していると、カルタとカルネが同時に声を上げた。
「「光……?」」
全員が窓の下に広がる中庭に目をやった。中央のほうで赤い光が揺らめている。
「あれは……」
一番視力の良いチェルシーが「ミオ」と名前を呟いた瞬間、赤い光が一気に広がった。
「薔薇園が……!!」
赤い光の正体は炎だった。真っ赤な炎が薔薇園に広がっていく。チェルシーは慌てて窓を開けてバルコニーに飛び出した。
「あら、どうも」
自分の存在に気が付かれた澪はにこりと愛想笑いを浮かべて、更に火力を上げて薔薇園に火を放つ。チェルシーから少し遅れてメロナやラクイもバルコニーに駆け寄った。
「警備は……!?どうなっている……!?」
中でハンクが叫ぶ。
澪の登場で一気に教会内が騒がしくなっていく。
「ミオ……!」
「もうミオ様って呼んでくれないのねメロナさん、まあいいんだけど」
「この……疫病神がっ」
「どっちが……」
澪にはメロナ達に対して心底軽蔑したような目を向けたが、すぐに作り笑いに戻り炎を切った。
「いいことを教えてあげる。私の役割はヘイト」
「ヘイト……?」
「そう、後ろ見たほうがいいんじゃない?」
澪が自身の役目を言い終わるか言い終わらないか、いきなり会議室の扉が思い切りぶち破られた。
「さ、全面戦争をしよう教会のみんな!」
先頭にはほぼ素っ裸のネロリとロキをはじめとしたレジスタンスメンバーが複数人。
「じゃあ、そういうことで」
澪はにこやかに手を振ると、いつの間にか背後に洗われた闇の中にふわりと姿を消した。
「くそっ!待ちなさい……!」
メロナの怒りは収まらず、そのままの中庭に飛び出す。ラクイは一瞬迷ったようにメロナと会議室の中を見て、会議室にすっ飛んでいきエイレンを保護するとそのままバルコニーとは違う場所の窓を叩き割って屋根に飛び移った。
チェルシーは燃え盛る薔薇園に対して、空中の水分を集めてひとまずの消化を行い建物に燃え移らないようにしてから会議室に急いで戻る。
会議室ではすでに乱闘が起こっていた。カルタとカルネを一人で相手にするネロリ。南方教会のトップとタイマンで戦うロキ。その背後で何やら魔法を唱えているレジスタンスメンバー。カルタとカルネは二人組で強さもある、問題は集団戦以外ではそこまで強くない南方のトップだ。チェルシーは彼を援護するためにロキの前に出る。
「なんだァ?あんた、ミオちゃん追わなくていいのかよ」
「メロナが行きましたので」
ポケットから切れ味の鋭い糸を出して魔法で操りながらロキのナイフをはじく。南方のトップは会議室から飛び出していった。
「大事な薔薇園、燃やされちまったなァ?」
「また作り直せばいいだけのことですっ!」
確かにあの薔薇園はチェルシーが特別な日のための薔薇を育てるために大事に大事に手入れしたものだ。だから澪に燃やされた時、一瞬目の豆が真っ暗になるかと思った。しかしながら、また聖女の体を使えばいくらでも薔薇は育てられることをチェルシーは知っている。そもそも、地下のあの空間に聖女の体を運ぶのはチェルシーの役目なのだから。
「それはもう無理だから諦めな」
またナイフを弾く。ついでに刃先を糸で締め付けてばらばらに砕いた。ロキは一瞬驚いた顔をしたが楽しそうに新しいナイフをズボンのポケットから出す。今度は先ほどより小ぶりだが明らかにまがまがしい赤紫に光る色の物を。
「養分は全部殺した」
「……は?」
一瞬チェルシーの手が止まる。
「お、いただきっ!」
ロキはナイフを投げる。完全に思考が停止したチェルシーだったが、飛んできたナイフに気が付き反射的に避ける。
「あぐっ……」
避けたのはいいものの、致命傷を避けられただけでナイフは肩口にざっくりと食い込んでしまっていた。あまりの痛みに床に倒れる。
「おっと、殺り損ねたか」
ロキはずかずかと歩いてうずくまるチェルシーを転がすと肩からナイフを抜き取る。すさまじい痛みがチェルシーを襲い目がちかちかとして動けない。
そのままロキは馬乗りになり、血の付いたナイフを投げて弄びながらチェルシーを見下ろす。
「いやあ、過去の聖女サマたちは苦しかっただろうなあ。何年も何十年もあんな風に養分にされて。あんたはそれを知ってただろ?」
「……」
チェルシーは何も答えずに唇を噛んだ。
「あんたらも」
にやぁと唇が吊り上がる。
「根っこは邪悪だな。俺たちと変わらねー」
ロキはナイフを思い切り振り上げた。
「今度はあんたが養分になれよ」
確かに自分たち薔薇を育てるものが個人的にやっていたことは邪悪だっただろう。魂のない聖女の体の処理に困り、地下に放置した。放置していたところ何の因果化かそこに白い花が咲いた。それが白い薔薇の始まりだった。それを何代も何代も続けてやがて、教会の中庭は白い薔薇園になった。因果が巡ってきたかとチェルシーは覚悟を決めて目を閉じた。
「チェルシー様!」
どすんと大きな音と共に腹のあたりに乗っていた重みが消える。
「逃げましょう!!」
部屋の隅で震えていたハンクがロキに突っ込んだらしい。
「いまならいけますからっ!」
いつの間にか会議室で刃を交えていたネロリとカルタカルネの兄弟はいなくなっていた。怪我をしていな いほうに腕を引っ張られて廊下に逃げる。廊下もズタズタになっていたが、レジスタンスのメンバーはいない。ところどころに教会の者が血を流して倒れていたが命までは取られていないらしく息はしているようだ。
ハンクに連れられ、そのまま最奥の倉庫に駆け込む。
「貴方は最初に逃げたかと思いました」
「いや……逃げようとは思いましたが……できなくて」
「とりあえず治療します」
ハンクがチェルシーの傷に手をかざす。ハンクは戦うことに関してはからっきしだが、この手の治癒だの治療だのは得意なようで見る見るうちに傷が塞がり痛みもなくなっていく。
「それにしても、誰も追ってきませんね」
倉庫に転々と落ちている血を見てチェルシーは疑問を覚える。
「と、いいますと……?」
「血の跡を残してここまで来ているのだから追ってくるならもう追いつかれてるでしょう」
「確かに……」
そして思いつく。ド派手に花園を焼いた澪が陽動だと思っていたがそれは間違いで、ロキやネロリこそ陽動と攪乱の役割なのではないかと。だとすると本命は他にいる。
だとしたら、それは聖女に違いない。それに気が付いたチェルシーはとっさに立ち上がり再び線上に戻ろうとしたが違和感で立ちすくむ。
「……」
自分の手を見る。
「……魔力が」
魔力がうまく放出できない。体から魔力がすべて消えてしまったかのように指に巻き付いている糸は動かず、体もふらつく。
「チェルシー様……?」
ハンクは先ほどチェルシーの治癒を行うことができた。しかし自分が今魔力が使えない。
「あのナイフ……」
禍々しい色のナイフ、あれで体を貫かれたからだろう。
「……魔力を集めている?」
廊下に倒れていた者たちも一部から出血していた。誰かに刺されたのだろう。もしそれがレジスタンスメンバーたちによって刺されていたとするならば……
「いったい何が目的なの……」
チェルシーのつぶやきに答えを与えてくれる者はここにはいなかった。
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