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「ここだ、ここ」
ロキに呼ばれて先頭列までやってきた澪と千影。目の前には大きく積みあがった瓦礫の壁が聳え立ち一行のゆく手を阻んでいた。これが何代か前のレジスタンスのリーダーが作った地下通路をふさぐ壁なのだろう。
「僕にこれを壊せってこと?」
瓦礫の壁を見て千影が問う。
「そーいうこと。ただ、普通に壊すだけじゃ駄目だ。ここは中央協会にかなり近い。崩落する音とか地響きでばれる可能性がある」
もうそんな位置まで来たのかと少し驚く。
「音を立てずに壊せってこと?」
「そこまで力ため込んでるんだ、あんたならできるだろ」
「力の使い方は僕が鬼ごっこしながら教えてあげたでしょ?」
ウインクを投げかけるネロリからしれーっと目をそらし、千影は澪の手を離して最前列に立った。
「音を立てずに消し飛ばせばいいなら……」
そのまま、壁に触れて目を閉じる。辺り一帯にチリチリとした静電気のような感覚が広がったかと思うと、真っ黒な閃光が走る。悍ましい黒い光にその場の全員が目を開けてられずに目を閉じた。チリチリとした感覚が消えた後目を開けるとその場に会った瓦礫の山は跡形もなく消失していた。
「……すっげえ」
ロキが感嘆を漏らす。
「……なんか、変な感覚がする」
千影は自分の手を見ながらその場に立ち尽くしていた。
「今まででそんな一気に魔力放出することなかったからじゃない?」
ネロリが近づいて行って千影の手を取る。
「震えてる。痺れてる感じ?それとも、勝手に震える?」
「……勝手に震えるが近いかも」
「他に症状は?」
「ちょっと眩暈するのと……」
千影の首が後ろを向き、
「澪ちゃん不足で辛い……」
ネロリの手を振りほどくと澪のほうに駆け寄り抱き着く。
「ちょっと……」
千影とのあまりもな力の差を見せつけられ呆然としていた澪は逃げるという選択肢も取れずに千影に捕まる。そのままぎゅうううっと抱きしめられてまた潰れそうになる。
「魔力使うと、なんかこう……」
「……こう?」
「……わかんない」
澪にはこの千影の「わからない」という言葉が、ここにいる人間に知られたくないからはぐらかしたかのように様に聞こえた。
「もういいでしょ?」
「やだ、補給しとかないと駄目になっちゃう。このまま取り込みたい」
本当につぶれるくらいに抱きしめられてまた骨がギシギシトキシンで痛みを感じる。
「ちょっとロキ、ネロリ……いや、誰でもいいから助けて」
このままでは、押しつぶされて教会に着く前に殺されかねない。腕の中でバタバタ暴れているとロキが気まずそうに声を上げる。
「あーー、ほら時間制限もあるし、行くぞ」
「……」
千影は澪を離さない。石のように動かない。
「さっさと元の世界に帰って結婚すんだろ?」
「あ、そうだったね。澪ちゃん早く行こ」
結婚というワードに商機を取り戻したのか千影はぱっと顔を上げ澪から体を離した。
「ここからは教会の領域だ。といっても、トップ……エイレンと腹心のチェルシーくらいしか地下には入らないだろうけどな」
一歩進むごとに懐かしい香りが澪の鼻腔をくすぐる。
「……この匂い」
進めば進むほど、微かに香っていたその匂いはどんどん強くなっていく。しばらく進むと先ほどの地下通路よりも広くて整備された通路に出た。いくつか部屋があるようで小さな木の扉がぽつぽつと見える。
その中でひと際大きくて古い扉があった。
「……白薔薇」
この噎せ返るほど強い香りはあの白い薔薇と同じ香り。そして、その薔薇の香りはこの扉の奥からする。澪はふらふらと誘われるように扉に近づく。なぜだかわからないがこの先に自分がずっと探してた答えがある気がしたから。
「待って」
ネロリが後ろから追いかけてきて澪が扉を開ける前に扉の前に立ちふさがる。
「開けないほうがいいと思う」
「……どうして?」
「聖女サマの末路がここに詰め込まれてるから」
「ってことは、聖女の僕は僕は見るべきだね」
千影はネロリを扉の前から退けると、体で大きな扉を押した。地下通路にギィイと木の軋む音が響く。
「あはは、凄いね」
千影が乾いた笑いをあげる。
「……」
澪は言葉を失ってその場に立ち尽くした。
目の前に広がっていたのは、澪や千影が最初に着ていた清廉で美しい如何にも聖女という格好に身を包んだ女性達だった。十代くらいの少女からかなりの年齢の女性までたくさんの歴代聖女たちが太い蔦に絡めとられて壊れたビスクドールのようにぐったりとした格好で拘束されている。
「これ何なの?」
言葉を失ってしまった澪の代わりに土曜の疑問を持っていた千影がロキに問う。
「歴代の聖女サマ」
「……あ……あぁ」
澪の脳裏に西方の街の少女が言っていた言葉がフラッシュバックする。
聖女様は教会にいる
とはこのことだったのだろう。彼女はおそらく一般的な街の人間だからどこまで知っていたのかはわからないが、事実聖女多たちは教会にいた。まるで遊び終わった玩具のように教会の地下に投げ捨てられていた。
「し、んでるの……?」
声が震える。声だけじゃなくて体が震えている。強すぎる甘ったるい白薔薇の香りで気持ち悪くて崩れそうになる。
「むしろ死んでたらよかったんだけどね」
ネロリが蔦に近づき、目線の高さの少女の頬を撫でる。少女は虚ろなままぴくりと反応を返した。ただ、何かを言うわけでもなくネロリを見ることもない。刺激があったから反射を返した、それだけのように見える。
「可哀想に」
ただ、反射をできるということは彼女たちは生きている。
「あっちに帰るのは負の魔力で満たされた魂だけ。体は魂のないまま生命活動を停止することなくここに残る」
「教会も困ったんだろうね。祈りの旅を終えた聖女は役目を終えて死にました。は体裁が悪いからできなかった。埋葬もできない……だからここ、地下で利用することにしたんだよ。聖女の体をね」
「り、よう……?」
「中央協会には聖女様の血液と体液で育てられた特別な魔法の薔薇がある」
思い出す。澪が初めてこの世界に抱いた違和感を。中央協会の中庭に咲き誇る血のような体液を流す白い薔薇のことを。
「セイントローズ……」
「正解」
あの白薔薇はここに拘束されている女性たちの体から吸い上げた血や体液で育てられたものだった。ここにいる過去の聖女たちは、突然召喚され、聖女として祀りあげられてこの世界の平和のために魂は生贄とされた挙句、死ぬこともできずに植物状態で生かされ養分にされている。
それが聖女の末路。異世界から呼び出された人間の行きつく先。
強烈な薔薇の匂いと信じがたい事実に澪の体は崩れる。
「おっと……」
ロキに支えられたが足が震えて立つことができない。
「あ、澪ちゃん……!」
すぐに千影が走ってきてロキを退かすと力の抜けた澪を抱きかかえる。
「だから知らないほうがいいって言っただろ」
「……」
確かにこんな残酷な真実は知りたくはなかった。ただでさえ聖女が生贄であるという事実がショックだったのに、体もこんな風に扱われるなんてさらにショックだ。
ただ、これは知らなければいけない事だったと澪は思う。ただ漠然と帰れればいい、早く終わればいいと思っていたが今明確にこんな儀式はこれっきりにしなければならない、これ以上犠牲者を増やしてはならないと思ったのだから。
「……俺だったらこんな風にはしないのに」
ロキが聖女たちが拘束された蔦を見ながら低く呟く。赤紫の瞳が暗く濁っているように見えた。
「どういうこと……?」
「ん?ああ……俺が教会をもっと早く止められてたら、こうはならなかったのにってこと」
すぐにいつもの顔と態度に戻るがなんとなくだが今ロキは何かを取り繕ったように感じた。
「ま、それも今日で終わりだよ。解放してあげるんだ」
「解放?どうすればいいの?」
ネロリはふっと微笑み、
「ごめんね、お疲れ様」
少女の瞼にキスを落とすとそのまま頸動脈を切った。ぶしゅっと血が溢れる。
「え、ちょ、ねろ……り」
「このまま養分として生き続けるのは可哀想だから」
笑みを浮かべているがいつもの笑みではなかった。悲しみを隠すために無理やり笑っているだけの張り付けた笑顔。そんな表情を見たことがなかった澪はまたも言葉を失う。
「んじゃ、俺らも手伝うか。ネロリの希望だからな。これ使え」
ロキが小ぶりなナイフを放る。
「はっ、承知いたしました」
「すぐに終わらせます」
ロキとレジスタンスのメンバーは苦しみや痛みを与えないように聖女たちの命をひとつひとつ奪っていく。
命を奪われた聖女たちはどこか安堵したような表情で動かなくなっていく光景から澪も千影も目が離せない。
「ミオちゃんの世界では、死んだらどうやって弔うの?」
「燃やして灰にして埋葬する」
蔦からも外されて、地面に寝かされた五十人余りの聖女たち。彼女たちはやっとのことで安寧を迎え満足したような顔をしているように見えた。
「そっか、じゃあ全部終わったらそうしておくよ」
「おいお前ら。聞いたか?後で焼くから腐らないようにしとけ」
「はい」
レジスタンスのメンバーたちは彼女たちの前で何やら呪文を唱えている。
澪はようやく力が入り自分の足で立ち上がる。
「こんなこと許せない」
今までこの世界に感じていなかった怒りや悲しみがぶわっと溢れる。
「やる気になってくれてよかったよミオちゃん」
「そうね、ようやく」
処置が終わったレジスタンスのメンバーたちがロキの指示の元広間を後にする。澪と千影も手を合わせてふたりでしばしも黙祷をささげる。
「これは?」
「私の国での死者への弔い」
「そ、じゃあ僕も」
隣でネロリも手を合わせて三人で黙って手を合わせて、ロキたちの後を追った。
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ここからクライマックスです。