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04

 案内された部屋に入るとそこは衣装部屋のような場所だった。至る所にいろいろな服が掛けられている。中には二人、チェルシーと同じようなシスター服の若い少女達がいて、澪の土と葉っぱまみれの小汚い格好を見て固まった。


「あの、チェルシー様、この方は?」


 訝しげな顔で澪を上から下まで見てから右のシスターが怪訝そうに尋ねる。


「聖女様の大切なお方です」

「うそ、こんな子が……」


 左のシスターがあからさまに嫌そうな顔をする。


「あなた達……失礼ですよ。ミオ様は聖女様のために薔薇の花束を作っていらっしゃったのですよ」


 澪の右手の葉束を見て、


「セイントローズをご自分で?」


 今度は嫌そうな表情を一変させて驚いたように目を丸くする。


「そうです、ご自身で」

「度胸があるのですね……」


 今度は感心したような、それでちょっと引いたような複雑な顔になって澪を上から下まで見る。


「度胸?」


 澪は手元で美しく咲く薔薇とシスターの驚いた顔を見比べた。


「その薔薇、人喰いなんて呼ばれてるんですのよ」

「見た目こそ美しいけれど、幾人もの命を吸っているという噂なんです」


 今度は澪が嫌そうな顔をする番だった。チェルシーに花束にしてもらった手前放り投げるのも悪いと思い、小さなテーブルの上にそっと置く。


「もう、あなた達……それは噂でしょう。この薔薇は確かに棘は鋭いし危ない品種ではありますが決して人を食べるなんてことはしていません」


 チェルシーは少し呆れたようにふたりに苦言を呈し、テーブルに置かれた薔薇の花束を小さな硝子の花瓶に活けなおした。


「でもチェルシー様。その薔薇は血のような赤い汁がでますわ」

「しかも、夜中になると女の声でしくしくと泣く声がするともいいます」


 しかしなおも二人の薔薇に対する怖い噂を続ける。


「赤い汁は血ではなく、そういう酵素と色をもったこの薔薇特有の液体で、しくしくと泣く声は葉や花が風に煽られたときの音がそのように聞こえるだけにすぎません」


 チェルシーは若い少女たちの根も葉もない噂を論破しため息を付くと、


「でもチェルシー様~……」

「もう、いい加減になさい。ミオ様のお洋服を繕うためにここに居るのでしょう」


 まだ不服そうな二人をぴしゃりと叱って黙らせた。


「あら、そうでした!」

「ごめんなさい、ミオ様」

「マリ、申し訳ございませんでしょう。エミも失礼な態度を取ったことを謝りなさい」


 チェルシーは二人の頭をむんずと掴むとぐっと下げさせる。

「あ~~ん、申し訳ございません、ミオ様」

「申し訳ございませんでした、ミオ様」

「ミオ様、不躾で申し訳ございません。この子達は最近教会に入ったばかりの新人でして……」


 確かに、あの聖堂のような場所にいたシスターたちや、エイレン、チェルシーと比べると年も態度も若々しく見える。チェルシーが見た目的に二十代半ばから後半くらいだとすると彼女たちは十代の半ばくらいに見える。


「あ、いや、別に気にしてないから」


 むしろそんな風に謝られると気を使うからやめてほしいと澪は告げて、この流れを流してしまおうとたくさんかかっている服を指さした。


「えっと……服を見繕ってくれるんでしょ?」

「はい、マリとエミで担当させていただきますわ」

「お任せ下さい、ミオ様。アクセサリーや髪のセットまで担当します!」


 見繕うのだから、この中から服を選ぶのだろうかと思っていたが、


「では、布を選んでいらっしゃい」

「はい、チェルシー様」


 二人は奥の方に早足で歩いていく。奥のほうでいろんなもの布や飾りを物色して籠の中に入れていくのが見えた。どうやらオートクチュールらしい。


「ふたりが布を選んでいる間にミオ様は……治療したほうがよいでしょうね」

「え?治療?」

「はい、お腕やお御足の切り傷と擦り傷を。白い肌にその傷は目立ちます」

「ああ、こんなの消毒しとけば……」

「いけません、あなたは聖女様の大事な人ですもの」


 チェルシーに促されそのまま椅子に座らされる。なにかクスリでも塗られるかと思いヒリヒリするタイプのものは嫌だなと思いながらもチェルシーを見ていると、彼女は赤く塗られた唇をゆっくり動かして何か聞き取れない言葉を発する。


「え、なに、わっ!?」


 その瞬間、澪の体が熱くなった。細胞が異常再生して肌の傷が一瞬で消えていく。ものの数秒で傷跡一つ無い綺麗な肌に戻っていた。


「これは……魔法ってやつ?」

「はい、簡単なものですが」

「魔法のある世界なんだ」


 綺麗になった腕をまじまじと見つめる。


「ええ。ミオ様の世界にはないのですよねこのような力は」

「まあ、科学の発展した世界だから魔法はファンタジーかな」

「わたくしたちからすれば、鉄の塊が空を飛んだり、電気の力で食事を温めるほうがファンタジーに感じますよ」

「よく知ってるね」

「ええ、前の聖女様はとても饒舌な方でしたので、色々聞かせてくださいました」


 前の人はどんな人だったのだろうと少し疑問に思ったが、ぱたぱたと足音がして何枚かの布を持ったマリとエミが戻ってきたので質問はやめた。


「それではミオ様、お立ち上がり下さい!」


 エリーの言う通りに立ち上がる。


「一瞬で終わりますわ」


 そう言ってマリーが布を放り投げると、先程と同じく聞き取れない言語が左右から聞こえ、布が重力に逆らって空中で滞在しそのまま形を変えていく。それと同時に澪の服が勝手に自壊して脱落した。


「え、ちょ」


 いきなり下着だけにさせられて抗議する間もなく白い布が澪を覆う。そのまま形が更に変わっていき、澪がまばたきを三回終える前にジャストフィットした白と水色を貴重としたふんわりしたドレスが体を覆っていた。


「……お似合いです、ミオ様」


 チェルシーが全身鏡の前に澪を連れて行く。普段なら絶対に着ないどころかコスプレに近いデザインとレースの多さに一瞬ぎょっとする。こんなものを二十代半ばのOLに着させるのかと考えると顔に火が灯る。


「あとは、髪の毛も」


 エミが櫛を持って近づいてきて、そのまま髪の毛を丁寧に結び始める。長い髪の毛に櫛を通すと、一瞬でぼさっとした髪の毛はつるんつるんのストレートになっていく。そのままふわりと髪の毛の一部が浮き上がり、片側に小さなお団子を作ると、そこに金色の月桂樹の葉を模したアクセサリーが取り付けられた。


「はい、これで完成ですわ」

「いかがですか?」


 マリとエリーは誇らしげに胸を張る。

 本当に趣味じゃない。正直に言って本当に恥ずかしい。子供の頃、テレビ画面に映っていた魔法少女のような、それでいて、魔法少女よりもふんわりとしたレースたっぷりのデザインをこの年になって着させられると思わなかった。いますぐ脱ぎたいのが本音だがこんなにキラキラした目でどうですかと問われると、


「素敵だと思う……」


 そう答えるほかなかった。


「この布にはある程度の加護と魔力が付与されておりますので、これで基本的には大丈夫かと」


 どこからどうみても普通の服だ。確かに安い服屋さんの服よりは素材もしっかりしているし、デザインのわりに上品で高級そうには見えはするが。


「それにミオ様には守ってくれる聖女様もいらっしゃいますものね」

「ええ、聖女様とても能力と加護の力が強いらしいからきっと大丈夫ですね」

「はあ……」


 ああ、どんどん外堀を固められていくとげんなりして澪は再度鏡を見る。こんな恥ずかしい格好で外を出歩くのかと、今から受ける辱めにどんどん心が萎える。


「それではミオ様、聖女様がお待ちですので参りましょう」

「……あー、はい」


 白い薔薇の花束を渡されてチェルシーに引っ張られて衣装部屋を出る。後ろからきゃっきゃと騒ぐマリとエミの声に今更先程中庭で騒いでいた若い少女たちの声だと気がつくのだった。


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