表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/51

39


 この地下道は随分と昔に放棄された地下道らしい。昔はここは表では運べない物や表から隠れて逃げるための隠し通路として運用されていたが今はこの場所を知っている人間はかなり少ない。少なくとも今の教会組織は知らないはずだとロキは言っていた。

 この地下道はこの教会の特区すべてに静脈のように張り巡らされた通路になっている。勿論中央協会の地下にもきちんと繋がっており、中央協会の地下とこの地下道の接続部分は数代前のレジスタンスのトップが通ることができないように壁を作って塞いでしまったらしい。


 作戦としては、新月の今日、黒の魔力が強くなるこの日に教会の主要メンバーを中央協会に集めておき、地下から奇襲をかけて一網打尽にする。その後千影に最初に澪と千影が召喚された時の場所、中央礼拝堂の扉を破壊し、一番奥に鎮座している女神をかたどった像を破壊する。教会の人間が総動員すれば集約機の修復はある程度は可能だが、女神像だけは破壊されてしまうとどうしようもないらしい。

 女神像を破壊するだけならば、教会の主要なメンバーをわざわざ集めておく必要はないのではないかと疑問に思ったが、教会のメンバーとの戦闘を避けるというのはネロリが納得しなかった。ネロリはロキの考えに心から賛同しているわけではなく、平和で戦いのないこの世界に争いをもたらしたいという別ベクトルの過激思想の持ち主だ。今回も本気で自分たちを排除しに来る教会と全面戦争を楽しみたい。それができないのであれば協力はしないと宣うものだから、四つの教会と中央協会すべての面々をこの新月の夜の中央協会に集めることになった。


 争いのないのどかな世界でぬくぬく生きてきた教会の人間がそこまで強い物なのかとは思ったがネロリによると、各教会でトップにまで上り詰めるにはやはり外敵を排除する力は必須らしい。過去、クレセントムーンのような小規模で馬鹿にされる組織ではないもっと大きくてド派手に暴れた反逆組織が出た際は教会は即座に鎮圧したらしい。聖女信仰への反発ではなく教会そのものの支配および、この教会が支配する特区ではない場所に住む人間がこの特区への不平不満を溜めて大規模に反乱を起こしたのだという。また、教会を疑うような信者も裏で秘密裏に処理をしているという噂もある。これは噂程度だが教会ならやりかねないとロキが憎々しげに語っていた。

 銃を所持していたり、遠征時は屈強な男を従えていたりをその目で見ているのでこの話を聞くと、教会が戦えることは信じざるを得なかった。


 ネロリによると、メロナやラクイの西方は自身の魔力を弾に変える銃での戦闘を得意とし、カルタやカルネの東方は刀のような剣を一瞬で生成して戦う。北方教会は基本戦闘はあまり得意ではない、そもそもとしてやる気のない組織だから数合わせ程度にしかならず、逆に南方は集団戦に強い。中央協会の一番偉い司祭エイレンは戦闘と言う意味では強くはないが腹心のチェルシーは暗器での戦闘を得意としているとのことだった。

 彼らはのどかで平和なこの世界を守るためならば異世界の人間を生贄として捧げるだけではなく、叛逆する邪魔ものはすべて消して自身の組織の地位を保とうとするそんな真っ黒な組織なのだ。


「蒸し蒸しする……」


 歩き始めてどれくらい経ったかわからないが、ぼんやりとした暗さと地下特有のねっとりとした蒸し暑さにだんだんと気分が悪くなってくる。蒸し暑さだけではなく、暫く使われていなかったからの埃っぽさや湿度の高い土の臭いで更に嫌な気分になって澪の歩くペースが少し落ちる。

 ロキをはじめとしたクレセントムーンの面々もネロリも慣れているのかペースを落とさずにざくざくと進んでいく。


「澪ちゃん大丈夫?お水いる?」

「あんた飲み物にクスリ盛るから嫌」

「あれは、澪ちゃんが眠くなればあのどんちゃん騒ぎから抜け出せるかなって思ったっから。あとクスリじゃなくて魔法だし」


 魔力を使って眠らせてきたなんて余計に最悪だ。はやく千影からこの魔力を取り払いたい、心底思う。


「……はい、ミオちゃん!」


 いつの間にか近くを歩いていたネロリが小さなカップに入った水を差し出してくる。


「僕のにはクスリも魔法も入ってないよ」

「うーん」


 ネロリもネロリであまり信用ができない。確かに彼女はクスリや変な魔法のかかった水は渡してこないだろうが、今まで見てきた変態行為や他の人たちと極端に思考がずれているのを鑑みると、千影と同類の変人の類なのだから。

 しかし、今の状況だとネロリから渡されたもののほうが信用できるかもと思い彼女の手からカップを受け取った。


「……澪ちゃんのお世話は僕がするんだよ、ネロリ」


 千影はネロリが本当に苦手らしく、彼女から2、3歩離れて文句を垂れる。


「でも嫌がられてるよ?」


 けらけら揶揄う様に笑う。


「嫌がってないもん。ねえ?」

「最初からずっと嫌がってるでしょ」

「嘘だ。ネロリにそんな思ってもないこと言わされて可哀想な澪ちゃん」

「……はいはい」


 ため息をついてからカップに入った水を一気に飲み干す。何の変哲もない冷たい水が喉の奥に落ちていく。


「ありがとう、ネロリ」


 飲み干してお礼を言うと、水のなくなったカップは解けるように宙に消えた。これも魔力で生成されたものだったらしい。


「いーえ。どういたしまして」


 ネロリは目を細める。千影やロキに向ける笑顔とはまた違う優しい笑みのように感じた。


「ミオちゃんの役に立てて嬉しいよ」


 澪の顔にネロリの顔が近づく。この距離で見ると本当に綺麗な女性だと改めて感じながら目を見ていると、


「ちょっと、近い近い」


 千影が割り込み、澪の腕を引っ張って自分のほうに引き寄せた。


「間男……」


 そのまま澪を腕の中に閉じ込めたまま、がるがると唸りネロリを威嚇する。


「やだなあ、僕は女だよ。あと僕的にチカゲのほうがタイプなんだけど」


 ネロリは頬を紅潮させ、ぎらついた目で千影を見る。澪を見る時の優しい眼差しとは180度違う獲物を捕捉するときの目だった。


「ほんとは教会よりチカゲのほうが強そうだから君と戦いたい……」


 はあ~~っと色っぽい吐息をついて、右手をだぼついたズボンのポケットに突っ込む。


「チカゲ、強かったなあ……なにやっても1発も当たらないなんて初めて」


 そしてポケットをごそごそと弄りながら恍惚をした顔を浮かべて、大型の刃物を取り出す。もしかしてこんな狭い地下通路で教会との戦闘の前に身内で戦おうとしているのか。しかも、今千影とネロリの板挟みになっている自分は確実に巻き込まれるだろう。緊張からか澪の額に汗がにじむ。

 がんっと地下に大きな音が響く。そのあとシャー――!!っと生物の断末魔が続けて木霊した。


「毒蛇、危なかったね」


 ネロリの刃物には大型の蛇が突き刺さっていた。脳天の部分を貫かれて即死したのかぐったりとして刺さったまま動かない。


「そんなので澪ちゃんに恩を売ったつもり?」

「やだなあ、今僕が恩を売ったのはチカゲだよ。これチカゲに噛みつこうとしてたんだから」

「僕でも対処できたよ」

「両手でがっちりミオちゃん抱きしめてたのに?」

「む……」


 ネロリは楽しそうにまたけらけら笑ってナイフに刺さった蛇を地面に捨てる。どしゃりと大きな音がした。彼女はそのまま軽快な足取りでレジスタンスの行進を飛び越えながらとロキのいる最前線のほうに向かっていった。


「ネロリに命を助けられたね」

「……」


 むっと黙り込んで動かない千影の腕の中からするりと抜ける。


「ほら、ストーカー対象変えなさいよ。私に助けられたから私のこと付きまとって守ってたんでしょ?」

「澪ちゃん……」


 千影ははるか遠くにいるであろうネロリと澪を見比べて、それから顔を赤くした。もしかして本当にネロリに惚れてくれたのだろうか。だとしたら都合がいい。このまま千影が自分への恋心を忘れ、ネロリと共に歩むためにこの異世界に残ってくれるのならば、澪的に万々歳のハッピーエンドだ。


「もしかしてやきもち?」

「……はあ?」


 素っ頓狂な声が澪の喉の奥から漏れる。


 千影は左薬指に嵌められた指輪に目を向け、淡い明りにかざすと、


「ほかの女の子に旦那様が助けられたからやきもち妬いてるんだね……」


 今度は澪を心底愛おしい物を見る時の目で見つめて微笑んだ。


「はあ~~~~~~~~……」


 澪は目論見が外れてがっかりしたまま、どかどかと地面を蹴って進む。


「今度は照れ隠しなの?いつも可愛いけど澪ちゃん今日いつも以上にすごく可愛いね」

「馬鹿か」


 吐き捨てて、若干姿の遠い前の集団に追いつくように走り出す。


「あ、置いてかないで~」

 

 千影も気味の悪い笑い声をあげて澪の後を追いかけて行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ