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「ねえ、ここ……」


 目の前には見たことのある大きな湖。千影に一度連れてこられた北方教会の裏にある場所だ。今宵は月がない日だから、空からの大きな光を絶たれた湖面は薄い星の光で淡く照らされていて先日来たふたりで訪れた時とは随分と印象が違う。


「なんだ、知ってるのか?」


 真っ黒な服に身を包んだロキが湖をバックに立ち止まる。


「呪われた湖だって」


 同じく目立たないように千影特性の黒ドレスに身を包んだ澪が答えると、後ろでネロリがけらけらと笑った。


「教会のやつらが言っていたんだろう?でもね、呪われてるなんて嘘だよ」


 ネロリは無理矢理着せられた同じく真っ黒なレジスタンスの共通衣装を着こんだまま湖に飛び込む。


「おい、ネロリ……遊んでる時間はないんだけど」

「だって呪われてるなんて馬鹿なこと言うからさ」


 仰向けのまま、星の反射する湖に大の字で浮かんでけらけらと笑ったかと思うと、服を着たまま再度潜って沈んでいく。


「まあ、教会のやつらにとっちゃ呪われそうな場所ではあるかもしれないな」

「どういうこと?」

「ここはなァ……」


 ばしゃっと大きな音がして全員がそちらを向くと、ネロリが湖から上がってくるところだった。手には何かぼろぼろの布きれをいくつか持っている。


「聖女のゴミ捨て場だからね」


 ばしゃりと地面に落とされたものにはうっすらと見覚えがあった。ぼろぼろになった紺色のプリーツスカート。もう穴だらけ泥らだけで使い物にならないけれどロゴでわかる有名なブランドの手提げ鞄。自分たちの世界にごく当たり前のようにある物たち。


「聖女サマが向こうから持ってきた私物は、生贄の儀式が終わった後すべてここに投機してるってわけ」

「どうしてそんな事……」

「さあ……?燃やせばいいのに沈めてる理由は知らないけど、ここはそういう聖女専用のゴミ捨て場なんだ。だから教会にとっちゃ今まで犠牲にしてきた聖女の怨念がこもってそうで呪われた場所だって言うし、呪われるのが怖いから近寄らない」


 澪はぐしゃぐしゃになったプリーツスカートを見て、十代の若い女の子もこんな悪意にまみれた生贄の儀式の被害者となってしまっていることに心を痛めた。

 そして湖を見て恐怖する。ゴミ捨て場と言うことは遺体もここに沈められているのではないかと。


「あ、聖女の体はここにはないよ」


 それを見抜いたのかネロリがすぐさま澪の考えを否定する。


「遺体は……っつか、魂のない体は……知らないほうがいい」


 ロキが心底いやそうな顔をして吐き捨てる。知らないほうがいいほどに酷い処理をされたのだろうかと思うと更に心が痛い。


「僕もそうなるかもしれなかったんだから知っておきたい」


 今までずっと黙っていた千影が口を挟む。ロキは「後悔するからやめておけ」と何度か言ったが千影は一歩も引かなかった。結果としてロキが折れて体がある場所についたら見せると言ってこの話は終わった。

 湖を半周して更に森の奥に進むと、少し開けた場所に出る。目的地はここのようでロキをはじめとしたすべてのメンバーが足を止めた。


「さて、地下に入る前にびしょびしょの服は脱いじゃおうかな」


 ぐしょぐしょのまま先頭を歩いていたネロリは嬉々として胸元のジッパーに手をかける。


「おいネロリ、お前の目的は最初からそっちだったろ」

「びしょびしょのままじゃ足がつくかもだろう?」


 ふーふーと興奮して見せつけるようにジッパーを下げ始めるネロリ。呆れた顔のロキ。そして目をそらすレジスタンスメンバーたち。たわわな胸元が露出される瞬間、後ろで千影が何かしら唱える。すると、ぼふっという小さな音とともにネロリの服も靴も髪もすべてが乾燥した水に飛び込む前の状態に戻っていた。


「ちょっと、ロキ。なにをするんだ!」

「俺じゃねェ……なんでもおれのせいにするな露出狂」

「ねえ、どうでもいいからさっさと行こう」


 千影が低い声で促す。


「はー、萎えるなあ……」


 せっかく脱げるチャンスを不意にされネロリはがっかりしたようにぱっと後ろに引っ込んだ。


「んじゃ、本番……始めますか」


 ロキがぱっと手を振り上げると、地面に地下に続く大きな鉄扉が現れる。澪の指輪に使ったのと同じインビジブルの魔法で隠していたようだ。

 レジスタンスメンバーが鉄扉をこじ開ける。静かな森にぎぃいっと人工的な音がかなりの大きさで響いたがここには教会関係者はいないので全く問題がないようで、周りの変化と言えば烏が数羽音に驚いて飛んで行っただけだった。

 扉が開く。中は大きな空洞になっていて先ほど出る前に渡された光を放つ小さな虫のような存在の光では奥底まで見ることはできない。


「よし、じゃあ降りるぞ」

「降りるって……」


 壁には確かに梯子がかかっているが今にも崩れそうなほど劣化しているし深さもわからないのに。


「じゃ、先陣は僕だね!」

 ネロリは意気揚々と穴の前に立つとそのままぴょんっとジャンプして穴の中に消えていった。


「え、ジャンプして降りるの……?」

「そのほうがちまちま降りるよりも早いだろ?」


 ネロリに続くように、レジスタンスのメンバー達は臆することなく穴の中に飛び込んでいく。


「な、何メートル……あるのこれ」

「10もねェよ。ほら、あと俺たちだけだから行くぞ」


 ひょいっとロキも飛び降りていく。下のほうに明かりが集まってぼんやりと人影は見えるが10メートルもあると薄い明りでは顔までは確認できない。10メートルといえばマンション三階分の高さになる。それを今から落ちるのか。確かに身体強化の指輪である程度澪も強くはなったがこの高さを自分から落ちる度胸となるとまた話は変わってくる。


「澪ちゃん怖いの?抱っこして連れてってあげよっか?」


 後ろを向くと千影が小首をかしげ両手を伸ばして待っていた。ここで千影に頼るのは尺だ。


「いい!行けるから!」


 澪は前を向きなおし意を決して暗い穴の中に足を一歩踏み出そうとした。

「僕が抱っこしたくなっちゃった」

「はえっ!?」


 一瞬後ろに体が引っ張られたかと思うと一瞬で千影に抱きかかえられる形になり、気が付けば自由落下状態になっていた。暗い穴の中を落ちること数秒、ふわりと着地し澪は地面に降ろされた。


「到着」

「勝手なことして……」

「だって~、今日の黒い澪ちゃんも可愛くて抱きしめたかったから。お揃いで可愛いね」


 再度ぎゅっと抱きしめられそうになり、すんでのところで避ける。


「よし、揃ったな。行くぞ」


 先頭に立っていたロキがそう声を上げると、レジスタンス組織の一員は一斉に頷いて中央協会に続く地下道を進軍し始めた。


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