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それからもう少し時間が立って、日が西に傾きかけたころ馬車の準備ができたようで、メロナとラクイをはじめとした武装した集団が澪と千影を迎えに来た。
北方教会の前には数十台の同じ見た目の馬車が整列して並んでおり、仰々しい数のシスターや修道士たちが馬車のチェックを行ったり、乗り込んだりと出る準備をしていた。
今更気づいたことだが、西方教会と北方教会では服装が若干違う。また胸元についている教会のモノであるということ表すバッジも形や模様に違いがあった。
「さあ、聖女様、ミオ様。わたくしたちはこちらです」
澪たちが案内されたのはちょうど真ん中くらいの馬車。その付近にはメロナやラクイと同じく西方のバッジをつけた教会関係者が多い。
「こんなに連れてきたの?」
「ええ、聖女様が襲われたとなればわたくしたちで守らねばと思いまして」
さあ。と促されて馬車に乗り込む。澪が乗り、千影が乗り、それからメロナとラクイが乗り込んだ。一応四人掛けだとはいえ大人が四人乗り込むと若干窮屈に感じる。
澪たちが馬車に乗って少しすると先頭の馬車から動き出していく。澪たちの馬車もそれに合わせて動き出す。
ラクイは何かを確認して目元を一瞬細めると、両サイドの窓のカーテンを閉めてしまった。白いレースのカーテンだとはいえ、外の景色もなくなると更に窮屈に感じる。
「聖女様、ミオ様。今回は申し訳ございませんでした」
馬車の速度が安定してすぐにメロナは深く頭を下げる。
「えっと……メロナさんが謝ることでは……」
「いえ、わたくし個人の謝罪ではなく教会からの謝罪です」
「まさか、レジスタンスが強硬策にでるなんておもわなくてなあ……怖い思いをさせて申し訳なかった」
ラクイも頭を下げる。
澪は頭を下げる2人にどうしたものかと思い千影を見る。千影は心底興味がなさそうな顔をしてカーテンの揺れを見ていた。
「千影」
「え、あ……顔あげてよ。気にしてないから」
千影にそう言われて2人は頭を上げて座り直す。
「しかしあいつらは北方だから狙ったのか、それともどこでもよかったのか……」
ふうっとため息を履いた後ラクイはぼやくように呟いた。
「北方だから……?」
「ああ、北方はなあ……あのおっさんが教会って言う権力使ってやりたい放題やってるだけの出来損ないの場所だから教会内の序列も低ければまともな人員も配置されちゃいない。それをわかっててそこに聖女サマがいる時を狙ったのかって話」
おそらくは、ラクイの言っていることは概ねあっているのだろう。西方にはすでにネロリが紛れ込んでいたがあそこでは事を起こさなかった。それはメロナやラクイをはじめ、あきらかに厄介な敵や信者が多いからなのだろう。それに比べて北方はあのトップの中年男ハンクは小物臭がしたし、なによりハンク以外のシスターたちが事務的にやっているといった感じで熱意などは感じられなかった。付け入る隙は大きかったのだろう。
「……本当に教会の恥さらし」
侮蔑を孕んだ目と真冬の風のように冷たい声で言い放つメロナに、ぶるっと背筋が震える。本当にこのメロナという女は心底教会に忠誠を誓っているのだなと感じた。
「でも、お怪我がなかったのは幸いですわ」
冷たい表情が一変してぱっと優しげな顔に戻る。仮面をかぶり直したらしい。
「まあ、あいつらに聖女暗殺なんて度胸はないって思ってたのは、俺たち教会の落ち度だな……」
ラクイが胸ポケットから宣戦布告用のカードを取り出す。
「小賢しい真似を……とは思いますけど」
「あのさ」
話を黙って聞いていた千影が口を開く。
「もし僕が、誰かしらに殺されるとどうなるの?」
「……そう、ですわね」
「どう……」
メロナとラクイは顔を見合わせる。
「今まで一度たりともそういうことが起きたことがありませんので……」
「記録見てる限り、今まで聖女が儀式の途中で死ぬイレギュラーなんて発生してないしな……」
確かに、千影がここで死んだらどうなるのだろう。中途半端な加護を受けたまま、この状態のまま死ぬのだろうか。それとも加護は消えて千影の中に入った黒い魔力はどこかに流れるのだろうか。
「まあ、ありえないことは考えなくていいんじゃないか。東方までは俺たちが命を懸けて送り届けるし、東方は俺たち西方と対になる程度にはきちんとした場所だ」
「それに、東方から南方に向かう際も東方と西方で協力して安全に送り届けさせていただきますわ。確かにレジスタンスに一度教会への侵入と聖女様への接触を許してしまいましたがもうそんなことはありえません。ここから先は我々教会が絶対の安心をお約束いたしますわ」
メロナはにこりと微笑み、服の上から堂々と巻いたベルトにかかった銃のホルダーのようなものを撫でる。ラクイの服の上にも同じく銃火器携帯用のベルトがかかっており、同じような銃のホルダーが巻かれていた。
「……この世界にも銃ってあるのね」
澪はそれを見て素直に感想を漏らす。
「まあ、そちらさんの世界の物とは構造は違うだろうけどな」
ラクイはホルダーから銃を抜いた。
全体的に真っ白な見た目で、トリガーの部分だけ鮮やかな赤の澪たちの世界になかなかないデザインの物。それを澪にほいっと手渡す。
「えっ……!!?」
唐突に銃を投げ渡されてびくっと体が震えた。
「こんな危ない物澪ちゃんに渡さないで」
千影がラクイを鋭い目付きで睨む。
「ミオさんじゃ使えないから大丈夫だよ」
しかしラクイは怯むことなく、肩をすくめた。
「……」
軽い。まるでプラスチックの玩具のように。使えないといわれてもやはり怖いのでトリガーにだけは触らずいろいろと触ってみるが、
「マガジンは……?」
マガジンを入れる場所がない。弾が発射できないならばこれはどうやって使えばいいのだろうか。
「マガジン?」
ラクイは不思議そうに問い返した。
「弾……」
「ああ、弾は魔力だ。その人間が持つ魔力を弾にして打つ」
本人が持つ魔力の発射装置だから鉛玉のセットをし直すマガジンというものは存在しないし、魔力を全く持たない澪にとってこれが玩具のように軽く感じるのだろう。
「魔力を弾にするってことは、僕でも使えるの?」
「ええ、聖女様なら相当に強い物を放てるでしょうね」
「まあ、祈りの旅の間、俺たち教会がきちんと聖女様たちを守るからその必要はないけどな」
ラクイは澪の手から銃をすっと取り上げるとホルダーの中にしまった。
「そもそも、きちんと練習しないとどれくらい力込めていいかわからんだろうし、暴発のリスクもあるからなぁ」
「ふうん……ラクイたちはそういう訓練もしてるんだ」
「まあなあ……こういう有事がいつ起こるともわからんからな」
「こんな事なく、平和に旅を終えていただくのが一番なんですけどね……」
それはそうだろう。なんのトラブルもなく何も知らないまま聖女様には生贄になってもらえたほうが彼らにとっては楽なのだろう。
それから何事もなく馬車は数時間走り続けて、やがて東方教会のある街に近づいてきた。レジスタンスに襲撃をされることなく、それこそなんのトラブルもない。最初こそ警戒した様子でたまにカーテンの隙間から外を見たり、物音に過敏に反応していたメロナとラクイも東方教会のある街に着くころにはカーテンを開け、リラックスした様子で椅子に深く腰掛けて外の景色を眺めていた。
「……?」
幾台もの馬車が街には入らずに折り返して今来た道を戻っていく。
「あれは?」
澪は気になって二人に問いかける。
「ああ、それは北方のやつらの馬車だな」
「囮はここまできたらもう不必要なのでお帰り頂いてますの」
ここまで大量の馬車を用意するということはどの馬車に聖女が乗っているかを分からなくする、また馬車が襲われたとしてもダミーを囮にして聖女の乗った馬車は逃げることができるための囮馬車なのはわかっていたが、街の中に入ってから自分たちが乗っていた馬車から離れた場所にいた馬車はすべて北方の物で、自分たちを囲んでいた前後三台のみが西方のモノであると知り、明らかな序列と北方の地位の低さを改めて感じた。
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